高島国際特許事務所※1 所長
弁理士 高島 一
バイオテクノロジー分野のパイオニア発明として著名のものの一つとして、「コーエン・ボイヤー発明」がある。バクテリアを利用した遺伝子組み換え技術に関するものであり、スタンフォード大学のコーエンとカリフォルニア大学のボイヤーとの共同発明に係わるものである。該発明が特許出願された当時、アメリカにおいてさえ、アカデミアン達には「大学人として、公共に広く提供すべき技術について特許を取得して、特定人に利益を与えることは許されない」という考え方が強くあった。コーエン・ボイヤーはライセンス料を低く抑えたが、この発明は約2億5000万ドルのライセンス料をもたらしている。
遺伝子組み換え技術とともにバイオテクノロジーの柱のひとつに「細胞融合」の技術がある。二つ以上の細胞から一つの雑種細胞を形成させるものである。細胞膜によって隔てられた細胞を融合させるものであり、当時は驚異的な大発明である。大阪大学の岡田先生によって、なされたものである。これは、センダイウイルスをがん細胞に注射することによって、細胞融合させるというものである。この発明は特許を取得しなかったが、明細書の記載を巧み行えば、細胞融合を全般的に権利範囲とする特許を取得することも可能であったと思料する。この技術は新薬や医療技術の開発、植物の品種改良等々の種々の分野で利用されている。
さらに、パイオニア発明でありながら特許を取得しなかった例がある。
英国のケラーとミルスタインの発明に係わるモノクローナル抗体の発明である。抗体を産生する細胞と、無限に増殖するがん細胞とを、細胞融合させてモノクローナル抗体を大量生産する技術であり、これによって彼らはノーベル賞を獲得した。しかしながら、彼らの所属する研究機関は特許を取得しなかった。現在のバイオテクノロジーによる医薬の3分の1がモノクローナル抗体であり、その売り上高は莫大である。英国は莫大なライセンス料を得る機会を逸したことになる。ここで興味深いことは、このモノクローナル抗体技術も、先の岡田先生の細胞融合技術を利用するものであることである。
ノーベル賞を取った発明といえば、根岸先生、鈴木先生のクロスカップリング反応の発明が挙げられる。この発明も種々の分野で利用されているが、特許は取得していない。この点に関して、鈴木先生は「特許を取らずにオープンにしたおかげで、これだけ広く使ってもらえるようになったのだと思う」と述べられている。ところが、その一方で、「僕の怠慢、あのころは大学で特許をとることなんてなかった。」とも述べられている。確かにその通りであろうと思う。現在ならば、大学として特許を取得されたのではないかと思う。
ところで、この度の東日本での大震災は、個々の被災者は勿論であるが、日本の工業生産、延いては日本経済に多大な影響を与えている。ところが無形の発明自体、それに基づくライセンス料は、震災の影響を受けない。この度、頭をよぎったのは、特にアカデミアンの基礎研究、パイオニア発明を促進し、広く特許を取得してライセンス料を得ることの出来る環境作りが重要でなかろうかということである。