判例コラム

 

第161回 国会議員選挙制度のあるべき姿

~一人一票こそが民主主義の根幹~

法律事務所オーセンス※1
弁護士 元榮 太一郎

昨年の参議院議員選挙で最大5倍となったいわゆる「1票の格差」を是正するため、民主党は平成23年7月27日の参議院議員総会で、隣接する選挙区を統合する「合区」新設などを盛り込んだ選挙制度の見直し案を了承した。
民主党は、参議院議員選挙の「1票の格差」を是正するため、党内に作業チームを設け、山梨と長野を1つの選挙区にするなど、10の県を5つの選挙区にする、いわゆる「合区」を行なうほか、選挙区と比例区の定数をそれぞれ20議席、合わせて40議席削減するなどとした見直し案をまとめた。
自民、公明、みんなの各党や西岡武夫参議院議長も改革案を決定し、8月上旬にも開く参議院正副議長や各会派代表者の検討会で議論を始める。同検討会は平成25年の次の参議院議員選挙を新制度で実施する方針を確認している。

議員定数不均衡問題は、昭和47年12月に行われた衆議院議員選挙について最高裁がはじめて定数配分を違憲と判断して注目を集めた(最大判昭51.4.14)。その後、選挙制度は見直しが繰り返されているものの、なお「1票の格差」は是正されていない。
近年では、平成22年7月11日に実施された参議院議員選挙について、選挙区及び議員定数を定めた公職選挙法の定数配分規定(同法14条1項、別表第3)が、人口比例に基づいて定数配分をしておらず、憲法14条1項、44条等に違反して無効であるから、本件議員定数配分規定に基づいて実施された選挙は無効であるなどとして、当該選挙の無効を求める訴訟が全国各地の裁判所において提起された。
その結果、東京高裁、福岡高裁、高松高裁などは、本件議員定数配分規定に基づく当該選挙区の議員選挙を違憲とし(東京高判平22.11.17、福岡高判平23.1.28、高松高判平23.1.25 他)、広島高裁は、本件議員定数配分規定は違憲状態にあるが違憲とまではいえないとして請求を棄却した(広島高判平22.12.10)。一方、前記とは別の東京高裁は本件議員定数配分規定を合憲として請求を棄却した(東京高判平22.11.17)。
中でも、違憲と判断した東京高判平22.11.17(判タ1346号151頁)と合憲と判断した東京高判平22.11.17(判タ1339号71頁)は同一の選挙区(東京都選挙区)の選挙に係る判断であっただけに、議員定数配分規定の合憲性の如何についての判断の困難さが伺われる。

そもそも「議員定数不均衡」とは国会議員の選挙において、各選挙区の議員定数の配分に不均衡があり、そのため、人口数(もしくは有権者数)との比率において、選挙人の投票価値(一票の重み)に不平等が存在することである。
この点、過去の最高裁判例は「公正かつ効果的な代表」という選挙制度の目的を最上位に置き、投票価値の平等もこの目的の下で他の要請と調和すべき一要素とされていること、並びに、選挙制度の仕組みの決定及びその具体的制度の下での議員定数配分について各々立法裁量を認めることから、議員定数不均衡が生じても直ちには憲法14条1項に反しないとの結論に至っていた。
議会制民主主義を採用している日本国憲法の下では、平等な選挙権は民主主義の基礎をなすものであるとともに、国民にとって最も重要な基本的人権の一つである。しかし、これまでの最高裁は参議院議員選挙において5倍の格差を合憲と評価し続けている。5倍の格差とはすなわち「1票」を持つ人がいる一方で、「0.2票」しかない人もいることと同義である。これは、民主主義の下では、多数の国民が多数の国会議員を平等に選ばなければならないにもかかわらず、現在の日本においては少数の国民が多数の国会議員を選んでいる事を示す。アメリカでは、1983年に米国連邦最高裁判所が、ニュージャージー州での連邦下院議員選挙について、「1票」対「0.993票」の格差でも違憲を出している。一人一票の原則を可能な限り追求している結果である。

民主党が「合区」新設など選挙制度の見直しを進めていることは前述したが、その背景には平成19年7月の参議院議員選挙の議員定数不均衡に対する最高裁判決(最大判平21.9.30)がある。すなわち、同判決は、従来の最高裁の判断枠組みを基本的には維持したうえで、定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないと結論づけた。しかし、他方で、近時の判決では「較差是正のため国会における不断の努力」が求められ、その措置が適切に行なわれているかどうか厳格に評価されていると述べ、さらに今回の選挙について「大きな不平等」の存在を指摘し、「現行の選挙制度の仕組み自体の見直し」にも言及するなど、国会に対して強く是正を促す内容となっていたのである。
また、平成21年8月に実施された衆議院議員選挙についても、最高裁は「本件選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていた」と判断した(最大判平23.3.23)。本判決は、小選挙区の定数を都道府県に1議席ずつ割り振る「一人別枠方式」が投票価値に較差を生じさせる大きな要因になっていたことは明らかだと指摘し、できるだけ速やかに廃止するよう国会に厳しく求めている点で画期的な判決といえる。

民主主義の社会において、民主的に決定された事項に我々が従う理由は、その決定が対等な個人が参加する多数決で決まった事項だからである。その多数決において、ある集団だけ1票に満たない0.5票や0.2票しか与えられていなかった場合は民主主義は成り立たない。
国会が投票価値の平等と議会制民主主義を実現し、国民の信頼を得るためには、今こそ抜本的な選挙制度の見直しを断行する必要がある。最高裁による違憲判決は選挙制度の見直しを国会に強く促すことができる。平成22年7月に実施された参議院議員選挙についても、最高裁は「憲法の番人」として違憲判決という歴史的な判決を出すことはできるのか。今後の最高裁の判断が注目される。それでもなお、最高裁が従来の考え方を踏襲して一人一票を認めない場合は、国民は主権者として最高裁裁判官国民審査権(憲法79条2項)を行使し、一人一票に賛成の判示をしなかった裁判官に対し、不信任票を投じることで、一人一票の実現を求める意思表示をするべきである。日本において一人一票を実現するかどうかの最終判断権者は、言うまでもなく、主権者である我々国民なのである。

(掲載日 2011年8月29日)

次回のコラムは9月12日(月)に掲載いたします。

» 判例コラムアーカイブ一覧