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文献番号 2025WLJCC010
大阪経済大学 教授
小林 直三
1.はじめに
本稿は、同性カップルが法律婚を利用できないという区別を違憲とした2025年3月7日の名古屋高裁判決に関して考察するものである。本件は、同性カップルである控訴人ら(一審原告ら)が、同性婚を認めていない民法などの本件諸規定は憲法24条※2および14条1項※3に違反しているにもかかわらず、必要な立法措置がなされていないために婚姻できない状態にあるとして、国家賠償法1条※4に基づく損害賠償を請求した事案である。
一審である名古屋地裁判決※5は、本件諸規定について、「憲法24条2項に違反すると同時に、憲法14条1項にも違反するものといわざるを得ない」としたものの、国家賠償請求は否定し、請求を棄却した。本稿で考察する名古屋高裁判決は、その控訴審判決となる。
2.判例要旨
まず、本判決は、「性的指向、すなわち恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向・・・・・・は、生来備わるものであって、自らの意思で選択や変更をすることができないものであ」り、「そして、婚姻の本質は、両当事者が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として、真摯な意思をもって共同生活を営むことにあり、このような人的結合関係を形成することは、法律婚制度ができる以前から人間の本質的営みとして、自生的に発生したことは歴史上明らかであるから、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益といえる」とし、「人間が社会的存在であり、その人格的生存に社会的承認が不可欠であることからすれば、上記のような人的結合関係が正当な関係として社会的に承認されるということ自体については、婚姻及び家族に関する具体的な法制度を離れた個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである」とした。
そのうえで、民法739条1項※6は「いわゆる事実婚主義を排して法律婚主義を採用しているところ、本件諸規定は、同性婚を認める規定を全く設けていないから、異性愛者・・・・・・は法律婚制度を利用することができるのに対し、同性愛者・・・・・・は法律婚制度を利用することができないという性的指向を理由として法律婚制度を利用することができるか否かという区別を生じさせて」おり、「このような区別が事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものと認められない場合は、当該区別は、憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である」とした※7。
また、憲法24条1項については、先例※8を踏まえて、「婚姻をするかどうか、いつ誰と婚姻をするかについては、当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される」とし、「憲法24条2項は・・・・・・具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに、その立法に当たっては、同条1項も前提としつつ、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示すことによって、その裁量の限界を画したものといえる」とした。
そして、「憲法24条の制定において・・・・・・同性婚を排除する目的があったことをうかがわせるようなものはな」く、「その後、我が国や諸外国において、婚姻や家族の形態、婚姻や家族の在り方に対する意識、性的指向や同性カップルに対する意識が大きく変化したことに鑑みると・・・・・・憲法24条の『両性』、『夫婦』という文言によって憲法が婚姻を異性間の人的結合関係のみを想定していると解することは相当でな」く、「憲法24条の『両性』、『夫婦』という文言を理由として、同性カップルが法律婚制度を利用することができないという区別につき、憲法14条1項の適合性が問題になる余地はないと解することはできない」とし、2022年11月の自由権規約委員会の勧告も踏まえて、そのように「解することは、自由権規約委員会の自由権規約の解釈にも沿うものといえる」とした。
次に、「明治時代以降、家族は、男女の人的結合関係(婚姻)を中核とし、その間に生まれた子の保護・育成を担うものであると捉えられており、本件諸規定の制定当時も、このような家族観が支配的であったことからすれば・・・・・・本件諸規定は、制制定当時においては合理性を有し」ていたけれども、「どのような人的結合関係について法律婚制度を定めるかということについては、婚姻や家族の形態、婚姻や家族の在り方に対する国民の意識、国内及び諸外国の状況等の種々の事柄を総合的に考慮して決せられるべきものであるところ、これらの事柄は時代と共に変遷するものであるから、本件諸規定の合理性については、個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らして不断に検討され、吟味されなければならない」とした。そして、控訴人らの婚姻届が不受理とされたのは2019年2月7日であるが、「近年、婚姻、家族の形態が著しく多様化して」いるとし、2018年時点の統計データから、「男女の人的結合関係を中核としてその間に生まれた子の保護・育成の機能を担うという家族観が、唯一絶対のものというわけではなくなっていることが認められる」とした。
また、「国民の中には、子を産み育てることに婚姻の意義を見いだす者が今なお少なからず存在していることが認められる」としつつも、「婚姻の本質は、単に生殖と子の保護・育成のみにあるわけではなく、両当事者が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもって共同生活を営むことであるところ、このような永続性をもった生活共同体を形成することは、同性カップルにおいても成し得るものであり」、さらに、「控訴人らを含めて共同して子を養育している同性カップルが相当数存在していること・・・・・・からすれば、婚姻制度が次世代の構成員の確保につながる社会的機能を果たしてきたからといって、異性間の人的結合関係であればこの機能を果たすことができるが、同性間の人的結合関係ではこの機能を果たすことができないとは言い難い」とした。さらに、「司法が多数決の原理では救済することが難しい少数者の人権をも尊重擁護する責務を負うものであり、特に本件諸規定が自らの意思で選択や変更することができない性的指向を理由として婚姻に対する直接的な制約を課すことになっていることに鑑みると、上記の司法の責務を発揮することが期待される場面であるといえるから、国民の中に依然として婚姻が男女が子を産み育てる関係であるという意識を持つ者や同性婚に反対する意見が一定数存在することは・・・・・・法的問題の結論に直ちに結び付くものとはいえない」とした。
そして、「憲法24条や本件諸規定の立法に影響を与えた諸外国の状況も大きく変化してきて」おり、「我が国でも、平成12年頃以降、同性愛者等をめぐる人権問題の解決の必要性が指摘され・・・・・・平成27年、地方公共団体において初めてパートナーシップ制度が導入され」るなどしており、「世界規模で同性カップルを保護するための具体的な制度化が実現してきており、我が国でも同性カップルに対する理解が進み、これを承認しようとする傾向が急速に進展している」とした。
しかし、「パートナーシップ制度が拡充していること」などを踏まえるとしても、「同性カップルが法律婚制度を利用することができないことによる不利益は、相当程度解消又は軽減されているとはいえず・・・・・・看過することができないものといわざるを得」ず、また、「社会生活上の様々な場面において、パートナーシップ制度を利用することでは解消することができない不利益が存在する」とした。そして、こうしたことが「同性カップルにとって深刻な問題であるだけでなく、婚姻には人生を共にすることで得られる充実感、安心感等という個人の尊厳と結び付いた本質的価値があり、法律婚制度は、両者の人的結合関係が法的に保護され、公証されることによって安定的で充実した社会生活を送る基盤となるという個人の尊厳と結び付いた本質的価値がある。すなわち、人は、法的利益や各種の社会的利益を享受するためだけで婚姻をするのではなく、婚姻そのものに個人の尊厳と結び付いた本質的価値があるため婚姻をすると考えられるところ、同性カップルは、本件諸規定が同性カップルに法律婚を認める規定を全く設けていないことによって、このような法律婚の本質的価値を享受することができないという不利益を受けているのであるから、個人の尊厳が損なわれているという不利益を受けているとみることができる」とした。
他方で、「同性カップルが法律婚制度を利用することができるようになったとしても、国民が被る具体的な不利益は想定し難」く、また、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律3条※9が「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策は・・・・・・相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを旨として行われなければならないとの基本理念を定め、国及び地方公共団体に上記の基本理念にのっとった施策の策定・実施に努めることを要請していることなどからすれば、同性婚の法制化によって」、同性婚に反対する「家族観を直ちに否定することにはならず、共生することは可能である」とした。
したがって、本件諸規定は、「制定当時においては合理性があったといえるものの」、「現時点では、本件諸規定が同性カップルが法律婚制度を利用することができないという区別をしていることは、個人の尊厳の要請に照らして合理的な根拠を欠く性的指向による法的な差別取扱いであって、憲法14条1項に違反するものといわざるを得ず、国会に与えられた立法裁量の範囲を超えるものとして、憲法24条2項にも違反する」とした。
ただし、国家賠償請求は認めず、請求を棄却した。
3.検討
本判決は、「明治時代以降、家族は、男女の人的結合関係(婚姻)を中核とし、その間に生まれた子の保護・育成を担うものであると捉えられており、本件諸規定の制定当時も、このような家族観が支配的であったことからすれば・・・・・・本件諸規定は、制制定当時においては合理性を有し」ていたとしながらも、いわゆる立法事実論によって、「現時点では、本件諸規定が同性カップルが法律婚制度を利用することができないという区別をしていることは、個人の尊厳の要請に照らして合理的な根拠を欠く性的指向による法的な差別取扱いであって、憲法14条1項に違反するものといわざるを得ず、国会に与えられた立法裁量の範囲を超えるものとして、憲法24条2項にも違反する」とした。
以下では、本判決の判断の特徴を指摘し検討していきたい。
まず、第1に、2024年12月13日の福岡高裁判決※10と異なり本判決は、控訴人が憲法24条および14条1項違反を主張していることもあってか、直接的には憲法13条※11違反に言及していない。しかし、「婚姻の本質は、両当事者が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として、真摯な意思をもって共同生活を営むことにあり、このような人的結合関係を形成することは・・・・・・個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益といえる」とし、「上記のような人的結合関係が正当な関係として社会的に承認されるということ自体については、婚姻及び家族に関する具体的な法制度を離れた個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきである」としていることからすれば、実質的には憲法13条論を展開したと捉えることができ、それによって同性婚を認めることの重要性と憲法13条違反を示唆しているものといえるだろう。
第2に、本判決は、一審である名古屋地裁判決と同様に、本件諸規定を憲法14条1項違反と憲法24条2項に違反するものとしている。
しかし、名古屋地裁判決※12では、先に憲法24条2項論を展開して、「同性カップルに対して、その関係を国の制度によって公証し、その関係を保護するのにふさわしい効果を付与するための枠組みすら与えていないという限度で、憲法24条2項に違反する」としたうえで、同様の限度で憲法14条1項にも違反するとしていた。したがって、名古屋地裁判決では、法律婚制度に同性婚を含めなかったとしても、適切な代替的措置があれば合憲となる余地が認められていた。
それに対して、本判決は、上述のように実質的な憲法13条論を踏まえたうえで、先に憲法14条1項論を展開し、「現時点では、本件諸規定が同性カップルが法律婚制度を利用することができないという区別をしていることは、個人の尊厳の要請に照らして合理的な根拠を欠く性的指向による法的な差別取扱いであって、憲法14条1項に違反するものといわざるを得」ないとすることで、パートナーシップ制度などによる代替的措置ではなく、同性婚を法律婚制度に包含することを求めている。つまり、代替的措置では合憲とは認められないとしたのである。したがって、同じ憲法14条1項違反と憲法24条2項違反としながらも、名古屋地裁判決と本判決の意味するところは大きく異なっており、本判決は、名古屋地裁判決よりも進んだ判決として高く評価できるものと思われる。
さらに、第3に、本判決は、こうした進んだ判断をする前提として、「司法が多数決の原理では救済することが難しい少数者の人権をも尊重擁護する責務を負うものであり、特に本件諸規定が自らの意思で選択や変更することができない性的指向を理由として婚姻に対する直接的な制約を課すことになっていることに鑑みると、上記の司法の責務を発揮することが期待される場面であるといえるから、国民の中に依然として婚姻が男女が子を産み育てる関係であるという意識を持つ者や同性婚に反対する意見が一定数存在することは・・・・・・法的問題の結論に直ちに結び付くものとはいえない」として、司法の担う少数者の人権尊重擁護の役割に言及している。この点も、本判決の違憲論を展開するにあたっての司法の姿勢に関する説得力を高めるものとして評価できるものと考えられる。
そして、本判決で特に重要と思われるところであるが、第4に、本判決は、パートナーシップ制度の拡充などでは解消できない法的または社会的不利益を指摘したうえで、こうしたことが「同性カップルにとって深刻な問題であるだけでなく、婚姻には人生を共にすることで得られる充実感、安心感等という個人の尊厳と結び付いた本質的価値があり、法律婚制度は、両者の人的結合関係が法的に保護され、公証されることによって安定的で充実した社会生活を送る基盤となるという個人の尊厳と結び付いた本質的価値がある。すなわち、人は、法的利益や各種の社会的利益を享受するためだけで婚姻をするのではなく、婚姻そのものに個人の尊厳と結び付いた本質的価値があるため婚姻をすると考えられるところ、同性カップルは、本件諸規定が同性カップルに法律婚を認める規定を全く設けていないことによって、このような法律婚の本質的価値を享受することができないという不利益を受けているのであるから、個人の尊厳が損なわれているという不利益を受けているとみることができる」としている。つまり、個別具体的な法的・社会的利益が解消されたとしても、それで問題が解決するわけではなく、同性カップルが法律婚の本質的価値を享受できることが必要であるとしているのである。そうであるからこそ、代替的措置では不十分であり、法律婚制度に同性婚を含めるしかあり得ないのである。そして、本判決でのこの指摘は、まさに問題の核心を指摘したものと評価できるのではないだろうか。
4.おわりに
ただし、本判決は、これまでの判決と同様に国家賠償請求を認めず、しかも、その理由に関して本判決独自の言及も、ほとんどなされていない。
しかしながら、本判決が上述の司法の担う少数者の人権尊重擁護の役割を自覚しているのであれば、国家賠償請求も認めるべきであったのではないだろうか。すでに別稿※13で指摘しているところであるが、「2023年10月25日の最高裁大法廷決定は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号(生殖がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること)を違憲としており、したがって、最高裁大法廷は、同性間で子が生まれる可能性を容認していることになる。そうであるならば、子の福祉の観点から同性間での婚姻を認めざるを得ないはずである」※14。そして、「2023年10月25日の最高裁大法廷決定を軸としてSOGIに係る近時の判決を理解すれば、同性婚に関する最高裁の判断を待つまでもなく、最高裁も含めた司法判断は、すでに同性婚を認めていない民法および戸籍法を憲法上の大きな問題として理解しているというべきであ」り、「遅くとも2023年10月25日の最高裁大法廷決定の段階で、国会(議員)は同性婚を認めていない現行法の問題を認識できているはずであり、そこから1年以上も改正に向けた十分な議論が行われていない以上、国家賠償請求を認める可能性もあった」と考えられる。
そして、同性婚が認められない現状は、まさに深刻な人権侵害が継続している状態であり、その状態は、一刻も早く解消されなくてはならないはずである。もちろん、これまで同性婚を認めていない民法などの本件諸規定に関する多くの違憲判決が出されており、特に、本判決だけでなく、これまで出された高裁判決である札幌高裁※15、東京高裁※16、福岡高裁※17のいずれにおいても、違憲判断が示されているが、それにもかかわらず、遅々として同性婚の立法化は進められていない。
これらのことを踏まえれば、政治を動かすには違憲判断だけでは、もはや不十分であり、前述の司法の役割を果たすためには、国家賠償請求まで認められなければならない段階に来ているのではないだろうか※18。
本判決が同性婚の問題を個人の尊厳にかかわる重要なものと認識し、かつ司法の少数者の人権尊重擁護の役割を自覚的に言及するのであれば、やはり国家賠償請求も認めるべきであったと思われる※19。
(掲載日 2025年4月1日)