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文献番号 2025WLJCC006
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英
Ⅰ 本判例のポイント
最高裁が、本件第1審判決の認定を基にまとめた犯罪事実は、被告人Xは、「平成27年3月23日午後10時7分頃、N県S市内の交通整理の行われていない交差点において、普通乗用自動車(筆者注:以下、「X車両」という。)を運転中、被害者(当時15歳)に自車を衝突させて、同人を右前方約44.6m地点の歩道上にはね飛ばして転倒させ、同人に多発外傷等の傷害を負わせる交通事故を起こし、もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたところ、その後すぐに車両の運転を停止したものの、直ちに救護措置を講じず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。」というものである(なお、被害者は死亡し、Xには過失運転致死罪も成立している)。
本件第1審※2が懲役6月の実刑判決であったのに対し、本件第2審である東京高裁※3が、義務違反の存在を否定して無罪を言い渡し、上告審の判断が注目されていた。俗に、飲酒運転を隠蔽することに役立つとされる口臭防止用品「ブレスケア」を購入するために、事故現場付近のコンビニエンスストア(以下、「本件コンビニ」という。)に行ったことが、道路交通法上の義務の成否の判断にどのように影響するかが、最も実質的な争点を形成していたといってよい。
Ⅱ 事実の概要と本件第2審の判断
1.本件第1審とほぼ同様であるが、より詳細に判示している本件第2審が認定した事実をまとめると、以下のとおりである。
(1)Xは、平成27年3月23日午後10時7分頃、X車両を運転中に衝突事故を起こし、衝突地点から約95.5m先でX車両を停止させて降車した。Xは、車を人に衝突させたと思い、衝突現場付近に向かい、同日午後10時8分頃、衝突現場である横断歩道付近で靴や靴下を発見し、その後約3分間、付近を捜すなどしたが、被害者を発見することができなかった。
(2)Xは、X車両を停止した場所まで戻り、同日午後10時12分頃、X車両のハザードランプを点灯させた後、警察に飲酒運転がばれないように酒の臭いを消すものを買おうなどと考え、X車両の停止地点から約50m移動し、同日午後10時12分頃、本件コンビニに入店し、「ブレスケア」を購入し、退店後の同日午後10時13分頃、これを服用した。
(3)Xは、本件コンビニを退店後、衝突現場方向に向かい、衝突地点から約44.6m離れた地点に倒れていた被害者が発見されるとその下に駆け寄り、被害者に対して人工呼吸をするなどした。その後、その場に到着したXの友人のうちの一人が、同日午後10時17分頃、消防に119番通報した。
2.本件第1審の判断
X側の公訴権の濫用等の主張を退けた上で、以下のように判示した。
「道路交通法72条(筆者注:令和4年法律第32号による改正前のもの。以下同じ。)で規定する救護義務及び報告義務を「直ちに」尽くしたといえるかどうかは、時間的場所的な離隔の程度のみならず、当該事案全体を見渡し、様々な事情を総合的に考慮して個別具体的に判断すべき事柄である。既に検討したとおり、確かに、Xが衝突現場から離れた時間も距離もわずかなものであり、「ブレスケア」服用後には救護義務及び報告義務を尽くそうと考えていた可能性が認められることは、弁護人が指摘するとおりである。しかしながら、事故を発生させた張本人であるXが、一旦は救護義務を尽くそうとはしたものの、被害者発見未了のまま衝突現場を離れ、飲酒運転の発覚防止を企図した行動を優先させたのであるから、そのような行動に及んだ以上、その後に救護義務及び報告義務を尽くしたとしても「直ちに」なされたものと評価することはできない・・・・・・。また、上記のとおり、救護義務違反及び報告義務違反の成否の判断においては、事案全体に表れた諸事情を考慮すべきであり、飲酒事実の発覚防止という証拠隠滅行為に及んだ点を考慮することが法の趣旨に反するとの弁護人の指摘は、失当である・・・・・・。さらに、事故を起こした運転者が報告すべき事項には、死傷者の数や負傷者の負傷の程度も含まれるとされているが、報告義務を課した趣旨が、警察官をして、速やかに道路における危険を防止させ、交通の安全と円滑を図ることであることからすると、運転者は、被害者が未発見なのであればその旨を「直ちに」警察官に報告すべきであって、被害者発見までの不作為は報告義務違反とならないとの主張は、弁護人の独自の解釈であり、およそ採用できない・・・・・・。」とし、懲役6月を言い渡した※4。
3.本件第2審の判断
Xの控訴に対し、本件第2審判決は、以下のように判示し、無罪を言い渡した。
(1)まず、Xは、本件事故後、直ちにX車両を停止して被害者の捜索を開始しており、X車両を停止した場所に戻ってハザードランプを点灯させたことについても、交通事故を起こした運転者に課せられた危険防止義務を履行したものと評価できる。
(2)その後、本件コンビニに行って「ブレスケア」を購入し、退店後にこれを服用したことについては、被害者の捜索や救護のための行為ではないものの、これらの行為に要した時間は1分余りであり、X車両を停止した場所から本件コンビニまで移動した距離も50m程度にとどまっており、その後直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしていることに照らすと、Xの救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていたと認められる。このように、救護義務を履行する意思の下に直ちにX車両を停止して被害者の捜索を開始し、その後も救護義務の履行を放棄して現場から立ち去ることはなく、被害者が発見された後は実際に救護措置を講じたという、本件事故後のXの行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできないから、Xに救護義務違反の罪は成立しない。
Ⅲ 判旨
それに対し、検察側が上告し、最高裁は以下のように判示して、原判決を破棄した。
「1 道路交通法72条1項前段は、車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたものである。このような同項前段の趣旨及び保護法益に照らすと、交通事故を起こした車両等の運転者が同項前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要すると解するのが相当である。
2 前記・・・・・・事実関係によれば、Xは、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったのであるから、引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反したと認められる。原判決は、本件において、救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相いれない状態に至ったことが必要であるという解釈を前提として、被害者を発見できていない状況に応じてどのような措置を臨機に講ずることが求められていたかという観点からの具体的な検討を欠き、コンビニエンスストアに赴いた後のXの行動も含め全体的に考察した結果、救護義務違反の罪の成立を否定したものであり、このような原判決の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかで、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。」
Ⅳ コメント
1.道路交通法72条1項※5は、「交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員・・・・・・は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者・・・・・・は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。・・・・・・)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない」と定め、同法117条1項※6は、同法72条1項前段の規定に違反したときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとし、2項で、人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処するとしている。救護義務と報告義務は道路交通安全施策の中核となる義務なのである※7。
2.本判決の意義は「交通事故を起こした車両等の運転者が同項(筆者注:道路交通法72条1項)前段の義務を尽くしたというためには、直ちに車両等の運転を停止して、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講ずることを要する」とし、本件第2審の「救護義務違反の罪が成立するためには救護義務の目的の達成と相容れない状態に至ったことが必要であるという解釈」は、当然には妥当なものとはいえず、本件第2審の判断を覆した点にある。本件第2審より、救護・報告義務の範囲を、具体的事実を踏まえ拡大した。
3.最近は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律の危険運転致死罪の構成要件、たとえば2条2号※8の「進行を制御することが困難な高速度」の曖昧性が問題とされ、法改正作業が進行中であるが、それに比べれば、本件の争点である「直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない」「直ちに最寄りの警察署・・・・・・の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所等を報告しなければならない」という義務の内容は、相対的には明確なように見える※9。
しかし、それでも、同じ事案に対する東京高裁と最高裁の結論は、ある意味で「真逆なもの」となった。構成要件該当性の判断は、多数の要素についての、価値的な評価を伴う総合評価により、実質的に妥当な範囲が導かれなければならない※10。危険運転致死罪も、構成要件に「数値基準」等を盛り込むだけでは、問題は解決しない。むしろ形式的な解釈論により「数値基準」が一人歩きすれば、交通事故被害者の一部が指摘しているように、処罰範囲を不当に狭めることになりかねない。
4.本件第1審においては、弁護人が、道路交通法72条で規定する救護義務違反及び報告義務違反は成立しないという、東京高判平成29年4月12日(以下、「平成29年東京高判」という。)※11を援用した主張を退けている。平成29年東京高判は「義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」という実質的解釈を行って義務の存在を否定している。
これに対し、本件第1審は、「救護義務及び報告義務を「直ちに」尽くしたといえるかどうかは、時間的場所的な離隔の程度のみならず、当該事案全体を見渡し、様々な事情を総合的に考慮して個別具体的に判断すべき」であるとした上で、Xが衝突現場から離れた時間も距離もわずかなものであるといえども、事故を発生させた張本人であるXが、被害者発見未了のまま衝突現場を離れ、飲酒運転の発覚防止を企図した行動を優先させたのであるから、その後に救護義務及び報告義務を尽くしたとしても「直ちに」なされたものと評価することはできないとしたのである。
救護義務違反及び報告義務違反の成否の判断においては、事案全体に表れた諸事情を考慮すべきであり、飲酒事実の発覚防止という証拠隠滅行為に及んだ点を考慮することは、法の趣旨に反しないとした。
5.平成29年東京高判は、事故現場から約300m走行した後停車させた危険運転致死、道路交通法違反事件につき、不救護・不申告罪は未だ成立していないとして、道路交通法違反につき無罪とした第1審※12の判断を維持し、最一小決平成30年3月26日※13でも、その結論は維持された。
ただ、被告人車両のフロントガラスに蜘蛛の巣状のひび割れが入っていることを認識し、人身事故を起こしたと認識したものと推認することができるものの、被告人は、その後短時間のうちに、本件交差点から約300m程度しか離れていない位置に自らの意思で車両を停止させており、間もなく被告人が二人連れの男から暴行を受け、それまでの間連絡が取れるようにして本件交差点に戻ろうと思って携帯電話を探していたとの公判供述が信用できないとはいえないので、被告人がそこから本件交差点に引き返して救護義務や報告義務を果たそうとしていた可能性を否定することはできないと認定された事案であった。
検察官は、人身事故を惹起したと認識した被告人が、被害者の救護に向かうなどせず、そこから被告人車両を発進させて約150m進行しており、道路交通法72条の「直ちに車両等の運転を停止して」について、人身事故を惹起した運転者に生じる内心の動揺や混乱を救護義務及び報告義務の履行遅滞を認める正当理由として認めるかのごとき誤った法解釈をしていると主張した。
これに対し平成29年東京高判は、「救護義務及び報告義務の履行と相容れない行動を取れば、直ちにそれらの義務に違反する不作為があったものとまではいえないのであって、一定の時間的場所的離隔を生じさせて、これらの義務の履行と相容れない状態にまで至ったことを要するのであって、上記のような経緯や状況であった本件において救護義務及び報告義務違反の成立を否定した原判決の判断に法令解釈の誤りはない」としたのである。
6.これに対し、本件第2審は、Xが事故を認識した後、「ブレスケア」を購入し服用するために、救護のためのものでない行為の存在を認めつつ、これらの行為に要した時間は1分余りであり、車両停止場所から50mしか移動しておらず、直ちに衝突現場方向に向かい、被害者が発見されると駆け寄って人工呼吸をするなどしているのであるから、Xの救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていたとした。救護義務を履行する意思の下で、直ちに車両を停止し被害者の捜索を開始し、救護義務の履行を放棄して現場から立ち去ることはなく、被害者発見後は実際に救護措置を講じており、Xの行動を全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできないとしたのである。
本件第1審との差異の最も重要な部分は、飲酒事実の発覚防止という証拠隠滅行為に及んだ点をどのように評価するかである。本件第2審の表現を用いれば、道路交通上の危険性の高い飲酒行為の隠蔽のための「ブレスケア」購入に割かれた時間が、「救護・報告義務の履行と相いれない程度」の評価の差といえるといってもよい。
7.この点、最高裁は、「引き続き被害者の発見、救護に向けた措置を講ずる必要があったといえるのに、これと無関係な買物のためにコンビニエンスストアに赴いており、事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護等のため必要な措置を臨機に講じなかったものといえ、その時点で道路交通法72条1項前段の義務に違反した」と断じた。「ブレスケア」購入は、救護と無関係な行為なので、「所要時間と離隔距離」を検討するまでもなく、義務違反とされた。最高裁は「無関係な買物」と表現したが、本件第1審の「飲酒事実の発覚防止という証拠隠滅行為に及んだ点を考慮すること」と、実質的には連続性を有するともいえる。
本件第2審の「救護義務の目的の達成と相容れない状態に至ったか否か」ではなく、被害者に重篤な傷害を負わせた可能性の高い交通事故を起こし、自車を停止させて被害者を捜したものの発見できなかったという状況において必要な措置が講じられていたかの視点、義務違反性を判断すべきで、後に人工呼吸をするなどしたとしても救護義務違反の罪の成立は否定されないとしたのである。
8.本件判旨にもあるとおり、道路交通法72条1項前段は、「車両等の交通による事故の発生に際し、被害を受けた者の生命、身体、財産を保護するとともに、交通事故に基づく被害の拡大を防止するため、当該車両等の運転者その他の乗務員のとるべき応急の措置を定めたもの」である。道路交通法72条の「義務」の解釈においては、「事故及び現場の状況等に応じ、負傷者の救護及び道路における危険防止等のため必要な措置を臨機に講じたか否か」という視点が重要であるが、「必要な措置」の完璧な履行を事故者に求めるのは、交通手段としての自動車のニーズがこれだけ高く、それに伴って交通事故が多発する社会において、「酷な義務づけ」と感じる国民の存在も考えられないことはない。報告義務にしても、「直ちに」を厳密に解すると、人身事故を惹起した直後の運転者は、パニックに陥って混乱したり、心理的に動揺したりして、「不可能に近いものを強いるのではないか」という考えも存在し得る。
本件第2審の「人の生命、身体の一般的な保護という救護義務の目的の達成と相容れない状態に至った」場合に義務を認めるとか、平成29年東京高判の「これらの義務(筆者注:救護義務及び報告義務)の履行と相容れない状態にまで至ったことを要する」との判示は、そのような価値判断を、義務の範囲に関する解釈論に落とし込んだものであるといってよい面がある。
しかし、本判決は、それを明確に否定したといってよい。本件コンビニに行ったのに要した時間が1分余りであり、移動した距離も50m程度にとどまっていても、「とるべき応急措置」を採らなかったのである。人工呼吸をするなどしたとしても救護義務違反の罪の成立は否定し得ない。
(掲載日 2025年3月4日)