判例コラム

 

第176回 プロダクトアウトかマーケットインか?

金沢大学人間社会研究域法学系教授
大友 信秀

これまで、金沢における地域主体との連携活動を紹介してきた(ごぼうの先生ヘイケカブラのアイスクリーム株式会社きんぷる実践ブランディングいしかわ耕稼塾等)。これまでは、地域主体がもともと持っている能力を最大限に活用するため、いわゆるプロダクトアウトの考え方を出発点にブランディングを行い新製品開発及び新規事業計画の検討を行ってきた。全く関係ない新規事業への進出や新製品開発を行う体力を地域主体が有していないと考えていたからだ。

もちろん、プロダクトアウトとは言いながら、自らの強みを最も評価する市場はどこにあるのか、その市場に評価される具体的な自社製品は何か、その商品をどのように市場に知ってもらうのか、という点からマーケットインの考え方も考慮してきたのは言うまでもない。

しかしながら、バランスよく自己と市場の両者を見渡すことはそれほど簡単なことではなく、事業を行おうとする者はどうしても自己の製品や事業を中心に考えてしまう傾向があり、市場のニーズを見落としがちになる。このため、極論を言えば、マーケットインという考え方から出発することを意識するために、いったんは自己の強みというものをあえて横に置いて考えることが必要な場合もあると考えている。

このことは、ネット経由ではなく、リアルワールドで事業を行っている場合には、どうしても陥りがちな考え方への反省であるが、最近、ネット上のサイトを活用し商品販売を行っている方々の話を聞く機会があり、本質に気づくヒントをいただいた。

講演会を企画したのは、石川県金沢市及びその周辺地域の異業種の事業者の連携のために設立された金澤創造倶楽部(水上勲代表理事)で、新市場参入へのヒントを得るため、第1回目の企画としてネット販売のプロフェッショナルを呼ぶこととなった。お呼びしたのは、ネット販売に必要なほぼすべての内容に対してアドバイス・サポートを行っているWEBプロデューサーの中谷佳正さん(有限会社Winks)、その指導の下、ネット販売を実践し成功されてきた岩崎充弘さん(株式会社エヴァーグリーン代表取締役)、工藤正樹さん(株式会社ネオグラフィック代表取締役)である。

ネット上での商売のコツについて話された内容は、1にお客様、2にお客様、3,4がなくて5にお客様というようなものだった。ネット上では相手が見えないため、見えているリアルワールド以上に、お客のニーズや反応を予測するための考え方が必要となるということである。どうしても直接顧客が見えている場合には、顧客を知ったつもりになっているが、実は、本当の購買意欲やこれが購買行動にどのように結びついているのか、については把握できていないことが多い。

リアルワールドでは、個々の事業者が市場動向の調査を大々的に行うことは非常に困難であるが、ネット上では、各種データが比較的容易に入手できる。これを分析する能力があれば、ネット上における購買行動がリアルワールドにおけるそれよりも正確に把握できる場合もある。

実は、ネット上で行われていることは、リアルワールドとは変わらない、というよりも、リアルワールド以上に事業活動の本質に忠実なものなのではないか、という思いを抱かせていただいた。

ネットを通じてものごとを考えることで、様々なことがより先鋭化し、たとえば必要とされる投資の必要性、事業のスピードというものが鮮明になり、自己がなすべきことを把握しやすくなるのではないかとも感じられた。

単に地方にはない大きな市場を手に入れるためという目的だけでなく、自らの事業能力を飛躍させる契機としても、ネットというものが果たしている機能は大きいのではないか、と考えさせられた。様々な地域主体の成功例にネットを活用した事例が見られるのは偶然ではないかもしれない。

このような思いに加え、普段、法律の専門家として活動している自分自身も、もしかすると市場を意識した考え方から離れた、悪いプロダクトアウト的な狭いものの考え方に陥っているのではないかと少し不安にかられた。

(掲載日 2012年1月30日)

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