高島国際特許事務所※1 所長
弁理士 高島 一
特許を付与することが出来る同一発明について、2以上の別個の出願が競合した場合に、これらのいずれか一つの発明に対して特許権を付与することが特許法の根幹である。特許制度は、産業の発達を目的として強力な独占権を付与するものであるから、2以上の発明に対して重複して特許権を与えることはできない。従って、何れに特許権を付与すべきかが問題となる。これを解決する手段として、先願主義と先発明主義がある。先願主義は、最先に発明したか否かにかかわらず、先に出願した者に特許を付与する制度である。これに対して、先発明主義は発明の先後を問題とせずに先に出願した者に特許を付与する制度である。
さて、本論に入る。去る9月16日に上下両院を通過した米国特許法改正案にオバマ大統領が署名したことによって、世界中で唯一先発明主義を採用していた米国もついに先願主義に移行することとなった。しかし、この改正法は、完全な先願主義とは言えず、ほぼ先願主義に移行したというほうが正しいといえる。
改正法では、公表を基準とする「グレースピリオド」を設けた点に特徴がある。まず、新規性、先行技術については有効出願日を基準としているが、自ら公表してから、1年以内に出願すればその公表は先行技術とはならないとして、先発明主義との調整を図っている。
この度の改正法が「完全な意味では先願主義とはいえない」というのは、「先に公表していれば、例え他者が当該公表の後に、公表者より先に出願しても、当該公表自体に謂わば先願権が与えられるため、公表者が後願となっていても特許を取得することが出来るからである。即ち、公表により先後願が逆転することになるので、完全な先願主義とはいえない。実は、筆者は何年か前の再生医療学会のパネルデスカッションにおいて、我国の新規性喪失例外をさらに発展させて、文献発表の日を出願日と同様に取り扱うことを提案した記憶があるが、当時としてはドラスチックな提案であったため、殆ど反応が無かった記憶がある。
また、この度の法改正に関連して思い出されるのは、私が会社の特許部(現知的財産部)に所属していた時代に、同時に2件の抵触事件(インターフェレンス)に巻き込まれたことである。相手は米国の大手製薬会社であった。ある日、外出から帰るとデスク上に高い2山の書類が積み上げられていた。相手方のラボノートの山である。研究者と共にこれを精査したが、彼らのノートは発明日を立証しえるものであろうと考えられた。我々は、日本出願日(優先日)までしかさかのぼれない。インターフェレンスの代理人費用は高額であり、争っても費用が嵩むだけである。出来るだけ早い機会に降りるということで負け試合となった。当時、カナダも先発明主義をとっていたので、ここでも抵触事件(コンフリクト)となったが、こちらは外人同士の争いであるところから、当方の勝ちとなった。
この度の米国法改正で、この2つのことが思い起こされた次第である。