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文献番号 2024WLJCC022
東洋大学 教授
丸山 愛博
Ⅰ はじめに
令和6年7月2日、最高裁判所大法廷は、旧優生保護法のいわゆる優生条項(同法3条1項1号から3号まで、10条及び13条2項)※2に基づく生殖を不能にする手術(以下「不妊手術」という。)に関する5件の国家賠償請求訴訟の上告審において、最一小判平成元年12月21日※3(以下「平成元年判決」という。)の一部を変更して※4、裁判所が平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」といい、改正後の民法を「改正後民法」という。)724条後段※5の除斥期間を適用するためには当事者の援用が必要であり、除斥期間の援用が信義則違反又は権利濫用となり得る場合があるとした。本判決は、同日に下された5件の上告審判決のうちの1つである※6。
改正前民法724条後段の20年の期間の法的性質について、判例は、平成元年判決において除斥期間であるとの立場を採用したが、改正後民法は、判例を採用せずに、改正後民法724条2号※7の20年の期間は時効期間であるとした。この改正の背景には、学説が平成元年判決を強く批判し、その後、判例も、時効停止規定の法意による除斥期間の適用制限を認めるなどして除斥期間を柔軟に扱っていたことがある※8。
かかる状況にあって、最高裁は、除斥期間説を維持した上で、時効停止規定の法意等により除斥期間の適用を制限するという5件の原審のうちの4件が採用した途ではなく※9、除斥期間の適用にも援用が必要であるとした上で、除斥期間の援用が権利濫用になり得る場合があるとの第三の途を敢えて採用した。つまり、最高裁は、除斥期間説を維持しつつも、除斥期間の柔軟化をさらに推し進める途を選んだのであり、注目に値する。
なお、一連の旧優生保護法国家賠償請求訴訟においては、当初は、優生条項の違憲性が争われたが、現在、争点となっているのは、優生条項の違憲性そして国家賠償請求権の成立を認めた上での、改正前民法724条後段の適用の可否である※10。
そこで、以下では、除斥期間に関する判示部分を中心に、本判決の紹介と若干の検討を行うことにする。
Ⅱ 事案の概要と判旨
1.事案の概要
本件は、自ら又は配偶者が、旧優生保護法中の優生条項に基づいて、不妊手術を受けたとする被上告人(第1審原告)らが、上告人である国に対し、優生条項は憲法13条、14条1項等に違反しており、優生条項に係る国会議員の立法行為は違法であって、被上告人らは不妊手術が行われたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案である。
不妊手術が行われたことを理由とする被上告人らの上告人に対する損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)が、改正前民法724条後段の期間の経過により消滅したか否かが争われた。
原審※11は、除斥期間の経過による効果を認めるのが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合には、条理にもかなうよう、時効停止の規定(改正前民法158条から160条まで※12)の法意等に照らして、例外的に上記効果を制限できると解すべきであるところ、本件請求権については、上記特段の事情があるものとして、優生条項が憲法の規定に違反していることを上告人が認めた時又は「優生条項が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定した時」のいずれか早い時から6か月を経過するまでの間は、上記効果が生じないというべきであるから本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえないと判示した。
国が、原審の判断は平成元年判決その他の判例に違反するとして上告受理を申し立てた。
2.判旨
上告棄却。
「不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する改正前民法724条の趣旨に照らせば、同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である。もっとも、このことから更に進んで、裁判所は当事者の主張がなくても除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用である旨の主張は主張自体失当であるという平成元年判決の示した法理を維持した場合には、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という同条の上記趣旨を踏まえても、本件のような事案において、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない。同条の上記趣旨に照らして除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は極めて限定されると解されるものの、そのような場合があることを否定することは相当でないというべきである。
そして、このような見地に立って検討すれば、裁判所が除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。」
「本件の事実関係の下において本件請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。したがって、第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。」
「以上によれば、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。」
なお、本判決には、除斥期間説の合理性に関する三浦守裁判官の補足意見、本判決の結論は改正前民法724条後段の立法趣旨の一部を積極的に推進するものであるとの草野耕一裁判官の補足意見及び同条後段の期間制限を時効期間とみるべきとの宇賀克也裁判官の反対意見がある。
Ⅲ 解説
1.消滅時効と除斥期間の違い
消滅時効とは、権利を行使しないという事実状態の継続を根拠として権利の消滅を認める明文に定められた制度であり、除斥期間とは、権利の性質や公益上の必要から権利関係のすみやかな確定のために権利の行使期間を制限する講学上の制度である※13。前者は、権利消滅を権利者の意思にかかわらせることから「私益的性格」を有し、後者は、権利者の意思に関係なく客観的、画一的かつ絶対的に権利を消滅させる「公益的性格」を有する※14。
両者の違いは具体的には、①援用の要否と②中断・停止の有無に現れる※15。すなわち、裁判所が消滅時効によって権利が消滅したと判断するには当事者による消滅時効の援用が必要であるが(改正前民法145条※16)、除斥期間の場合には当事者の主張がなくても裁判所は権利が消滅したと判断することができる。また、消滅時効には進行した期間がリセットされる中断(改正前民法147条※17)や期間の進行が一時的に猶予される停止(改正前民法158条から161条)があるが、除斥期間には中断・停止がない。
2.改正前民法724条後段の法的性質
改正前民法724条後段の20年の法的性質については、これを除斥期間とみる除斥期間説と消滅時効期間とみる時効説が対立している。
民法典の起草者は消滅時効と考えていた。学説も、当初は時効説をとっていたが、ドイツ法の影響下で、除斥期間説が徐々に増えていき、これが通説であると評価される状況になっていた。このような学説の展開の中で、平成元年判決が除斥期間説を採用し、以後、判例は、除斥期間説に統一されることとなった。ところが、学説では、平成元年判決が除斥期間説の持つ冷徹な面を痛感させた結果、かえって時効説が多数となった※18。その後、後述のように(Ⅲ3)、判例も具体的な事案の解決に当たっては、正義・公平の理念に照らして除斥期間の適用につき修正を図っていた。そこで、平成29年法律第44号による改正で、20年の期間が時効期間であることが条文上、明確にされた(改正後民法724条)。
なお、平成29年法律第44号附則35条1項※19は、この法律の施行の際、既に改正前民法724条の後段に規定する期間が経過していた場合におけるその期間の制限については、「なお従前の例による」として、期間制限の法的性質については解釈に委ねている。
3.判例における除斥期間の柔軟化
平成元年判決以降、判例は、除斥期間という法性決定は維持したまま、次の2つの方法により除斥期間を柔軟に取り扱っている※20。すなわち、①時効停止の規定の法意に照らして除斥期間の適用を制限する方法(最二小判平成10年6月12日※21〈以下「平成10年判決」という。〉、最三小判平成21年4月28日※22〈以下「平成21年判決」という。〉)と②条文通りに除斥期間の起算点は「不法行為の時」としつつ、例外的に、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点とする方法である(最三小判平成16年4月27日※23、最二小判平成16年10月15日※24、最二小判平成18年6月16日※25)。
上でも述べたように(Ⅰ)、5件の原審のうちの4件が、上記①の方法によって除斥期間の適用を制限している。そこで、平成10年判決と平成21年判決について少し詳しくみてみたい。
まず、平成10年判決は、いわゆる予防接種ワクチン禍事件において、心神喪失の常況が当該不法行為に起因する場合であっても、20年の経過によって加害者が損害賠償義務を免れることは、「著しく正義・公平の理念に反するものといわざるを得」ず、「少なくとも右のような場合にあっては、・・・・・・民法(筆者注:改正前民法のこと)724条後段の効果を制限することは条理にもかなう」から、「不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法(筆者注:改正前民法のこと)158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない」と判示した。同判決は、改正前民法724条後段の除斥期間の例外を認めた初めての最高裁判決として知られている。同判決の特徴は、改正前民法158条所定の障害事由に限られるだけなく、当該障害事由が不法行為に起因することとの条文にない要件を加重していることにある※26。そして、これが類推適用ではなく「法意に照らして」とした理由でもある。
次に、平成21年判決は、平成10年判決を引用して「被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま除斥期間が経過した場合にも」、加害者が損害賠償義務を免れるということは、「著しく正義・公平の理念に反」し、「民法(筆者注:改正前民法のこと)724条後段の効果を制限することは、条理にもかなうというべきである」とした。その上で、同判決は、「被害者を殺害した加害者が、被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し、そのために相続人はその事実を知ることができず、相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において、その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法(筆者注:改正前民法のこと)160条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない」と判示した。同判決は、改正前民法160条の法意による除斥期間の効果制限の類型を付け加えるものであり、平成10年判決と同様、改正前民法所定の障害事由を前提として、条文にはない加重的要件として加害者による障害事由の作出を要求する点に特徴がある※27。
このように両判決は、条文に規定された障害事由を前提に要件を加重していることから、その射程は極めて限定的に除斥期間の適用制限を肯定したに過ぎないと一般に評価されている※28。
そうすると、本判決の事案のように時効停止規定が定める障害事由が存在しない場合には、除斥期間の適用を制限することはできないのか。この点がまさに本判決において問題となった。
Ⅳ 検討
1.本判決が援用を必要とした理由
仮に、時効停止規定が定める障害事由が存在しない場合には、除斥期間の適用を制限することはできないとするならば、除斥期間の持つ冷徹な面を改めて痛感させることになる。そこで、学説では、以前から、時効停止規定の定める障害事由は例示に過ぎない※29、あるいは時効停止規定の根底にある「正義・衡平の理念や条理」が適用制限の根拠であるとして※30、平成10年判決及び平成21年判決(以下「両判決」という。)の射程を広く捉えるべきことが主張されていた。
そして、実際に、5件のうち3件の原審は、時効停止規定の定める障害事由は例示と捉え、両判決の権利者の権利行使を加害者の不法行為が阻害した場合との要件を一般的判断枠組みへと発展させて除斥期間の適用制限を行っていた。しかし、この手法については、両判決の射程を超えるとの批判があり、この点において採用しづらさがあった。それでは、直接に正義・公平の理念に基づく方法はどうか。これについても「法令上の一般則ですらない、正義・公平の理念という極めて抽象的な概念のみに基づいて排除するというのは、原告の受けた被害の重大さを考慮に入れても、なお躊躇があるものといわざるを得ない」との判示※31にみられるように、条文上に手がかりがなく、予見可能性に欠けるおそれがある点において採用しづらさがあった。他方で、権利濫用構成には、両判決の射程は問題とならず、条文上に手がかりがあることから予見可能性において優れているとの利点があった。
また、除斥期間の適用制限の効果においても使いづらさがある。時効停止規定によれば障害事由がなくなってから6か月の間だけ除斥期間の適用が制限されるに過ぎず、「訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境が解消されてから」(脚注6の判例④の原審※32)とか、「優生条項が前記憲法上の権利等を違法に侵害することが明白になったとき」(本判決の原審※33)とか、起算点を柔軟に解することによって社会的に妥当な結論を導くことができるとはいえ、約2万5000人が優生条項に基づき不妊手術を受けたことに照らせば、6か月では救済のためには短すぎるといえよう。この点、脚注6の判例③の原審※34は、この6か月につき、旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律(以下「一時金支給法」という。)の内容に鑑み、同法の施行日から5年が経過するまでとして長期化を試みているが、一時金支給法は国の損害賠償義務を前提としていないにもかかわらず、同法の規定を損害賠償請求権に用いることの是非が問われる。他方で、権利濫用構成であれば、一律に期間制限を設けることはできず、個別に判断せざるを得ないものの、期間自体は柔軟に対応できる。
以上のように、両判決の射程との問題及び除斥期間の適用制限の効果の問題から、本判決は、権利濫用構成を採用したものと思われる。
2.時効説を採用しなかったのはなぜか
しかし、援用が必要として除斥期間の柔軟化をさらに推し進めて時効期間に近づける解釈をするよりは、いっそのこと時効説を採用すべきではないか。改正後民法が時効説を採用したことに照らせば、なおのこと本判決が時効説を採用しなかったのはなぜかが問題となる。
消滅時効と除斥期間との一般的にいわれている違いのうちで残っているものは中断である。したがって、この点が影響したとも考えられる。実際、本判決の法廷意見は、「国会議員の立法行為という加害行為の性質上、時の経過とともに証拠の散逸等によって・・・・・・加害者側の立証活動が困難になるともいえない」から改正前民法724条後段の趣旨が妥当しない側面があるとしている。そうすると、加害行為の性質によっては、中断により立証活動がさらに困難となる可能性があって同条後段の趣旨に反するから、時効説を採用しなかったとも考えられる。しかし、三浦守裁判官の補足意見が指摘するように、そもそも「20年の期間の経過による権利の消滅の阻止が問題となるのは、実際上極めて限られた事案である」。そして、消滅時効の趣旨としても立証困難からの救済が挙げられており、宇賀克也裁判官の反対意見が指摘するように、時効期間とみても損害及び加害者について被害者の認識がなくても進行するという意味で「法律関係の早期確定に資する」といえるから、改正前民法724条後段の趣旨に反するとはいえないであろう。
もっとも、三浦守裁判官の補足意見が指摘するように、中断を認めることによる紛争の蒸し返しを懸念したとも考えられる。しかし、上述のように、そもそも20年の期間について中断が問題となるのは実際上極めて限られている上に、確定判決に判例変更の影響は及ばないこと等に照らせば、時効説を採用したとしても「それによる混乱を懸念するには及ばないように思われる」のは、宇賀克也裁判官の反対意見が指摘する通りである。
3.権利濫用の考慮要素
確かに、民法1条3項※35において権利濫用の禁止が規定されており、消滅時効の援用が権利濫用となる場合があることは判例でも認められているから、除斥期間の適用制限に比べて予見可能性が高いとはいえる。しかし、いかなる場合に消滅時効の援用が権利濫用となるかははっきりしない。最高裁段階で時効の援用制限を認めた3件の事例のうち、2件は権利者の権利行使の原因に義務者が関与している例であるが※36、援用・適用制限の判断要素の焦点を「権利不行使への義務者の関与」のみに絞ることは妥当ではなく、実際の時効援用の制限判決例を分析しても、「権利不行使への義務者の関与」以外にも、①権利行使条件の成熟度、②権利行使的要素の認定、③援用態度の不当性、④権利保護の必要性、⑤義務者保護の不的確性、⑥加害者の地位などの多様な要素が判断されている※37。
翻って、本判決も、加害者側の事情と被害者側の事情を総合考慮して、権利濫用の判断を行っている。具体的には、国の責任の重大さと優生条項の問題性を認識した後も長期間にわたって、不妊手術は適法であり補償しないとの立場を国が取り続けたという加害者側の事情と、損害賠償請求権を行使することを期待することが極めて困難であったという被害者側の事情を考慮している。もっとも、本判決は、被害者が権利を行使できなかったことに加害者の関与を認めていない。また、最終的には、国が損害賠償責任を免れることは、「著しく正義・公平の理念」に反し、到底容認することができないとして、除斥期間の適用制限を認めた判例との接合を図っている。これらの点に特徴がある。
Ⅴ おわりに
本判決は、国の責任の重大さに鑑みて被害者救済のために、除斥期間説を維持しつつも、除斥期間の柔軟化をさらに推し進めた重要な判決である。もっとも、中断を除斥期間にも認めざるを得ないといわれており※38、除斥期間説を維持する根拠が疑われているのであるから、同一又は類似事件において、民法改正の前か後かの僅かな差で原告の一方が救済されない事態を避けるためにも、宇賀克也裁判官の反対意見が指摘する通り、判例を変更して時効説を採用すべきであったといえよう。
(掲載日 2024年9月17日)