判例コラム

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第340号 バンドスコア事件  
(非著作物たるバンド音楽の楽譜の模倣につき不法行為を認めた事案)

~東京高裁令和6年6月19日判決※1

文献番号 2025WLJCC005
桃尾・松尾・難波法律事務所 パートナー弁護士※2
松尾 剛行

Ⅰ はじめに
 本判決は、バンドスコアと呼ばれる、バンド音楽の楽譜の模倣事案において、北朝鮮映画事件※3以来、実務上はかなり難しいとされた、知的財産権を主張できない場合における不法行為(民法709条※4)に基づく請求を認容した東京高等裁判所(知財高裁ではない)の判決である。最近では、筆者が第一審判決を本コラム上で評釈した※5いわゆる棋譜事件※6において、その控訴審である大阪高裁で逆転判決が出され※7、また、類似事案において異なる判断が知財高裁で出される※8等、この分野が盛り上がっており※9、本判決は、その意味でも重要性が高い。

Ⅱ 事案の概要と判決要旨
1.事案の概要

 バンドスコアとは、バンド音楽の楽譜であるところ、単なる楽譜ではなく、ギター、キーボード、ドラム、ボーカル等の全てのパートが記載された楽譜を意味する※10。すなわち、そこで演奏される音楽そのものには、作曲者が存在する。しかし、バンド音楽においては、メロディーやコード等の基本的要素は決定しても、細かい内容は録音現場で演奏しながら決定されるため、作曲者が作成した完璧な楽譜がそもそも存在しない。そこで、いわゆるコピーバンド等が当該楽曲を演奏したいと考えた場合には、ギター、キーボード、ドラム、ボーカル等、個々のパートがどのように演奏すべきかまで落とし込んだ楽譜、つまりバンドスコアを利用する必要がある。そして、一審原告(控訴人)は、採譜(俗に「耳コピ」という。)、つまり、担当者が演奏を聴き、それぞれのパートごとにどのような演奏が行われているかを聞き取り、それを楽譜に起こすという活動を行い、それによって得られたバンドスコアを、著作権者の許可を得て有償提供していた(以下、一審原告の提供するバンドスコアを「原告スコア」という。)。
 一審被告(被控訴人)は、サイト上でバンドスコアを無償提供し、広告を掲載して収益を上げていた(以下、一審被告の提供するバンドスコアを「被告スコア」という。)。一審原告は、一審被告が原告スコアを模倣して被告スコアを作成し、これを提供しているところ、かかる一審被告の行為が不法行為に該当するとして、損害賠償を求めて提訴した。なお、一審原告は著作権者ではないことから、一審原告の著作権その他の知的財産権を主張しておらず、いわゆる通常訴訟として審理が行われた。第一審判決※11は模倣を認めずに※12、請求を棄却したため、一審原告が控訴した。

2.判決要旨
 控訴審における一審原告の約5億円の請求額のうち約1億7000万円の支払いを一審被告に命じる限度で請求認容(損害論につき(3)を参照のこと。)。

(1)不法行為の成否
 本判決は、北朝鮮映画事件を引用した上で、「他人が制作したバンドスコアを利用してバンドスコアを制作し販売等(インターネット上に無料で公開し広告料収入を得る行為を含む。以下同じ。)をする行為について不法行為が成立するためには、当該行為について著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情が認められることが必要」とした。そして、バンドスコア作成には採譜という時間、労力、費用がかかる行為が必要であり、また高度かつ特殊な採譜技能の修得に時間、労力、費用がかかることを踏まえると、無制限にフリーライドを許せば、採譜によって制作される全ての楽譜が制作されなくなって、音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねないとした。
 その上で、「他人が販売等の目的で採譜したバンドスコアを同人に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等する行為については、採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の修得に要する時間、労力及び費用に対するフリーライドにほかならず、営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものということができるから、最高裁平成23年判決(筆者注:北朝鮮映画事件のこと)のいう特段の事情が認められるというべきである」とし、もし本件において一審被告が、原告スコアを一審原告に無断で模倣してバンドスコアを制作し販売等していたのであれば、かかる行為は不法行為に該当するとした。

(2)模倣の有無
 ここで、一審被告が模倣について否定していたため、本判決は、模倣の有無についても判断した。本判決は、一般的な基準として、メロディーの音高や音価、ハーモニー、リズム、演奏ポジション、その他の演奏指示といった「基本となる演奏情報」がほとんど全て一致し、そのような事象が単一のパートに限られず、バンドスコア全体に及んでいるとすれば、当該楽曲に係るバンドスコアについて模倣性を認めることができるとした。また、被告スコアは組織的に統一された方針の下で制作されていると推認されるから、上記のような事象が認められるのが1曲にとどまらず、相当数の楽曲に及んでいる場合には、一審被告は全体として組織的に原告スコアを模倣したものと認めることができるとした。
 その上で、具体的なスコアの比較の結果を踏まえ、一審被告が原告スコアを入手しこれをあらかじめ採譜者に送付して被告スコアを制作していた楽曲は、模倣性につき個別具体的な立証がない楽曲も含めて、一審被告による模倣と認定した。

(3)賠償額
 本判決は、被告スコアに対するリクエスト数および原告スコアの「実売利益(卸価格(本体価格×55%)-原価(170円))」から、楽曲ごとの全期間の損害額を求め、これを全楽曲分足し合わせることによって、(相当因果関係の有無を問わない)逸失利益の総額を15億4255万3059円と試算した。
 もっとも、一審被告が行ったのはウェブサイトにおける無料公開であって、被告スコアの売上げというものが存在しないため、一審原告の(相当因果関係ある)逸失利益の金額を導き出すためには、被告スコアの売上げに代わる何らかの機能概念を媒介させる必要があるとした。
 そこで、民事訴訟法248条※13の趣旨を踏まえるとともに、損害額が過大になることのないよう控えめに算定することとして、本件においては、上記試算額(15億4255万3059円)の1割をもって、一審原告の逸失利益と認めるのが相当とし、これに弁護士費用1500万円を加えた1億6925万5305円を一審被告が賠償すべき損害として認めた。

Ⅲ 評釈 北朝鮮映画事件における例外要件を充足するかの検討
1.はじめに
 本判決における上記Ⅱで紹介したものを含む様々な論点のうち、特に模倣の有無の判断(Ⅱ2.(2))については伊藤判批が詳しい※14。以下では、北朝鮮映画事件における例外要件を充足するかについてのみ検討する。
 まず、重要なのが北朝鮮映画事件である。即ち、北朝鮮映画事件以前にも関連する裁判例があった※15ものの、これらの北朝鮮映画事件以前の裁判例が北朝鮮映画事件以降も先例性を有するかについては不明確な点が多い※16。そこで2.において北朝鮮映画事件について調査官解説等を含めて概観した上で、3.において北朝鮮映画事件以降の裁判例をまとめ、4.において検討を行うこととする。

2.北朝鮮映画事件
 北朝鮮映画事件では、著作権法で保護されない北朝鮮の映画をテレビにおいて放映することが不法行為かが問題となった。すなわち、テレビニュース番組において、北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で、そのような目的に照らして正当な範囲内で、2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したという事実関係の下で不法行為の成否が問題となった。
 最高裁は、著作権法6条※17各号「所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と判示し、また、営業上の利益侵害についても検討した上で、「本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1(筆者注:権利者)の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、1審原告X1(筆者注:権利者)の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない」として、当該事案における不法行為該当性を否定した。
 調査官解説によれば、著作権法の規律対象とする利益においては、それを保護する、保護しないを含めて著作権法の制定により決定されており、同利益については、著作権法で保護されないとすれば、原則として、別途不法行為が成立するものではないことを示したとされる※18
 では、北朝鮮映画事件判決における著作権「法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情」とは何であろうか※19。調査官解説は、北朝鮮映画事件判決が営業上の利益侵害を検討していたことを踏まえた上で、図書館資料の廃棄に関するいわゆる図書館事件判決※20において問題とされた「著作者が公立図書館において著作物が閲覧に供されることにより取得する、思想の自由、表現の自由を脅かすおそれのある行為から守られる人格的利益」に加え、名誉、営業の自由があり得るとした。その上で、営業の自由につき、朝鮮映画事件が上記のとおり映画全体を放映するものではなかったことを踏まえ、「映画全体を放映するものであった場合に不法行為が成立するのか否か、議論があり得るところである。どの程度の行為によって営業妨害との評価が可能かの個別的問題であり、本判決は、本件の具体的な事情の下で不法行為成立の余地がないことを示したにすぎず、営業妨害の不法行為の成否の限界事情を示唆するものではないと考えられる」とした※21
 即ち、営業の自由侵害が特段の事情となり得ること自体は本判決が前提とし、また、調査官解説でもその旨が提示されてはいたものの、いかなる場合に営業の自由侵害になるかについては、上記のとおり調査官解説も、どの程度の行為によって営業妨害との評価が可能かの個別的問題とする等、基準は明確ではなかった※22

3.北朝鮮映画事件以降の裁判例
(1)はじめに

 以下では、北朝鮮映画事件以降の裁判例を否定例と肯定例に分類してまとめたい※23。なお、上記のとおり、知財高判令和7年2月19日の原審※24は侵害論に争いがない事案であることから裁判例の中に含めていない。

(2)否定例
 知財高判令和6年9月25日※25は、椅子の形態に関する不正競争防止法(以下、「不競法」という。)違反や著作権侵害等の主張が否定されたことを前提に、「前記のとおり、被告各製品の製造販売等は、不競法又は著作権法が保護の対象とする原告らの利益を侵害するものとはいえず、被告各製品の製造販売等行為において、社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものと認めることもできない。よって、原告らの一般不法行為法に基づく請求も理由がない」とした。

 知財高判令和6年8月29日※26は、類似書籍について、表示において類似するものではなく、明らかな相違点があることなどからすると、直ちに模倣したものとは認められない。また、当該表示が周知な商品等表示であることや、その主体が認識されていることを認めるに足りる証拠はないから、出所の混同を招くとの事実も認められず、商品のイメージに変容を来すようなことは認められず、投下資本にフリーライドする行為であるとも認められないから法益を侵害し損害を与えたものとはいえず、不法行為が成立するものとは認められないとした。

 上記Ⅰの棋譜事件第一審判決※27は、否定例であるが、後記(3)のとおり控訴審で破棄されている。

 知財高判令和4年8月31日※28では、奨学金問題に関する記述のデッドコピーは不法行為になるという当該記述執筆者の主張が否定された※29

 東京地判令和4年5月31日※30は、テスト設計書のひな型等を内容とするファイルの利用が問題となり、自由競争の範囲を逸脱し、原告の営業を妨害する態様において、問題となるファイルを利用したといえるかについて検討し、これを具体的事案において否定した。

 知財高判令和3年9月29日※31は、「控訴人の主張する法的保護に値する控訴人の営業上の利益とは、原告ゲームの各種データを独占的に利用して、営業を行う利益をいうものと解され、当該利益は、著作権法が規律の対象とする著作物の独占的な利用の利益にほかならず、これと異なる法的保護に値する利益であるものと認めることはできない。また、本件においては、被控訴人による被告ゲームの制作及び配信行為が、自由競争の範囲を逸脱し、又は控訴人の営業を妨害し、控訴人に損害を加えることを目的とするなどの特段の事情は認められない」とした。

 知財高判令和2年10月28日※32は、「控訴人は、被控訴人らの行為の悪質性に鑑みれば、被控訴人らは、原告制作ウェブサイト等に係る控訴人の独占的利用権、営業権等の権利を侵害したといえるから、一般不法行為に基づく損害賠償義務を負う旨主張する。しかしながら、控訴人の上記主張は、その根拠となる法律上の根拠及び具体的事実を主張立証するものではないから、理由がない」とした。

 大阪高判令和2年2月14日※33は、商品の形態をまとめて模倣した等の事情も認められない中「被控訴人の行為について、自由競争の範囲を逸脱するような著しく不公正な行為と認めることは相当ではない。被告商品の形態が原告商品の形態に類似し、その相違点が重量の違いや肩の張り具合の違いなど、僅かな点にしかみられない(略)ことを考慮しても、上記判断を左右するものではない」とした。

 知財高判令和元年9月20日※34は、情報の利用につき「被控訴人が使用したと主張する原告情報について、営業秘密の使用による利益とは異なる法的に保護された利益の侵害の主張立証をしていないから、上記特段の事情は認められない」として、北朝鮮映画事件の特段の事情を否定した。

 東京高判平成31年2月21日※35は、「控訴人がレシピの法的保護の根拠として主張するところは、要するに、レシピが知的な活動の成果物、すなわち人間の創造的活動により生み出されるものであるということに尽きるものであって、知的財産権とは異なる法的に保護された利益を主張するものでないことは、明らかである」とした。

 知財高判平成30年12月6日※36は、学習塾間の紛争において「控訴人のテスト問題を入手して解説本の出版やライブ解説の提供を行うについての被控訴人の行為が、控訴人の営業を妨害する態様であったこと、又は控訴人に対する害意をもって行われたことをうかがわせる証拠はなく、被控訴人の行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行為であったとも認められない」とした。

 東京地判平成30年8月17日※37は、教育用ソフトウェアにつき、原告は、「実質的に同一の被告ソフトウェアを開発し、原告ソフトウェアの唯一の競合品として販売することにより、原告のシェアを奪い、著しく不公正な手段を用いて原告の営業活動の利益を侵害した」と主張したが、「被告が、同法が規律の対象とする社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益とは異なる法的に保護された利益を侵害したなどの特段の事情は認められない」とした。

 知財高判平成29年10月5日※38は、「広告を模倣されないという法的保護に値する利益が侵害された旨」の主張について「著作権や著作者人格権とは別個の法的に保護されるべき利益に当たるとはいえない」等とした※39

 知財高判平成28年4月27日※40は、著作物ではないプログラムの「利用による利益とは異なる法的に保護された被控訴人の利益を侵害するものであることについて主張立証するものではない」とした。

 知財高判平成27年6月24日※41は、ゲームのルールというアイデアについて「各種知的財産権関係の法律で保護の対象とされていないそのような無形のアイデアが、不法行為上保護すべき法益と認められるためには、単に、そのようなゲームシステムと全く同一のものは従前存在せず、それが控訴人に営業上の利益を生み出しているというのみでは足りず、そのような一般に公開されているゲームシステムのルールないしアイデアを他の同業者が採用して独自にゲームを製作することが禁じられるという規範が、法的規範として肯定できるほどに成熟し、明確となっていることが必要である」とした上で、知的財産権関係の各法律による保護を超えて、不法行為法上の保護法益として認められるだけの特段の事情があるとは認められないとした※42

 知財高判平成27年11月10日※43は、原判決※44を訂正して引用した上で、著作権法や不競法は、著作行為や営業行為には労力や費用を要することを前提としつつ、あえてその行為及び成果物の全てを保護対象とはしていないから、キャッチフレーズに労力や費用を要するというだけでは、キャッチフレーズの使用に、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護される利益を侵害するなどの特段の事情があると認めることはできないとした。

 東京地判平成27年1月30日※45は、「原告が主張する、原告書籍(及びそれに依拠したほとんど同一の書籍)を経済的に利用されない営業上の利益というのは、まさに著作権法が規律の対象とする、原告書籍の著作物の利用による利益というべきものであって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益とは認められず、本件各証拠によっても、被告の営む事業が、自由競争の範囲を逸脱し原告に対する営業妨害等の不法行為を構成するとみられる事情も認められない」とした。

 東京地判平成26年3月14日※46は、「原告が費用や労力をかけて作り上げた原告CDDB(筆者注:旅行業者向けシステムに含まれる検索及び行程作成業務用データベース)に関して主張する保護されるべき利益とは、結局、原告が著作権法によって保護されるべきと主張する法的利益、すなわち、原告CDDBの情報の選択方針や、情報内容それ自体といったアイデアや抽象的な特徴、ないし表現それ自体でないものに基づく利益と異なるものではな」く、「原告システムからのリプレースをも目的とした営業活動がされていることを勘案しても、被告らが被告CDDBを含む被告システムを販売し、収益を得る行為が殊更原告に損害を与えることを目的として行われたなどの自由競争の範囲を逸脱する行為であると認めるに足りる事実も窺われない」として「著作権法の規律の対象とする著作物の利用とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情は認められないというべきである」とした※47

 知財高判平成26年1月22日※48は、図案の使用に関して一定の合意をしたと認めることはできず、図柄の使用につき何らかの法的利益を侵害したものといえるような特段の事情を見出すことは困難であって不法行為責任を認めることはできないというほかないとした※49

 大阪高判平成26年9月26日※50は、フォントの保護について、控訴人は、被控訴人らは本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体した者であり、このような者の無断利用行為に対して不法行為による法的な保護を与えたとしても、著作権に匹敵するような法的保護となるものではないと主張するが「通常想定する媒体での本件フォントの無断利用行為があれば直ちに不法行為としての違法性を有することになり、本件フォントを他人が適法に使用できるか否かを控訴人が自由に決定し得るというに等しいことに変わりはないから、そのような独占的利用の利益が、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできず、法的保護の対象とすることはできない。また、上記の主張が、本件フォントを放送番組やDVDに最初に化体して使用する行為のみについて無許諾の利用行為を違法とするものであることから、著作権法が規律の対象とする利益とは異なる利益の保護を主張する趣旨であるとしても、ある創作物の利用行為をどこまで創作者の許諾に委ねるかは、まさに知的財産権関係の各法律が種々の観点から勘案して定めている事柄であるから、上記の点をもって、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益であるということはできない」とした上で、ライセンスビジネス上の利益について、「控訴人が本件フォントを販売・使用許諾することにより行う営業が被控訴人らによって妨害され、その営業上の利益が侵害されたという趣旨であると解される。そして、その趣旨であれば、上記の知的財産権関係の各法律が規律の対象とする創作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を主張するものであるということができる」と認めたものの、「我が国では憲法上営業の自由が保障され、各人が自由競争原理の下で営業活動を行うことが保障されていることからすると、他人の営業上の行為によって自己の営業上の利益が侵害されたことをもって、直ちに不法行為上違法と評価するのは相当ではなく、他人の行為が、自由競争の範囲を逸脱し、営業の自由を濫用したものといえるような特段の事情が認められる場合に限り、違法性を有するとして不法行為の成立が認められると解するのが相当である」とし、具体的状況の下で不法行為の成立を否定した。

 知財高判平成25年9月10日※51は、インタビューが正確に引用されなかったとして紛争となった事案において、「控訴人は、人格的利益の内容について、「名誉権、プライバシー権又はこれに類似した人格的利益」とも主張しているところ、名誉権侵害が成立しないことは前記に述べたとおりであり、その他の利益侵害についてはその内容が明らかとされていない。控訴人は、結局のところ、被控訴人が本件インタビュー部分を正確に引用しなかったことを問題としているものと解されるが、被告記述部分は、本件インタビュー部分における表現を感得できない表現形式で記述したものであり、著作権を侵害する態様の記述とはなっていないのであるから、被告記述部分の作成をもって、不法行為が成立するということはできない。また、控訴人が、被控訴人の行為が、インタビューの内容等について、個人的・社会的・学術的な評価や批判を控訴人に向ける記載態様であり、社会的相当性を欠く旨主張するが、被告記述部分からそのような内容を読み取ることはできないし、控訴人の主張する被控訴人の不当な意図については、いずれも控訴人の陳述のほかに客観的な証拠を欠いており、採用することはできない」とした。

 大阪地判平成25年4月18日※52は、星座盤について「星座板は、マスク円盤と組み合わせて販売されるものであり、原告星座板と被告星座板に組み合わされる各マスク円盤を比較すると、その違いは明瞭であって(略)、商品全体としてみると、被告星座板を用いた被告製品が原告星座板を用いた原告製品のデッドコピーであるとはいえない。しかも、原告星座板と被告星座板の一致点として原告が強調する部分は、前記(略)で検討したとおり、ありふれた表現に属するものであったり、わずかな違いであったりすることからしても、小学校の教材用星座板の需要者にとって、星座板の選択、購入に影響を与えていることは考えにくいから、被告の行為をもって、自由競争の範囲を逸脱した違法な行為ということはできない」とした。

 東京地判平成24年12月27日※53は、「本件各画面及び本件ソースコードが原告を著作者とする著作物に該当しないことは前記(略)において判示したとおりであるところ、原告が主張する本件各画面及び本件ソースコードの利用についての利益は、著作権法が規律の対象とする独占的な利用の利益をいうものにほかならないから、原告が多大な時間と労力を費やして本件各画面及び本件ソースコードを作成したとしても、被告の上記一連の行為は、原告に対する不法行為を構成するものとみることはできないというべきである」等とした。

 知財高判平成24年8月8日※54は、一審原告のゲームを参照してこれと類似したゲームを提供することにより信用毀損が生じた旨の主張について、「ユーザーの一部に、両作品を混同している者が存在することが認められるというにすぎず、第1審原告の主張するように、第1審被告らが被告作品を配信したことで、全国の多数のユーザーが原告作品又は第1審原告と被告作品又は第1審被告(略)とが同一であると誤認するなどして、第1審原告の社会的信用と営業上の信頼に深刻な影響が出たということまで認めるに足りる証拠はない」とした。

(3)肯定例
 上記Iで記載した棋譜事件に関して筆者が公表した第一審判決※55の評釈※56は、「なぜ将棋ファンが被告等が有料で提供する番組等を視聴しているのか、その理由に占める棋譜情報のウェイトがどの程度大きいものであるか、被告等にとって棋譜情報を独占できることについてどこまで営業上の重要性があり、ひいては被告等が将棋連盟等にスポンサー料等を支払い、棋戦等が維持されることにつながるのかに関する主張・立証が重要であるように思われる。そこで、もし本件が控訴され、高裁で争われる場合、この点の主張が補足されることで、判断に影響があるかもしれない」とし、その注21で高裁で逆転するためには「単純な「フリーライドしていることはけしからん」、という点を超えて、原告が行う行為が被告の営業、ひいては棋戦等の継続(将棋界の存続)等に対してどこまでの影響を与える行為かの主張・立証がどこまで的確にされるかが不法行為の判断において重要であるものと思われる」としていた。そして、同事件の控訴審判決(大阪高裁判決)※57においては、まさにこれという点と軌を一にした判断がされている。すなわち、棋戦やそのリアルタイム放送・配信のビジネスモデル上の意義等を踏まえ、自らは一視聴者として公式配信サービスの配信する棋戦を観戦しながら、そこで得たリアルタイムの棋譜情報をほぼ同時に将棋ファンに対して無料で提供するものであるため、対価を支払ってまでして公式配信サービスから棋戦の配信を受けようとしなくなることが十分考えられ、現に売上げが減少した等として、将棋ファンにとっては、被控訴人が配信する動画を視聴すれば無料で棋戦のリアルタイムでの棋譜情報が得られるのであるから、「被控訴人による本件動画の配信は、対価を支払って控訴人から配信を受ける将棋ファンを減少させるものであって、このことによって控訴人に対して直接的に損害を生じさせるものであるし、また、このような行為が多数の動画配信者によって繰り返されるなら、控訴人の収益構造でもある日本将棋連盟がよって立つ上記ビジネスモデルの成立が阻害され、ひいては現状のような規模での棋戦を存続させていくことを危うくしかねない」といった認定を行った。また、過去の発言等から、「上記のような動画配信をすることで日本将棋連盟及びそのビジネスモデルに組み込まれた控訴人を害する目的すらあったことさえうかがえる。」等とも認定した。それを踏まえ「一視聴者としての費用を負担するのみでリアルタイムの棋譜情報を取得し、これを動画配信において利用することで視聴者にアピールして収益を上げ、しかも、これにより控訴人に対して故意に損害を与えている被控訴人による本件動画配信は、明らかに上記競争の枠外の行為をしている」と結論づけた。このような観点から、「少なくとも控訴人が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである」と認定・判断したものである。

 大阪高判令和6年5月31日※58は、販売契約の終了後、別会社製造に係る被告商品に類似の商品名をつけ、まるで改良後継商品であるかのように装うとともに、原告商品のカスタマーレビューを被告商品に流用するなどしているといった当該事案における具体的な販売行為が誤認を含むものであることを踏まえ、「原告商品の商品名自体が不競法上の周知商品等表示と認められず、本件販売行為が不正競争を構成しないとしても、需要者の誤認を利用するものといえる上記被控訴人による被告商品の販売態様は、自由競争の範囲を逸脱した違法な販売態様で控訴人の顧客を奪っているものといえるから不法行為を構成するというべきである」とした。

 札幌地判令和6年2月27日※59は、比較広告について「本件比較広告が不競法2条1項21号にいう「営業上の信用を害する」ものとはいえず、同号所定の不正競争には該当しないが、(略)本件比較広告のうち「年間定期購入(税抜)3ヶ月ごと3本ずつのお届け」「1本あたり2,533円+送料(合計:7,599円/1年契約)」とする記載及び「1本ずつ届くお試し定期コースでも、Eはいつでも解約OK」「Dは定期コースを途中解約できない!」とする記載(略)については、自由競争として許容される範囲を逸脱する態様による広告であって、一般不法行為(民法709条)としての違法性を有するというべきである」とした。

4.検討
(1)北朝鮮映画事件の規範に関する具体的あてはめ
ア プラスアルファが必要であること

 上記のとおり様々な裁判例が、北朝鮮映画事件を前提に、特段の事情を検討している。その結果、多大な時間をかけたことへのフリーライドだけでは足りず(上記知財高判平成27年11月10日、上記東京地判平成26年3月14日、上記東京地判平成24年12月27日等参照)、抽象的な主張も足りず(上記知財高判平成25年9月10日等参照)、顧客が競合するだけでも足りない(上記東京地判平成26年3月14日、上記東京地判平成30年8月17日等参照)ことは、概ね明らかになっている。
 ただ、それに加えて、何らかの事情があれば、その事情を踏まえて例えば営業権侵害を肯定する余地があることは、北朝鮮映画事件やその調査官解説が前提としているところである。とはいえ、その際には、営業の自由が保障され市場競争は原則として自由であること(上記大阪高判平成26年9月26日や上記知財高判平成27年6月24日が引用して是認した原審の東京地判平成25年11月29日を参照)を踏まえると、(上記のとおり、フリーライドや顧客を奪われることだけで足りないことに加え、)単なる参照や模倣に留まらない、何らかの「プラスアルファ」が必要である※60
 そして、上記札幌地判令和6年2月27日では、虚偽の比較広告による営業妨害を肯定し、上記大阪高判令和6年5月31日は、虚偽の後継商品表示等による違法な顧客収奪を肯定している。また、棋譜事件控訴審判決も、そのビジネスモデルを踏まえた具体的事実関係に基づく自由競争の域の逸脱性等のプラスアルファを認定している※61

イ 本判決のロジック
 本判決は、採譜の特殊性を強調し、このような特殊性のある業界において、フリーライドが許された場合には、誰も採譜をしなくなり、結局のところ業界の衰退を招きかねない、というロジックで、「営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為」だとした。

ウ 本判決の評価
 本判決の判断のうち、実質的な理由はフリーライドだと理解すれば、上記アのとおりフリーライドだけでは足りないというこれまでの裁判例の蓄積との相違が浮き彫りとなる。小泉は、北朝鮮映画事件以降の下級審裁判例がパブリックドメインの利用が自由という著作権法の規律の趣旨の潜脱を回避するため多大な努力と費用の下に作成された対象物でも不法行為の成立を否定してきたところ、「従来の裁判例の流れとは明確に異なるものとして注目される」とする※62
 ただし、従来の下級審裁判例も、もし具体的な状況において、(本判決のいう)「営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為」がなされたと認定・判断されれば、「特段の事情」があるとして不法行為が成立し得るという限りでは異論がないものと思われる。そこで、少なくともその限りにおいては「従来の裁判例の流れとは明確に異なるもの」ではないように思われる。
 そして、(通常のフリーライドではなく、)採譜技能の修得という第1段階、個々の採譜作業に向けられた労力という第2段階の「二重の」フリーライドが行われた点、そして、大量かつ組織的に模倣行為を行い、それを無償で提供することによって一審被告自らは広告収入を得て、その反射的効果として一審原告の収益機会を失わせたという行為態様を踏まえ、裁判所は本判決において上記のような認定を行ったものと理解される※63

(2)いわば「補充性」とも呼ぶべき著作権以外の他の知的財産権による保護の可能性に関する検討の要否について
 ただし、原告スコアについて、これが「業として特定の者に提供」(限定提供性)され、「電磁的方法」「により相当量蓄積され」(相当蓄積性)、「電磁的方法」「により」「管理され」(電磁的管理性)た「技術上又は営業上の情報」であれば限定提供データとして保護される(不競法2条7項※64)。
 そうすると、本件において限定データの要件を満たすのであれば、まずはそれを主張することを求め、また、仮に満たさないとしても、その理由を探求した上で、まずは満たすよう一審原告において努力することを求め、不法行為による保護の対象を、具体的状況下でこのような他の知的財産権の保護が容易ではない場合に限定するべきではないか。このような、知的財産権の要件を充足するかや、充足させるための合理的努力を行ったかを問うべきではないか、という問題を補充性と称することは可能だろう※65
 本件の事案と比較的近接するのは、不競法2条1項14号※66であるところ、①不正の利益を得る目的又は限定提供データ保有者に損害を与える目的(図利加害目的)を有することと②限定提供データの管理に係る任務に違反して行う行為(任務違反)であることが必要である※67。そして、本判決の認定によれば、①の図利加害目的は認められ得るが、②の任務違反は否定されるだろう。
 このような点を踏まえ、著作権法だけではなく、不競法の「規律」の趣旨を踏まえ、任務違反性がない場合であっても図利加害目的(「害意」)だけで不法行為を認めるべきなのかや、例えばそのビジネスモデル上、管理に係る任務を負わせることがどの程度容易か等を踏まえた検討を行う方が、問題となる行為が知的財産権の規律の対象とする知的財産(やそれが化体されたもの)の利用による利益とは異なる法的に保護された利益か否かの判断をする上で、その認定・判断としてより丁寧なものとなるように思われる※68


シティライツ法律事務所弁護士伊藤雅浩先生には、著作権研究掲載予定の未定稿を共有頂き、また、本稿へもコメントを頂いた。深く感謝したい。ただし本稿の誤りは筆者一人の責任である。


(掲載日 2025年2月25日)

  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA06196003
  • 桃尾・松尾・難波法律事務所(https://www.mmn-law.gr.jp/lawyers/600050.html)。
  • 最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁WestlawJapan文献番号2011WLJPCA12089001
  • 民法709条:故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
  • 拙稿「棋譜情報を配信する動画に対し著作権侵害を理由として削除申請をしたことの不競法違反等が問題となった事案~大阪地裁令和6年1月16日判決~」WLJ判例コラム第312号(文献番号2024WLJCC006)2024年。
  • 大阪地判令和6年1月16日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA01169002
  • 大阪高判令和7年1月30日WestlawJapan文献番号2025WLJPCA01306001
  • 知財高判令和7年2月19日(公刊物未搭載(2025年2月21日現在))は原審である東京地判令和6年2月26日(判時2608号67頁WestlawJapan文献番号2024WLJPCA02269004)を是認したとされるところ、当該東京地判では、被告が不正競争防止法及び不法行為に関する侵害論を争わないと答弁したことを前提としていることに留意が必要である。
  • Ⅲ4.(3)で後記の札幌地判令和6年2月27日金判1696号(2024年)26頁、大阪高判令和6年5月31日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA05319002や、「個別の知的財産法と一般不法行為の関係をめぐって、改めて整理が必要な状況にある」とする小泉直樹「判批」ジュリ1605号(2025)9頁も参照。
  • 伊藤雅浩「判批」著作権研究50号(2025年、掲載予定)。
  • 東京地判令和3年9月28日WestlawJapan文献番号2021WLJPCA09288010
  • 模倣の有無に関する第一審判決の認定・判断につき、伊藤・前掲注10参照。
  • 民事訴訟法248条:損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。
  • なお、損害額については、拙稿「漫画村事件―著作物無償公開時の損害論にフォーカスして―~東京地裁令和6年4月18日判決~」WLJ判例コラム第330号(文献番号2024WLJCC024)2024年も一定程度参考になるだろう。
  • YOMIURI ONLINE事件(知財高判平成17年10月6日WestlawJapan文献番号2005WLJPCA10069001)、通勤大学法律コース事件(知財高判平成18年3月15日WestlawJapan文献番号2006WLJPCA03159001)、翼システム事件(東京地判平成13年5月25日WestlawJapan文献番号2001WLJPCA05250007)等。
  • 例えば、通勤大学法律コース事件(前掲注15)に先例性がないとする髙部眞規子「著作権訴訟の面白さ、難しさ」コピライト735号(2022年)15−17頁参照。なお、北朝鮮映画放事件を踏まえた裁判例を含むがそれに限らないそれ以前の議論の整理として、丁文杰「未承認国の著作物の保護範囲(2・完)北朝鮮映画放送事件」知的財産法政策学研究42号(2013号)395頁参照。
  • 著作権法6条:著作物は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。
    一 日本国民(わが国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。以下同じ。)の著作物
    二 最初に国内において発行された著作物(最初に国外において発行されたが、その発行の日から三十日以内に国内において発行されたものを含む。)
    三 前二号に掲げるもののほか、条約によりわが国が保護の義務を負う著作物
  • 山田真紀・最高裁判所判例解説 民事篇(平成23年度)(2014年)734頁。
  • この点について図書館事件(最一小判平成17年7月14日民集59巻6号1569頁WestlawJapan文献番号2005WLJPCA07140004)やピンクレディ事件(最一小判平成24年2月2日民集66巻2号89頁WestlawJapan文献番号2012WLJPCA02029001)、ギャロップレーサー事件(最二小判平成16年2月13日民集58巻2号311頁WestlawJapan文献番号2004WLJPCA02130001)と対比して、人格的利益は別個の利益として認められやすいが営業利益は認められにくいとする島並良「著作権制度の形式性と実質化傾向」コピライト757号(2024年)20-23頁も参照。
  • 最一小判平成17年7月14日・前掲注19。
  • 山田・前掲注18・734頁。調査官解説のこの部分の議論は北朝鮮映画事件判決の「前記事実関係によれば、本件放送は、テレビニュース番組において、北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で、同目的上正当な範囲内で、2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず、これらの事情を考慮すれば、本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1(筆者注:権利者)の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであって、1審原告X1(筆者注:権利者)の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない」という部分が、ギリギリ営業の自由侵害にならないラインという趣旨ではないということを示そうとしたものと理解される。
  • なお、本判決とは直接関係ないことから議論の対象としていないものの、データ保護との関係での射程(上野達弘「「知的財産法と不法行為法」の現在地」日本工業所有権法学会年報45号(2021年)204-205頁、前田健「データの集積・加工の促進と知的財産法によるデータの保護」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン 第3巻 不正競争防止法・商標法編』(勁草書房、2023年)160頁、岡村久道「データのライセンス提供と知的財産法」ジュリスト1586号(2023年)62頁や髙秀成「データ取引をめぐる諸規律と帰属保護の現在地」NBL1248号(2023年)38-39頁等参照)や、AIとの関係での射程も問題となる(文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/94037901_01.pdf、2024年)24、40頁、早稲田裕美子「著作物性についての考察」コピライト760号(2024年)19頁、や澤田将史「AIと著作権に関する考え方について開発学習段階のポイント」ジュリスト1599号(2024年)66頁参照)。
  • 筆者がWestlawJapanで「一般不法行為」で検索した際の結果のうち、いわゆる知的財産権「的」なものとして主張されているものをピックアップしているが、必ずしも網羅的ではない。また、ここでは知的財産権の類型を問わずに議論しているが、こと不競法について果たして北朝鮮映画事件の射程が及ぶかは疑問があることにも留意が必要である(上野達弘「民法不法行為による不正競争の補完性」パテント76巻12号(2023年)40-41頁)。
  • 東京地判令和6年2月26日・前掲注8
  • 特許ニュース16281号1頁WestlawJapan文献番号2024WLJPCA09259004
  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA08299002
  • 大阪地判令和6年1月16日・前掲注6。
  • WestlawJapan文献番号2022WLJPCA08319003。原審は東京地判令和4年2月24日WestlawJapan文献番号2022WLJPCA02249007
  • 「本件全証拠をもってしても、被告各記述について、原告各記述の複製又は翻案と認められないにもかかわらず、被控訴人の控訴人に対する不法行為の成立を認めるべき特段の事情が認められないことは、訂正して引用した原判決の第3の2で説示したとおりである。」
  • WestlawJapan文献番号2022WLJPCA05319008
  • WestlawJapan文献番号2021WLJPCA09299001
  • WestlawJapan文献番号2020WLJPCA10289003
  • WestlawJapan文献番号2020WLJPCA02149001
  • WestlawJapan文献番号2019WLJPCA09209004
  • WestlawJapan文献番号2019WLJPCA02216004
  • WestlawJapan文献番号2018WLJPCA12069002。原審は東京地判平成30年5月11日WestlawJapan文献番号2018WLJPCA05119001
  • WestlawJapan文献番号2018WLJPCA08179003
  • WestlawJapan文献番号2017WLJPCA10059003
  • ただし「複製及び改変を許諾したものと認められる」ともしている。
  • 判時2321号85頁WestlawJapan文献番号2016WLJPCA04279010
  • WestlawJapan文献番号2015WLJPCA06249001
  • 原審(東京地判平成25年11月29日WestlawJapan文献番号2013WLJPCA11298002)は、北朝鮮映画事件を引用した上で、「市場における競争は本来自由であるべきことに照らすと、相手方の競争行為が不競法の定める不正競争行為に該当しない場合、当該行為が、ことさら相手方に損害を与えることを目的として行われたなど自由競争の範囲を逸脱する態様で、不競法の定める不正競争行為の規制による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情が存在しない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」とした。その上で、「原告が主張するところの、原告が費用や労力をかけて作り上げた原告ゲームのゲームシステムに関して保護されるべき利益とは、結局、原告が著作権法及び不競法によって保護されるべきと主張する法的利益、すなわち、原告ゲームの個別的、全体的な表現、若しくはゲームの遊び方、進行方法、ゲームのルールといったアイデアや抽象的な特徴に基づく利益と何ら異なるものではないところ、それらの点が著作権法及び不競法によっては保護されないものであることは前記判示のとおりであり、また、本件全証拠を精査しても、被告が被告ゲームを配信し、収益を得る行為がことさら原告に損害を与えることを目的として行われたなどの自由競争の範囲を逸脱する行為であると認めるに足りる事実も窺われない。」として、不法行為の成立を否定した判断を引用して是認している。
  • WestlawJapan文献番号2015WLJPCA11106001
  • 東京地判平成27年3月20日WestlawJapan文献番号2015WLJPCA03209002
  • WestlawJapan文献番号2015WLJPCA01309001
  • WestlawJapan文献番号2014WLJPCA03149002
  • 控訴審の知財高判平成28年1月19日WestlawJapan文献番号2016WLJPCA01199001では「しかるところ、1審原告における一般不法行為に基づく損害額が、前記(略)認定の著作権法114条1項に基づく損害額を超えることを認めるに足りる証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、1審原告の一般不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない」とされた。
  • WestlawJapan文献番号2014WLJPCA01229004
  • 知財高判平成25年12月17日WestlawJapan文献番号2013WLJPCA12179002も同様である。
  • WestlawJapan文献番号2014WLJPCA09269001。原審は大阪地判平成25年7月18日判時2220号94頁WestlawJapan文献番号2013WLJPCA07189009
  • WestlawJapan文献番号2013WLJPCA09109004
  • WestlawJapan文献番号2013WLJPCA04189002
  • WestlawJapan文献番号2012WLJPCA12279001
  • 判タ1403号271頁WestlawJapan文献番号2012WLJPCA08089001
  • 大阪地判令和6年1月16日・前掲注6。
  • 拙稿・前掲注5。
  • 大阪高判令和7年1月30日・前掲注7。
  • 大阪高判令和6年5月31日・前掲注9。
  • 札幌地判令和6年2月27日・前掲注9。
  • 「不法行為の成立は、単に複製等をしたか否かという点だけではなく、当該情報の入手方法、使用の態様、不当な競業態様等を総合して勘案し、違法性の強い場合に始めて認めるべきである」とする中山信弘『著作権法〔第4版〕』(有斐閣、2023年)307頁や「第三者の行為が営業妨害的なレベルに達している場合には不法行為の成立を認める趣旨」とする小泉直樹ほか『条解著作権法』(弘文堂、2023年)24頁参照。
  • なお、著作物性のない情報を作成・販売する者の競業者が、模倣品を「作成者の販売地域と競合する地域で無償配布した点が不当廉売により営業上の利益を侵害するものといえるか否か」を問題とする齋藤浩貴ほか編『情報コンテンツ利用の法務Q&A』(青林書院、2020年)136頁や齋藤浩貴ほか編『情報・コンテンツの公正利用の実務』(青林書院、2016年)118頁、Law &Technology別冊No3(2017年)91頁等、本判決と類似した状況で自由競争の範囲を超えた不法行為の成立の可能性があるという考え方を示唆するものは存在した。
  • 小泉・前掲注9・9頁。
  • 伊藤・前掲注10。なお、「害意」という本判決の表現につき、伊藤は「もともと不法行為の成立要件として「故意又は過失」を要求していることからそれと同レベルの主観的要件を課したものとみるべきであり、また、競合の情報を模倣して提供するという一連の行為があれば、競合に対して損害を与えることは推定されると考えられるので、主観的要件を殊更に加重していると評価すべきではないだろう。」とする。ただし、通常のフリーライドを超えたプラスアルファという意味で「害意」が使われたのであれば、むしろ通常不法行為の成立要件としての「故意又は過失」を超えたものを意味するという理解は十分にあり得るだろう。
  • 不正競争防止法2条7項
  • 不競法がビッグデータについて不競法の規定にあてはまらなければ保護しないがそれ以外は異なる利益が法的に保護される可能性を認める髙部眞規子ほか編『切り拓く知財法の未来 三村量一先生古稀記念論集』(日本評論社、2024年)848頁が示唆的である。
  • 不正競争防止法2条1項14号:限定提供データを保有する事業者(以下「限定提供データ保有者」という。)からその限定提供データを示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的で、その限定提供データを使用する行為(その限定提供データの管理に係る任務に違反して行うものに限る。)又は開示する行為
  • 任務違反につき、「当事者間で限定提供データ保有者のためにするという委託信任関係がある場合をいい、その有無は実態等を考慮して評価される。例えば、限定提供データ保有者のためにデータの加工を請け負う場合などは委託信任関係があり、新商品開発などの目的で専らデータ取得者のためにデータを購入した場合などは委託信任関係がないと考えられる。」とする(経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法〔令和6年4月1日施行版〕」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/Chikujo.pdf(2024年)120頁も参照)。
  • そしてその検討においては、立法の検討の際の経緯が重要であるところ、このような補充性の視点を入れることで、小泉が指摘する、立法過程で保護が否定された経緯がよりクローズアップされてくるだろう(小泉・前掲注9・9頁)。


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