判例コラム

 

第1回 ウルトラマンをめぐる国際訴訟

道垣内正人 (早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士)

本年2月5日、タイの最高裁判所は、初期のウルトラマン9作品のTVシリーズの著作者である円谷プロダクション(T)から、それらの日本以外での独占的利用権(配給・複製等の権利)の譲渡を受けたと主張していたソムポーテ氏(S)らの主張を退け、約3500万円相当の損害賠償をTに支払うこと等をSらに命じた。翌日の新聞各紙がこれを取り上げたのは、その著作物が有名であることに加え、日本ではすでに、同じ権利はSに譲渡されているとの判決が確定していたことによる。両国の判断の違いを生んだのは、Sへの権利譲渡を記した30年以上前の契約書の真贋の判断の違いによる。日本ではそれは本物とされ、タイでは偽物とされたため、日本ではタイ人Sが勝訴し、タイでは日本法人Tが勝訴するという正反対の結論が出されたのである。

両者の争いは様々な形で展開されてきたようであるが、TがSに対して日本で提訴した事件では上記の契約書の真偽が主な争点となり、東京地裁・高裁では国際裁判管轄がないとされて訴え却下となったが、最高裁は、SがTのライセンシーらに対して警告状を送付した行為は、少なくともSの日本での行為によりTに損害が生じているので不法行為地に基づく管轄を肯定することができ、不法行為になるかどうかについて本案審理を行うべしとした(平成13年6月8日判決)(これはこの分野では重要な判決として知られている)。差し戻し後、東京地裁も東京高裁も契約書は本物であると判断し、Tの上告も不受理決定となって、日本以外の権利者はSであることが確定したのである。Tはかえって墓穴を掘ったことになる。

日本では、既に確定判決がある以上、それと矛盾するタイ判決が今になって下されても、それを承認することは民訴法118条3号の公序違反となり認められない(先例として大阪地裁昭和52・12・22判決参照)。もっとも、問題は日本以外の国における権利者は誰かであり、TかSのいずれか一方からライセンスを受けてどこかの国でビジネスをしていると、他方から訴えられるリスクがあることになる。どちらを権利者と見るかは、その国が日・タイいずれの確定判決の効力を承認するか次第であり、裁判をしてみなければ決着は付かない可能性が高い。

ハーグ国際私法会議では、1996年からグローバルな国際裁判管轄と外国判決の承認執行についての多国間条約を作成が試みられたが、2001年の外交会議で挫折し、2005年に管轄合意だけを対象とする条約が採択された経緯がある。司法秩序が国境によって区々に断絶していては安定的なビジネス展開を阻止することは明らかであるにもかかわらず、制度間の対立は妥協点を見いだせなかったのである。今後、T・Sのような犠牲者を出さないために、今一度、司法インフラの整備を地球規模で考えるべきであろう。

(掲載日 2008年3月11日)

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