判例コラム

 

第179回 ウエスト出版社の判例集刊行と名誉毀損

成城大学法学部教授
成田 博

1834年、Wheaton v. Peters判決によって、裁判所の判決自体には著作権がないことが確認された(33 U.S.(8 Pet. ) 591(1834))。これが判例集刊行という企てを民間出版社が行なえる法的基礎を提供したと筆者は考える。これは「著作権がない」ことの恩恵・利点というふうに理解できる。もっとも、この判決は、判例集の市場に参入しようとするすべての出版者(社)に等しく開かれていた。したがって、あとは、各出版社が判例というオリジナルの素材にどれだけの付加価値をつけるかということにかかっていたことになるが、それなら、判例集のいかなる部分に著作権は認められるかという――Wheaton v. Peters判決を裏返した――問題が残っていることになり、それに答えたのが1888年のCallaghan v. Myers判決であった (128 U.S. 617 (1888))。これは――「著作権がない」ことと対比すれば――まさに「著作権がある」ことによる保護ということができる。そして、その最も代表的なものがStar PaginationをめぐるWest v. Mead事件であった(West Publishing Company v. Mead Data Central, Inc., 616 F. Supp. 1571 (D.C. Minn. 1985), aff’d, 799 F. 2d 1219 (8th Cir. 1986), cert. denied, 479 U.S. 1070 (1987))。

おそらく、出版業界において、著作権の攻防は殆ど必然と言ってよいであろう。しかし、判例集刊行に際しては、僅かながら、もうひとつ別系統の訴訟がある。それは判例集刊行に伴う名誉毀損の問題にかかわる。すなわち、判例集に掲載されている裁判官の文章中に名誉毀損的言辞が含まれていた場合、裁判官に絶対的な免責が与えられるのは当然として、判例集を刊行する民間出版社に同様の免責が与えられるかという問題がそれである。

これがウエスト出版社(West Publishing Company)の判例集について論じられた事案が何件か存在する。ウエスト出版社が直接の当事者となっている訴訟は、①Lowenschuss v. West Publishing Co., 402 F. Supp. 1212 (E.D.Pa 1975) , 542 F. 2d 180 (3d Cir. 1976)、②Taylor v. West Publishing Co., 548 F. Supp. 61 (D. Minn), 693 F. 2d 837 (1982)、③Beary v. West Publishing Company, 763 F. 2d 66(2d Cir.), cert. denied, 106 S. Ct. 232 (1985) の3件が確認できるが、このほかに、直接の当事者にはなっていないものの、ウエスト出版社の判例集に関わる訴訟として、④Murray v. Brancato, 264 App. Div. 862 (1942), reversed, 290 N.Y. 52, 48 N.E. 2d 257 (1943)、⑤Garfield v. Palmieri, 193 F. Supp. 137 (S.D.N.Y. 1961) , 297 2d 526 (2d Cir 1962) cert. denied, 369 U.S. 871 (1962) の2件が存在する。

もっとも、全ての判例について紹介するだけの余裕はない。ここでは、Lowenschuss v. West Publishing Co. 事件[=①]についてだけごく簡単に紹介すれば――クラスアクションを提起した弁護士である原告は、その訴訟を担当した裁判官によって、原告の訴訟目的はクラスアクションによる報酬を得ることにあると判決の注に書かれた。ウエスト出版社が刊行するFederal SupplementのAdvance Sheets〔速報版〕の中にその叙述を見出した原告は、それは虚偽であり、名誉毀損であるとして、ただちに抗議した。ウエスト出版社はその裁判官に連絡をとったが、およそいかなる変更にも応じなかったことから、判決文に変更を加えることなく、ハードカヴァーのFederal Supplement〔恒久版〕を出版したところ(ちなみに、別の判例出版社は、その弁護士の抗議を受け、「編集者注」を附加している)、その弁護士から訴えられた――というものである。

最も初期の判決は1943年に下されたものであるが[=④]、これは、4対3という僅差ながら、ウエスト出版社に判決文を手渡した裁判官は当然には免責されないと判断した。Unofficial Reportsに判例を公表することは裁判官の義務の外にある、というのがその理由である。あとの判決は、ウエスト出版社へ判決文を送った裁判官、判決をそのまま刊行したウエスト出版社の免責を認めているが、これらはすべて1960年代以降のものであって、それは即ち、ウエスト出版社の判例集が実質的にOfficial Reportsとしての地位を認められてくるのと軌を一にする。従って、著作権による競業他社との攻防戦とは異なり、こうした判決によってウエスト出版社が発展してきたということにはならないが、免責が与えられることで、同社が「後顧の憂いなく」判例集の刊行を継続できたことはやはり間違いのないところなのである。

(掲載日 2012年2月20日)

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