判例コラム

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第333号 警察の市民監視に伴う情報収集および情報提供に関する国家賠償請求と個人情報抹消請求  

~名古屋高裁令和6年9月13日判決※1

文献番号 2024WLJCC027
大阪経済大学 教授
小林 直三

1.はじめに
 本稿は、県警の警察官らが風力発電所建設に反対する一審原告らの個人情報の収集を長年に渡って行い、さらに風力発電所建設を計画した企業(以下、本件企業)にその個人情報の一部を提供したとして、国家賠償請求を行うとともに、個人情報の抹消請求をした事案※2に関する2024年9月13日の名古屋高裁判決を紹介し考察するものである。
 一審である地裁判決※3は、警察官による個人情報の提供の違法性を認め、そのことに係る損害賠償を認めたが、その他の請求を認めなかった。そのため、一審原告らおよび一審被告である県が、それぞれの敗訴部分について控訴したものが、本高裁判決となる※4

2.判例要旨
①対象となる議事録の存否と信用性について

 まず、本件企業の地域対応グループに所属する者たちと警察官らの間で行われた情報交換に関する議事録の存否について、「国会において国家公安委員長が、・・・・・・警察官が関係会社の担当者と会っていたという報告を受けていると答弁しているし、・・・・・・本件議事録の原本が・・・・・・地域対応グループにおいてファイリングして保管されるとともに、本件議事録のデータが」地域対応グループの「本社に送付されたものと認められ、・・・・・・本社において実施された検証(証拠保全)において、実際、本件議事録のPDFファイルが存在していたものであるから、本件議事録が存在することは明らかである」とした。
 次に、議事録の信用性について、「本件議事録の素案は、インターネットで検索するなどした参考資料等が添付され、その都度、地域対応グループ内で回覧されて確認され、上司・・・・・・の決裁を受けていたこと、このようにして作成された本件議事録は」、本件企業の「正式な社内文書として・・・・・・地域対応グループ内及び・・・・・・本社の少なくとも2か所において保管されていることが認められ・・・・・・本件議事録に記載された本件情報交換の内容は」、本件企業「にとって有用なものとして社内で共有されていたものであるということができ」、「実際、本件議事録記載の内容が、客観的な事実経過に整合すること・・・・・・並びに・・・・・・各証言とも矛盾しないことなどからすれば、本件議事録は、できる限り正確に作成されたものと認められ、その内容は十分信用できるものというべきである」とした※5

②一審原告らの行ってきた活動および本件風力発電事業に対する対応等について
 そして、一審原告らは、それぞれダム建設やゴルフ場建設の反対に係る活動をしていたが、「いずれも犯罪行為を行ったり、反社会的集団と関係を持ったりしていたものではな」く、「少なくとも公共の安全や秩序という面において、一般国民と何ら異なるところはないものであ」り、また、「一審原告ら(ただし、その一部である場合も含む。)が、本件風力発電事業について行ってきた活動は、・・・・・・いずれも民主的、平和的なもので、何ら社会的に非難されるべきものではな」く、そして、「健康等に影響を受ける可能性のある私人が、その問題点を認識し、これを具体的に指摘して、計画の中止や改善等を求めこと(筆者注:原文ママ)は、単独では、資金も人も時間もないことが多く、通常は非常に困難な作業である」ため、「必然的に、同様の影響を受ける立場にある者らが連携したり、協力者を募ったり、勉強会を開いたり、専門家を招いたり、法律家に依頼したり、意見を表明したりするなどの活動が必要となってくるのであ」り、「このような活動は、・・・・・・当然に認められなければならないものであり、憲法によっても、集会・結社・表現の自由(21条1項)などとして保障されて」おり、「仮に、一審原告らのこのような活動が市民運動に発展したとしても、何ら犯罪行為等の恐れが生じるものではなく、マスコミ等や、場合によって地方議会等で取り上げられるなどすれば、より透明性のある、公共の場での実質的な議論が可能となるし、より広い地域の住民や国民全体のこのような問題への関心が高まることも期待できるから、むしろ社会的にも望ましいことであるといえる」とした。また、結果的に「本件風力発電事業が中止になったとしても、それは単に私企業が計画した一つの事業が実現しなかったというだけのことに過ぎ」ず、一審原告らの「嘆願書の提出については、憲法(16条)によって認められている権利であり、何人も、これを行ったためにいかなる差別待遇も受けないことが保障されているのであ」り、「本件風力発電事業に対して一審原告らが行ってきた対応等は、・・・・・・少なくとも公共の安全や秩序という面において、一審原告らが、捜査機関等の公権力を有する者から、一般国民と異なる扱いを受けてよいという理由は認められない」とした。

③県警の本件企業への情報提供および情報収集について
 それにもかかわらず、県警が、本件企業「の活動を援助するために、他方当事者である一審原告らに関する情報を提供して、一審原告らの活動を妨害するということは、私的自治への不当な介入であり、警察法が、警察の活動について、『その責務の遂行に当たっては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない』(同法2条2項)としていることに真っ向から反する不公平なものであり、明らかに違法なものといわざるを得」ず、こうした「介入行為は、自由主義における法人等を含む国民の自律的な行動とそれによる結果を捻じ曲げてしまうことにもな」り、さらに、警察官らの本件企業「への情報提供行為は、相手に強力な支援者が現れる可能性を示唆し」、本件企業「の危機感を煽り、かつ、自らが後ろ盾になってやることを示すというもので、かえって両者を対立させ、その間の溝を深くさせることになっていく可能性が高く」、平穏な市を維持することと矛盾するとした。
 そして、警察官らは本件企業の社員に、一審原告らの一部について、「風力発電のみならず自然に手を入れる行為自体に反対する人物であることをご存じかなどと尋ね」、一審原告らの一部が「活発に自然破壊反対や希少動物保護運動に参画しているなどと伝え、自然破壊に繋がることに敏感に反対する」別の原告について「ご存じかなどと尋ね」、その者が、ダム建設中止訴訟の張本人である旨を「述べていることからすると、・・・・・・警察官ら・・・・・・は、・・・・・・訴訟提起の『張本人』などと否定的な位置付けをした上、上記のような訴えの提起(憲法32条によって保障されている)等を含む一審原告らの自然保護運動や希少動物保護運動等の正当な活動を妨害し、その相手方当事者等を援助する目的で、以前から一審原告らに関する情報を収集していたもの」であるとし、さらに、本件企業「の社員らからも、一審原告らの情報を入手しようとしていたものと認められ」、警察官らの「このような偏頗な行為が、不偏不党、公平中正を求める警察法2条2項に反するものであることは明らかであるし、自然保護運動、希少動物保護運動等を行う者の活動を妨害し、その相手方による自然保護に抵触するような活動や、希少動物に危険を及ぼす可能性のある活動を援助するということは」、環境基本法の各条文を踏まえれば、「公共の福祉ないし公共の利益に反するものであることは明らかである」とした。
 また、本件企業「の社員らが、周囲を固めることにより、〇〇地区を孤立化させ、周りの地区から『なぜ賛成できないか』の声が上がるよう仕向けたいなどとし、そのための地元交渉等のために、・・・・・・警察から情報が欲しいと要請した」ところ、「警察官らは了解し、実際にもこれに従ってその後の情報提供を続け」たが、周辺地域から孤立させることは、「いわゆる共同絶交として不法行為を構成し得るものであ」り、したがって、警察官らの本件企業への「情報提供行為は・・・・・・共同不法行為を構成する(民法719条2項)可能性のある行為であ」り、そして、本件企業は個人情報保護法上の義務を有しているわけであるが、「本件情報交換の実態は、不正確な情報の交換も含め、双方共に・・・・・・法律上の義務に何らの配慮もなく行われているといわざるを得ず」、県警は、本件企業に「このような法律違反を積極的に行わせ、助長させているという側面を有している」とした。
 したがって、県警から本件企業への情報提供行為や警察による一審原告らの情報収集および保有は、「いずれも違法ないし少なくとも著しく社会的相当性を欠いた不当な目的で行われていたものと認められ」るとした。

④情報保有について
 そして、県警が収集した一審原告らの「個人情報につき、それらの現時点における存在形態については、一審被告らが本件訴訟の内外において全く明らかにしないので・・・・・・、詳細において不明であるが、これらの情報は、メモや報告書等の文書又は磁気データ・・・・・・として保有されているものと推認され」るとし、また、「県警において現在も保有されているものと推認され、これを覆すに足りる証拠はない」とした。
 しかしながら、一審原告らの活動は「居住する地域を中心としたものであり、直ちに警察庁等の一審被告国の組織がこのような一審原告らの個人情報を収集し、保有しているものとは認められない」ことから、「一審被告国については、一審原告らが主張する一審原告らの個人情報を現時点で保有しているものとは認められない」とした。

⑤プライバシーの権利について
 最高裁の先例※6を踏まえて、「憲法13条は、個人の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保障されるべきことを規定しているものであり、何人も、個人の私生活上の自由の一つとして、少なくとも、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有しているものと解される」としたうえで、「個人情報をみだりに第三者に開示又は公表(提供)されない自由のみならず、その前段階ともいえる個人情報の収集及び保有についても、個人の私生活上の自由を侵害するようなものは許されないというべきであって、そのような個人情報の収集及び保有がみだりにされない自由もまた、憲法13条により保障されている」とし、「このように憲法で保障された自由に基づく国民の権利ないし利益は、人格権の一つであるプライバシーの権利として、不法行為法上も法的保護に値するものであるから、これらが侵害された場合に損害賠償請求ができるのはもちろんのこと、人格権に基づく妨害排除請求として、保有している情報の抹消等の一定の作為を求める具体的な権利としても認められる」とした。
 そして、「私人が発信した自己の情報を公権力が広く収集し、分析しているとすると、私人が自ら情報発信すること自体を躊躇する可能性があるし、情報発信する内容についても、公権力がこれを収集していることを前提とした内容にしてしまう可能性があるのであって、いずれにせよ、私人が自らの行動に対する心理的抑制が働き、少なくとも自由な情報発信に対する事実上の制約が生じることは明らかであって、憲法で保障された表現の自由(21条1項)や内心の自由(19条)に対する間接的な制約にな」り、「公権力が、ある者の個人情報を収集しているということは、その者と接触する者の個人情報や、その者が所属する団体ないしグループ等の情報も公権力によって収集されることになるから、そのような者との交友を避けたり、そのような者がグループ等に入ることを嫌ったりすることが考えられるのであって、現実的な社会生活への影響を生じさせるものといえる」とした※7。さらに、「公権力が、本人の知らないまま、特定の個人に関する個人情報を、その要保護性の高低、推定的同意の有無、収集方法の強制処分性又は任意手段性の如何、正確性の有無や程度等にかかわらず、多数収集してこれらを集積し、分析し、保有するなどすれば、当該個人の実際の人間像(人物像)とは異なる人間像がその中で形成され、これが独り歩きして、誤った個人情報に基づく措置等を行ってしまう可能性がある※8。また、保有する情報が不十分なもの・・・・・・である場合は、本来であれば考慮すべき情報を考慮せずに意思決定し、それに基づく措置等を行ってしまう危険性も生じ得るのである・・・・・・。しかも、このような個人情報の収集及び保有等を警察組織が行った場合には、その利用のされ方・・・・・・によっては、正確性を欠く情報・・・・・・に基づき、監視の対象とされたり、犯罪捜査の対象として取り上げられたりして、誤認逮捕等の身柄拘束が生じる可能性も否定でき」ず、「公権力から誤った情報・・・・・・が当該個人に関係する第三者に提供されれば、当該第三者は、誤った情報に基づく意思決定・・・・・・をし、当該個人に対して行動することになってしまうという弊害も生じ得る」とした。

⑥警察の情報収集活動の許容性について
 次に、どのような警察の情報収集活動が許容されるのかに関して、「具体的な法律上の根拠がないからといって、直ちに警察法2条に基づき警察が行っている情報収集活動が全て否定されるものではなく、一審原告らが主張するように警察が行う情報収集活動が一切許されないとまでいうことはできない」としつつも、「情報収集活動については、法律上の明文の根拠がないのであり、基準となるべき具体的な規律がないのであるから、当然のことながら、厳に同条の枠内で行われなければならないのであって、みだりにプライバシー等の国民の権利、利益や自由を制限することは許されない・・・・・・のであり、特定の個人について、これらの制限を行うためには、当該個人について、一般国民とは異なり、捜査機関が情報収集活動を行うなどしてこれらの制限を行うことを正当とする個別的、具体的な根拠が必要であり、これを主張立証する責任を負うというべきである。すなわち、警察法2条を根拠とする以上、同条1項のみを援用し、『公共の安全と秩序の維持』を名目としてフリーハンドで活動することは許されないのであり、当然のこととして、同条2項による制限が及んでいるのである。そして、具体的な根拠としては、少なくともその目的及び必要性・・・・・・が捜査機関の側から個別的、具体的に明らかにされなければならない・・・・・・ものである(ただし、これらのみで十分というわけではなく、さらに方法の相当性等も検討されるべきである。)」とした。

⑦損害賠償請求について
 そして、「警察官らは、一審原告らの自然保護運動や希少動物保護運動等の活動を妨害し、その相手方当事者を援助する目的で、相当以前から一審原告らに関する個人情報を収集していたのであり」、また、警察官らは、本件企業「による本件事業の推進を援助し、これに反対し、又は反対する可能性のある一審原告らの活動を妨害する目的で、一審原告らに関する個人情報の・・・・・・提供を続けていたのであるから、その目的において、これらは違法であり・・・、少なくとも明らかに社会的相当性を欠いたものであって、警察官の情報収集活動等に裁量権があるとしても、裁量権を逸脱するものであり、少なくともこれを濫用するものであるといわざるを得ない。そうすると、さらにその必要性等について論ずるまでもなく、・・・・・・警察官らの上記各行為は、国家賠償法1条1項の適用上も違法なもので、故意に、少なくとも重大な過失により※9、一審原告らのプライバシーを侵害したものと認められ、一審原告らに対し、損害賠償義務を負う」とした。さらに、「上記のような違法ないし明らかに社会的相当性を欠いた不当な目的による個人情報の取得、保有及び利用については、・・・・・・秘匿性の高いものは当然として、・・・・・・いわゆる単純個人情報といわれるものについても、・・・・・・人格権としてのプライバシーを侵害するものとして許されず、損害賠償請求等が認められるべきである。すなわち、単純個人情報であっても、警察がこれを収集、保有しているということは、それだけでは意味がないのであるから、警察が有用と考える何らかの情報等と結びつけて収集、保有されているものと考えられ、収集、保有及び利用の目的の正当性及び必要性が立証されない以上、プライバシーを侵害する違法なものとして、損害賠償請求等が認められる」とした。

⑧一審原告らの損害について
 そして、一審原告らの収集、保有および提供された個人情報は要保護性、私事性・秘匿性が高いとしたうえで、警察官らの「個人情報の提供行為のみに着目しても、非常に悪質であ」り、さらに、本件企業は、「警察が提供した一審原告らに関する情報(誤りの情報を含む。)を使って、〇〇地区を周辺地区から孤立化させるよう仕向けるなどの行動をしていたものと認められ、このような面において、一審原告らは、本件風力発電事業に反対する活動を種々の面で妨げられていたと考えられ、現実的な不利益を被っていたものと認められる」とし、「一審原告らの精神的苦痛は非常に大きいものと認められ、一審原告らに支払われるべき慰謝料額としては、一審原告らのいずれについても、各請求額である100万円を下らないというべきである」とし、「本件訴訟の内容等からすると、一審被告県の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用についても、各請求額である10万円を下らないものと認められる」とした。

⑨個人情報の抹消請求について
 個人情報の抹消請求に関しては、「抹消すべき対象となる情報の特定は、先ずは請求者において行うべきことであって、そのような特定を欠く請求に係る訴えは不適法である」としたうえで、一審被告県に対する請求の一部は、警察官らが「特定される一審原告らの個人情報を収集しており、これらの特定された個人情報が、・・・・・・県警において文書等の形で現在も保有しているものと認められ」ることから「十分に特定されているもの」として、「適法なものと認められ」、一審被告国に対する請求の一部も、「抹消請求の対象となる情報の特定自体はされており、適法な訴えであると認められる」とした。
 そのうえで、「県警による一審原告らの上記個人情報の保有は、一審原告らのプライバシーを侵害するもので違法であり、とりわけ本件においては、一審原告らの個人情報が、法令の根拠に基づかず、正当な行政目的の範囲を逸脱して、第三者である」本件企業に「開示され提供されて」おり、「県警が保有する一審原告らの個人情報が、法令等の根拠に基づかず、正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示される具体的現実的な危険が生じていると認められるから、一審原告らは、人格権に基づく妨害排除請求として、一審被告県に対し、上記各個人情報の抹消を請求できるものと認められ」るとした。
 ただし、一審被告国に対する個人情報の抹消請求については、「一審被告国が一審原告らの個人情報を保有しているものとは認められないから、いずれも理由がない」として棄却した。

⑩結論
 以上のことから、一審原告らの訴えのうち、国家賠償請求に係る訴えを認容し、個人情報の抹消請求の訴えのうち、一部を却下とし、その他の一部のうち、一審被告県に対する訴えを認容し、一審被告国に対する訴えを棄却とした。

3.検討
 本件事案は、もともと社会的な注目の高いものであったが、一審の地裁判決では、県警による個人情報の提供に係る損害賠償を認めたものの、個人情報の収集に関しては損害賠償を認めず、また、抹消請求も認めなかった。そのため、学説からは、警察による個人情報の収集や抹消請求に関する地裁の判断に関する批判もなされていた※10。しかし、本高裁判決では、一審被告国に対する個人情報の抹消請求については認めなかった※11ものの、県警による個人情報の収集に係る損害賠償を認め、さらに一審被告県に対する個人情報の抹消請求も一部認めており、学説の批判の多くに応えたものとして、学術的にも注目すべきものであり、高く評価すべきものと考えられる。
 そうしたことを前提としたうえで、ここでは、一審の地裁判決と比較した場合の本高裁判決の注目すべき点である警察による個人情報の収集に係る損害賠償と個人情報の抹消請求に係る判断に関して、若干の検討をしていきたい。
 まず、前述のように、本件一審である地裁判決では、警察官の本件企業への情報提供を違法としてそれに係る国家賠償請求を認めたものの、警察による情報収集および保有を国家賠償法上の違法としなかった。すなわち、地裁判決では、県警による情報収集および保有の「目的も証拠上認定することができない」としつつも、「原告らは、過去に公共の安全と秩序の維持を害するような市民運動を行ったことはなく、本件情報交換当時、本件風力発電事業に関し、原告らが公共の安全と秩序の維持を害するような具体的な活動をしていなかったことによれば、本件情報収集等の必要性はそれほど高いものではなかった」が、「仮に・・・・・・原告らの活動が市民運動に発展した場合、抽象的には公共の安全と秩序の維持を害するような事態に発展する危険性はないとはいえない」ことから、「万が一の事態に備えて日頃から原告らに関する情報収集等をする必要性があったことは否定できない」として、県警による個人情報の収集および保有の必要性を肯定し、「国家賠償法上違法であるとまではいえない」とした。
 それに対して、本高裁判決では、「警察官らは、一審原告らの自然保護運動や希少動物保護運動等の活動を妨害し、その相手方当事者を援助する目的で、相当以前から一審原告らに関する個人情報を収集していたのであり」、また、警察官らは、本件企業「による本件事業の推進を援助し、これに反対し、又は反対する可能性のある一審原告らの活動を妨害する目的で、一審原告らに関する個人情報の・・・・・・提供を続けていたのであるから、その目的において、これらは違法であり・・・・・・少なくとも明らかに社会的相当性を欠いたものであって、警察官の情報収集活動等に裁量権があるとしても、裁量権を逸脱するものであり、少なくともこれを濫用するものであるといわざるを得ない」とし、「そうすると、さらにその必要性等について論ずるまでもなく、・・・・・・警察官らの上記各行為は、国家賠償法1条1項の適用上も違法なもので、・・・・・・損害賠償義務を負う」としたのである。
 つまり、地裁判決では、情報収集等の目的を明確にすることを避けながら、抽象的な危険の非常に漠然とした可能性によって県警による情報収集等の必要性を認めることで国家賠償法上の違法性を否定したが、しかし、本高裁判決では、情報収集等の目的を明確にし、その違法性を認めることで、必要性を問うまでもなく国家賠償法上の違法性を肯定したのである。
 さらに、本高裁判決では、違法な目的の認定を前提として、「個人情報の取得、保有及び利用については、思想信条に係わるものや、健康等の秘匿性の高いものは当然とし」つつ、さらに、「単純個人情報であっても、警察がこれを収集、保有しているということは、それだけでは意味がないのであるから、警察が有用と考える何らかの情報等と結びつけて収集、保有されているものと考えられ、収集、保有及び利用の目的の正当性及び必要性が立証されない以上、プライバシーを侵害する違法なものとして、損害賠償請求等が認められる」としている。
 もちろん、本高裁判決のこれらの判断は、本件事案の処理として高く評価すべきものと思われる。
 ただし、基本的には情報収集の適法性判断は総合的判断に基づいており、本件のように極端な事案で、かつ、ある程度の立証が可能であった場合でこそ違法性を認めることが可能であったとも考えられる。そのため、本高裁判決を過度に一般化するべきではないだろう。その意味では、かなりの特殊事例に関するものであると評価しておいた方が良いように思われる。
 次に、プライバシー権の理解に関して、本高裁判決は、従来の判例にしたがって、「憲法13条は、個人の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保障されるべきことを規定しているものであり、何人も、個人の私生活上の自由の一つとして、少なくとも、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有しているものと解される」としながらも、「個人情報の収集及び保有についても、個人の私生活上の自由を侵害するようなものは許されないというべきであって、そのような個人情報の収集及び保有がみだりにされない自由もまた、憲法13条により保障されている」とし、「このように憲法で保障された自由に基づく国民の権利ないし利益は、人格権の一つであるプライバシーの権利として、不法行為法上も法的保護に値するものであるから、これらが侵害された場合に損害賠償請求ができるのはもちろんのこと、人格権に基づく妨害排除請求として、保有している情報の抹消等の一定の作為を求める具体的な権利としても認められる」としている。
 この点に関連して、憲法学の通説とされる自己情報コントロール権説は、いわゆる抽象的権利とされており、その理解にしたがえば、その権利行使は、それを具体化する法制度である個人情報保護法等を前提としている。しかし、本高裁判決では、「人格権の一つであるプライバシーの権利として、不法行為法上も法的保護に値するものであるから、これらが侵害された場合に損害賠償請求ができるのはもちろんのこと、人格権に基づく妨害排除請求として、保有している情報の抹消等の一定の作為を求める具体的な権利としても認められる」として、情報に関するプライバシーの権利のいわゆる請求権に関しても、実質的には個人情報保護法等に関わりない形で具体的権利として展開している。このことは、国の個人情報保護法や県の個人情報保護条例が、行政の保有する個人情報の消去請求(抹消請求)について、対象が開示されていることを前提としているのに対して、開示を前提とせずとも対象の特定性さえ満たせば抹消請求を認める本高裁判決の判断にも関係するところと思われる。つまり、憲法13条※12を前提に不法行為法上の人格権に基づく妨害排除請求権という形で抹消請求を構成することで、対象の開示という要件を避けることができているのである※13。そして、実際、本高裁判決では、一審の地裁判決と異なって対象となる情報の特定性を認めており、その情報の特定性の認定も含めて、こうした本高裁判決の判断は、個人情報の抹消請求などの権利行使の可能性を広げるものとして高く評価できるものと思われる。
 しかし、もし、このような本高裁判決の構成を前提とするならば、そもそも、訂正請求や抹消請求の前提として対象の開示を前提とする法律や条例は、不当にそれらの請求権を制限するものとして、違憲となるおそれが生じるといえるのではないだろうか。その点において、本高裁判決は、現行の法制度のあり方にも影響する可能性を持つものと思われる※14

4.おわりに
 前述のように、警察による個人情報の収集に関しては、本件のように極端な事案で、かつ、ある程度の立証が可能であった場合でこそ違法性の認定が可能であったとも考えられ、この点に関して本高裁判決は、かなりの特殊事例に関するものであると思われる。しかし、本高裁判決の判断が画期的なものを含んでいることは疑いのないところであり、少なくとも、今後の警察による情報収集のあり方に一定の警鐘を鳴らしたものとして評価できるものと考えられる。
 また、個人情報の保護に係る抹消請求に関して、憲法13条を前提としつつ不法行為法上の人格権に基づく妨害排除請求権として構成することで、事前に対象を開示させておく要件を外し、個人情報保護法等よりも実質的に権利行使をし易くしている点も、今後の個人情報保護制度のあり方に影響を与え得るものと思われる。
 以上のように、本高裁判決は、かなりの特殊事例に関するものであるが、それでもなお、今後の警察による情報収集や個人情報保護制度のあり方に影響を与え得るものとして、重要な意味を持つものと考えられる。


(掲載日 2024年11月26日)

  • 詳細は、名古屋高判令和6年9月13日WestlawJapan文献番号2024WLJPCA09136001を参照のこと。
  • 本件の事実の概要に関しては、以下の文献も参照のこと。山田秀樹「大垣警察市民監視事件」法学セミナー742号20頁(2016年)。
  • 詳細は、岐阜地判令和4年2月21日WestlawJapan文献番号2022WLJPCA02216004を参照のこと。なお、同判決に関しては、山田秀樹「大垣警察市民監視事件」法学セミナー742号20頁(2016年)、實原隆志「警察による個人情報の収集・保有・提供」法学セミナー増刊(新・判例解説Watch)31号27頁(2022年)、同「警察による個人情報の取集・保有・提供の法的問題—『大垣警察事件』を題材とした検討—」福岡大学法学論叢68巻1号53頁(2023年)、山田秀樹「公安警察による個人情報の収集・保有・提供と憲法—大垣警察市民監視事件を題材に—」判例時報2597号5頁(2024年)、小西葉子「国家による秘密裡の情報収集等の違憲性を争う訴訟—大垣警察市民監視事件を題材として—」判例時報2597号12頁(2024年)も参照のこと。
  • なお、本件事案は、上告されなかったため、本高裁判決で確定している。
  • なお、さらに判決は、「一審被告県は、信用性を抽象的に争うのみであって、本件議事録の具体的な内容に関する反証を一切し」ておらず、「また、一審被告県に所属する監督官庁の長・・・・・・は、本件情報交換の場における具体的なやりとりをさらに明確に立証しようとする趣旨も含まれている一審原告らの証人申請につき、一審裁判所及び当裁判所がこれを必要と認めて行った民事訴訟法191条1項所定の承認請求に対し、これを拒否して、一審原告らによるさらなる立証を妨げているものであ」り、「したがって、一審被告県は自ら一審原告らの立証を妨げながら、これが不十分であるなどと主張するもので、民事訴訟法上の信義誠実の原則(同法2条)にも反するものであって、一審被告県の上記主張は、到底採用できないものである」と述べている。
  • 最一小判平成20年3月6日WestlawJapan文献番号2008WLJPCA03069001、最一小判令和5年3月9日WestlawJapan文献番号2023WLJPCA03099001。なお、最一小判令和5年3月9日に関しては、拙稿「いわゆる「マイナンバー制度」最高裁合憲判決に関する一考察~最高裁第1小法廷令和5年3月9日判決~」WLJ判例コラム第283号(文献番号2023WLJCC005)2023年も参照のこと。
  • ダニエル・J・ソロブは、こうした個人情報の扱いに伴う冷却効果に言及し、そのことを踏まえて、情報プライバシーだけでなく、いわゆる自己決定に関する要素も含めて家族的類似性によってプライバシー権として概念化することを提唱している。See, Daniel J. Solove, Conceptualizing Privacy, 90 CALIFORNIA LAW REVIEW 1087 (2002) and A Taxonomy of Privacy154 U. PENNSYLVANIA LAW REVIEW 477 (2006).
  • ダニエル・J・ソロブは、カフカの『審判』のメタファを用いて同様の問題を指摘しており、特に情報社会において、こうした問題が高まっているとしている。See, Daniel J. Solove, Privacy and Power: Computer Databases and Metaphors for Information Privacy, 53 STANFORD LAW REVIEW 1393 (2001).
  • ここで、あえて「故意に、少なくとも重大な過失により」と言及しているのは、国家賠償法1条2項の求償請求を認める趣旨であると思われる。
  • たとえば、前掲注3・實原(2022)、同(2023)、山田(2024)。
  • 本高裁判決では、一審被告県に対する個人情報の抹消請求を認めているものの、一審被告国に対する個人情報の抹消請求は認めていない。すなわち、本高裁判決では、「警察庁については・・・・・・一審原告らの個人情報の収集、保有及び利用につき、通達などによる基本的な指示ないし指針の提示(非公式なものである可能性もある。)や一定程度の関与は推認されるものの、一審原告らは・・・・・・一地方に在住する一般市民であって、その活動も居住する地域を中心としたものであり、直ちに警察庁等の一審被告国の組織がこのような一審原告らの個人情報を収集し、保有しているものとは認められない」として、一審被告国の個人情報の保有を否定することで、一審被告国に対する個人情報の抹消請求を棄却している。
  • 日本国憲法13条
  • もちろん、本高裁判決の理論構成は、不法行為上の人格権侵害を前提とするものであるが、本高裁判決が、「私人が発信した自己の情報を公権力が広く収集し、分析しているとすると、私人が自ら情報発信すること自体を躊躇する可能性があるし、情報発信する内容についても、公権力がこれを収集していることを前提とした内容にしてしまう可能性があるのであって、いずれにせよ、私人が自らの行動に対する心理的抑制が働き、少なくとも自由な情報発信に対する事実上の制約が生じることは明らかであって、憲法で保障された表現の自由(21条1項)や内心の自由(19条)に対する間接的な制約にな」り、「公権力が、ある者の個人情報を収集しているということは、その者と接触する者の個人情報や、その者が所属する団体ないしグループ等の情報も公権力によって収集されることになるから、そのような者との交友を避けたり、そのような者がグループ等に入ることを嫌ったりすることが考えられるのであって、現実的な社会生活への影響を生じさせるものといえる」として、公権力による情報収集に伴う冷却効果に言及し、「公権力が、本人の知らないまま、特定の個人に関する個人情報を、その要保護性の高低、推定的同意の有無、収集方法の強制処分性又は任意手段性の如何、正確性の有無や程度等にかかわらず、多数収集してこれらを集積し、分析し、保有するなどすれば、当該個人の実際の人間像(人物像)とは異なる人間像がその中で形成され、これが独り歩きして、誤った個人情報に基づく措置等を行ってしまう可能性がある」と指摘していることからすれば、個人情報保護法63条64条に違反する個人情報の取扱いのほとんどは、人格権に基づく妨害予防請求の対象になり得るように構成できるとも考えられる。そして、そのように構成できるとすれば、不法行為法上の人格権に基づく妨害排除請求と個人情報保護法上の消去請求の対象は、実質的に重なることになり、不法行為法上の人格権に基づく妨害予防請求に比べて、個人情報保護法は、その請求の要件を加重していることになるだろう。そうであるならば、個人情報保護法は、その要件を加重することで、不当に請求権を制約するものといえるのではないだろうか。
  • すでに名古屋市のように地方公共団体によっては、訂正請求や消去請求を含む利用停止請求の要件から、対象が開示されていることを外しているところもある。そのことからすれば、実務的にも対象が開示されていることを要件から外したとしても、大きな問題は生じないものと思われる。


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