おおとり総合法律事務所 弁護士
専修大学法科大学院教授
矢澤 昇治
新銀行東京の不正融資を巡る詐欺事件の上告審を担当した。
上告の趣意の一つは,原判決には,上告人の共謀成立の事実を共同被告人の供述(自白)のみを唯一の証拠として認定した,刑事訴訟法第319条第2項に違反する誤りがあり,ひいては,憲法38条第3項に違反するということである。
すなわち,「共謀」成立の事実を共同被告人の供述(自白)のみを唯一の証拠として認定することができるかの点については,夙に,いわゆる練馬事件大法廷判決(最高裁昭和33年5月28日判決,刑集12巻8号1718頁)(以下,「大法廷判決」という。)の多数意見があり,被告人本人との関係における共犯者(必要的共犯者を含む)の犯罪事実に関する供述は,憲法38条第3項にいう「本人の自白」と同一視し,または,これに準ずるものとすべきでない,と判示して以来,長年に及び,判例及び学説において論議の対象とされてきた事項である。
この論点につき,本件に即して,現在採用されるべき結論から述べるならば,最高裁の判例変更がなされたとしても,そもそも学説上,共犯者の供述の危険性を承認する点では,その争点について実質的な異論をみていないのであり,また,大法廷判決以後においても,幾つかの最高裁判決において,反対意見も述べられてきたところであり,共犯者の「自白」の用語法にも鑑みて,判例変更すべきものと思われる。
加えて,複数の共同被告人の供述(自白)のみによって,被告人を有罪と認定することも違法,違憲であると言わなければならない。共犯者の自白は,それがたとえ2名以上であるとしても,必ずしも信用性の担保となるものでなく,また,共犯者の数が増えることだけで,立証の質の向上に寄与するとは言えず,さらに,相互に補強するものでない。共犯者の1名が「あいつが犯人だ」との供述に,「そうだ」「そうだ」と幾つか声を揃えたとしても,それらは必ずしも補強証拠たりえないことは,火を見るよりも明らかであると言わなければならない。このような場合に,共犯者の自白の危険性に対して,司法が慎重な姿勢を採用していることを明示するためにも,補強証拠が不可欠であるとされなければならない。そして,その補強証拠とは,被告人と犯罪との結び付きについて立証に資するものを意味することは,当然である。複数の共犯者の虚偽の供述により,無辜の民が容易に有罪と認定されうる事態は,絶対に回避しなければならない。
算数の世界では,(-1)+(-1)=-2,
なぜ,司法の世界では,(-1)+(-1)が,+2以上になるというのか。
(掲載日 2011年6月13日)