判例コラム

 

第149回 Westの判例集における編集作業の一端を垣間見る

成城大学法学部教授
成田 博

1985年、West Publishing Companyは、LEXISを運営するMead Data Central, Inc. を相手取って訴えを提起した。これはStar Paginationに関する有名な訴訟であるが(West Publishing Company v. Mead Data Central, Inc., 616 F. Supp. 1571 (D.C. Minn. 1985), aff’d, 799 F. 2d 1219 (8th Cir. 1986), cert. denied, 479 U.S. 1070 (1987))、筆者の関心は、その事案自体ではなく、Westの判例集そのものにある。

まずは、同判決において度々引用されている或る判決の表記についてである。具体的に言えば、第1審判決が掲載されているFederal Supplement第616巻1576頁左の段の2行目から3行目では、“They are Callaghan v. Myers, 128 U.S. 617, 9 S.Ct. 177, 32 L.Ed. 547 (1888) and Banks v. Lawyers Co-operative Pub. Co., 169 F. 386 (2nd Cir. 1909).”とあるのに、同じ頁のやはり左の段の8行目以下では、“In Callaghan, The plaintiff, Meyers, became the owner of several volumes of the reports of the Supreme Court of the State of Illinois.”というふうに、下線を引いた固有名詞のスペルが異なっている(下線は筆者が施した)。結論だけ先に言ってしまえば、Meyersは誤りで、Myersが正しいのであるが、これは、どういうことなのか。

最初、2つの異なる綴りがあることに気づいたときには、これは判例集を編集する者の見落としに違いないと思った。しかし、筆者の手許にRosenbaum裁判官の原本[のコピー]があることを思い出し(今から20年ほど前、筆者は、最初の在外研究の際にそれを入手していた)、それを確認したところ、Rosenbaum裁判官は、どちらについても、MyersをMeyersと綴っているのである。筆者の思うところを述べれば、Westの判例集では、裁判官の本文での表記についてはこれを尊重して誤りをそのまま残すが、典拠[citation]については、資料としての意味を重視し、裁判官の綴りの間違いはこれを修正するという立場を取っているのではないか。そうであるとするなら、これは、まさにWestが判例集を編むに際して行っている編集作業の具体的なありようを示すものとなる。もちろん、1箇所は編集者がその誤りに気付いて直したが、もう1箇所については見落としたという可能性は残る。

Westの編集作業によるものであることが非常にはっきりと示されているのは、citationの付加であろう。Rosenbaum裁判官の原本では、Callaghan v. Myers判決の出典として挙げられているのは、公式判例集である連邦最高裁判所判例集(U.S. Reports)のcitation[=128 U.S. 617 (1888)]だけである。しかるに、Westは、これに加えて、自社のSupreme Court Reporterはもちろんのこと、Lawyers Co-operative Publishing Companyの判例集[=Lawyers Edition]の巻・頁をもあわせて表記する。これが、いわゆるparallel citationである。

問題はその並べる順番で、Westの判例集の場合には、公式判例集、自社の判例集、そして、Lawyers Editionの順番となる。今の場合であれば、128 U.S. 617, 9 S. Ct. 177, 32 L. Ed. 547 (1888) となるわけであるが、LEXIS-NEXISではWestと異なり、128 U.S. 617, 32 L. Ed. 547, 9 S. Ct. 177 (1888) となっている。これは、最初にLEXISを開発したMead Data Central, Inc. が、当時、West Publishing Companyと競争関係にあったLawyers Co-operative Publishing Companyと提携し、その情報を基礎としたからである。

どうしてそうなるのか、筆者には判断の付きかねる箇所もある。同じ事案の控訴審判決において、Oliver裁判官は、多数意見の“The teaching of Callaghan with respect to the issues before us does not come through with unmistakable clarity.”という箇所(799 F. 2d 1219, at 1225)を引きながら、その批判を展開しているのであるが、そのcitationは、“Slip op. at 8.”となっている(799 F. 2d 1219, at 1248)。これは、判決が下されて最初に出される「判決速報(slip opinion)」における頁付けを意味する。しかしながら、これをそのまま判例集に掲載したところで、slip opinionを参照できない読者[=それが普通である]にとってはおよそ意味を持たない。それをFederal Reporterの対応する頁[=Federal Reporter Secondの第799巻1225頁]に変換することこそがWestの判例集を編集する者に求められている作業だと思うのであるが、ここでは、それがなされていない。それなら編集上のミスではないのか(同様の箇所はまだある)、という気がしてくるが、編集上の過誤が山のようにあるはずがないこともまた確かで、そうすると、筆者の理解のどこかに欠落があるのだろうか――と、筆者の思考は堂々巡りを繰り返すのみである。

今も入手可能であるかどうかは定かでないが、West社では、判例集編纂の手順を詳しく解説したパンフレットを用意していて(筆者の手許には刊行の時期を異にする2種類のものがある)、それを見れば、より具体的にその内容が分かるのであるが、こうして1件の判例を眺めただけでも、West社が様々な工夫をして判例集を編纂していることの一端は窺われるのである。判例集がどれもみな同じだと思うのは、厳密に言えば、間違いなのである。

(掲載日 2011年5月23日)

» 判例コラムアーカイブ一覧