TMI総合法律事務所
弁理士 佐藤 俊司
1.はじめに
ヨーロッパでの意匠権を取得したい場合の一つの方法として、欧州共同体意匠(Community Design)の制度を利用する方法がある。欧州共同体意匠は、2003年の受付開始以来、欧州における権利の一元管理を低廉に行えるツールとして、広く利用されてきたが、つい1ヶ月ほど前、欧州司法裁判所(CJEU)が登録共同体意匠(RCD:Registered Community Design)の実体的登録要件に関して初めての判決を下した※1。
2.OHIM審判部及びGeneral Courtでの判断
2003年9月、お菓子のブランドであるフリトレーを傘下に有するPepsico社は、お菓子におまけとしてつけられるPOG(日本でいうメンコ)の形状について、欧州共同体意匠出願を行い、共同体意匠として登録された。2004年2月、この共同体意匠登録に対して、スペインのGrupo Promer Mon Graphic社が、自らが2003年7月にした先行意匠「ゲーム用の金属プレート」に基づいてOHIM無効部へ無効宣言を求めたところ、OHIM無効部は、この共同体意匠登録は無効であると宣言した。Pepsico社がこれを不服としてOHIM審判部でさらに争ったところ、OHIM審判部は、POGについての意匠創作におけるデザイナーの自由度は極めて限定されたものであるから、少しの相違が情報に通じた使用者に対して異なった全体的印象を与えるものであり、独自性ありとして、無効宣言を棄却した※2。
これに対し、Grupo Promer Mon Graphic社が一般裁判所(General Court)(従来の欧州第一審裁判所=Court of First Instance)へ提訴したところ、一般裁判所は、両者のデザインは、情報に通じた使用者に対して異なった全体的印象を与えるものではないと判示し、2010年3月、Pepsico社の登録共同体意匠は独自性を有しないとして、無効宣言を棄却したOHIMの決定を取消した※3。
一般裁判所は、情報に通じた使用者(informed user)の意味については、「特に観察眼が鋭く、先行意匠の状態について認識している者」と判示したほか、POGの中心部分は、円である必要はなく、三角形や六角形や楕円形であってもいいのであるから、両者のデザインが類似するのは、意匠創作におけるデザイナーの自由度による制限の結果ではないと判示した。
先行意匠(Grupo Promer Mon Graphic社) No. 53186-0001 |
共同体意匠(Pepsico社) No. 74463-0001 |
(metal plate[s] for games) |
(promotional item[s] for games) |
OHIM無効部 | 無効を宣言(独自性なし) |
OHIM審判部(The Third Board of Appeal) | 無効宣言を棄却(独自性あり) |
一般裁判所(General Court Fifth Chamber) | OHIM審判部の決定を取消(独自性なし・Pepsico社の登録共同体意匠は無効 |
欧州司法裁判所 (Court of Justice of the European Union) | Pepsico社の請求棄却(独自性なし・Pepsico社の登録共同体意匠は無効) |
3.CJEUの判断
CJEUは、結論としてはPepsico社の請求を棄却したが、情報に通じた使用者(informed user)の意味について、平均的な消費者と分野別の専門家の間のどこかにあると判示し、その意味を明確にした。
average consumer (平均的な消費者) |
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informed user (情報に通じた使用者) |
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the sectoral expert with detailed technical expertise (分野別の専門家) |
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4.コメント
欧州共同体意匠として保護を受けるためには、新規性(Novelty)(欧州共同体意匠規則5条)と独自性(Individual Character)(同6条)という実体的な要件を満たしている必要がある。出願された意匠が情報に通じた使用者(informed user)に与える全体的印象(overall impression)と、先行する意匠が与える全体的印象とが異なるときは、その出願された意匠は独自性を有するとされ、その評価においては、意匠創作におけるデザイナーの自由度を考慮しなければならない、とされている(同6条(2))。
また、欧州共同体意匠の保護の範囲についても、情報に通じた使用者に対して異なる全体的印象を与えない意匠が保護範囲に含まれるとされ(同10条(1))、その評価においては、意匠創作におけるデザイナーの自由度を考慮するものとする、とされている(同10条(2))。
欧州共同体意匠について初めて下された今回のCJEU判決によって、この欧州共同体意匠規則の文言中「情報に通じた使用者」の意味が明確にされたことは歓迎すべきである。しかし、一方で両意匠の対比の際に基準となる全体的印象の評価においてのもう一つの重要な概念である、意匠創作におけるデザイナーの自由度の程度(the degree of freedom of the designer)については明確にしておらず、この点については今後のCJEUによる判断を待つ必要がある。
(掲載日 2011年11月14日)