判例コラム

 

第74回 日本版doing business管轄の導入

早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士
道垣内 正人

国際裁判管轄に関する判例によれば、当事者間の公平、裁判の適正・迅速という観点から条理に従って管轄の有無を決定するとされ、原則として、民訴法の定める裁判籍のいずれかが日本国内にあれば、特段の事情がない限り、管轄を認めるとされている。そして、実際の裁判では「特段の事情」の検討が肥大化し、予測可能性が確保されない状態となっている。そこで、現在、法制審議会国際裁判管轄法制部会では国際裁判管轄についての新しいルール作りの審議を行っている。本年7月28日にはその中間試案が公表され、8月31日までパブリック・コメントの募集があった。法制審議会では寄せられたコメントを受けてこの秋に最終的な審議が行われ、立法に向かうこととなろう。

この中間試案には、日本が不法行為の結果発生地であるだけでは管轄を認めず、日本での結果発生が通常予見することのできないものであったときには、管轄を認めないこととするという案や、国際訴訟競合において、先に訴えが係属したのが外国裁判所であって、その事件が判決によって確定し、その判決が民訴法118条の規定により日本で効力を有することになると見込まれるときは、その判決の確定までは日本での訴訟手続を中止するという案など、日本の裁判所で日本企業が外国企業に対して提訴することを制限する方向の案がある。

しかし、逆に日本の管轄を広げる案もある。すなわち、日本国内に事務所・営業所がなくても、日本国内において継続して事業をしている者に対しては、その者の日本における業務に関する訴えについて管轄を認めるという案である。

アメリカには、アメリカで継続的に事業活動を行っていれば管轄を認めるというルールがあり、”doing business”管轄と呼ばれている。これは、アメリカでビジネス展開している外国企業にとって大きな脅威であり、悪名高いものである。上記の中間試案で示されている案はこれと似ているため、日本版doing business管轄といってよいものである。ただ、アメリカのルールは、日本でいえば普通裁判籍を認めるものであって、アメリカでのビジネスと無関係の事案についてもアメリカに管轄を認めるものであるのに対して、日本版の方は日本での事業に関する訴訟に限定して管轄を肯定するものである。

この日本版doing business管轄は比較法的にみれば大陸法的管轄ルールの枠を踏み出すものである。大陸法では事務所・営業所の存在がキーになるという考え方が強く存在してきたからである(民訴法4条5項・5条5号参照)。しかし、現実をみれば、日本との貿易のために欧米の○○商会が横浜や神戸に営業所を置いていた明治の時代と異なり、現代の情報化社会においては、日本に拠点はなくても十分に日本向けのビジネスをすることができる。また、外国会社が日本において取引を継続してしようとするときは、かつては日本に営業所を設置することが義務付けられていたが、平成14年商法改正でその義務は廃止され、現在の会社法817条によれば、日本に住所を有する日本における代表者を定めて登記することとされている。このことと整合性を持たせ、かつ、代表者の登記義務に反して日本で継続的な取引を行っている外国会社に対して、その日本における取引について日本で訴訟を提起することができないという事態を解消するためには、日本版doing business管轄のルールの導入が必要であると考えられる。

弁護士や企業法務担当者の中には中間試案が日本の管轄を制限しようとする点に着目して反対する声もあるようであるが、国際裁判管轄をめぐる不明確な判例法の支配を脱却して、透明性の高いルールに基づいて事件の処理がされるようになることは日本にとって重要なことであり、全体としてバランスのとれた合理的なルールが早期に施行されることが期待される。

(掲載日 2009年9月7日)

» 判例コラムアーカイブ一覧