成城大学法学部資料室
隈本 守
先月、法務大臣が、容疑者取り調べの可視化(全過程の録音・録画)実現に向けた勉強会を省内に設置すると発表した。また国家公安委員長も取り調べの全過程を録音・録画する可視化を実施すると述べたが、その一方で「取り調べ当局にとって犯罪摘発率を上げ、スピード化できる武器を持たせてあげないと、一方的な全面的可視化だけでは済まない」とも述べ、おとり捜査や司法取引などの導入を前向きに検討する旨報道された。
これまでも取り調べの可視化とおとり捜査については、それぞれ導入の意義、必要性、問題点について長年にわたり数多くの議論がなされている。しかし、おとり捜査を、取り調べの可視化により生じる捜査、取り調べの支障に備える武器、として導入するということについては、これまでとは違った視点で検討する必要がある。
取り調べをビデオ等に記録すると、組織犯罪や身近な関係者の犯罪などで「協力的な情報が得られなくなる恐れ」があるとされ、これが取り調べの全てを録画することの「捜査への支障」の内容とされる。であるとすると、取り調べ可視化に対する武器はおとり捜査ではなく、このような事情が特に認められる場合の録画情報の利用制限ないし、特例として録画をしない取り調べ(協力的情報の収集)を認める制度の策定ではないだろうか。しかし、志布志事件や足利事件において指摘された不適切と言わざるを得ない取り調べや、代用刑事施設での取り調べにおける余罪追求の問題があり、この部分の可視化は被疑者等の保護に繋がる反面、取り調べの困難化、ひいては検挙率の低下に繋がる懸念がある。そこで、これにかわる強力な捜査手法としておとり捜査の拡大等が求められている、との指摘もあり、これが一想像の範囲に過ぎないとは言い難いように思われる。
おとり捜査は「直接の被害者がない麻薬捜査等に限り、おとり捜査を用いる以外捜査が困難となる場合であり、かつ捜査機関等によるおとり捜査の前から、機会があれば犯罪を行おうという意思があると疑われる場合にのみ、任意捜査として許容され、このような国家が自ら犯罪を創出するような行為があったとしても、これによって被告人の構成要件該当性、違法性、有責性を阻却するものではない」※1などの判例の限定づけのもとで行われている。これは、周知の通り、「国家が犯罪を作り、これを処罰する」罠への警戒感と、この制限が必要との認識にはじまる数多くの判例と法学上の議論の積み重ねから導き出されているものである。日本では現在おとり捜査に関する法律がないため、イギリス※2やアメリカ※3の様に、法律・指針を制定し、その中で行われるようにすべき、との声もある。
しかし、今回の「取り調べの可視化により捜査が困難になることに対応する捜査上の武器」としておとり捜査を拡大しようとする趣旨から考えると、ただ法律を制定し、明確な基準のもとに円滑な運用をはかる為とは考えにくく、やはり現在の判例が限定する範囲より広くおとり捜査を使えるようにする為、と考える方が自然であろう。そう考えると、企図されているおとり捜査拡大の範囲に対し、これまでのおとり捜査に対する制限がどのように堅持されるのかについて、取り調べの可視化とのトレードオフとして検討されるおとり捜査には、これまで以上に議論の動向を注視する必要があるように思えたところである。
(掲載日 2009年11月24日)