苗村法律事務所※
弁護士、ニューヨーク州弁護士 苗村 博子
「今のマスコミは、トップの首をすげ替えることに汲汲としているんですよね。」あるマスメディアの方との会話の中で出てきた話である。企業不祥事が起こる度、経営陣は、そろって、頭を下げ、今では、その頭の下げ方、時間まで指南されている。企業の社会的責任が強く求められるまさに時代の要請である。製品に関する事故となれば、民事上の損害賠償請求から、引責の問題、そして、ついには、刑事責任まで、問われる事となった。
本年5月11日、平成17年11月におきたパロマ工業製湯沸器の使用による一酸化炭素中毒による死傷事故について、東京地裁は、同社の経営トップに業務上過失致死傷の有罪判決を下した。同判決の要旨※1によれば、同社製の湯沸器には、強制排気装置が付されていたが、修理業者の修理の際の配線の不正改造により、この装置が作動しない状態で湯沸器が点火・燃焼し、事故が起きたとのことである。同種の湯沸器の改造は、しばしば点火不良が起こることから、修理業者が以前から行っており、13件の事故(15名死亡、14名負傷)が発生し、経営トップも社内で事故とその原因の集約を認識していたという。かような状況下、パロマ社として、マスメディア等を通じ、湯沸器の使用者に事故の危険について注意喚起を行い、また、物理的に把握可能な機器を点検して、改造されている機器を回収する措置をとるべきであり、経営トップは、これを行う刑法上の注意義務を負っており、また、いずれの措置も実行可能であり、これにより当該事故は防げたというのである。
この判決では、製品の販売後の長期の監視義務を認めた点が注目されるが、私が、気になるのは、マスメディア等を通じての注意喚起を刑法上の注意義務としている点である。判決要旨によれば、機器の点検により、17年の事故は防げたと認定され、必ずしもマスメディアによる注意喚起がなくても、事故の回避可能性があったと考えられるのに、なぜ、これも注意義務だと認定したのか。この事故は偶さか、ガスファンヒータについて、修理点検を行う新聞広告、TVCMが流された時期に起こったものであり、社会的事象として当然、裁判官も了知しており、17年事故はともかく、点検で発見できない不正改造に対応する為にも、同様の注意喚起が必要だと考えたのであろうか。
判決がどのような周知法を必要だと考えたのかは明らかではないが、一旦このような判決が出れば、これからは、マスメディアによる注意喚起を行っていなければ、刑法上の過失が問われる事ともなりかねない。ダスキン事件高裁判決※2が、取締役の損害賠償義務に関し、不正行為の公表義務を認めたのかどうか、話題になったが(私は、判決はそんな要請はしていないと考えている)、この判決は、経営トップには、生命、身体に関わる事故に関しては、民事上だけでなく、刑事上も公表、注意喚起義務があるとした点で、注目される。経営トップは、規模、期間、費用等、どのような注意喚起の公表を行うべきか、ますます、厳しい判断を迫られることになる。
(掲載日 2010年8月30日)