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文献番号 2024WLJCC021
京都女子大学 教授
手嶋 昭子
Ⅰ 事案の概要
(1)認定された事実
Y(被上告人)は、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下「特例法」という。)3条1項※2に基づく性別の取扱いの変更の審判を受け、法令の規定の適用の前提となる性別(以下「法的性別」という。)を男性から女性へと変更した。X(上告人)の母は、Yの同意の下でYの凍結保存精子を用いた生殖補助医療により懐胎し、Xを出産した。Xは、Xの母の嫡出でない子である。Yは、市にXに係る胎児認知の届出をしたが、Yの法的性別が女性であること等を理由に当該届出は不受理とされた。
(2)原審※3の判断
原審は、以下のように判断して、Yに対して認知を求めたXの請求を棄却した※4。
嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者の法的性別が当該子の出生時において男性である場合に限り、その者に対して認知請求権を行使し得る法的地位を取得するのであるから、当該子の出生時においてその者の法的性別が女性へと変更されていた場合には、その者に対し、認知を求めることができない。そして、Xの出生時においてYの法的性別は女性へと変更されていたから、Xは、Yに対し、認知を求めることができない。
なお、Yには、特例法による性別変更の審判確定前に出生した長女と、審判確定後に出生した次女(X)(いずれもYの凍結保存精子を用いた生殖補助医療による)がおり、第1審※5は長女・次女とも認知を認めなかったが、原審は長女の場合のみ、出生時のYの法的性別が男性であったことから認知を認め、次女の場合は上記の通り認知請求を認めなかったものである。
Ⅱ 判決
(1)争点
嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法令の規定の適用の前提となる性別にかかわらず、認知を求めることができるか。
(2)要旨
破棄自判。
「父に対する認知の訴えは、血縁上の父子関係の存在を要件として、判決により法律上の父子関係を形成するものであるところ、生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない。
そして、実親子関係の存否は子の福祉に深く関わるものであり、父に対する認知の訴えは、子の福祉及び利益等のため、強制的に法律上の父子関係を形成するものであると解される。仮に子が、自己と血縁上の父子関係を有する者に対して認知を求めることについて、その者の法的性別が女性であることを理由に妨げられる場合があるとすると、血縁上の父子関係があるにもかかわらず、養子縁組によらない限り、その者が子の親権者となり得ることはなく、子は、その者から監護、養育、扶養を受けることのできる法的地位を取得したり、その相続人となったりすることができないという事態が生ずるが、このような事態が子の福祉及び利益に反するものであることは明らかである。
また、特例法3条1項3号は、性別の取扱いの変更の審判をするための要件として「現に未成年の子がいないこと。」と規定しているが、特例法制定時の「現に子がいないこと。」という規定を平成20年法律第70号により改正したものであり、改正後の同号は、主として未成年の子の福祉に対する配慮に基づくものということができる。未成年の子が、自己と血縁上の父子関係を有する者に対して認知を求めることが、その者の法的性別が女性であることを理由に妨げられると解すると、かえって、当該子の福祉に反し、看過し難い結果となることは上記のとおりである。そうすると、同号の存在が上記のように解することの根拠となるということはできず、むしろ、その規定内容からすると、同号は子が成年である場合について、その法律上の父は法的性別が男性である者に限られないことをも明らかにするものということができる。そして、他に、民法その他の法令において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない。
以上からすると、嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができると解するのが相当である。」
Ⅲ 検討
(1)本判決の位置づけ
本判決は、特例法により法的性別を男性から女性に変更した者が、自己の凍結保存精子を用いた生殖補助医療により、性別変更の審判後に出生した子を認知することを認めた初の最高裁判断である。原審において長女との法律上の父子関係を認められたYは、本判決において次女(X)との法律上の父子関係も認められることになり、「子どもの権利のことを考えたうえで、今の時代にアップデートされた判決だ」とのコメントを発表している※6。
特例法に基づき性別変更をした者との父子関係をめぐるケースに関しては、過去に、最三小決平成25年12月10日※7がある。この事案は、女性から男性に性別変更した者が法的な「父」となれるかが問われたもので、論点は法的性別ではなく、生殖能力の有無及び特例法と民法の関係であり、また、嫡出親子関係が問題であった点が、本件事案との相違点である。
法的性別が女性である者が法律上の「父」である場合は既に生じており、それ自体違法な事態ではない。特例法3条1項3号の要件は、法制定当初「現に子がいないこと。」だったが、平成20年改正により「現に未成年の子がいないこと。」となったため、成年の子がいる男性が女性に性別変更することにより「父である女性」が生じ、成年の子がいる女性が男性に性別変更することにより、「母である男性」が生じる。これは特例法4条2項※8が、性別変更の審判確定後も審判前に生じた「身分関係」に影響を及ぼすものではない旨を規定していることによる。
それでは、審判後に生じた「身分関係」についてはどう考えるべきか。特例法は、性別を変更した者が、審判後に生殖補助医療の利用により子を設けることを禁じてはいないし、性別変更前に懐胎した子が性別変更後に出生するケースも想定され得る※9。生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(以下、「生殖補助医療法」という。)※10も、このような場合の親子関係に関する規定はない。立法が整備されていない現状で、前例のない事案をどう判断するかが問われ、第1審、控訴審、上告審それぞれ異なる結論となった。
(2)法解釈に関する態度
第1審は「法律上の親子関係が認められるかどうかは、現行法制度との整合性など諸般の事情を考慮して決めざるを得ない」と述べ、原審は「実親子関係を規律する民法等の法律の規定の解釈適用については、強い法的安定性が求められるものであるから」、判断基準は一義的かつ明確であるべきで、これを「立法手続によることなく、解釈によって変更することは基本的には許されないものと解される」と述べている。
そして第1審・原審とも、民法の規定をもとに議論を積み重ね、法的性別が女性である者は法律上の「父」になれないと結論づけたのに対し、本判決はそれらの議論をほとんど吟味することすらせず、「民法その他の法令において、法的性別が女性であることによって認知の訴えに基づく法律上の父子関係の形成が妨げられると解することの根拠となるべき規定は見当たらない。」と断じた。本判決中、三浦守裁判官は補足意見において、「法整備の必要性が認識される状況にありながら20年を超える年月が経過する中で既に現実が先行するに至っている。具体的な事件における事実関係を踏まえ、現行法の適切な解釈に基づく法律判断を行って事件を解決することは、裁判所の責務である」と述べているように、法整備が遅々として進まない中、旧来の家族像を超えた多様な「家族」が既に現出している今日、最高裁が新たな解釈を示したことは評価に値する。
(3)子の福祉・利益の重視
本判決は、「父に対する認知の訴えは、血縁上の父子関係の存在を要件として、判決により法律上の父子関係を形成するものであるところ、生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない。」と述べ、続けて「実親子関係の存否は子の福祉に深く関わるものであり、父に対する認知の訴えは、子の福祉及び利益等のため、強制的に法律上の父子関係を形成するものである」ことから、血縁上の父子関係があるのに認知が認められないことによって生じる事態は子の福祉及び不利益に反すると論じる。
第1審は「仮に原告らが著しい不利益を被っている状態にあるとしても、このことから直ちに、原告らと被告との法律上の親子関係が認められるものではない。」と断じ、原審は子の福祉・利益については沈黙していた。過去、血縁上の親子関係があるにもかかわらず、法律上の親子関係の成立を認めなかった最高裁の判断※11について、子の福祉及び利益の観点から社会的にも学説上も批判があったが、本判決は、それらと一線を画すものと考えてよいだろうか。それぞれ事案も異なり、軽々に比較することはできないが、今後の最高裁の方向性を示唆する可能性もあると思われる。
(4)法的性別と法律上の「父」「母」との関係
前述したように、特例法が生殖不能要件を設定していても、既に法的性別が女性の父、法的性別が男性の母が出現しており、さらに、生殖補助医療の進展により凍結保存した配偶子を使えば本件事案のように、性別変更後にも子を設けることはできる。また、生殖不能要件自体、令和5年に違憲無効という最高裁判断※12が出ていることを考えると、今後、民法が所与の前提としている「父は男性、母は女性」という概念は、事実上益々崩壊していくことが予想され、本判決はそのための布石であるとも読める。
特例法制定当時、3条1項3号、4号が規定された理由として挙げられたのが、「女である父」や「男である母」が生じることによる家族秩序の混乱や子の福祉への影響の懸念だったが※13、本判決中、尾島明裁判官の補足意見にあるように、平成20年の改正後、家族秩序に社会的混乱が生じたような状況はみられないといってよい。その意味において、もはや、いわゆる「子なし要件」も「生殖不能要件」も正当化の根拠を失っている。今後、法的性別と「父」「母」との関係は事実上多様になっていくことが予測され、それを法制度によって禁ずべき理由はない。また、「父」「母」という概念と特定の性別を結び付ける必然性があるのか、「親」という単一の概念でよいのではないか、さらに従来の「父」「母」という概念を維持するとしても、「母」二人、「父」二人等の場合もあってよいのではないか等の議論もあり※14、法律上の「父」「母」という概念の見直しが必要な時期に来ているといえよう。
(5)性の多様性の尊重と公平
第1審、原審によればX側は、Yによる「父」としての認知、あるいは「母」としての認知を求めていた。Y本人の本心は不明であるが、現時点での実現可能な法律構成という観点ではなく、当事者の性自認の尊重という観点から考えると、実現されるべきは「母」としての認知であったかもしれない。上記の法律上の「父」「母」という概念の見直しに際しては、今後この点も考慮されるべきだろう※15。
また、本件事案は、身体的性別を男性から女性へ変更した者(以下「MtF」という。)が、自身の凍結保存精子を使ったケースだったが、これが身体的性別を女性から男性へ変更した者(以下「FtM」という。)が、自身の凍結保存卵子を使って子を設けた場合だとどういう判断が下るだろうか。平成19年の最高裁判決※16によれば、代理懐胎を利用する場合、精子提供をする男性と卵子提供をする女性との間には法律上の地位につき大きな差がある。前者は、出生した子と法的な親子関係が認められるのに対し、後者は血縁がありながら、養母としてしか、子と法的な親子関係を持つことが許されない。代理懐胎そのものには問題が多いとはいえ、同様に生殖補助医療を利用しながら、身体の性別によるこの違いは極めて公平性を欠く。
今回の判決は、一見、性の多様性を尊重した結論のようだが、仮に今後、「分娩者=母」ルールが堅持され、同様の判断がFtMのケースにも広がらないとしたら、性の多様性の尊重というより、シスジェンダー男性※17とMtF間の公平を図ったという意味しか持たなくなる。「分娩者=母」ルールを見直すことによって、卵子を提供することで代理懐胎を利用するシスジェンダー女性※18やFtMにも法的な「母」となり得る道を開くべきである。
Ⅳ 最後に
筆者は、現行法の欠缺を解釈によって補うことにより、立法の切迫した必要性が緩和されてしまい、生殖補助医療の進展と性の多様性を考慮した包括的法制度の整備がさらに遅れるのではないかと考え、原審の結論を現行法の限界を示した妥当な判断と評価したが※19、本判決は、次女への認知を妨げる民法等の規定はないと述べ、新たな解釈を示した。従来の裁判所の判断からすると、かなりの飛躍があるように思われるが、確かに子の福祉及び利益を考えると妥当な判断である。今後、この判断が、上記法整備の遅滞の口実になることなく、逆に加速する契機となることを期待したい。
(掲載日 2024年9月3日)