判例コラム

 

第95回 いしかわ耕稼塾

金沢大学人間社会研究域法学系教授
大友 信秀

石川県では、いしかわ農業人材機構により、農業人材育成のために「いしかわ耕稼塾」(http://inz.jpn.org/koukajyuku/)が開講されている。同塾は、新規就農希望者を対象とした栽培や経営の基礎を学ぶ「予科」及び「本科」とすでに農業に従事していて自立経営を目指す者を対象とする「専科」等により構成されている。

これまでに、本コラムでも紹介してきたように(ごぼうの先生ヘイケカブラのアイスクリームビジネスクリエイト道場株式会社きんぷる実践ブランディング)、金沢大学に赴任して以来、地元の農業従事者の方々との地域資源活用のための連携、事業化への協力、ブランディング、マーケティングにつながる人材育成という活動を行ってきた。そのためか、地元では知的財産法よりも農商工連携やブランディングというキーワードに関係する仕事に関わることが多い。

耕稼塾の中にある「経営革新スキルアップコース」は企業的経営感覚を学ぶためのコースであるが、昨年来、同コースの講師を引き受け、ブランディングによる経営戦略の策定作業を受講生と一緒に行っている。受講生は7人で、すでに農業については経験を有しているが、生産している農産品を生かした経営計画を作成する能力を身につけたいとの意気込みで参加している。

毎回の講義・演習は主に平日の午後6時から9時までの時間を使い行われる。遠くは、輪島からの参加者もおり、金沢市内まで片道2時間以上の時間をかけての受講である。泊まりがけでの経営戦略の策定演習を行った際には、参加者同士がお互いのプランに対して、農業従事者ならではのアドバイスを行ったり、同じ農業従事者でありながら、知らなかった技術などに新鮮な驚きを感じる場面にも居合わせた。

同コースにおける私の役割は、ブランディング手法を教え、自分の力で新規事業の方向性を見つけられる力をつけることであるが、今まで市場というものをそれほど意識してこなかった受講生たちにとっては、手法の理屈を理解できても、客観的に見た自分の強みや、自分の生産品を評価してくれる市場というものを具体的に意識するという手法の活用は簡単なことではない。

何度も、実際の事業経営計画策定につきあい、みなで議論をしていくことで、徐々に実践感覚に近づいていくことが重要であるが、どれだけ机上でのブランディングが上手になっても、実践は全く別物でもあり、場合によっては、それまでの作業をすべて見直す必要も出ることがある。資金力にものを言わせて市場を誘導するような手法は採用できないため、このようなことは常に意識しておかなければならない。ある意味では、ブランディング手法を学ぶということは、自分が選んだ経営戦略に自信を持ち、ぶれない経営をするための勇気、あるいはお守りを持つという事を意味するのかもしれない。

最近は、大学の中でも、産学官連携というような言葉を目にする機会が多いが、真に、産業に向き合い協力するためには、理屈と実践の関係を理解し、専門家として自分ができることの限界を理解しながら、それでも必要とされている役割を充分に意識して行動することが必要なのだと考えている。産学官連携という言葉が大学内の研究者の利益、もしくは、産学官連携を担当する部局の存在理由のために使われることのないよう、謙虚に、現場の人々と一緒に汗を流すことが求められている。

今回紹介した「経営革新スキルアップコース」は、昨年(2009年)の7月に開講式が行われ、12回の講義・演習、個別相談を経て3月に修了式を行う予定で運営されている。修了式の後、修了生がどのように石川の農業経営をリードしていくのか、「7人の侍」か「7人のこびと」か、はたまた、これを機会に石川を背負う「7人の百姓」となるのか、大いに期待したい。

(掲載日 2010年2月15日)

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