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文献番号 2024WLJCC023
関西大学会計専門職大学院 教授
中村 繁隆
1.はじめに
令和6年7月18日、最高裁は日産自動車事件(以下、本事件という)において、納税者勝訴となった控訴審判決※2を破棄し、納税者敗訴の判決を下した。
筆者は、本コラム271号※3において本事件の第一審判決※4を取り上げ、第一審判決の根本的な問題が、本事件における一連の取引が日本の課税ベースをどのように浸食したかについて判示されていない点にある、と論じた。
本コラムでも本コラム271号と同じ観点から本最高裁判決を検討しようと考えていたところ、本コラム執筆中に長戸貴之教授の論文(以下、長戸論文という)※5に接した。長戸論文は、上述した本事件における根本的な問題を詳細に分析し、私見が示されていることから、本コラムでは長戸論文の研究成果を参考に検討を行うことにしたい。なお、本事件の概要については、本コラム271号をご参照願いたい※6。
2.最高裁の判断
本事件の争点は、特定外国子会社等に該当するNGRE社が非関連者であるメキシコの保険会社AVM社との間で締結した再保険契約(以下、本件再保険契約という)に係る収入保険料が、租税特別措置法施行令(平成28年政令第159号による改正前のもの。以下、施行令という)39条の117第8項5号括弧書き※7(以下、本件括弧書きという)にいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」に該当するか否かである。
最高裁はまず、「施行令39条の117第8項5号は、措置法68条の90第1項の規定の適用が除外される場合の要件の一つである非関連者基準を、主として保険業を行う特定外国子会社等について具体化するものである。そして、本件括弧書きは、特定外国子会社等が関連者との間の保険取引に関連者以外の者を介在させた場合の収入保険料の取扱いを明確にし、上記の者を形式的に介在させることによって非関連者基準を充足させ、同項の適用が除外されることとなるのを防ぐ趣旨に出たものと解される」と本件括弧書きの趣旨を述べた後、「通常、保険に加入する者は、保険金の支払を受けることによって経済的不利益の保障、填補を受けることを目的として、保険料を負担して保険契約を締結するものと考えられることを踏まえると、本件括弧書きは、特定外国子会社等が保険者として再保険取引を行うに際し、当該再保険取引が関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保しようとするものである場合に限り、当該特定外国子会社等が当該再保険取引から得る収入保険料は関連者以外の者から収入するものとして扱うこととしたものと解される」ことから、「本件括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」とは、関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保する保険をいうものと解すべきである」と判示した。
そして、最高裁は、「本件再保険契約に係る保険は、本件NGRE事業年度におけるNGREに係る関連者に当たるNRFMが有する資産である本件クレジット債権※8に係る経済的不利益を担保するものであるということができる」と述べ、「したがって、上記保険は、本件括弧書きにいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」には当たらないから、NGREは本件NGRE事業年度において非関連者基準を満たさず、措置法68条の90第1項の適用が除外されることとはならない」と判示した。
3.長戸論文の関連部分の紹介
3.1.Foreign-to-foreign Strippingとは
長戸論文の193頁によると、次のように説明されている。Foreign-to-foreign Strippingとは、「自国親会社が、高税率の第三国に所在する関連会社を通じて低税率国に所在する別の関連会社に対し利子・使用料等の控除可能な支払を行わせたり、これに対して低額譲渡を行うことで低税率国の所在する関連法人に所得を付け替えたりすることで第三国における税負担を軽減し、グループ全体としての税負担を軽減すること」をいう。そして、長戸論文の197頁~200頁では、本事件をForeign-to-foreign Strippingに該当する事例として検討がなされている。
3.2.わが国の外国子会社合算税制はForeign-to-foreign Strippingへの対応策か
詳細は、長戸論文の193頁~195頁をご参照願いたいが、まずわが国の外国子会社合算税制は、基本的にはForeign-to-foreign Strippingを対処すべき租税回避とまで判断していないと解すべきではないかと述べられている。そして、長戸論文の199頁では、本事件に関して「仮にメキシコからバミューダへの再保険取引がメキシコの税源浸食だとみた場合でも、・・・・・・foreign-to-foreign strippingへの対処は外国子会合算税制の趣旨に含まれると解すべきではない」と述べられている。
さらに、長戸論文の199頁では、「再保険料支払について我が国の課税権が浸食されたとみることは難しく、・・・・・・本件括弧書きを導入した平成7年度税制改正の趣旨が正面から及ぶ事案ではない」と述べられている。この主張における「再保険料支払について我が国の課税権が浸食されたとみることは難しく」という点は、筆者も同意見である※9。
4.検討
4.1.納税者救済の観点
本最高裁判決に対する評釈で、「本件括弧書きの「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」の意義が示されたことがポイントである」と述べるものがある※10。ちなみに、非関連者基準が認められた控訴審判決に関しては批判的な意見が多い※11が、肯定的な意見もある※12。
さて、筆者の問題意識からは、肯定的な意見の1つである長戸論文の主張に関心がある。長戸論文の200頁では、控訴審判決に対して、「具体的事実関係に即した救済を行った点で、法令の形式的適用を回避した判決と理解し得る。このような具体的事実関係の下での保険契約の評価は、他の我が国の税源浸食が想定されるキャプティブに係る事件との峻別を可能にし得る点で個別的事案の解決に適した方法だと思われる」と評価されている。この評価のうち、筆者として特に着目したい点は、「納税者救済」という観点である。
4.2.納税者救済の可能性
本最高裁判決によって、控訴審判決で示された解釈は破棄されてしまい、また、本最高裁判決は、前述した評釈のとおり、その解釈が一定の肯定的な評価を受けるように思われる※13。
ところで、長戸論文は本最高裁判決前の論文ではあるが、同196頁では、「適用違法」の余地が論じられている。ただ、同200頁に「適用違法とまではいかなくとも」との表現があることから、長戸貴之教授は本事件に対して適用違法の余地を想定されてはいないように思われる。
以上を踏まえると、本事件における納税者救済の可能性は解釈論上、困難といわざるを得ない。なお、筆者としては、本コラム271号で論じた外国子会社合算税制の趣旨が外国配当益金不算入制度(法人税法23条の2)※14によって、日本の課税ベース浸食への対抗措置とする考え方が有力となったとする見解※15に沿った判決を期待していたが、残念ながら本最高裁判決でも触れられることはなかった。
ちなみに、司法府にしか期待し得ない個別的な救済の要請に、裁判官がどこまでこたえるべきかは、1つの問題である、との指摘がある※16。これは、サンヨウメリヤス事件※17等の最高裁判決を題材に、類推解釈の適用に関する文脈で述べられたものであるが、本事件においても当てはまるように思われる※18。
5.おわりに
本コラムでは、本コラム271号と同じ観点に立ち、さらに長戸論文の研究成果に依拠しつつ、本最高裁判決の検討を行った。その検討の結果、明らかとなったことは、本最高裁判決によって、これまでわが国の外国子会社合算税制が課税対象としてこなかったと考えられるForeign-to-foreign Strippingに対して、本件括弧書きの解釈を通じて同税制が適用されてしまった、という点である。そのような課税結果を考慮すると、私見ではあるが、本最高裁判決において、何らかの納税者救済に関する言及があっても良かったのではないかと思われる。
(掲載日 2024年10月1日)