第335号 Sushi Zanmai商標の使用と属地主義
-ウェブ上での商標権侵害を認めた地裁判決を覆した知財高裁判決-
~知財高裁令和6年10月30日判決※1~
文献番号 2024WLJCC029
金沢大学 教授
大友 信秀
1.本件を紹介する理由
インターネットの普及により、ウェブ上では世界中の情報にアクセスすることが可能になり、もはや、その情報がどの国のサーバーから発信されているのか一般人は誰も気にしないで受け入れている。また、著名商標であれば、それが日本法人により発信されたものか、米国法人から発信されたものか、気にする方がおかしいという日常になっている。
他方、物理的実体を持たないため、国境を容易に飛び越える知的財産権は、国ごとに保護されるため、どこの国で誰によって発信され、視認されているかで、保護のために適用される法は異なることになる。
本件で問題となった商標権は、このようなインターネットの特性に翻弄される知的財産権である。
一つには、上記の通り、国境から解放されているため、その使用及び侵害に関して、各国法でどのように対応していくのか、という問題がある。そして、もう一つには、現実世界において商品もしくは役務に使用される商標が、ウェブ上では、現実世界の商品もしくは役務に導くための媒体として機能しているという問題がある※2。
前者は、知的財産権一般に属地主義との関係で論じられてきた問題であり、後者は、「商標の使用」及び「商品役務との具体的関係性」として論じられてきた問題である※3。
ウェブ上での商標の使用に関しては、これまで、不使用取消審判及びその審決取消訴訟で一定の対処法が示されてきたが、侵害事件の高裁判決でこれが示されるのは初めてである。
本件は、無限に広がるインターネットを利用した商標使用について、事業者に具体的方策を示す好例であると考えられるため、紹介する。
- 2.本件
- (1)商標権侵害を認めた第一審※4
- ①事案の概要
- 原告(被控訴人)は、「すしざんまい」という名称で飲食店(原告すし店)を全国展開する株式会社であり、被告(控訴人)は、魚介類及び水産加工品の輸出入等の事業を行う日本の株式会社で、親会社であるダイショーシンガポール等とダイショーグループを構成し、マレーシアにおいて「Sushi Zanmai」という名称の飲食店(本件すし店)を展開するグループ会社のスーパースシに食材の輸出を行っていた。
- 被告は、日本語で記載された主に日本国内の取引者及び需要者に向けた被告ウェブページに、スーパースシが展開する本件すし店に関する者として「寿司三昧」、「Sushi Zanmai」という被告各表示を掲載していた。
- 原告は、被告各表示の掲載が「すしざんまい」、「SUSHI ZANMAI」に対する原告各商標権※5を侵害するとして、商標法及び不正競争防止法に基づき被告各表示掲載の差止め、削除、損害賠償を求めて訴えを提起した。
- 被告は、「被告各表示はスーパースシがマレーシアにおいて展開する本件すし店に関するものにすぎず、被告自身は「すしを主とする飲食物の提供」を行っていないことなどから、被告各表示に係る役務は、原告各商標の指定役務である「すしを主とする飲食物の提供」とは類似しておらず、また、被告が原告各商標を「使用」したとはいえない」と反論した。
- ②判決
- 1)原告商標と被告各表示との類否
- 原告商標と被告各表示は、「外観、観念、称呼等によって取引者及び需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すると、・・・・・・同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあると認められるから、類似するものというべきである。」
- 2)原告役務と被告各表示に係る役務との類否
- 「本件各ウェブページは、日本語によって記載された主に日本国内の取引者及び需要者に向けたウェブページであり、被告が管理していること、本件各ウェブページには、スーパースシが展開する本件すし店に関するものとして被告各表示が掲載されており、被告各表示とともに「手頃な価格で幅広い客層が楽しめる回転寿司。厳選した食材と豊富なメニューで、人気を集めています。」との説明が掲載されていることが認められる。」
- 「このような事情からすれば、本件各ウェブページにおける被告各表示は、すしを主とする飲食物の提供を行う本件すし店を紹介するために掲載されたものであり、「すしを主とする飲食物の提供」と類似の役務に係るものといえるから、原告各商標の指定役務と被告各表示に係る役務とは類似するものといえる。」
- 3)商標の「使用」の成否
- 「被告が本件各ウェブページに被告各表示を掲載した行為は、「役務に関する広告・・・を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号)に該当するといえ、被告は原告各商標を「使用」したものと認められる。」
- 4)被告反論(原告各商標の不「使用」)の検討
- 「商標法は、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」と定めており、この目的を達成するため、商標は、標章をある者の商品又は役務に付することにより、その商品又は役務の出所を表示する機能(出所表示機能)や、取引者及び需要者が同一の商標の付された商品又は役務には同一の品質を期待しており、商標がその期待に応える作用をする機能(品質保証機能)を有するものと解される。本件においては、前記(ア)(筆者注:上記2)に対応する部分。)で説示したとおり、本件各ウェブページは主に日本国内の取引者及び需要者に向けたウェブページであり、かつ、被告各表示は「すしを主とする飲食物の提供」という役務に係るものといえるから、被告各表示がマレーシアの本件すし店に係るものであったとしても、本件各ウェブページに被告各表示を掲載した行為は、日本における原告各商標の出所表示機能及び品質保証機能を害し、ひいては、上記の商標法の目的にも反するものであるといえる。」
- 「そして、被告各表示が被告自身の事業に関するものではなかったとしても、本件各ウェブページに被告各表示を掲載した行為は被告が行ったものと認められ、上記のとおり、そのような被告の行為によって日本における原告各商標の出所表示機能及び品質保持機能(筆者注:原文ママ)が害されている以上、被告が原告各商標を「使用」していないと評価することはできない。」
- (2)本件判決※6
- 以下の通り判断し、原判決中被告敗訴部分を取り消し、同部分に係る原告の請求を棄却した。
- ①控訴審における当事者の補足的主張とこれに係る争点(被告が原告各商標を「使用」(商標法2条3項※7)したといえるか)※8
- 1)被告の主張
- ア 本件ウェブサイトの性質
- 「本件ウェブサイトは、スーパースシがマレーシア等で展開する本件すし店に顧客を誘致する目的・趣旨のものではない。本件ウェブサイトは、より安価で良質な食材の仕入先として国内生産者等を誘致するために、ダイショーグループの輸出窓口としての被告の事業内容を紹介するものであり、一般消費者に向けた広告媒体としての性質を持たない。」
- 「本件ウェブサイトの本件すし店に関する記述は、トップページ・・・・・・における「店舗情報」、及び「事業内容」紹介ページ・・・・・・における「店舗開発・メニュー開発」として掲載された10店舗のうちの一つとしてである。「店舗開発・メニュー開発」の冒頭では、「現在、シンガポール・マレーシア・インドネシアを中心に『寿司』『和食レストラン』など、約90店舗を展開しています。海外で人気のある伝統的な日本食をはじめ、現地の人々の嗜好に合わせアレンジした日本食を提供しています。地域や所得水準などに合わせ、大衆店から高級店まで展開し、幅広い層のお客様から支持されています。」と記した上で、東南アジアで展開するダイショーグループの10の飲食店チェーンを紹介しており、その中の一つである本件すし店に係る記述は、「手頃な価格で幅広い客層が楽しめる回転寿司。厳選した食材と豊富なメニューで、人気を集めています。」という簡潔なものである。これを補足する形で掲載されたURLをクリックすると、スーパースシのウェブサイトが表示され、そこでは、本件すし店に関する情報が全て英語で表記されている・・・・・・。」
- イ 参照的使用に当たること
- 「本件各ウェブページにおける被告各表示の使用態様は、・・・・・・ダイショーグループの輸出窓口である被告の事業内容を紹介するに当たり、本件すし店を特定し参照するために、海外で適法に商標登録されている被告各表示を用いたものであり、このような参照的使用は、自他商品等の識別や出所の表示の機能を果たす態様で用いられているとはいえないから、商標としての「使用」に該当しない。」
- ウ 実質的違法性を欠くこと
- 「本件すし店に係る対象役務(すしを主とする飲食物の提供)の提供が、全て海外で行われていることは、本件ウェブサイトの記載から容易に理解可能であるから、仮に本件各ウェブページが本件すし店に顧客を誘致する趣旨のものと認められるとしても、海外における取引の誘致である。」
- 「商標の出所表示機能・品質保証機能が発揮されるのは、その対象となる商品・役務の需要者が所在する場所であるから、被告各表示の出所表示機能等が発揮されるのは、本件すし店の所在するマレーシア及びシンガポールのみであり、日本国内ではない。」
- 「したがって、日本国内における原告各商標の出所表示機能や品質保証機能が害されるおそれはないから、本件ウェブページ掲載行為は、商標権侵害としての実質的違法性を欠く。」
- エ 属地主義の原則について
- 「属地主義の原則によれば、日本の商標権の効力は日本の領域内においてのみ及ぶところ、商標法の目的(同法1条)に鑑みれば、日本国内において商標法上の「使用」があるというためには、日本における商品又は役務の提供について、商標が出所識別機能及び品質保証機能を果たす態様で使用されることが必要であるといえる。」
- 「商標法の属地性とインターネットの世界性との関係から生じる各国における商標権の抵触問題等を解決するための国際的ガイドラインとして採択された共同勧告・・・・・・においては、インターネット上における標識の使用を特定国における使用と認めるか否かについて、「商業的効果(commercial effect)」の有無によって判断するとされている(2条)。本件についていえば、被告各表示が商業的効果を生むのは、本件すし店の営業が行われているマレーシア及びシンガポールのみであるから、本件ウェブページ掲載行為をもって日本国内での商標権の侵害と認めるべきではない。」
- 2)原告の主張
- 省略。
- ②判決
- 1)本件ウェブサイトの構成・記載内容
- トップページに加え、各階層のページ内容を詳細に特定した。
- 2)被告各表示の商標法2条3項8号該当性について
- 「本件ウェブサイトの構成と記載内容によれば、以下に述べるとおり、本件ウェブサイトは、全体として、被告を含むダイショーグループが東南アジアにおいて日本食を提供する飲食店チェーンを展開するとともに、そこで提供するための鮮度の高い良質な食材を日本から輸出する事業を営んでいることを紹介するものであると認められるから、被告各表示を付した本件各ウェブページについても、本件すし店の「役務に関する広告」に当たると認めることはできない。」
- 「「事業内容」のページ・・・・・・は、・・・・・・海外輸出を検討している国内の事業者に向けて、ダイショーグループを通じた輸出の利点を記載したものといえる。」
- 「特に「海外輸出をお考えの方」のページ・・・・・・は、食材の海外輸出を検討する国内事業者に向けたものであることが明らかである。」
- 「被告各表示を付した部分は、上記「事業内容」のページにおいては、ページの最後に被告各表示と簡潔な説明文及び英文ウェブサイトへのリンクがあるにとどまり、ページ全体に占める割合は少なく、具体的なメニューの内容、価格、店舗の所在場所といった、一般消費者に向けて本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しい(これらの情報は、リンクされた英文ウェブサイト・・・・・・に掲載されていることが推認される。)。しかも、被告各表示は、ダイショーグループが展開している飲食店チェーンを紹介した部分に掲載されている10種類の飲食店(その中には簡潔な説明文中にシンガポールやクアラルンプールの店舗であることが明記されているものもある。)の一つにすぎない。そして、同ページの記載内容からも、本件すし店が東南アジアに所在することは比較的容易に読み取ることができる。」
- 「トップページ・・・・・・において被告各表示を用いた部分をみても、英文ウェブサイトへのリンクがないことを除いては「事業内容」のページと同じであり、ページ全体に占める割合が多いとはいえず、10種類の飲食店チェーンの一つとして店舗情報が提供されていることは、前記「事業内容」のページと同様である。」
- 「前記の本件ウェブサイトの構成と記載内容によれば、被告各表示を用いた部分が本件すし店の役務を「広く世間に告げ知らせる」という一面があることを全く否定することはできないとしても、全体からみると、本件各ウェブページは日本からの食材の輸出という役務の広告というべきであって、被告各表示を用いた部分は、ダイショーグループが展開する他の飲食店チェーンの紹介と併せて、国内の事業者に対し、ダイショーグループを通じて輸出した場合の食材の使用先や使用状況を明らかにし、これにより被告との間で食材の輸出取引を行うための誘因とする目的で使用されているというべきである。」
- 「このような使用態様については、本件すし店の役務に係る出所表示機能、自他商品識別機能等を果たす態様で使用されていると評価することはできない。」
- 「本件ウェブサイトに設けられた一般的な問合せフォーム(海外輸出を考える国内生産者等に向けた問合せフォームとは別に設けられたもの)を利用して行われた問合せ394件は、すべて事業に関する問合せであり、一般消費者からのダイショーグループの店舗に関する問合せはなく、本件すし店に関し、原告と関係のある事業又は企業グループであると誤解した趣旨の問合せもなかったことが認められる。このことと、前記のとおり、本件各ウェブページにおいても、一般消費者に向けて本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しく、全体に占める記載の量も少ないことを併せ考慮すると、本件ウェブページ掲載行為は日本からの食材の輸出という被告の役務の広告として行われたものであり、被告各表示は、輸出された食材が現地の飲食店チェーンで使用されていることを示すことを通じて被告の事業内容を紹介するために用いられているものと認めるのが相当である。」
- 「トップページ及び「事業内容」のページの記載内容をみても、一般消費者に向けて本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しく、現に本件各ウェブページを閲覧した者から被告に対し、本件すし店に関する問合せがあった実例もない。一方、食材の輸出に関連する内容は「事業内容」のページを含め本件ウェブサイトの随所に多数記載されており、各ページはその最上部の文字バナーをクリックすれば閲覧可能であることからすると、閲覧者が被告各表示に係る部分のみを一見し、原告主張のように認識すると認めることはできない。」
- 「本件各ウェブページが本件すし店の役務の広告であるといえるか否かは、単にロゴマークが使用されていたかどうかによって決まるものではなく、その使用の態様や、被告各表示が使用された部分を含む本件ウェブサイト全体の構成、内容によって判断されるべきものである。前記のとおり、本件各ウェブページにおいて、被告表示2はダイショーグループが東南アジア各国に展開する飲食店チェーンの一つを示すものとして用いられたものにすぎず、その他前記した被告各表示の使用の態様並びに本件ウェブサイトの構成及び記載内容に照らし、原告の主張・・・・・・は、本件各ウェブページの性質に関する前記判断を左右するに足りるものではない。」
- 「被告各表示は、その態様に照らし、食材の海外輸出を検討する国内事業者に向けた本件各ウェブページの中で、被告の事業を紹介するために使用されているにすぎず、本件すし店を日本国内の需要者に対し広告する目的で使用されたものではなく、現にそのような効果が生じている証拠もない。」
- 「したがって、本件ウェブページ掲載行為は、「本件すし店の役務に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供する行為」として商標法2条3項8号に該当するものということはできない。」
- 3)被告各表示と原告各商標権の侵害について(属地主義との関係について)
- 「仮に、原告が主張するとおり、被告各表示の使用が本件すし店の存在を日本国内に広く知らしめるという点において「広告」に該当し、商標的使用に該当すると考えた場合でも、以下のとおり、被告各表示は、日本国内における役務の提供について使用されているものではないから、原告各商標権を侵害するものではない。」
- 「本件各ウェブページには、本件すし店の具体的なメニューの内容、価格など、一般消費者に向けて本件すし店の役務を知らせる内容は一切記載されておらず、「事業内容」のページの被告各表示の下のリンクから誘導されるのは英文のページのウェブサイトである。」
- 「本件すし店は、日本国外(シンガポール、マレーシア)で飲食物の提供等の役務を提供していることが認められ、・・・・・・日本国内で同様の役務を提供している事実は認められない。」
- 「そうすると、被告各表示は、本件すし店の日本国内における役務の提供について用いられているものではない。被告各表示を見た日本国内の消費者が被告各表示により役務の提供の出所を誤認したとしても、本件すし店が日本で役務を提供していない以上、その誤認の結果(原告の店であると誤認して、本件すし店から指定役務の提供を受けること)は、常に日本の商標権の効力の及ばない国外で発生することになるはずであり、日本国内で原告各商標権の出所表示機能が侵害されることはない。」
- 「もともと、一国において登録された商標は、他の国において登録された商標から独立したものとされており(パリ条約6条1項及び3項)※9、かつ、いわゆる属地主義の原則により、商標権の効力は、その登録された国内に限られるものと解される。外国において適法に登録された商標である被告各表示が当該外国における指定役務の提供を表示するため本件各ウェブページ上で使用された場合において、原告各商標権に基づき被告各表示の使用差止等を認めることは、実質的にみて、原告各商標の国内における出所表示機能等が侵害されていないにもかかわらず、外国商標の当該外国における指定役務表示のための適法な使用を日本の商標権により制限することと同様の結果になるから、商標権独立の原則及び属地主義の原則の観点からみても相当ではないというべきである。」
- 4)共同勧告について
- 「上記のとおり解することは、共同勧告において、インターネット上の標識の使用は、メンバー国で商業的効果を有する場合に限り、当該メンバー国における使用を構成するとされていること(共同勧告2条)とも整合するものである。すなわち、共同勧告3条(1)項で掲げられている商業的効果を決定するための要因についてみると、本件すし店が日本で役務を提供しておらず、提供する計画に着手した旨を示す状況はないこと(同項(a))、本件各ウェブページには本件すし店の日本通貨による価格表示はされておらず(同項(c)(ii))、日本国内における連絡方法も掲載されていないこと(同項(d)(ii))等が認められることに加え、前記のとおり、本件各ウェブページ自体は日本からの食材の輸出という役務の広告を目的とするものであり、被告各表示は、輸出された食材を国外で使用する飲食店チェーンを紹介するという文脈で使用されていること等の事情が認められる。これら全ての事情を総合的に考慮すると、本件各ウェブページが日本語で作成されており(同項(d)(iv))、日本国内の顧客に対し本件すし店の役務を提供する意図がないことが明示的に表示されているわけではない(同項(b)(ii))ことを踏まえても、本件各ウェブページにおける被告各表示の使用は、日本国内における商業的効果を有するということはできないから、日本国内における商標としての使用に当たるものではないというべきである。」
- 3.ウェブ上での商標の使用※10
- (1)判例※11
- これまでに、不使用取消審判の審決取消訴訟において、ウェブ上での商標の使用が判断された例はあり、たとえば、「クラブハウス事件」※12では、原告がメールマガジン及びそのWeb版に標章を使用した行為に対して、「原告商品に関する広告に当たらないということはできない。」とされたり、「COVERDERM事件」※13では、「本件ウェブサイトは、日本語で本件商標に関するブランドの歴史、実績等を紹介するとともに、注文フォーム及び送信ボタンまで日本語で記載されているのであるから、リンク先の商品の紹介が英語で記載されているという事情を考慮しても、本件ウェブサイトが日本の需要者を対象とした注文サイトであることは明らかである。そうすると、審決が認定するとおり、本件商標を付した商品が日本の需要者に引き渡されたことまで認めるに足りないか否かはさておき、少なくとも、原告は、本件商標について本件要証期間内に日本国内で商標法2条3項8号にいう使用をしたものと認められる。」とされた。また、「使用」を認めなかったものとして、「Papa John’s事件」※14があるが、そこでは、ウェブページが米国サーバーに設けられたものであること、内容がすべて英語で表示されたものであることが否定理由として示された。
- (2)学説
- ウェブ上の標章の使用に関しては、侵害場面での判断に関してではないが、「ウェブサイト上で標章を使用する場合、「商標としての使用でないもの」「商品役務との具体的関係で使用していないもの」との類型を一般的に想定することはできず、商標調査を省略できる領域を類型的に設定することは困難であると考える。したがって、標章を、商品役務との関係性があるウェブサイト上で使う場合においては、明らかに商標的使用といえないものを使う場合、あるいは商標法26条に該当する場合等を除き、丁寧に商標調査すべきことになろう。」※15との見解がすでに示されているように、個別具体的に、使用態様を把握する必要性が示されてきた。
- (3)WIPO共同勧告※16
- 本件判決は、傍論において、控訴人(被告)から主張されたWIPO共同勧告に基づき、日本国内での商標の「使用」に該当するかどうかの判断を示した。
- WIPO共同勧告は、2001年に一般総会において採択された「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」を指すが、同勧告は我が国において法としての拘束性を持つものではないものの、「使用」の判断基準を詳細に規定していることから、これに基づく判断が一定の基準として機能し得ることが示された。
- 4.商標権と属地主義※17
- (1)知的財産権と属地主義
- ①国際私法(準拠法選択)と属地主義
- 知的財産権は物理的実体を持たないため、容易に国境を超える、ないし、複数の国に接点を持つことになるため、これまでも、具体的事件において、準拠法をどのように決定するかについて議論がなされてきた※18。
- しかしながら、本件も含め、知的財産権侵害が具体的に問題となった裁判においては、明示的な準拠法決定がなされることなく、日本法が準拠法として(当然のごとく)選択された後の実質法の解釈として「いわゆる属地主義」がどのように機能するかが判断されてきた※19。
- 著作権とは異なり、公権力性の度合いが高い性質を有する側面があるとされる特許権に関しては、一般的な国際私法における準拠法選択とは異なる判断が必要であるとの考え方も示されてきたが※20、我が国の裁判所は、基本的には、我が国で訴え提起されたことにより、自動的に我が国の知的財産法を適用することとしているようである※21。
- なお、本件は、商標権の侵害が問題となっているため、特許権同様、産業財産権に位置づけられることから、理論上は、上記の特許法に関する公権力性の度合いが問題となり得るが、実務上は、ほとんど問題とされていないようである。
- ②実質法の解釈と属地主義
- 1)BBS事件※22
- 最高裁として「いわゆる属地主義」についてその趣旨を次のように述べた。
- 「属地主義の原則とは、特許権についていえば、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである。」
- 2)FM信号復調器事件※23
- 準拠法選択において米国法を選択しながら、属地主義を理由に、米国特許法適用の結果が我が国で生じることを公序により排除した。
- 3)ドワンゴ対FC2第一事件※24
- 国外サーバーから日本のユーザへのプログラム配信が、プログラムの請求項を侵害すると認めた。また、プログラムは表示装置の生産にのみ用いられるから表示装置の請求項も間接的に侵害することを認めた。ただし、表示装置の「生産」には、ユーザによるプログラム・インストールが必要であり、表示装置を「使用」するのもユーザであるとして、表示装置の請求項の直接侵害は認めなかった。
- 4)ドワンゴ対FC2第二事件※25
- FC2のサーバーは国外にあったが、当該システムを構成するサーバーが国外に存在する場合でも、①当該行為の具体的態様、②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、③当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、④その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法上の「生産」に該当するとした。
- その上で、上記①については、送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによってFC2のシステムが完成することから、上記送受信は国内で行われたものと観念できるとした。
- 上記②については、国内に存在するユーザ端末は、本件発明の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる判定部の機能と表示位置制御部の機能を果たしているとした。
- 上記③については、FC2のシステムは、ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明の効果は国内で発現しているとした。
- 上記④については、国内における利用は、ドワンゴが本件発明を国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るとした。
- 以上より、本件生産は我が国の領域内で行われたものとみることができるとしてFC2の侵害を認めた。
- (2)商標権について属地主義が問題となる(なり得る)場面
- ①商品が国境を越えて移動する場面(並行輸入)
- BBS事件において、商標機能論が示されて以降、商標商品の並行輸入が問題となる場面において、特許では議論されてきた属地主義が明示に議論されることがなくなった※26。そこでは、出所表示機能及び品質保証機能が害されるかどうかが議論の対象とされてきたが(商標機能論)、本件で顕在化したように、実際には、商標の使用が属地的であるかどうかという判断がこれまでも内包されていた。
- ②商品の移動がない場合(本件を含むウェブ上での表示等)
- 1)商品ないし役務の特定
- 本件では、原告役務が「すしを主とする飲食物の提供」であったため、これに関する「広告」といえるかが問題となった。そして、被告が「広告」をしたとする対象である被告グループ企業による「すしを主とする飲食物の提供」が国外でのみ行われていたことが、被告による原告商標の「使用」を否定する理由の一つとなった。
- しかしながら、たとえば、ホテルや航空券の予約等で、宿泊役務や旅客運送役務の提供が国外でのみ行われる場合であっても、これらの役務の予約がウェブ上で日本国内から日本語でできる場合には、「その誤認の結果(原告の店であると誤認して、本件すし店から指定役務の提供を受けること)は、常に日本の商標権の効力の及ばない国外で発生することになるはず」とはいえないものと考えられる。
- すなわち、ここでいう役務には、単純に役務が予定している中心的な内容にとどまらず、それに付随する予約対応等も当然考慮されることとなるため、本件では、そのような予約システムをウェブ上にとりわけ日本語※27で有していなかったことが重要な点になったものと思われる。
- 2)混同(混同を生ずるおそれ)を認める要因
- ア ウェブページが誰に対して向けられたものか、誰を誘引しようとしているか
- 特定された役務の需要者と一致するとされれば混同が認められやすい。本件では、本件ウェブページが向けられた対象と原告商標の指定役務の対象が異なることが認定されている。
- イ 混同を示す具体的証拠
- 本件では、本件ウェブページへの一般消費者(国内の取引者及び需要者)からの問い合わせがなかったことが認定されている。
5.おわりに
本件では、第一審が、被告ウェブサイトが日本語で作成され日本で閲覧可能なこと等を理由に、被告の侵害を認めたが、知財高裁は、被告ウェブサイトを詳細に分析し、その対象を特定した上で侵害判断を行った。
その際、WIPO共同勧告に示された詳細な判断要素が機能し得ることも示した点で、今後の同種の事件への対応指針を具体的に示すものといえる。
属地主義に関しては傍論で言及しているが、同部分は、今後の指針となる程度に具体的とはいえない。
(掲載日 2024年12月24日)