判例コラム

 

第53回 さざなみが立ちかけた株券電子化制度

法務省 民事局 民事法制管理官
萩本 修

株券電子化制度が本年1月5日に無事施行され、今日まで大きなシステムトラブル等もなく推移している。株主や質権者など株式に対して権利を有する者の意思とは無関係に、上場会社の株券が一斉に電子化されたのであるから、実に大きな制度改正である。平成16年6月にいわゆる株式等決済合理化法(平成16年法律第88号)が成立してから4年半余りの間、その円滑な施行に向けて全力を傾注してこられた多数の関係者の方々に対し、改めて敬意と感謝の意を表したい。

このように順調に施行された直後であるが、株券電子化制度に関連する改正が行われた。本年3月23日に公布され、即日施行された「社債、株式等の振替に関する法律施行令の一部を改正する政令」(平成21年政令第48号)による改正である。

株券の電子化に伴い、振替株式(社債、株式等の振替に関する法律(平成13年法律第75号。以下「振替法」という)第128条第1項)の株主が少数株主権等(振替法第147条第4項)を行使する場合の会社に対する対抗要件は、株主名簿の記載・記録(会社法第130条第1項)ではなく、振替機関(振替法第2条第2項)が会社に対してする個別株主通知(株主の氏名・住所や保有株式数等の通知)とされた(振替法第154条)。

この結果、株主は、株主提案権(会社法第303条)などの少数株主権等を行使しようとする場合には、口座を開設した証券会社等に申し出て、振替機関から会社への個別株主通知をしてもらわなければならない(振替法第2条第6項、第154条第4項)。株券の電子化により、株券の保管・運搬コストや紛失・盗難・偽造等のリスクがなくなり、株式の取引の安全性・迅速性が格段に高まったが、株主名簿に記載されている株主からすれば、株主提案権などを行使する際に、これまでは全く必要でなかった手続を踏むことを求められるわけで、その限りで面倒になったことは否めない。

それだけであれば、株券の電子化を実現するためにやむを得ないこととして割り切ってくださいとお願いできるのだが、どうもそれだけでは済まない問題があることが判明した。それは、個別株主通知後「2週間」以内に少数株主権等を行使しなければならないとされていたこと(振替法第154条第2項、今回の改正前の振替法施行令第40条)に関係している。

複数の株主が共同で少数株主権等を行使するような場合であっても、個別株主通知の申出は、各株主が別々に、それぞれの口座を開設した証券会社等に対してすることになる。したがって、「2週間」の権利行使期間内に複数の株主がそろって少数株主権等を行使し得るためには、各株主の申出に基づく個別株主通知が、すべての株主について滞りなく行われる必要がある。

ところが、株券電子化制度の施行後間もないこともあってか、実際には、①証券会社等の窓口担当者が個別株主通知のことを知らず、「個別株主通知って何ですか?」といった対応をする、②会社が、少数株主権等の行使の前提として、個別株主通知の申出を受け付けた旨の証券会社発行の書類(受付票)を要求する運用をしているのに、証券会社が受付票をスムーズに発行してくれない、等々の事実があるようであり、このままでは少数株主権等の行使(具体的には来るべき今年の定時株主総会における株主提案権の行使)ができない、という切実な声が上がってきた。

株券電子化制度に少数株主権等の行使を困難ならしめる意図がないことは言うまでもないが、この制度によって株主提案権が行使できなくなったという思わぬ批判を浴びるようでは、せっかくの順調な滑り出しに水を差すことになりかねない。

そこで、このたび、緊急に振替法施行令第40条を改正し、「2週間」とされていた少数株主権等の権利行使期間を「4週間」とした。

内在していた問題が火を噴いて大事になると、マスコミ等で報道され、多くの関係者の知るところとなるのであるが、この問題はそうなる前に火を消し止めてしまったため、あまり報道等もされず、必ずしも十分には周知されていないようである。今一度、注意を喚起するとともに、関係各位のご理解をお願いしたい。

(掲載日 2009年3月30日)

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