東海大学法学部教授
西山 由美
昨年11月下旬、リスボン条約発効直前のEUの調査のため、オランダとドイツを訪れた。「EU憲法」制定は、2005年にフランスとオランダの国民投票で否決されたために頓挫、そこで拙速な憲法制定を断念し、EU新基本条約であるリスボン条約の批准を目指してきた。しかし、昨年6月にはアイルランド国民投票が新条約を否決し、昨年10月のアイルランドの再投票の結果には、新条約批准の成否がかかっていた。崖っぷちの再投票は、新条約批准という結果となり、その後、最後の未批准国チェコも批准、リスボン条約は昨年12月1日から発効した。将来の憲法制定の足がかりとなる新条約がスタートし、EUの顔ともなりうる大統領ポストも創設され、さぞやEU市民は歓迎ムードだと思ったのだが・・・。
EUの優等生といわれるドイツで、何人かの人に新条約の感想を聞いたところ、「ブリュッセルの組織変更の問題にすぎない」というような冷めた意見が多かった。11月21日・22日付のドイツ主要紙ズートドイチェ新聞の一面は、「ヨーロッパの新リーダーたち」という見出しで、大統領に選出されたファン・ロンパイ氏(ベルギー首相)と外交・安全保障上級代表―外務大臣に相当―アシュトン女史(イギリス出身の欧州委員会委員)がにこやかに抱擁しあっている大きな写真を掲げていたが、この新リーダーたちの国際的な知名度は今ひとつ、という印象は否めなかった。大統領候補のひとりに挙がっていたイギリス前首相ブレア氏については、イラク戦争の問題もあったのかもしれないが、ドイツとフランスから「中道左派の人物はだめだ」と横槍が入ったようだ。ファン・ロンパイ氏は、調整型の政治家として定評があるという。なるほど、写真の横顔は温厚そうだ。初代大統領にはカリスマ型でなく、英・独・仏以外から調整型の人物を選んだことからも、EUにおいては理念だけでなく、絶妙なバランスが不可欠なのだと再認識した次第である。
ところで新条約の目標のひとつは、簡素で速やかなEUの意思決定の実現であるが、このことは世界に向けて、意外にも早く示された。ハイチ地震から一週間も経たない1月18日に、アシュトン上級代表が4億ユーロ(約500億円)あまりの援助を表明したのである。(地震発生から二週間後の1月26日に至り、しかも国連からの「経済大国であり、地震国でもあるのに」という苦言を受けて、追加分を含めた援助総額を63億円とした日本は、やや見劣りはしないか?)
新リーダーを迎えたEUには、問題が山積している。ユーロ圏16カ国平均で9パーセントを超える高い失業率、ユーロ導入国ギリシアのGDP比で12パーセントを超える深刻な財政赤字、オランダの空港でのテロ未遂事件、新加盟国からの移民による犯罪を契機としたイタリアでの移民排斥運動などなど。これからのEUの問題解決手法に期待しつつ、「真の政治リーダーとは」と自問しているところである。
(掲載日 2010年2月8日)