判例コラム

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第336号 大学教員の無期転換権行使の有効性  

~大学の教員等の任期に関する特例法の不適用判断を覆した最高裁判決の意義~
~~学校法人羽衣学園(羽衣国際大学)事件
(最高裁第一小法廷令和6年10月31日判決)※1~~

文献番号 2025WLJCC001
明治大学 教授
野川 忍

1.はじめに
 本件は、私立大学において、いわゆる任期制の教員として3年の期間を1回更新して勤務していた生活福祉コース担当の講師が、労働契約法(以下「労契法」という。)18条※2の無期転換権を行使したことにつき、「大学の教員等の任期に関する法律」(以下「任期法」という。)4条1項1号※3の適用により無期労働契約が締結されるという法的効果が認められないことになるか否かが争われた事例である。任期法は、4条1項各号に該当する大学教員等につき、5条1項※4により大学が任期を定めた場合には、無期転換権を行使できるのは継続勤務期間が10年を超えた場合とする(以下「10年特例」という。)として、労契法18条に例外を設けている(任期法7条1項※5)。現在、大学の教員職には多様な形態・内容があり、この制度が適用されるか否かが問題となることが少なくないが、本件判決は、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職の意義とその適用について、初めて最高裁としての明確な判断を示しており、今後の同種事案の法的処理に大きな影響をもたらすものといえる。

2.事件の概要
 上告人Yは、羽衣国際大学(本件大学)を経営する学校法人であり、被上告人Xは、Yとの間で、平成25年3月に、本件大学の人間生活学部人間生活学科生活福祉コースの専任教員として、初回の契約期間を3年とし更新は1回に限るという内容の本件労働契約を締結して勤務していた。
 Xは、生活福祉コースの講師として介護福祉士の養成課程に係る演習、介護実習、レクリエーション現場実習、論文指導、卒業研究といった授業等を担当し、知識と技術等の教授に当たっていたが、平成28年4月1日頃、契約期間を同日から平成31年3月31日までの3年間とし、再度の更新をしないとして本件労働契約を締結した。Xは、平成30年11月4日、Yに対し、本件労働契約の契約期間が満了する日の翌日から労務が提供される無期労働契約の締結の申込みをした。これに対しYは、Xが属していた生活福祉コースの入学者数が減少するなどの問題が生じており、平成29年度からは学生募集を停止するなどしており、Xに対し平成31年3月31日をもって本件労働契約は終了し、期間更新はしない旨を告知した。
 YはXの無期転換権行使に対して、任期法4条1項1号が適用されることを前提として、Xの雇用期間が、同法7条1項に基づく無期転換権の発生までの期間(10年)に至っていないとして、平成31年3月31日付で職を免じ、退職金を支給する辞令書をそれぞれ交付した。そこでXが、労働契約上の地位の確認と賃金・賞与の支払い、及び不法行為による慰謝料の支払いを求めて訴えを提起した。

3.原審までの判断
 第一審※6は、専任講師は学校教育法上、教授、准教授に準ずる職務に従事することが定められていること等を踏まえ、Xは任期法4条1項1号に該当することから無期転換権の発生は認められず、また雇止めには合理的な理由があるとしてXの請求をすべて棄却した。
 これに対し原審※7は、任期法4条1項1号にいう研究教育の職に該当するといえるためには、例示されている「先端的、学術的又は総合的な教育研究であること」を示す事実と同様に、具体的事実によって根拠付けられていると客観的に判断し得ることを要するとして、Xの従事していた講師職については、任期制とすることが職の性質上、合理的といえるほどの具体的事情は認められず、また、絶えず大学以外から人材を確保する必要があるなどということはできず、「研究」という側面は乏しく、多様な人材の確保が特に求められる教育研究の職に該当するということはできないなどとして、同号への該当性を否定し、同項3号の職(大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職)にも該当しないとして、第一審の判断を覆し、Xの請求を概ね認めた。

4.判旨の概要
 原審の判断を覆し、本件を差し戻した。
 「任期法は、4条1項各号のいずれかに該当するときは、各大学等において定める任期に関する規則に則り、任期を定めて教員を任用し又は雇用することができる旨を規定している(3条1項、4条1項、5条1項、2項)。これは、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与するとの任期法の目的(1条)を踏まえ、教員の任用又は雇用について任期制を採用するか否かや、任期制を採用する場合の具体的な内容及び運用につき、各大学等の実情を踏まえた判断を尊重する趣旨によるものと解される。そして、任期法4条1項1号を含む同法の上記各規定は、平成25年法律第99号により労働契約法18条1項の特例として任期法7条が設けられた際にも改められず、上記の趣旨が変更されたものとも解されない。そうすると、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職の意義について、殊更厳格に解するのは相当でないというべきである。
 [本件]事実関係によれば、生活福祉コースにおいては、Xを含む介護福祉士等の資格及びその実務経験を有する教員により、介護実習、レクリエーション現場実習といった授業等が実施されており、実務経験をいかした実践的な教育研究が行われていたということができる。そして、上記の教育研究を行うに当たっては、教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましい面があり、このような教育研究の特性に鑑みると、上記の授業等を担当する教員が就く本件講師職は、多様な知識又は経験を有する人材を確保することが特に求められる教育研究組織の職であるというべきである。
したがって、本件講師職は、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たると解するのが相当である。

5.本件判決の意義
①序

 「1.はじめに」で紹介したように、本件判決は、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職への該当性につき、同号の解釈を示した上で具体的な適用を認めた初めての最高裁判決であり、とりわけ今後の大学や研究教育機関の人事実務に多大な影響をもたらすことが想定される。
 任期法4条1項は、同項各号のいずれかに該当する職に就けるときには任期を定めることを認め、同法7条1項において、当該任期に関する定めを就業規則等に設け、また具体的に任期につき労働契約を締結している場合には、労契法18条による無期転換権は雇用継続期間が5年ではなく10年を超えた場合に生じるものとしている。同様のルールは科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(以下「科技イノベ活性化法」という。)15条の2第1項※8にも存在し、これらのルールによれば、無期転換権行使の要件は労契法18条が適用される場合よりも労働者にとっては厳しくなることを意味するので、それぞれの要件への該当性が重要な課題となってきた。

②行政解釈等
 任期法及び科技イノベ活性化法により10年特例が適用される職について厚労省・文科省等が運用に当たっての注意を広報により促しており※9、組織及び対象となり得る教員等に対する周知徹底や、有期労働契約を締結すれば直ちに10年特例が適用できるものではないこと等を明示し、慎重な運用を促しているが、他方で本件における講師については、国会(参議院文教科学委員会平成25年12月5日)における政府答弁※10では、「講師は、常勤、非常勤を問わず、教授又は准教授に準ずる職に従事する職として学校教育法に位置付けられておりますとともに、大学教員等の任期について必要な事項を定める大学の教員等の任期に関する法律の対象ともなっていること、また、同一組織内において同一種の職である者が無期労働契約への転換について異なる人事上の取扱いとなることは適切ではなく、今回の特例の対象者が大学内において曖昧になるおそれがあること、以上のような観点から、法改正においても特例の対象とさせていただいております」として、任期法4条1項が2号において助教はその職にあることで直ちに10年特例の対象となり得るとしているが講師についてはそうではないことにつき、講師が除外されるという趣旨ではないことが明言されている。すなわち、本件におけるような講師の職にある者についても、具体的にその内実が1号の「多様な人材の確保が特に認められる教育研究組織の職」ないし3号の「大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職」に該当するかどうかが検討されることとなるのは、立法者意思及び行政解釈の共通の了解であるといえる。

③裁判例の傾向
 本件事案と類似もしくは関連する裁判例では、学校法人梅光学院ほか事件※11が、1年の雇用期間、最大2回最長3年まで更新するとされていた准教授につき、研究業績や生徒募集の営業活動の実績等を踏まえ、任期法4条1項1号の適用を認めたが、理由において、同号は「任期付き教員を任用する大学に一定の裁量を与える趣旨」であることが述べられている。また学校法人茶屋四郎二郎記念学園(東京福祉大学)事件※12は、同号に関する事案ではないが、任期法上の教員であれば10年特例が適用され得ることを前提として結論として適用を認めた。また学校法人専修大学事件※13では、ドイツ語担当の非常勤講師につき、ドイツ語の授業、試験及びこれに関連する業務にのみ従事していることを踏まえ、科技イノベ活性化法15条の2第1項1号の「研究者」に該当しないとしている。これらに対し、本件第一審は、上記梅光学院ほか事件判決と基本的には同様のスタンスをとっており、本件原審は、任期法4条1項の趣旨をかなり限定的に絞る立場を表明している。
 もっとも、科技イノベ活性化法は研究開発及びこれに関連する業務に従事する者を10年特例の対象となり得る者としているのに対し、任期法は「教育研究組織の職」とかなり幅広い職を対象としており、その意味では上記学校法人専修大学事件の判決は本件事案とは基本的に異なると言える。

④本件判決の意義
 本件原審は、第一審判決を覆すにあたって、本件講師の職を任期制にする合理的な理由が見当たらないこと、研究に従事していないこと等を中心的な理由とし、その背景として任期法4条の趣旨を限定的に解釈すべきであるという基本的立場を示している。確かに、有期雇用労働者の雇用の安定という、無期転換権制度の趣旨を重視すれば、10年特例が適用される職については慎重な対応が求められることは当然である※14。しかし、任期法は大学に対して任期を定めるための規則の制定を求め(5条)、これに沿って期間の定めのある労働契約を締結するよう要請しているのであり、また上記の行政解釈も形式的な10年特例の適用を戒めており、慎重な運用のための歯止めが不十分とまではいえない。むしろ、任期法が「大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与する」(1条)ことを基本的な目的としていることに鑑みれば、判旨が指摘するように、教員の任用又は雇用について任期制を採用するか否かや、任期制を採用する場合の具体的な内容及び運用につき、各大学等の実情を踏まえた判断を尊重すべきであることも当然であると思われる。本件では、3年任期を1回更新するだけでそれ以上の更新はないことが本件労働契約締結においてXに説明されていたし、Xが従事していた生活福祉コースにおける授業の実態につき、多様な人材の確保は特に求められないと認めることは困難であろう。実態からしても、各大学はまさに多彩な研究教育のシステムを構築することに腐心しており、その中で任期付き教員をどう活躍させるかについてもそれぞれの大学における事情に応じてさまざまな工夫がなされている。加えて、Xの職の実態は、判旨がいうように「実務経験をいかした実践的な教育研究」であることは疑いなく、このような教育研究を行うに当たって教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましいとの判断もうなずけるところである。もちろん、本件においてYがXに、任期法の内容やその適用の可否等について説明をしていないことは望ましくないが、これらの説明等は10年特例の適用要件そのものではなく、結論として本件のYの措置を違法と断じることは困難であると思われる。


(掲載日 2025年1月7日)



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