判例コラム

 

第5回 企業の社会的責任と倒産法

北海道大学大学院法学研究科教授
町村 泰貴

企業が倒産すると、再建するにせよ清算するにせよ、不要不急の財産は切り売りし、あるいは事業単位でなるべく高く売却し、債権者にはなるべく多くの配当を確保するべく、経営者自身や管財人が努力をするということになる。その場合、企業の収益に結びつかないコストは当然のことながら切り捨てられ、無駄は極力省かれることになる。

倒産に至る前の平時においても、コスト削減と収益の向上は営利企業の本質的要求といっても良いが、他方では企業にも社会的責任があるとされており、利潤追求に必ずしも結びつかない活動が企業に対して求められている。この社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)の概念は、近年ますます重要視されるようになってきており、その具体的内容は、コンプライアンス(法令順守)やアカウンタビリティ(説明責任)などと重なりつつも、それらにはとどまらない内容を含んでいる。

例えば、国連では、アナン事務総長の時代に提唱されたグローバル・コンパクト(GC)として、人権、労働、環境の分野における以下のような10原則を企業に求めている。

(人権)
原則1.企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重する。
原則2.人権侵害に加担しない。
(労働)
原則3.組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする。
原則4.あらゆる形態の強制労働を排除する。
原則5.児童労働を実効的に廃止する。
原則6.雇用と職業に関する差別を撤廃する。
(環境)
原則7.環境問題の予防的なアプローチを支持する。
原則8.環境に関して一層の責任を担うためのイニシアチブをとる。
原則9.環境にやさしい技術の開発と普及を促進する。
(腐敗防止)
原則10.強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む。

これに対して経団連は、独自の観点から社会的責任を「Iコンプライアンス、企業倫理」「II情報」「III安全と品質」の3つにまとめ、それぞれ横軸に「基本原則」「顧客・消費者」「取引先」をおいたマトリックスで構成要素と事例をまとめたツールを発表している。

このほかISOの規格化も作成作業中である。

このように多方面でそれぞれの思惑や目的意識から、企業の社会的責任が注目され、内容の具体化が進んでいる状況にあるが、その中で特に重要な項目として環境問題への取り組みがあげられる。

環境問題は、温暖化対策と廃棄物対策/循環型社会の建設の2つが大きな柱であり、廃棄物や汚染防止のように法的な要求となっているものもあれば、温室効果ガス問題のように法的要求までになっていなくとも喫緊の課題と認識されているものもある。そのいずれも、余裕ある企業のイメージアップとしての取り組みとか、ボランティアベースの取り組みというレベルではない、社会の存亡にも関わる課題となっており、企業にとっても収益性をかなり犠牲にしても実施しなければならない課題である。

さて、状況は倒産企業にとっても同様である。法的要求になっている部分は順守するのが当然だが、そこまで至っていなくとも、環境に負荷をかけないという要請は倒産企業にも等しくかかってくる。そうすると、設備の廃棄かリサイクルか、あるいはリユースか、単にコスト面での優劣比較で処理することが許されず、管財人の選択にも環境配慮という制約がかかってくることになりそうである。

倒産法の議論の中では、既に廃棄物問題に関連して管財人の責任が論じられるようになっているが、環境問題一般、あるいは企業の社会的責任の文脈で取り上げられる諸問題一般に視野を広げて、管財人の行動規範が見直される時代が来ているようである。

(掲載日 2008年4月14日)

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