苗村法律事務所※1
弁護士、ニューヨーク州弁護士 苗村 博子
アガサ・クリスティ著の「検察側の証人」、ヘンリー・フォンダ主演の「12人の怒れる男」等英米の小説、映画には、法廷物と言われるジャンルがあります。日本では、遠山の金さんシリーズなどお白州がテレビ画面に映っても、裁判官たる金さんが、このさくら吹雪が目に・・・などと言うなど裁判しなくてもお見通しと言った落着の仕方であまり法廷物としてのおもしろさはありません。
来年からいよいよ導入となる裁判員制度の候補者名簿作成が7月15日から開始されましたが、一般国民、司法関係者のいずれも、裁判員が、証拠を理解できるか、尋問での証言が虚偽かどうかを見破れるかなど、不安はつきないところです。
しかし、先日、大阪松竹座の歌舞伎を見て、日本人は、結構裁判員裁判に対応できるような気がしてきました。我々のご先祖様、江戸時代の庶民も法廷物を楽しんでいたらしいのです。伽羅先代萩、江戸時代初期の伊達(先代は「仙台」のこと)のお家騒動に題材を取った歌舞伎です。執権仁木弾正の企みによって酒食におぼれた当主が隠居させられ、幼少の鶴千代が家督を相続したため、弾正は、鶴千代を毒殺しようとねらっています。
乳母の政岡が我が子に毒饅頭を食べさせて主君鶴千代を守るという有名な第2幕「御殿」で、戯作者の意図通り、涙を絞ることとなったのですが、問題の第3幕は問註所対決の場、原告は、国家老、渡辺外記、被告は、仁木弾正です。外記は、弾正の企みにより、当主の放埒を招いたとして、その子鶴千代に対する弾正の暗殺計画を立証しようとしています。
鶴千代、毒殺の為の毒薬調製依頼状を甲1号証(かどうかはわかりませんが)として提出するものの、被告弾正より、偽造文書だとされ、また甲2号証として出した呪詛調伏しようとしたとの密書は肝心の押捺部分が切れて無かったため、裁判官山名宗全より証拠不十分とされ、弾正勝訴の裁定が下されんとしています。そこへ、もう一人の裁判官である細川勝元が問註所に現れます。勝元は、裁定は下ったとしながら、弾正に、ある文書に署名捺印をさせます。罠かと疑った弾正は、髪の毛を一本挟んで実印を押します。筆跡が、甲2号証と一致することを確認の後、甲2号証の切れた押捺部分が見つかったとして勝元は、甲2号証が弾正作成名義であると裁断、原告の訴えを認めます。それを聞いた弾正、先ほど押した印と、甲2号証の印影が同じはずはないと反駁しますが、勝元にわざと髪を挟んだ理由を理詰めで迫られ、反論できなくなり、裁判は忠臣外記の逆転勝訴となったのでした。書証の真正の示し方、反対尋問の仕方、第3幕は私にも大変に参考になったのですが、見回すと観客は息を詰めて舞台を見つめています。皆さん、勝元同様、十分に裁判員裁判で、真実を見抜く力がありそうです。
歴史の評価は裁判とはまた違って難しいもの、山本周五郎の「樅ノ木は残った」では、自らのせいにして伊達家62万石を守ったこの弾正(実物は原田甲斐)こそが本当の忠臣だったとしています。