成城大学法学部教授
成田 博
平成22年1月26日、最高裁判所第三小法廷は、マンションに関わる興味深い判決を下した※1。全868戸のうち170戸を超える区分所有者が実際にはそこに住んでいないマンションで、居住していない区分所有者(不在組合員)に対して、役員になるなどの負担を免れていることを理由に、負担の公平の観点から「住民活動協力金」なる名目で組合費に月2500円を上積みして管理組合が徴収できるかということが問われたものである。
最高裁判所は上記「住民活動協力金」の徴収を肯定したが、これは「フリー・ライダー」に関わる、と筆者は理解する。フリー・ライダーは、「ある利益を享受するために要する費用を負担することなく、その利益だけを享受する者」と定式化できる。最高裁判所判決理由中に「不在組合員は・・・役員になる義務を免れているだけでなく、実際にも、上告人【=管理組合】の活動について日常的な労務の提供をするなどの貢献をしない一方で、・・・その利益のみを享受している」とあるところは、まさにフリー・ライダーの定式に当て嵌まる。気になるのは、不在組合員は、管理組合の選挙規程上、その役員になることができないというところである。
「フリー・ライダー」は経済学の論じるところで、「公共財」と関わるが、最少2人の人間がいれば、そこに「公共財」が存在しうるとは言えないか。相隣関係における境界標、囲障の類いはそのようなものと理解できる。あるいは、まさに今回の区分所有がそうであるが、関係者の数が増えてくれば、「フリー・ライダー」出現の可能性は大きくなる。30年近く前、筆者は、「フリー・ライダー(Free Rider)論」でそうしたことを論じたが、必ずしも関心を持ってはもらえなかった※2。けれども、民法の領域においてフリー・ライダーを扱ったと理解できる判例は絶無ではない。
ひとつは、甲府地方裁判所昭和32年6月10日判決・下民集8巻6号1088頁である(これは控訴審判決である)。原告らは、破損して使用できなくなった溜池の復活を提案、土地改良区を設立しようとしたが、多額の費用がかかるとのことで頓挫した。そのかわりとして、原告ら一部組合員が共同施行区を組織して溜池の改修工事をしようとしていた矢先、被告らが抜け駆けをして別の「共同施行区」の総会を開催し、一反歩当り3200円を植付希望者に負担させることを決定した。さらに、その「共同施行区」に加入していない者からは「義務金」名義で工事負担金を徴収することとした。原告は督促に応じて631円を支払ったが、その後、支払いの義務などなかったとしてその返還を求めた。裁判所は、原告(控訴人)の請求を認めなかったのであるが、筆者は、これを「事後的にフリー・ライダーでありたいといって訴えた事案」と理解する※3。
もうひとつは、最高裁判所昭和26年2月13日第三小法廷判決・民集5巻3号47頁である。これは、他家に嫁いだ娘が、父親と兄の反対を押し切って母親を自分のところへ連れてきたのち、自分が支出した扶養料等についてその分担を兄に求めたものである。最高裁判所は、過去の扶養料の請求を認めなかった原判決を破棄、これを高等裁判所へ差し戻したが、その際、相応の扶養をしていないとか虐待があるといったことから、これを見兼ねて引き取った場合にもなお引き取った側が費用を全面的に負担するというのでは、「冷淡な者は常に義務を免れ情の深い者が常に損をすることになる虞がある」と述べる※4。
この先、今回の最高裁判所の判決については様々に論じられると思うが、この判決は、「フリー・ライダー」への対処という視角からも十分検討に値するのではなかろうか。
(掲載日 2010年8月2日)