判例コラム

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第342号 棋譜事件控訴審判決  
(リアルタイムで棋譜情報を配信する動画の配信が不法行為と認定された事案)

~大阪高裁令和7年1月30日判決※1

文献番号 2025WLJCC007
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行

Ⅰ はじめに
 第一審判決※3が将棋の棋譜の著作権について「棋譜等の情報は、被告が実況中継した対局における対局者の指し手及び挙動(考慮中かどうか)であって、有償で配信されたものとはいえ、公表された客観的事実であり、原則として自由利用の範疇に属する情報であると解される」(強調筆者)としたことで注目されたいわゆる棋譜事件は、控訴審である大阪高裁において劇的な逆転判決が下された。
 即ち、一審被告(控訴人)は、棋譜利用に関するガイドライン等を根拠に、一審原告(被控訴人)の配信行為は、一審被告の有料で配信する棋譜情報に対してフリーライドする不法行為と主張し、かかる主張が第一審判決においては、排斥されていた。これを踏まえ、筆者は本コラム※4で「なぜ将棋ファンが被告等が有料で提供する番組等を視聴しているのか、その理由に占める棋譜情報のウェイトがどの程度大きいものであるか、被告等にとって棋譜情報を独占できることについてどこまで営業上の重要性があり、ひいては被告等が将棋連盟等にスポンサー料等を支払い、棋戦等が維持されることにつながるのかに関する主張・立証が重要であるように思われる。そこで、もし本件が控訴され、高裁で争われる場合、この点の主張が補足されることで、判断に影響があるかもしれない」「要するに、単純な「フリーライドしていることはけしからん」、という点を超えて、原告が行う行為が被告の営業、ひいては棋戦等の継続(将棋界の存続)等に対してどこまでの影響を与える行為かの主張・立証がどこまで的確にされるかが不法行為の判断において重要であるものと思われる、ということである」と記載した。そして、まさにこのような各点が控訴審で補足され、逆転に繋がったものである。
 令和6年には筆者が本コラム※5でも紹介した、非著作物たるバンド音楽の楽譜の模倣につき不法行為を認めたバンドスコア事件判決※6が出ており、これも後押しになったと思われる。
 以下、本判決のポイントを速報的に解説したい。なお、本判決の事案と類似する知財高判令和7年2月19日※7は原審である東京地判令和6年2月26日※8を是認したと報道されているところ、当該東京地判では、被告が不正競争防止法及び不法行為に関する侵害論を争わないと答弁したことを前提としていることに留意が必要である。この知財高判令和7年2月19日についても別途、本コラムで紹介する予定である。

II 事案の概要と判決要旨
1.事案の概要

 一審原告はYouTube及びツイキャスにおける動画配信者であり、一審被告は囲碁将棋の実況中継を有料で動画配信する会社である。一審被告が配信する将棋の実況中継から得た情報を基に、一審原告が、将棋盤面に各対局者の指し手を表示する等する動画(以下「本件動画」という。)を配信した。これに対し、一審被告が著作権侵害を理由に、YouTube等運営者に削除申請をしたことから、一審原告は、これが営業誹謗(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項21号※9)や不法行為(民法709条※10)に当たる等として、著作権侵害である旨を告げることの差し止めや損害賠償等を求めた。
 第一審判決は、一審原告が本件動画配信において一審被告の棋譜情報を利用することは一審被告に対する不法行為を構成しないとした。その上で、一定の行為の差止請求や損害賠償請求を認容した。そこで、一審被告が控訴した。

2.判決要旨
 一審被告逆転勝訴(控訴認容、一審原告の請求全面棄却)。
 一審被告は、一審原告の本件動画の配信が不法行為に該当することから、一審原告が侵害されたと主張する本件動画を配信することによる営業上の利益は法律上保護される利益とはいえないため、営業誹謗や不法行為は成り立たないと主張していた。そこで、裁判所は、一審原告の本件動画の配信が一審被告に対する不法行為に該当するかを検討した。その結果、以下のとおり述べて、一審原告の本件動画の配信が不法行為に該当するとし、よって営業誹謗や不法行為は成り立たないと結論付けた。
 すなわち、棋戦やそのリアルタイム放送・配信の、日本将棋連盟が採用しているビジネスモデルにおける意義等を踏まえ、一審原告自らは一視聴者として一審被告の配信する棋戦を観戦しながら、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するものであるとした。その結果として将棋ファンは、対価を支払ってまでして一審被告の配信サービスから棋戦の配信を受けようとしなくなることが十分考えられ、現に一審被告の売り上げが減少した等とした。そこで、将棋ファンにとっては、一審原告が配信する動画を視聴すれば無料で棋戦のリアルタイムでの棋譜情報が得られるのであるから、「被控訴人(筆者注:一審原告)による本件動画の配信は、対価を支払って控訴人(筆者注:一審被告)から配信を受ける将棋ファンを減少させるものであって、このことによって控訴人に対して直接的に損害を生じさせるものであるし、また、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、控訴人の収益構造でもある日本将棋連盟がよって立つ上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねない」といった認定を行った。また、一審原告の過去の発言等から、「上記のような動画配信をすることで日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的すらあったことさえうかがえる」等とも認定した。それを踏まえ「一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、しかも、これにより控訴人に対して故意に損害を与えている被控訴人による本件動画配信は、明らかに上記競争の枠外の行為をしているものということができる」と結論付けた。このような観点から、「少なくとも控訴人が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである」と認定したものである。
 その結果、本件動画の配信によって得られる利益は法律上保護される利益に該当しないから、本件動画の配信との関係では、一審原告には不競法によって保護されるべき「営業上の利益」も「営業上の信用」も存在するとはいえないため、一審原告の不競法の請求は成り立たず、また、一審被告の削除申請により法律上保護される利益を侵害されたとはいえないから、不法行為に基づく損害賠償請求にも理由がないとされた。

Ⅲ 評釈
1.控訴審における追加の事実認定を前提に不法行為に至るか

 上記のとおり、第一審段階では一審原告による本件動画の配信行為が不法行為に該当すると主張する上では重要なポイントが十分に主張されておらず、いわば「ガイドライン違反のフリーライドはけしからん」といった簡単な主張に留まっていた。そして、その結果として不法行為が否定されていた。ところが、控訴審では相当程度以上この点に関する主張が尽くされ、その結果、逆転判決に至った。本判決に関して検討すべき重要問題は、このような主張が追加されたことを前提に、北朝鮮映画事件※11の枠組みの中で、本当に不法行為に至ったと認定すべきかであろう。
 北朝鮮映画事件において、最高裁は、著作権法6条※12各号「所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と判示し、また、営業上の利益侵害についても検討した上で、「本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1(筆者注:権利者)の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、1審原告X1(筆者注:権利者)の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない」として、当該事案における不法行為該当性を否定した。つまり、著作権侵害にならないことを前提とする不法行為の判断は著作権「法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」が必要である。
 すでにバンドスコア事件の本コラムにおいて、筆者は、多大な時間をかけたことへのフリーライドだけでは足りず、抽象的な主張も足りず、顧客が競合するだけでも足りないところ、営業の自由が保障され市場競争は原則として自由であることを前提に、虚偽の比較広告(札幌地判令和6年2月27日※13)、虚偽の後継商品表示等による違法な顧客収奪(大阪高判令和6年5月31日※14)、二重のフリーライドと害意(バンドスコア事件※15)等がこれまでの裁判例で認められてきたプラスアルファだと総括したところである※16
 よって、問題は、本件における具体的なプラスアルファである。本判決においては、一審被告らが棋譜の配信を独占することができる代わりに日本将棋連盟等に対価を支払うという特定のビジネスモデルを前提に、一審原告の行為によって当該ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねないものといえるという客観的状況がまず認定されている。また、一審原告の主観として単に<本件動画を将棋ファンに無料で配信し視聴させることが、その反射的効果として一審被告から有料で配信を受けていたはずの将棋ファンを減少させ、その結果として一審被告に損害を与える>と認識していたに留まらず、むしろそのビジネスモデルを批判し、それが崩壊してもやむを得ないような主張すらしていることからすると、日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれた一審被告を害する目的すらあったことさえうかがえるともされている。本判決はこのような客観面・主観面の双方を挙げた上で、一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、しかも、これにより一審被告に対して故意に損害を与えているという一審原告による本件動画配信は、明らかに競争の枠外の行為をしているものということができると結論付けている。
 このような本判決の認定による限り、一審原告の行為は客観的にビジネスモデル破壊の現実的危険のある行為であり、しかも一審原告の主観においても、ビジネスモデルの破壊を招いてもやむを得ないという害意があることになる。このような事実認定を前提とすれば、これまでの裁判例が要求する「プラスアルファ」が立証されたといえ、そうであれば、一審原告の行為はもはや自由競争の枠から外れており、だからこそ不法行為が認められたといえるだろう※17
 ここで、伊藤雅浩弁護士は、「囲碁将棋チャンネルという当事者(棋戦)の性質や、配信の態様などが決め手になっているのであって、本判決によって、「評価値放送」全般が違法という判断になったわけではありません。つまり、王将戦・銀河戦などの有償でしか配信されていない棋譜情報を、まさにリアルタイムで配信する行為が不法行為とされたのであって、加えて、当該配信者の過去の言動といった主観的要素も考慮された判断であることに注意が必要です。」と指摘している※18。この趣旨は、本判決の射程が必ずしも広いとはいえない、ということであろう。例えば、リアルタイム配信後に別途棋譜を含む番組を配信する場合や、リアルタイムで棋譜情報を配信するとしてもそれが無償で棋譜情報が配信される棋戦に関するものである場合等、本判決と事案が異なれば異なる結論になり得ることに留意が必要であろう。その意味で、本判決の判断を「棋譜情報の利用全般が不法行為になると判示した」と理解することは適切ではない。あくまでも、ビジネスモデル破壊の現実的危険があること(及び主観的意図)を前提とした認定に過ぎない。このように、本判決の結論だけを見るのではなく、その理由付けを正確に理解することが重要である※19

2.悩ましい点
 ここで、本判決の判断における悩ましい部分としては、一審被告は「著作権侵害」を理由にYouTube等に削除申請をしているところ、それは事実に反するのではないか、という一審原告の重要な問題提起への対応を挙げることができるだろう※20。結論として、本判決は、以下のとおり、一審被告の行為が不競法上の営業誹謗や不法行為を行ったとはいえないとしており、かかる結論は、削除申請が事実に反するかによって影響されないとしている。
 つまり、本判決は、①仮に削除申請が不当だとしても、そこから翻って(上記1.で述べたとおり)一審被告に対する不法行為になるような一審原告の営業が法律上保護される利益にはなるものではないこと※21、②削除申請時に本件動画の配信が著作権侵害には該当しないことを一審被告が認識していたとは断定できないこと、③YouTube等の利用規約上、投稿された動画に著作権侵害があった場合だけでなく、第三者に損害を及ぼし、あるいは財産権を侵害するのであれば、当該動画は削除対象になるものとされていることからすると、本件動画の配信が不法行為であるとの裁判所の判断が示されたなら、YouTube等がこれを理由に削除するという対応もあり得たと考えられること等から、結論として一審被告の行為はなお営業誹謗や不法行為には該当しないとした。
 このうちの②の部分につき、裁判所としては「棋譜が著作物ではないとする確定判例は未だないし、棋譜が著作物であるとする学説(略)が存在することは被控訴人も否定していない」と認定している。この認定からすると、今後棋譜が著作物ではないとする確定判例が出現した場合には、少なくとも著作権侵害を理由に削除申請を行うことに問題が生じる可能性があるということが示唆されるところである※22
 この文脈においては、本判決が「第3 当裁判所の判断」において、第一審判決を一切引用していないことにも注目すべきである。つまり、棋譜は自由利用の範疇だという第一審判決の判断を引用していないのである。そこで、仮に本判決が最高裁で維持されても、「棋譜が著作物ではないとする」判決が確定したということにはならないということは重要である。

3.合理的な利益配分が可能となることへの期待
 本判決は上記1.で述べた将棋界のビジネスモデルを保護することを指向している。そして、一審原告について「削除申請後、リアルタイムでの棋譜情報を提供する動画配信を止めたことで視聴率が下がった」としている。これは、将棋ファンにおいて、(対局中の棋士の姿等が含まれない)リアルタイムでの棋譜情報を提供する動画に対するニーズが存在するということを意味している。もちろん、一審被告のチャンネルに課金する(この場合には、対局中の棋士の姿等も見ることができる)ことは1つの方法であるが、一審原告が本件動画において行っていたような、リアルタイムでの棋譜情報のみを配信することに対するニーズがある以上、双方が合理的な利益を得られる、持続可能でかつ、将棋ファンのニーズに応える対応が模索されることを期待したい。例えば、現在一審被告が提供しているプランに加え、「ビジネスプラン」として、通常の視聴者よりも高い一定の金額(または一定の算式で算出される金額)を一審被告に支払うと、その棋譜を(リアルタイム配信を含む形で)商業利用することができる等、何らかの合理的な利益配分を可能とする方法が模索され、それによって将棋ファンがより増加し、「パイ」が大きくなるようなことになれば、それは上記のビジネスモデルがより安定的に拡大するという意味を持つ。そして、それこそが本判決が期待することのように思われる。


(掲載日 2025年3月11日)

  • WestlawJapan文献番号2025WLJPCA01306001
  • 桃尾・松尾・難波法律事務所(https://www.mmn-law.gr.jp/lawyers/600050.html
  • 大阪地判令和6年1月16日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA01169002
  • 拙稿「棋譜情報を配信する動画に対し著作権侵害を理由として削除申請をしたことの不競法違反等が問題となった事案~大阪地裁令和6年1月16日判決~」WLJ判例コラム第312号(文献番号2024WLJCC006)2024年。
  • 拙稿「バンドスコア事件(非著作物たるバンド音楽の楽譜の模倣につき不法行為を認めた事案)~東京高裁令和6年6月19日判決 ~」WlJ判例コラム第340号(文献番号2025WLJCC005)2025年。
  • 東京高判令和6年6月19日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA06196003
  • 公刊物未搭載(2025年2月28日現在)。
  • 判時2608号67頁WestlawJapan文献番号2024WLJPCA02269004
  • 不正競争防止法2条1項21号
  • 民法709条
  • 最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁WestlawJapan文献番号2011WLJPCA12089001
  • 著作権法6条
  • 金判1696号(2024年)26頁。
  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA05319002
  • 東京高判令和6年6月19日・前掲注6
  • 拙稿・前掲注5。
  • 筆者がバンドスコア事件に関する本コラム(前掲注5)で述べた「補充性」、つまり、著作権以外の他の知的財産権による保護の可能性に関する検討を行うと、第一審判決に対する本コラム(前掲注4)のとおり、一審原告のやり方は動画中継から棋譜を書き起こすというものであり、限定提供データを理由として一審原告の行為を制限することには一定以上の難しさがあるように思われる。この点は、不法行為での保護が正当化される方向に傾く要素である。(なお、筆者が補充性を問題とするのは、あくまでも考慮要素として検討を促すだけであり、例えばバンドスコア事件において提供されていたデータが現に不競法上の限定データに該当するという趣旨で補充性を問題としたものではない。)
  • 伊藤雅浩「棋譜データの利用と配信(控訴審)大阪高判令7.1.30令6ネ338」(https://itlaw.hatenablog.com/entry/2025/02/17/234133)。
  • そして筆者は、このことが、本判決と前掲注7の知財高裁判決の結論が異なるものとなった理由なのではないかと想像しているところであるが、本コラム執筆時点では、同判決の原文に当たることができていない。よって、この点は、同判決に関する本コラムの中でより具体的に検討していきたい。
  • なお、「本件訴訟において一審被告は、棋譜そのものが著作物であるとは主張して」いないとされている。
  • 本判決は「この点、仮に本件削除申請が不当なものであるとの被控訴人の主張が当たっていたとしても、そのことで翻って被控訴人がする本件動画配信という営業に法律上保護される利益があるということにはならない」としている。
  • 但し、上記①~③の3つの理由が提示されていることから、②の理由が否定されただけで、ただちに結論が逆となるとまではいえないだろう。


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