判例コラム

 

第131回 U. S. Supreme Court Reports, Lawyers’ Editionのこと

成城大学法学部教授
成田 博

1880年代ニュー・ヨーク州での話である。ニューアーク(Newark)の弁護士James E. Briggsは、仕事の関係で恒常的に米国連邦最高裁判所の判例集を調べる必要に迫られたが、それまでに刊行されていた判例集は絶版であった。入手できたとしても400ドルから500ドルはしたらしい。地方の弁護士にとってそれは法外な値段であった。判例集が閲覧できる最も近い町は、30マイル先のロチェスター(Rochester)であった。メートルに換算すると50キロほどだろうか。しかし、交通のありようが今とは大きく異なっていたことを考えれば、それだけの往復でも、結構、難儀だったのではないかと思われる。

こうした状況を打開するにはどうしたらいいのか。書籍の価格が下がらない最大の要因は印刷のコストにあって、Briggsは予約募集にして刊行すればこれを大きく下げられることに気がついた。2500人の応募があれば1冊1ドルの廉価版で売って十分に採算が取れるというので、早速、広告のパンフレットを作成し、予約を募った。これが大当たりして郵便局の私書箱は予約の手紙でうずまった。

こうして、1882年3月10日、James E. Briggs、その息子のWilliam H. Briggs、そして、同じ事務所に勤める弁護士のErnest Hitchcockの3人は会社を設立した。社長には、もちろん、James E. Briggs が就任した。会社名は、まさに弁護士の協力の賜物という意味を込めてLawyers’ Co-operative Publishing Companyとした。印刷を請け負ったE.R. Andrewsと交わした契約では、5000部を印刷するということになったというから、期待した倍の応募があったことになる。

Lawyers’ Editionにはいくつかの特徴があるが、何といっても最大の特徴は、連邦最高裁判所判例集の第1巻とされたダラスの判例集(1 Dallas)にまで遡って判例を収録したことにある。このときをもって、米国連邦最高裁判所判例集は、一般に入手可能な状態になったということができる。West Publishing Companyは、わずかに1年後の1883年、Supreme Court Reporterを創刊するが、Lawyers’ Editionとは異なり、ダラスの判例集にまで遡るということをしなかった。WestのSupreme Court Reporterの第1巻第1頁、“1 S. Ct. 1”なるcitationによって特定される判例は、1882年のJohnson v. Waters判決である。この判決は、公式判例集では第108巻に収められているのであるが(108 U.S. 4)、Lawyers’ Editionでは27巻目に相当する(27 L. Ed. 630)。

このことは同時に、Lawyers’ Editionでは、1巻の中にいかに多くの判例が収められているのかを示している。Briggsは価格を低く押さえるために活字を小さくしようとしたのであるが、極端に小さい活字では意味がない。そこで、夜でも昼と同じ程度に読むことができ、新聞その他で最も利用されているbrevier(8号活字)を採用した。そのかわり、読みやすさを考えて縦2段組とし、1行を短くしたのであった。ちなみに、Westの判例集が縦2段組に切り替わるのは1888年以降のことである。

1885年、Lawyers’ Co-operative Publishing Companyは、本社をロチェスターに移した。1901年には、念願かなって、印刷(E.R. Andrews Printing)、製本(Burke & White Bindery)の会社とともに、ひとつのビルにおさまった。その後、American Jurisprudence(1936年)、United States Code Service(1972年)等を刊行し、法律出版界において多大の貢献をしてきたのは周知のことかと思われるが、1989年に至ってThomson Corporationの傘下に入った。しかるに、1996年、ThomsonによるWestの買収によって生じた独占の問題を回避すべく、Lawyers’ の出版物の一部は他社への譲渡を余儀なくされた。現在、Lawyers’ EditionがReed Elsevierに属するLexis Law Publishingによって刊行されているのはその故である。

Lawyers’ Co-operative Publishing Company が1982年に刊行した百年史を参照しつつ、U. S. Supreme Court Reports, Lawyers’ Editionの歴史について駆け足で語れば、おおよそ以上のようなことになろうか。

(掲載日 2010年12月6日)

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