判例コラム

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第331号 数値限定特許の明細書の測定方法の記載の仕方?  

―トイレットロール事件―
~東京地裁令和6年8月21日判決※1

文献番号 2024WLJCC025
弁護士法人苗村法律事務所※2
弁護士、ニューヨーク州弁護士
苗村 博子

1.はじめに
 本件は、トイレットロール製造業者の両雄が激突した事件として、ニュースにも取り上げられ、3倍巻きのトイレットロールの特許侵害訴訟について、原告敗訴が報じられていた。本件は3つの特許に関するものであるが、そのうちの2つはロールに関する関連特許であり、もう1つはその包装プラスチックシートに関するものである。この包装シートに関しても均等論が論じられており、興味深いものであるが、本コラムでは、トイレットロールに関する特許1(以下、「本件特許」という)についてだけ取り上げさせていただく。

2.本件の争点、数値の測定方法
 本件の最大の争点は、請求項に数値限定されていた、トイレットペーパーに付されたエンボス(凹凸)の深さについての明細書に記載された測定方法であった。
 本件の原被告は、被告が原告となり、原告が被告となったティシュペーパーに係る事件(以下、「ティシュペーパー事件」という)※3でも対決していて、その際は被告(当該事件では原告、控訴人)が特許侵害の主張をするも敗訴しているが、同事件でも、本件特許について後述するとおり、数値限定の要件について、その測定方法も論点の1つとして挙げられており、同事件では、特許の請求項、明細書、JIS規格のいずれにもその測定方法に関する一定の事項が記載されておらず、当業者にとって複数の測定方法が考えられる場合には、いずれの測定方法によっても請求項の数値の要件を満たさなければ、特許侵害とはいえないと判断されていて、本件は、原被告が反対の立場になったものの、やはり、数値限定特許の数値の測定方法が問題となったという点で因縁めいているように思われる。
 本件でも、上述のティシュペーパー事件でも、被告側は、特許の無効を主張していたが、両判決は、これらを排斥していて、特許は有効であるが、非侵害だとの結論を導いている。実は、昨年、知財高判令和5年10月5日※4について、本サイトでコラムを書かせていただいた※5。同判決は、サポート要件を満たしていないとして、特許無効の抗弁を認め、その原審は新規性欠如を理由にやはり特許無効の抗弁を肯定していたことについて、もう少し国が認めた特許を尊重してくださいといった趣旨のことを述べた。本件でも、被告はこの両方の抗弁、新規性欠如の抗弁とサポート要件を満たしていないとの抗弁に加え進歩性の欠如も主張していたが、本判決は、まったくこれらの点には触れず、本件特許の技術的範囲に被告製品が属しているかを判断している。特許無効の抗弁を軽々に認めなかったという点でも、特許を重んじた判決になっていると感じる次第である。
 本件特許はトイレットロールという私たちにとっての必需品のとても身近な製品に関するものであるが、試行錯誤を続けながら、使い勝手のよさ、持ち運び、保管に優れた性質をトイレットロールに持たせるという技術自体、またその明細書の書き方については、難しいものであることを感じさせるものである。私にうまく解説できるかと思いつつ、製紙という技術について、判決、特許公報を通して考えてみたい。

3.事案の概要
 本稿で取り上げる本件特許の解決すべき技術的な課題は、素人の私がごく簡単にまとめると、トイレットロールのホルダーに収まるダブル巻きのロールで、エンボス(凹凸)の加工が施されていて、一定の柔らかさがあるものの、巻き尺が長いトイレットロールをどう作るかということと思われる。
 エンボスの深さは、特許の請求項に数値が限定されて記載されている。そこで、そのエンボス深さについては、明細書の部分に製造方法とともに詳細な測定方法の記載もなされている。
 本判決は、原告の行った被告製品に対するこのエンボスの深さの測定方法が、特許公報の明細書による測定方法と異なり、したがって、3つ対象とされた被告製品のいずれも特許を侵害していないとした。
 この事件で原被告が大きく争ったのは、このエンボスの深さが一定に測れる、紙を2枚重ね合わせたのち、一定方向から凹凸を施すシングルエンボスといわれる方法に加え、先に紙に凹凸を施したうえで、凸側を内側に向けて2枚重ねにするいわゆるダブルエンボスという方法に本件特許の適用があるかということであった。特許公報自体の明細書には、シングルエンボスが「好ましい」が、ダブルエンボスでもよいとされている。被告はダブルエンボスでは、エンボス自体が干渉しあい、エンボスの深さを測ることはできないので、本件特許はシングルエンボスの製造方法による場合のみに適用されると主張していた。

4.本件で問題となったエンボスの深さの測定方法について
 本判決は、エンボス深さの測定方法について、わかりやすいように特許公報にて用いられていた図やグラフ、写真を判決中に盛り込んで説明している。形状測定レーザマイクロスコープを用いて、エンボスの高低差について、エンボスの最長部と最長部に垂直な方向での最長部を測定し、エンボスの断面をグラフ化し、エンボス部の深さを測るというものだとしている。言葉だけで説明するのは難しいので、ぜひ判決に当たってご覧いただきたい。そして、グラフ中の断面が波線上に見える、最も高い点2点(P1とP2)の平均値(Max)をエンボスの凸側の一番高い点として、一番低い点(Min)の差がエンボスの深さとなるとの特許公報の明細書の測定方法を紹介している。また、明細書に記載された図ではシングルエンボスの方法が例として掲げられている。
 本件特許のような数値が限定されている特許では、明細書でその数値の測定ができるよう記載されていることが重要だとされている。上述のティシュペーパー事件では、測定方法が請求項、明細書からは、いくつか考えられるような記載となっていたため、いずれの測定方法でも数値を満たすことが必要とされた。本件の明細書は、測定方法は、用いる測定機械の製造メーカーまで特定されており、測定方法としては、1つの測定として確定できていると裁判所は認めたものと思われる。
 これに対して、被告は、上述のとおり、被告製品ではそれぞれのペーパーに先にエンボス加工を施し、これを2枚重ねにするダブルエンボスにするとエンボスどうしが干渉しあって、そもそもエンボスの深さは本件特許明細書の測定方法ではそれが叶わないとしていた。しかし、本判決は、この被告の主張自体は排斥している。本件特許の明細書記載の方法でエンボスの深さが測定でき、そこで測定されたエンボスの深さに本件発明の技術的意味があるものであれば、シングルエンボスのトイレットロールに限定されるとは認められないとしたのである。本件特許の明細書が、シングルエンボスが好ましいと記載したうえで、ダブルエンボスを排斥していない以上、本判決がかような判断をしたこと自体は被告としても止むを得ないであろう。
 本判決は、しかし、原告の行った被告製品に対する測定では、本件特許の明細書記載の方法でエンボスの深さが測定できておらず、被告製品の特許侵害はないとしたものである。

5.特許公報の明細書記載の測定方法でエンボス深さが測れるのか?
 原告は、この明細書の測定方法を用いて被告製品1乃至3のトイレットロールのそれぞれ10個のエンボスを測定した結果、それぞれ上述の請求項のエンボスの深さの数値の範囲内にあるとの報告書を、さらに実際の測定グラフを記載した報告書を提出し、よって、本件特許を侵害していると主張している。本判決は、この報告書に記載があったものと思われるグラフも判決中に引用していて、被告製品1についてP1とP2の点が明細書のいう最も高い点となっておらず、エンボス①②ではP1とP2の間にさらに突起があるとしている。確かにこのグラフを見る限り、原告の×で記した点がP1とP2だとは思えない。グラフではP点(最も高い点)はその真ん中の突起部分にあるとしか見えないにも関わらず、異なる点を原告は、P1、P2としているのである。本判決は特に指摘していないように思えるが、被告製品はダブルエンボスによって製造されているために、他のエンボスが測定した断面の中にあり、グラフに入り込んでいるので、原告としてはこの点をP1またはP2点とできなかったのではないだろうか?またエンボス⑦に至っては、最も高い点ではなく、下がり曲線の真ん中をP1とし、そこからMinの点を通過して最高点からまた少し下がった点をP2としているように見える。被告製品2や3でも同様の点をP点として測定していて、この報告書の測定方法が、明細書にある測定方法であるとはいえないと本判決は評している。
 となれば、被告の主張するように、本件特許の測定方法がダブルエンボスの製造方法の場合にも適用できるかのような本件特許の明細書にも疑義が生じてくる。本件特許においては、シングルエンボス(紙を2枚重ねにしてからエンボス加工をするもの)が「好ましい」というのではなく、明細書記載の測定方法が、ダブルエンボスでも可能かを検討して、シングルエンボスの場合のみできる測定方法だとすべきだったのではないかとも考えられる。

6.被告はなぜダブルエンボスで製造したのか?
 私は、製紙にはまったく疎いので、軽率なことを述べることをお許しいただきたいが、2枚の紙を重ねてから凹凸を施すシングルエンボスの方が製造方法として容易なように思われる。わざわざ先に別々にエンボスを施すと倍の作業時間がかかるし、その凸面部をエンボス加工後に合わせるのは、相応の手間がかかるのではないだろうか。被告製品が意図的に本件特許侵害を回避するためにこのシングルエンボス方法を避けてダブルエンボスの方法を取って製造され、かつ、本件特許と同じ効果を得ようとしていたのであれば、均等論の要件を満たすかどうかを検討することも可能であったように思われる。但し、かようなダブルエンボスの製造方法で製造されたトイレットペーパーは、表も裏も、どちら側も凹面なので、紙の柔らかさや、吸湿性等、需要者にとっても利点があるのかもしれず、被告には手間をかけてでもダブルエンボスにすることによる、何らかの技術的課題の克服があるとも考えられる。控訴審では、この点についてもさらなる議論がなされるのではないかと考えている次第である。

(掲載日 2024年10月22日)