北海道大学法学研究科教授・情報法政策学研究センター長
田村 善之
先日、コカ・コーラのボトルの形状について商標登録を認めなかった特許庁の審決を取り消す判決が下された(知財高判平成20.5.29平成19(行ケ)10215[コカ・コーラ立体商標])。
コカ・コーラのボトルといえば、立体商標の代表例とされることがあるぐらいだから、当然だと思われるかもしれないが、本判決は、日本の立体商標法史のなかでは、むしろ画期的なものと評することができる。
立体的な形状について商標登録が認められるようになったのは、日本では1996年の商標法改正からである。しかし、商品や容器の形状についてはただちに登録を受けることができるわけではなく(商標法3条1項3号)、使用の結果、出願人を示すものとして需要者が認識しうるような程度に至っていなければならないとされている(3条2項)。問題は、従前はこの特別顕著性の要件のハードルが著しく高かったということであり、たとえば、ヤクルト飲料の容器、サントリーのウィスキーの角瓶、お菓子の「ひよ子」の形状など、一般的に知名度が高いと思われる商品の形状や容器の商標登録がことごとく否定されてきたのである(東京高判平成13.7.17判時1769号98頁[ヤクルト飲料瓶]、東京高判平成15.8.29平成14(行ケ)581[角型ウイスキー瓶] 、知財高判平成18.11.29判時1950号3頁[ひよ子])。
これらの裁判例では、現実の使用態様において文字標章が付されていたにも関わらず(ex.「SUNTORY」、「ひよ子」)、出願にかかる商標が文字標章を抜いた立体的形状である場合には、それは使用されていたものと同一ではないのだから、出願にかかる商標のみで需要者の間に識別されていたわけではないとされていた。しかし、商品を商品名等の文字標章等を付すことなく販売するなどということは通常、想定しがたいことであり、これらの裁判例の論理を墨守する場合には、およそ日本では商品や容器の立体的な形状について商標登録は許されないということになりかねない。
もちろん、商品や容器の形状に関しては、これを先願だからといって直ちに登録を認めていたのでは、新規であり創作容易ではない意匠が創作された場合に限り意匠権を認める登録意匠制度が潜脱される。しかし、その点を慮っても、相当程度の需要者に認識されているものであれば商標登録を認めるべきであるとしたのが、商標法3条2項の判断であろう。商品や容器の立体的形状について、同じく3条1項3号に掲げられている他の産地や品質を示す表示と区別して、特に不利益に取り扱うことが正当化されるものではない。さらにいえば、商標法は、特許や実用新案制度との抵触を回避するために、商品やその包装の機能確保のために不可欠な立体的形状に関しては、出所識別力の有無等に拘わらず、その登録を阻却することとしているが(4条1項18号)、このような特則が置かれていることを裏から見れば、機能確保のために不可欠なものではない場合には、他の文字商標並に商標登録を認めても特に不都合は起こることは無いと商標法が判断していると考えるべきであろう。
もっとも、このような立体商標冬の時代にも終焉を迎えようとしている。転機が訪れたのは、本判決と同じく飯村敏明裁判長が担当した知財高判平成19.6.27判時1984号3頁[マグライト]であり、そこでは、現実の使用態様で付されていた文字標章が小さく著名表示でもないという事案で、懐中電灯の形状につき3条2項該当性を認めるべき旨が説かれたのである。そして、本件コカ・コーラの事案は、付されていた文字標章(「Coca-Cola」)が大きく、しかも著名表示でもあったというものであったが、3条2項該当性が認められるべき旨が示唆されたところに先例的な価値がある。
本件は、特許庁が上告しなかったので、最高裁の判断が示されることはない。本判決が春の到来を告げるものとなるのか、今後、飯村裁判長が担当する事件以外の事件でどのような判決が下されるのか、注目したい。