青山学院大学法務研究科(法科大学院)教授※1
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック※2
弁護士・ニューヨーク州弁護士
浜辺 陽一郎
企業をはじめとする様々な組織における不祥事に際して、いわゆる「第三者委員会」が設けられるケースが増えている。ところが、この第三者委員会については、一部ではあるが、その場しのぎの組織防衛の片棒を担いでいるような疑いを抱かざるを得ないようなケースもあった。そういうことでは、到底「第三者」とはいえないし、膿を出し切ることはできず、不祥事の再発防止にも役に立たない。一部の困った弁護士が営業的観点から、そのニーズに対応し、ここに不正を犯すような悪質な経営者が飛びつくといった構造があり、一部の第三者委員会に対して厳しい目が向けられている。こうした由々しき問題に対応するため、今般、日本弁護士連合会が「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年7月15日付)※3を公表した。
これは、第三者委員会が遵守すべき規範を定めたものではなく、現時点でのベスト・プラクティスを取りまとめたものにすぎないというが、これを無視しようとする経営者や第三者委員会は、今後、立ち行かないことになりそうである。本年8月に東京証券取引所自主規制法人上場管理部から公表された「上場管理業務について -虚偽記載審査の解説-」(2010年8月24日付)※4では、第三者委員会を設置する場合の留意事項に言及し、「公正な調査結果を導くための独立性や専門性」などを要請すると共に、上場会社が「第三者委員会による調査プロセスや調査結果を恣意的にコントロールするような行為」「恣意的な介入」を禁止している。
これらの動きが何を意味するかといえば、有価証券報告書等の虚偽記載があった場合を含めて、企業不祥事があったときに、第三者委員会に手心を加えてもらって何とか穏便に取り計らってもらうことは許されないことになるということだ。こうした取扱いは、虚偽記載のケースに限らず、広く企業不祥事に当然のこととして考えられていくことになるだろう。
もっとも、「弁護士等は依頼者に対して忠実義務を負っているのだから、依頼者に牙を剥くようなことが許されるのか?」という疑問を抱く向きもあるかもしれない。しかし、弁護士等の実質的な依頼者はあくまでも会社であって、経営者個人でもなければ、担当者職員ら個人でもない。法律的には、不祥事に加担した会社関係者らは、会社の利益を害した相手方なのであって、本当の依頼者ではないと整理すべきだろう。この点は、代表取締役社長が会社の代表者であるという形式論理からすると、形式的な依頼者ではあるのだが、代表者が会社を蝕んでいる場合には、その正当性は失われていると考えるほかない。
かくして、弁護士も、実質的な依頼者である会社に忠実であろうとすることにより、時として不祥事に加担した会社関係者の責任を厳しく追及しなければならないこともあるということになる。上記の日弁連のガイドラインには、「企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載する」と明記されている。第三者委員会が徹底的に調査して、不祥事の真相解明が進むと、しかるべき役員の責任追及がやりやすくなるということにもなるだろう。これまで、証拠収集手続きの拡充、会社法における役員の責任追及に関する「不提訴理由書」の制度等によって役員への責任追及の強化が図られてきた。第三者委員会は内部情報を基礎として客観的な証拠に基づいた判断をすることになろうから、役員個人の責任追及に、さらに強い武器が加わったことになる。
既に、多くの事件で第三者委員会の調査報告書が公表され、役員の任務懈怠は明らかであると断言するものも散見されるようになっている。これまでにもまして、コーポレートガバナンスや監査の意義を見直して、コンプライアンスの真の意義を理解する契機となればと思う。
(掲載日 2010年9月6日)