判例コラム

 

第65回 「2:6:2の法則」と法科大学院の定数削減

早稲田大学大学院法務研究科教授 弁護士
道垣内 正人

かつて東京大学の総長補佐をしていた頃、東京大学の入学定員を3000人から2000人に削減し、その代わり、3年生への編入試験で1000人をとるという案を内部で議論したことがある。大学2年生終了時点で、より明確に将来を見据えた進路決定を可能とし、2回のチャンスがあることから受験競争のプレッシャーも緩和することができる上、教養科目の勉学にも熱が入り、2つの外国語を入学試験科目にすれば、第2外国語のレベルも向上するのではないかというアイデアである。そして、もちろん眼目は、最終的にはよい学生を集めることができるのではないかということであった。 しかし、そのとき、補佐のうち、ショウジョウバエの研究をされていた生物学の教授から、3000人を2000人にすれば上位3分の2の学生をとることができると考えているかも知れないけれども、生物学的にはそうはならないとのお話があった。

そのご指摘は次の通りである。アリでもハチでも、注意深く観察すると、2:6:2の割合が常に当てはまる。20%はよく働き、他の20%は働かない、そして、残りの60%はその中間になる。そして、それぞれのグループを他のグループから切り離すと、よく働いていたグループの中で、20%は働かなくなり、他方、中間グループのみならず、下位グループを形成していた20%の中からも、20%の働き者が出てくる。結局、各グループとも、再び2:6:2の割合になることが観察される。このことから言えば、入学試験定数を減らしても、合格者の中は2:6:2に別れ、後に編入学で入ってくる1000人の中も同様なので、結局、今の状態と同じことになるだけということになるのではないか、というのである。この「2:6:2の法則」は企業組織論などでも論じられているようであるが、私としてはその時初めて聞いたことであったので、印象深く記憶に残っている。

この入試改革案は単なるブレイン・ストーミングだけで終わったが、仮にこの法則が普遍的なものであるとすれば、現在進行しつつある法科大学院の入学定数削減の動きは、上位20%の絶対数を減少させてしまうだけであって、質の向上には結びつかないということになる。

ただ、司法試験合格者数を法科大学院の総定数で割った数値があまりに小さく、そのために法科大学院の学生が受験勉強ばかりに注力をしなければならなくなっているという弊害が生じているとすれば、改善の必要があることは確かである。すなわち、法科大学院で普通に勉強していれば司法試験に合格するようにすることによって法を深いところで理解し、広い見識を備えた将来の法曹資格者を生み出すような法科大学院教育を実現すべく制度の見直しを図ることは一つの方法であろう。

「2:6:2の法則」に基づくと、普通に勉強していれば合格するようにするためには、司法試験合格者枠を法科大学院の総定数の80%にすればよいということになる。下位20%が司法試験に合格できなくても仕方がないということである。リーガル・サービス市場の大きさを勘案した結果、司法試験合格者の総数は当面はせいぜい3000人が上限であるとすれば、法科大学院の総定数の上限は3750人となる。

この数字は今考えられている法科大学院定員削減よりも厳しい数字であり、そうすると、アカデミックな意味で余裕のある法科大学院教育の実現は当面は夢物語なのであろうか。

(掲載日 2009年6月29日)

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