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文献番号 2025WLJCC004
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英
Ⅰ 本決定のポイント
本件は、被告人X男に好意を寄せる母子家庭のY女が、実娘A(被害時16歳)にXが関心のあることを認識し、Xとの交際関係を維持・継続しようと、AにXの児童ポルノ製造の客体となることを慫慂し、さらには、Xとの性交に応じるよう、母親としてAに説得を繰り返し、その結果Yの自宅において、XがAと性交するに至ったという、まさに悍ましい事案である。第1審裁判所は、Xに懲役6年、Yに懲役5年の実刑判決を言い渡し、本最高裁決定で確定した。検察側の求刑は、Xに対しては9年、Yに対しては6年であった。
XにはAとの間に親子関係(監護関係)が欠けており、刑法理論的には、監護者性交等罪の(共同)正犯と認め得るかという「共犯と身分」の問題が争点である。ただ、性犯罪に関する刑法改正、特に令和5年改正が、刑事司法世界に大変なインパクトを与え、国民の性犯罪に関する規範の変動の真っ直中である現時点において、本決定は、「日本の性犯罪意識の変化の切片・断面」を示してくれているように思われる。
Ⅱ 事実の概要と原審の判断
1.本件の罪となるべき事実
本件の争点(共犯と身分)との関係で問題となる罪となるべき事実は、Yは、長女であるAと同居してその寝食の世話をし、その指導・監督をするなどして、同人を現に監護する者であり、Xは、Yの交際相手であるが、両名は、共謀の上、Aが18歳未満の者であることを知りながら、XがAと性交をすることを企て、令和5年1月2日から同月4日までの間に、Y方において、同人がAを現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて、XがAと性交をしたという監護者性交等罪に関するものである。この他、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反の事実も公訴提起され※2有罪とされている。
2.第1審の判断
松江地判令和5年9月27日※3は、「関係証拠に照らせば、Xは、Aの監護者ではないものの、監護者(実母)であるYに対し、Xとの性交に応じさせるためのAの説得等を要求するなどし、それに応じたYがAの説得等を行うなどしたことにより、Yと共謀の上でAとの性交を実現した事実経過が認められる。このように、本件事案は、Xが、客観的に、YがAを現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてAと性交をしたもので、前記働きかけに当たって監護者の影響力を認識してこれを利用する意思であったことも明らかである」として、Xについて、刑法65条1項※4を適用した。
3.第2審の判断
それに対し、Xは、Aの監護者でないXは、監護者性交等罪の共同正犯たり得ないこと、懲役6年の刑は不当に重いことを争って控訴したが、広島高松江支判令和6年5月31日は※5、「Aを現に監護する者であるYと共謀し、現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてAと性交をしたと認められるから、Xに対し、刑法65条1項により、監護者性交等罪の共同正犯の成立を認めた原判決に誤りはな」く、判決に影響を及ぼすような法令適用の誤りもないとし、また、原判決の量刑事情に関する認定、評価に論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく、量刑判断も不当とはいえないとして、本件控訴を棄却した。
Ⅲ 判旨
最高裁は、弁護人の上告趣意は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑事訴訟法405条の上告理由に当たらないとして、上告を棄却した。
「なお、18歳未満の者を現に監護する者(以下「監護者」という。)の身分のない者が、監護者と共謀して、監護者であることによる影響力があることに乗じて当該18歳未満の者に対し性交等をした場合、監護者の身分のない者には刑法65条1項の適用により監護者性交等罪(令和5年法律第66号による改正前の刑法179条2項)の共同正犯が成立すると解するのが相当である。Xは、当時16歳であった本件児童の監護者ではないが、監護者である同児童の実母と意思を通じ、Xとの性交に応じるよう同実母から説得等された同児童と性交をしたというのであるから、Xに監護者性交等罪の共同正犯が成立することは明らかである。」(裁判官全員一致)。
Ⅳ コメント
1.刑法平成16年改正と29年改正
刑法177条を中心とした性犯罪領域が、21世紀に入ってからの刑法典改正の動きの中で、最も目立った存在であった。刑法典制定以来約100年、暴行脅迫を用いて財物を奪う強盗罪が「5年以上」であるのに対し、ほぼ同様の手段として性交する強姦罪は2年以上とされてきた。それが、ようやく同じ法定刑になったのである(平成29年刑法改正※6)。
この変化にとって最も重要なのは、今世紀に入って加速した、わが国における「男女共同参画」の動きであった。被害女性の視点から、平成16年の刑法改正※7により、同法177条(強姦罪)の法定刑の下限が2年から3年に引き上げられ、同法178条の2として集団強姦罪(4年以上)が新設された。そして、平成29年改正では、同法177条(強制性交罪)の下限が3年から5年に、死傷罪の法定刑の下限が5年から6年に引き上げられた(それに伴って、集団強姦罪、集団強姦致死傷罪は、新しい法定刑の中で評価し得るものとして、削除された)。これらの変化は、これらの男女共同参画の流れを踏まえた被害者保護の要請、それを投影した刑事裁判実務の変化に対応するものであったといってよい。
そして、平成29年改正では、18歳未満の者に対し、影響力があることに乗じて、わいせつ行為・性交等をした場合を刑法176、177条と同様に処罰する監護者わいせつ罪・性交等罪(同法179条)が新設され、処罰が拡大された。親告罪の廃止も、被害者の保護を促進するという意図の下、平成29年改正法に盛り込まれた※8。
2.刑法令和5年改正
しかし、決定的な意味を持ったのは、令和5年の刑法改正※9であった。中核的構成要件である刑法177条の、「暴行・脅迫を用いて性的侵害行為を行う罪」という基本的罪質を、「同意しない意思の形成・表明・全うすることが困難な状態にさせ(に乗じて)」性的侵害行為を行う罪に変更したのである。
そして、心身の障害・アルコ一ル・薬物の影響・睡眠等の意識不明瞭・恐怖驚愕による不同意困難状態に加え、経済・社会的地位に基づく不利益を憂慮させ、不同意の表明が困難になる場合も、刑法176条、177条で処罰することになった。その結果、同法178条の準強制わいせつ・性交等罪が削除された。
このような転換は、罪質において「被害者の意思に反すること」を重視するように見えるが、暴行・脅迫という明確な要件を外すことにより、わいせつ行為・性交等による被害者への侵害性を当罰性評価の中心に置くことになり、処罰範囲を拡大した。「同意するいとまがない」場合でも性交等であれば5年以上の拘禁刑で処罰される。
3.監護者性交等罪
平成29年改正により新設された犯罪類型であり、親であること等を利用して、18歳未満の者にわいせつ行為、性交等をする行為を、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪と同様に処罰する※10。暴行・脅迫を用いなくても、旧準強制わいせつ・強制性交罪とともに、強い影響力を与えた場合の処罰の必要性が認められたといえよう。この規定は、令和5年の刑法改正後も変更は加えられてはいない。18歳未満の者は、精神的・経済的に監護者に依存している面が有り、監護者の影響力に乗じて、わいせつな行為や性交等を行うことは、強制わいせつ罪・強制性交等罪等(改正当時)と同程度の当罰性があると説明される※11。
ただ、令和5年刑法改正で、同法177条※12は、経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していることにより、同意しない意思の形成・表明・全うすることが困難な状態にさせ(その状態にあることに乗じて)わいせつな行為・性交等をした者も、不同意性交罪として処罰されることにした。それに伴って、同法178条の準強制性交罪は削除されたが、同法179条※13は、そのまま維持された。その結果、同条の監護者性交等罪と、同法177条の不同意性交罪は処罰の射程がかなり重なることになったが、同法179条が、「親であること等を利用して」という構成要件を独立に規定していること等は、量刑判断も含めて意味を持ち得ないわけではない。
4.「監護者」の意義
主体である「監護する者」とは、現に監護する者をいい、真正身分犯である。法律上の監護権に基づく場合だけでなく、事実上、現に18歳未満の者を監督する者を含む。本件のYが、Aの監護者であることは、争いがないといってよい。
なお、実質的には、親子関係と同視し得る程度に、生活全般にわたって、保護・被保護の関係が、継続的に認められることが必要で、①居住場所の関係、②指導の状況、身の回りの世話等の生活状況、③生活費の支出等の経済的状況等を総合的に考慮して判断する※14。
18歳未満の者が精神的・経済的に監護者に依存しているため、監護者がその者に対する影響力を利用して性交等を行った場合、不同意性交罪と同等の処罰価値があるとされるため、その意味で、性交等の行為は、「影響力があることに乗じて行われたもの」でなければならない。
「乗じて」といえるために、わいせつな行為又は性交等に及ぶ特定の場面において、影響力を利用するための具体的な行為が行われたことまで立証される必要はなく、影響力を及ぼしている状態でわいせつな行為又は性交等を行ったことで足りる。積極的・明示的な作為を要せず、黙示や挙動による場合もあり得る。「乗じて」と解されれば、被害者が「同意したかのような言辞」が認められても、監護者性交等罪は成立する。
故意犯である以上、現に監護する者による影響力があることに乗じてわいせつな行為を行うことについての認識が必要である。ただ、「現に監護する者」であることを基礎付ける事実を認識していれば、故意を認定し得る。被害者の承諾は問題とならない以上、同意があると誤信したとしても故意の存否には影響しない。
本罪の客体は、18歳未満の者で、女性に限らない。児童福祉法、児童買春等処罰法の児童の保護と同じ年齢の者を対象としている※15。本決定を見れば明らかなように本罪の保護法益を、「Aの性的自己決定の侵害」のみで説明するのは困難である。
「親としての倫理性」を強調するのは妥当ではないが、児童福祉法違反の罪の目指す保護法益も併存することは明らかで、さらに、「性交」によるAの心身への重大な侵害性が最も重視されなければならない。
5.非監護者による共同正犯
本決定の意義は、「実母(監護者)と意思を通じ、監護者から説得等された児童と性交をした場合に、監護者性交等罪の共同正犯が成立する」とした点にある。
刑法177条の客体が女性に限られていた時代に、女性が同罪の(共同)正犯たり得るかに関し、かなり激しい争いがあった。しかし、最三小決昭和40年3月30日※16の「身分のない者も、身分のある者の行為を利用することによつて、強姦罪の保護法益を侵害することができるから、身分のない者が、身分のある者と共謀して、その犯罪行為に加功すれば、同法65条1項により、強姦罪の共同正犯が成立すると解すべきである」との判示が、批判説を凌駕していった※17。
かつて、「実行」を厳格に理解する立場に立ち、真正身分犯は「身分あるもののみが実行し得る犯罪類型」で、非身分者は共同「実行」し得ないとする見解も有力であった。さらに、刑法65条1項が「加功」という文言を用いて「実行」と書き分けたのは、教唆・幇助のみを指すためであるとの形式的解釈論も主張された。また、犯罪共同説を採用する以上は「共同正犯は同一罪名について成立するのであり、身分のない者は当該犯罪に該当し得ない」という論拠もかなり支持を得ていた時期もあった。真性身分犯について、身分のない者に(共同)正犯の成立を認める説は、独立性説や共同意思主体説によってしか正当化し得ないともされた※18。
しかし、本件事案を前にして、非監護者であるXは、監護者性交等罪の共同正犯たり得ないとする解釈は、あまりに説得性を欠くことは明らかである。
身分犯の場合でも、事実上実行行為を分担可能な以上、一部行為の全部責任を認めることからいって共同正犯についても刑法65条1項を適用しないとする説明は成り立たない。共同正犯といえるためには少なくとも実行行為の一部を行えばよいはずで、それは身分がなくても十分可能であろう。まして、広く「共謀共同正犯」が認められている現在の日本においては、本決定の結論は、当然すぎるものなのである。さらには、自手犯の場合を除き、真正身分犯の非身分者による間接正犯は十分可能なのである※19。
6.本決定の真の意義 母親の刑事責任
1.で述べたように、日本の強姦罪は、明治以来、基本的には「暴行脅迫を手段とするもの」として扱われてきたが、令和5年改正で、根本的に改変され、処罰範囲の変動が生じた。本決定は、まさにこの改正の方向性の「正当性」を具体的に示すことになった。平成29年改正により、すでに監護者性交等罪が新設されており、刑法解釈論としては「当然すぎるもの」に過ぎないように見えるが、重要なのは、性犯罪への対応の遅れを意識させた点なのである。
そして、その点以上に注目すべきなのは、母親Yの量刑である。起訴の中心となる犯罪が、監護者「性交等罪」であり、実行行為を行ったXが最も重い刑となることは当然なのだが、全く「性交」を実行していないYにも、Xに対するのと大きくは異ならない刑が確定した。Xが求刑9年に対し6年の懲役を言い渡されたのに対し、Yは求刑6年に対し5年の懲役なのである。
性犯罪は、弱者である女性に対する男性からの犯罪であるという色彩は、刑法177条の被害者に男性が加わった後も、変わっていない。そしてそれは、基本的には、正しい考え方である。ただ、性犯罪加害者としての「女性」も、男性と同様、厳しく断罪されなければならないことがある。
第1審の量刑判断の判示の中で、「できる限り長く刑務所に入っていてほしい」とのAのXに対する処罰感情は、誰にも腑に落ちるものであるが、被害者の母親への気持ちは、複雑で、容易に想像することができないが、Aの精神的なダメージ、将来への影響を考えると、まさに「暗澹たる気持ち」にならざるを得ない。
母子家庭であること、精神障害が認められることを踏まえても、判例により、母親の行為の悪辣性・当罰性の高さは確認された。しばしば見られる、母子家庭に入り込んだ交際男性による悲惨な児童虐待問題は、母親にも法的責任がある※20。そのような観点からも、本決定は非常に「重いもの」といえよう。
(掲載日 2025年2月18日)