第326号 特許権侵害訴訟の訴訟物は請求項単位でなく特許権単位である旨を述べた事例
~知財高裁令和6年2月21日判決※1~
文献番号 2024WLJCC020
早稲田大学 教授
鈴木 將文
Ⅰ はじめに
特許権侵害訴訟(具体的には、差止請求訴訟及び損害賠償請求訴訟を想定する。)の訴訟物に関しては、特に、特許権単位、請求項単位又は発明単位のいずれで捉えるべきかについて、従来から議論がある。その点につき、近時、請求項単位であるとした一審判決を覆し、特許権単位であるとする判断を示した知財高裁判決が現れたことから、これを紹介するとともに若干の検討を行うこととしたい※2。
Ⅱ 事案の概要と本判決
1.事案の概要
本件は、発明の名称を「チップ型ヒューズ」とする特許に係る本件特許権を有するX(一審原告、控訴人)が、Y(一審被告、被控訴人)に対し、Yによる被告製品の販売等が本件特許権を侵害するとして、被告製品の譲渡等の差止め及び廃棄並びに不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
Xは、当初、被告製品が本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明1)の技術的範囲に属する旨を主張したが、一審における審理の途中で、被告製品が請求項3記載の発明(本件発明2)の技術的範囲に属し、同発明に係る本件特許権侵害を理由とする請求原因を追加主張した。
一審判決※3は、Xの本件発明1に係る請求につき、均等侵害の第2要件及び第4要件を充足しないとし(文言侵害が成立しないことについては当事者間に争いがなかった。)、また、本件発明2に係る請求の追加は訴えの追加的変更に当たるところ、本件追加は著しく訴訟手続を遅滞させることとなるため、これを許さない(民事訴訟法143条1項ただし書き、同条4項)※4として、Xの請求をいずれも棄却した。
2.本判決
本判決は、本件発明1に係る均等侵害について第4要件非充足としてこれを否定するとともに、本件発明2に係る請求原因の追加については、攻撃方法の提出であって、民事訴訟法143条ではなく同法157条※5の規律に服するとしたうえで、時機に後れたものであり、かつXには少なくとも重過失が認められるとし、却下を免れないとして、控訴を棄却した。請求原因の追加を攻撃方法の提出と認めた理由については、以下のとおり述べている。
「Xの本件請求は、特許法100条1項、3項(筆者注:原文ママ。2項の誤りと思われる。)に基づく差止請求、廃棄請求及び不法行為に基づく損害賠償請求である。そのいずれも、Yによる被控訴人製品の譲渡等がXの有する『本件特許権』を侵害するとの請求原因に基づくものである。
そして、特許法は、一つの特許出願に対し一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ、これに基づいて一つの特許が付与され、一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており、請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。そうすると、ある特許権の侵害を理由とする請求を法的に構成するに当たり、いずれの請求項を選択して請求原因とするかということは、特定の請求(訴訟物)に係る攻撃方法の選択の問題と理解するのが相当である。請求項ごとに別の請求(訴訟物)を観念した場合、請求項ごとに次々と別訴を提起される応訴負担を相手方に負わせることになりかねず不合理である。当裁判所の上記解釈は、特許権の侵害を巡る紛争の一回的解決に資するものであり、このように解しても、特許権者としては、最初から全ての請求項を攻撃方法とする選択肢を与えられているのだから、その権利行使が不当に制約されることにはならない。」
「以上によれば、Xによる本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更に当たるものではなく、新たな攻撃方法としての請求原因を追加するものにとどまるから、本件請求原因の追加が民事訴訟法143条1項ただし書により許されないとした原審の判断は誤りというべきである。」
Ⅲ 検討
1.特許権侵害訴訟の訴訟物
- (1)訴訟物の意義
- 訴訟物とは、原告の訴え、具体的には訴状の請求の趣旨及び原因によって特定され、裁判所の審判の対象となる権利関係を指す※6。特定された訴訟物を前提として、二重起訴の禁止(民事訴訟法142条※7)、訴えの変更(同法143条)、請求の併合(同法136条※8)、再訴の禁止(同法262条2項※9)、及び既判力の客観的範囲(同法114条※10)などの訴訟法上の効果が決定される※11。
- 周知のように、訴訟物をめぐっては、昭和30年代以降、裁判実務が採用する旧訴訟物理論に対して、民事訴訟法学界から新訴訟物理論が主張され、訴訟物論争が展開された。裁判実務は今日でも、実体法上の個々の請求権を基準として訴訟物を特定する旧訴訟物理論を維持しているが※12、新訴訟物理論の影響を受けて、紛争の一体的把握、一回的解決に向けた改革・運用が行われてきている※13。また、特定された訴訟物から演繹的に訴訟法上の効果を導くのではなく、二重起訴の禁止、訴えの変更、既判力等の各制度のあり方の観点から議論をする傾向が強まったことからも、訴訟物論争はかつての激しさを失った※14。とはいえ、訴訟物論争が実務及び学界に果たした貢献は極めて大きく、また、理論的には未解決の問題も多いとされる※15。以下の検討では、訴訟物の概念に係るこのような背景を意識しつつも、裁判実務が採用する旧訴訟物理論を前提とする。
- (2)特許権侵害訴訟における訴訟物の把握
- 特許権侵害訴訟の訴訟物についての支配的な考え方は、以下のようなものである※16。
- 差止請求の訴訟物は「原告の特許権に基づく、被告の実施行為についての差止請求権の存否」であり、一つの特許権と一つの対象製品(又は対象方法。以下、方法についての記載は省略する。)の関係で訴訟物が画される。また、損害賠償請求の訴訟物は「不法行為に基づく損害賠償請求権」であり、当事者、特許権、対象製品及び損害賠償の対象期間によって、訴訟物が画される。
- なお、被告側の実施(侵害)態様ごとに訴訟物を分ける考え方もかつては見られたが※17、現在は、実施態様いかんに関わらず訴訟物は一つとする考え方が支配的と思われ※18、その旨を明言する裁判例もある(後掲・東京地裁令和2年判決)。
- さて、上記の訴訟物を画する要素のうち「特許権」をどう捉えるかについては、争いがある。具体的には、大きく分けて、設定登録された特許権※19を意味すると解する説(以下「特許権単位説」という。)※20、特許権侵害の根拠として挙げられる請求項ごとに捉える説(以下「請求項単位説」という。)※21、発明(同一発明又は一定の関係を持つ発明)ごとに捉えるべしとする説(以下「発明単位説」という。)※22がある。
- この論点は、特に、特許法の昭和62年(1987年)改正により、いわゆる改善多項制が導入されて以降、問題となった※23。しかし、正面から議論されるようになったのは、比較的最近のことである※24。近年、本判決の前に、明示的に言及する裁判例が複数見られるので、次項でそれらを概観しておこう。
2.近年の裁判例
- (1)知財高裁平成28年12月8日判決※25
- 発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする発明に係る特許の特許権者である被控訴人(一審原告)が、控訴人(一審被告)の製造・販売する被告各製品は本件特許に係る請求項1記載の発明の技術的範囲に属する旨主張して、控訴人に対し、被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求めたところ、原審が被控訴人の各請求をいずれも認容したことから、控訴人が控訴した事案である。被控訴人は、控訴審の第2回口頭弁論期日において「訴えの変更申立書」を提出し、差止請求等の請求原因として同一特許に係る別の請求項(請求項2)に係る発明を追加する旨の主張をした。知財高裁は、被告各製品は、本件発明の技術的範囲に属しないものと認められ、また、被控訴人の追加主張については、時機に後れて攻撃防御方法が提出されたものであり、かつ、その点について被控訴人に少なくとも重過失があるというべきであるから、同主張は却下するのが相当であるなどとして、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却した。
- 知財高裁は、被控訴人の追加主張を却下するに当たり、「被控訴人の上記主張は、特許権に基づく差止請求等に係る請求原因として、同一の特許に係る別の請求項に係る発明を追加するものであるから、訴えの追加的変更には当たらず、攻撃防御方法を追加するものと解される。」と述べており、特許権単位説を採用したと解される。
- (2)知財高裁平成29年4月27日判決※26
- 発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする発明に係る特許の特許権者である控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)の製造・販売する被控訴人製品1及び2は、本件特許に係る請求項1記載の発明(本件発明1)の技術的範囲に属する旨主張して、被控訴人に対し、被控訴人製品1及び2の生産等の差止め及び廃棄を求めたところ、原審が請求項1の構成要件不充足を理由として各請求をいずれも棄却した。そこで、控訴人が控訴し、被控訴人製品3も本件発明1の技術的範囲に属する旨を主張して、その生産等の差止め及び廃棄を求める請求を追加する訴えの変更を申し立てるとともに、被控訴人製品1~3は、請求項2に係る発明(本件発明2)の技術的範囲に属する旨を追加的に主張し、それらの生産等の差止め及び廃棄を求めた。
- 知財高裁は、被控訴人製品3に係る訴えの変更を認める一方、請求項2に係る主張については、「控訴人の被控訴人各製品が本件発明2の技術的範囲に属する旨の主張の追加は、新たな訴訟物を追加するものではなく、訴えの追加的変更には該当せず、請求原因として、新たな攻撃方法を追加するものと解される。」と述べた。
- なお、知財高裁は、請求項2に係る主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるかを判断する文脈(結論は否定)で、「本件特許の請求項2は、同請求項1の範囲を限定したものであ」るとの事情に言及している。請求項1及び2の関係が、訴訟物に関する判断に影響しているか否かは、判決からは不明である。したがって、この判決については、訴訟物について特許権単位説をとったと見るのが素直であるものの、発明単位説をとったと見る余地も否定できない。
- (3)東京地裁令和2年11月25日判決※27
- 発明の名称を「装飾品鎖状端部の留め具」とする特許に係る特許権を有する原告会社及び同社からその専用実施権の設定を受けた原告X1が、被告Y1が製造・販売し、被告会社が販売する被告製品が、同特許権に係る特許発明(請求項1及び2に記載された各発明)の技術的範囲に属するなどと主張して、被告Y1に対し、被告製品の製造、販売及び販売の申出の差止め、被告製品、半製品及び製造設備の廃棄、並びに損害賠償を求めるとともに、原告会社が、被告会社に対し、不当利得の返還を求めた事案である。
- 原告会社は、被告Y1及び被告会社に対し、被告製品が同じ特許権に係る特許発明(訂正前の請求項1記載の発明。同請求項は前訴控訴審係属中に第一次訂正を受けた。)の技術的範囲に属するとして、その製造・販売の差止め等を求める訴訟(前訴)を提起したが、いずれの請求も棄却する判決が確定している。本件訴訟と前訴を比較すると、当事者の一部と被疑対象物件が同一であり、また、請求原因に挙げられた請求項1は前訴判決確定後に訂正がなされており、かつ、請求項2(これも前訴判決確定後に訂正がなされ、請求項1の従属項であったのが、独立項に改められた。)が請求・主張の根拠として追加されている。
- 東京地裁は、まず、差止・廃棄請求について、次のように述べて、前訴と訴訟物が同一であり、したがって前訴確定判決の既判力によって遮断されるとした※28。
- 「民事訴訟において、原告は訴訟物を特定する責任があり、それが被告に対し防御の目標を提示する手続保障の役割を果たすとともに、裁判所に対し審判の対象を提示する機能を有するところ、本件においては、①原告会社と被告Y1との間の前訴と本訴の差止等請求は、原告会社に関しては当事者が同一であり、いずれも本件特許権に基づく請求であって、差止めの対象となる製品も同一であること、②2以上の発明については、経済産業省令で定める技術的関係を有することにより発明の単一性の要件を満たす一群の発明に該当するときは、一の願書で特許出願をすることができるものとされ(特許法37条)、これを受けた特許法施行規則25条の8第1項は、上記技術的関係とは、2以上の発明が同一の又は対応する特別な技術的特徴を有していることにより、これらの発明が単一の一般的発明概念を形成するように連関している技術的関係をいう旨を定めていることによれば、本件特許の特許請求の範囲の各請求項も相互に技術的関係を有する単一の発明であるということができること、③本訴の前提とされている本件訂正発明2に係る請求項2は、もともとは請求項1の従属項であり、その後第一次訂正により独立項とされたものの、『噛合わせて係止』、『正しい噛合い位置』などの構成も含め、前訴控訴審時の審理対象であった本件訂正発明1-1の発明特定事項を全て含み、その権利範囲を限定するものであることなどの事情が認められ、これによれば、前訴と本訴の差止等請求に係る訴訟物は同一であり、根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまるものと解するのが相当である(知財高裁平成28年(ネ)第10103号同29年4月27日判決参照)。」
- 「なお、前訴では被告製品の製造及び販売の差止めが請求されていたのに対し、本訴ではこれらに加えて販売の申出の差止請求が追加されているが、製造及び販売と販売の申出とでは、侵害の態様が異なるにすぎないから、この点の異同(追加)は訴訟物の同一性に影響を及ぼさない。」
- また、損害賠償請求については、前訴と比べ、対象期間が異なるため訴訟物は異なることから既判力は及ばないが、紛争の蒸し返しであり、訴訟上の信義則に反し、許されないとして、訴えを却下した。
- この判決は、差止め等の請求につき、前訴と異なる請求項に係る主張がなされているものの、訴訟物を同一と認める理由として、発明の単一性要件とともに、本件事案の請求項1及び2の関係(後者が、前者の発明特定事項をすべて含み、権利範囲を限定する関係)を挙げている。したがって、特許権単位説よりも発明単位説に位置付けるべきものと思われる。
- (4)知財高裁令和3年4月20日判決※29
- (3)の判決に対する控訴審判決であり、原判決の(3)で引いた部分を引用し、その判断を支持している。また、廃棄請求について、前訴と対象物が違うものの、訴訟物の同一性に影響しない旨の説明を追加している※30。
3.本判決の評価と検討
- (1)本判決の特徴
- 本判決は、端的に特許権単位説を採用した点に特徴がある。すなわち、特許権は一つの特許出願に対する一つの行政処分によって一つの権利として発生することを主な理由として、請求(訴訟物)の単位となるのは特許権であり、請求項ではないことを明言している。また、その判断を示す文脈において、本件の請求原因で当初から引かれていた請求項1と、追加された請求項2との関係についての言及はなく、発明単位説に立たないことも明らかである。
- (2)検討
- 筆者としては、特許権単位説が妥当と考えており、本判決の判断を支持したい。本判決が挙げる理由、すなわち、実体法上の権利としての特許権は一つであること、及び当事者への影響(請求項ごとに訴訟物を観念することは相手方に不合理な応訴負担を負わせる結果となること、特許権単位としても特許権者の利益を不当に害しないこと)も合理的と考える。以下、筆者なりに敷衍する。まず、特許権単位説と請求項単位説について論じ、その後に発明単位説の問題点について触れる。
- (ア)理論的観点から
- 裁判実務が採用する旧訴訟物理論を前提とすれば、訴訟物は、実体法上の請求権を基準として特定・識別される※31。
- 特許権は、特許出願に対する特許処分※32により発生する(特許法66条)。特許法は、特定の手続等との関係で、請求項ごとに特許権があるものと「みなす」旨を規定しているところ(同法185条※33)、同みなし規定は制限列挙規定と解されている※34。そして、同みなし規定の適用対象は、特許権の内容を変更する場合(例、無効審判、訂正、放棄)である。特許権の行使について、請求権ごとに特許権があるとみなす規定は存在しない※35。さらに、特許権を請求項ごとに分割することも認められていない(特許権を分割して他人に譲渡したり、共有者間で分割することはできない。また、一部の請求項のみについて専用実施権を設定することもできない。)。このように、特許法は、特許権を一つのものと捉えており、法定された場合に例外的に請求項単位で特許権を観念することを認めているにとどまる。
- そこで、特許権侵害訴訟において、請求の法的根拠となる実体法上の権利は、特許権(ひとまとまりの特許処分により発生する一つの権利)であると解するのが素直である。訴訟物については、特許権から発生する差止請求権、(特許権侵害による不法行為に基づく)損害賠償請求権等の請求権と、対象製品、及び損害賠償についてはその対象期間によって画されるという特許権単位説の理解が、理論的にはもっとも自然である。
- これに対し、請求項単位説は、対象製品等の訴訟物を特定する他の要素が同一であっても、なお請求項ごとに権利(請求権の根拠となる実体法上の権利)を分けて把握し、訴訟物も別個に扱うという考え方である。そこで観念される実体法上の権利は、特許法上の特許権そのものではなく、訴訟物との関係で特別に想定する権利ということになろうか。訴訟物論では、特に請求権競合の場合に、実体法上の権利を束ねた、上位概念的な実体法上の権利を観念する考え方があるが※36、請求項単位説は、特許法上の権利を(束ねるのではなく、逆に)細分化した権利を想定するという点で、特異である。
- 問題は、そのような特許権の細分化をする必要性があるか、である。以下、二つの請求項を持つ特許に係る特許権の侵害による差止請求を想定して、検討する。
- まず、同一の対象製品について、請求項1に係る発明と請求項2に係る発明のいずれの技術的範囲にも属するとして、その生産・販売等の行為の差止めを求めている場合、請求項単位説では二つの請求が選択的併合の関係にあると解することになろう。しかし、この場合に選択的併合を認めるという考え方は、同じ製品に係る実施行為の差止めという一つの給付を求めているという実態に対して、わざわざ、実体法上一つである特許権をあえて細分化して複数の訴訟物を設定したうえで、またそれらを束ねるという、無用と思われる思考プロセスを強いるものであり、正に「理論的破綻」※37ではなかろうか。
- 次に、二重起訴の禁止については、同一の対象製品に係る実施行為について、請求項1に係る訴訟と請求項2に係る訴訟を別途に提起することは、民事訴訟142条の「係属する事件」を訴訟物が同一でない場合をも含むと解する有力説※38によれば、請求項単位説でも特許権単位説と同様の対応が可能であろうが、あえて請求項単位説をとる意義はないと思われる。
- また、請求項単位説によると、同一の対象製品に係る実施行為に関して、請求項1に係る請求に対して、請求項2に係る請求を追加的又は交換的に追加することは、訴えの変更(民事訴訟法143条)に当たることになるが、請求の基礎は同一と解されることから、著しく訴訟手続を遅滞させることがない等の条件を満たせば、認められることになり、特許権単位説の下で、攻撃方法の追加又は変更とされる場合と、実質的な差は少ないと思われる。この点についても、請求項単位説をとる意義は特段認められない。
- 訴え取下げ後の再訴の禁止(民事訴訟法262条2項※39。例えば、請求項1に係る訴えに対し原告勝訴の判決が出た後、原告が被告の同意を得て訴えを取り下げ、請求項2に係る訴えを提起した場合の扱い)については、請求項単位説では、訴訟物が異なることから「同一の訴え」に当たらず、再訴が可能となる。他方、特許権単位説の下でも、訴訟物が同一でも訴えの利益が異なれば「同一の訴え」に当たらないとされていることから※40、具体的事案において特許権者に裁判を受ける権利を認めるべき場合には再訴を認めることが可能と思われ、再訴の禁止との関係であえて請求項単位説をとる必要性があるとは思えない。
- 残るは、既判力の客観的範囲の問題である。これに関しては、請求項単位説を支持すべき主たる理由として、特許権単位説では既判力が及ぶ範囲が広くなりすぎ特許権者に酷である等の実質論が主張されている。そこで項を改めて、その点につき検討する。
- (イ)既判力に関係する実質論
- 特許権単位説によれば、(上記の例を引き続き用いると)特許権者が請求項1に係る発明との関係で差止請求を行ったが敗訴し、その判決が確定すると、請求項2に係る発明との関係で、同一製品に係る実施行為につき差止めを求めて再度提訴することは、前訴確定判決の既判力によって遮断される。他方、請求項単位説に立てば、後訴は、前訴と訴訟物が異なることから、前訴確定判決の既判力を受けないことになる。
- 請求項単位説の論者からは、特許権単位説の下では、紛争の一回的解決に資するものの、特定の請求項を基礎として特許権侵害訴訟を提起したことをもって、特許権全体に既判力を生じさせることを正当化するだけの手続保障があったとはいえない、紛争の蒸返しといえる場合は、訴訟上の信義則違反を理由として後訴を遮断すればよいと論じられている※41。
- しかし、上記の議論には賛成できない。
- まず、特許権者は、その特許権について最も知悉しているはずの者である。そして、問題となるのは、被疑侵害者の特定の製品に係る特許権侵害である※42。特許権者は、狙いを定めた製品に対し、提訴時のみならず、(時機に後れた攻撃方法の提出とならない範囲で)訴訟手続中でも、勝訴を導く見込みのある請求項を自ら選んで攻撃方法として提出できるのであり、当該製品に係る請求との関係で、特許権全体について既判力の作用を認められることを正当化する手続保障を受けているといえるのではなかろうか。また、請求項単位説の上記の議論は、紛争解決に真摯に取り組もうとする特許権者の努力に水をさす、モラルハザードの効果ももたらしかねない。
- さらに、後訴による紛争の蒸返しは訴訟上の信義則による遮断効によって封じればよいという説明については、仮に、遮断効を緩やかに認めると、請求項単位説と特許権単位説の差異はほとんどなくなるであろう。逆に、遮断効を限定的にしか認めないと、被告側に対し、繰り返しの応訴負担を負わせるのみならず、場合によっては、紛争の蒸返しを防ぐために、原告が請求の根拠としていない残りの請求項に関し差止請求権等の不存在確認訴訟を提起するといった負担までも負わせることとなり、被告に酷である。そもそも信義則による遮断効という対応は、当事者にとって予見可能性が必ずしも高くなく、むしろ、特許権単位説に立って既判力で規律することにした方が、両当事者にとって行為規範が明確になって望ましいのではなかろうか。
- なお、裁判所の負担についても付言しておく。特許権単位説に立つと、特許権者に対する手続保障の観点から、裁判所の負担、具体的には、特許権者に有利な請求項に係る主張を促す等の釈明をする義務が増大するという懸念があり得る。しかし、新訴訟物理論の論者が述べるように、訴訟物論が先にあり、釈明義務の範囲は従であることから、上記の点を懸念して訴訟物の把握のあり方を論じるのは「論理が転倒している」※43。特許権侵害訴訟については、過去20余年にわたり、裁判所及び立法によって紛争の一回的解決に向けた取組みがなされてきたのであり※44、特許権単位説に沿った運用こそがその流れに合致していると思われる。
- (ウ)発明単位説について
- 発明単位説については、請求項単位説と同様の問題を有するほか、訴訟物を画する発明をいかなる基準で特定するかが不明確であるという問題もある。すなわち、例えば、同一の発明といっても、「同一」の範囲は一義的に決まるわけではない※45。また、ある請求項が他の請求項の発明特定事項のすべてを含むほか、追加的な事項を含む場合、両請求項に係る発明の本質的特徴は異なることがあり得る。他方、このような問題を持つ発明単位説をあえて採用する積極的意義は認め難い。
- (エ)個別論点に関する補足
- 最後に、数点、補足しておきたい。
- 第一に、特許権単位説に立った場合、請求項の一部のみについて特許権侵害を主張することは一部請求に当たるのではないかという問題が考えられる。現在の裁判実務では、明示の一部請求がなされた場合、一定範囲で残部請求を認めている※46。
- 特許権侵害訴訟における一部請求が問題となり得るのは、例えば、ある対象製品に係る特定の侵害態様について差止請求をした後に、同一製品に係る他の侵害態様について差止請求をする場合や、同一侵害行為に関する損害賠償請求について、一部請求をした後に残部請求をする場合が考えられる。
- 特許権侵害訴訟の実態として、当該特許権の請求項の一部のみについて侵害が主張されることが通例であり、また、そのような主張が当然に一部請求を意味するとは解されてはいない。したがって、明示の一部請求としての扱いを受けるためには、単に一部の請求項を請求原因に挙げるだけでなく、請求の対象(差止めの対象行為や、損害賠償額)の一部についての請求であること自体を明示する必要があると考えられる。そして、明示の一部請求と認められる場合は、特許権侵害訴訟に特有の問題はなく、一般の民事訴訟の扱いにしたがって対応すればよいと思われる。
- 第二に、判決確定後の権利変動の場合について、議論がある。例えば、二つの請求項を持つ特許権の侵害を理由とする差止請求訴訟において、請求項1に係る発明についてのみ特許権侵害が主張され、特許権者の勝訴判決が確定した後、請求項1について特許無効審決が確定した場合、被告は特許権者による強制執行を免れることができるのかという議論である。一部論者は、訴訟物を請求項単位で捉えないと、「請求項2による差止認容判決も確定していることになり」、(元)被告は当該判決について請求異議で反論する根拠がなく、差止義務を負うことになりかねないとする※47。しかし、前訴確定判決は、請求項1に係る主張を攻撃方法として用いることにより、特許権侵害に基づく被告の実施行為に対する差止請求権を認めたものであるにとどまり、「請求項2による差止認容判決」が確定しているわけではないであろう※48。被告は、請求項1につき特許無効審決の確定しているため強制執行が権利濫用に当たることを異議事由として、請求異議の訴えを提起できると解される※49。
- 第三に、請求項について訂正がなされた場合の処理が問題となる。特許権侵害による差止請求を棄却する判決の確定後に、請求原因で根拠とされた請求項につき訂正がなされ、再び、同一製品等につき差止請求が提起された場合、特許権単位説では、前訴と後訴の訴訟物が同一であることに問題はなく、後訴は既判力によって遮断される※50。
- 他方、請求項単位説に立つ場合、訂正があっても訴訟物に影響しないという理屈が常に成り立つかは、議論の余地があろう。例えば、複数の請求項につき訂正がなされた場合、訂正前の請求項との対応関係が一義的に明らかでない場合が考えられる※51。また、元々特許請求の範囲に請求項1と請求項2とが並んでいた場合には、請求項ごとに訴訟物を観念すべしとしながら、元は請求項1のみであった特許に基づき侵害訴訟が行われた後、請求項1が上記例の請求項2と同一内容に訂正されて、当該訂正後の請求項に基づく訴訟を提起する場合には訴訟物は同一とすることに、一貫性はあるのだろうか※52。
Ⅳ 終わりに
本判決を素材として、特許権侵害の訴訟物について簡単に検討した。本判決は、短いながらも端的に根拠を説明しつつ特許権単位説を採用しており、筆者としては、積極的に評価したい。今後、特許権単位説に基づく訴訟運営が定着していくのか、裁判動向に引き続き注目していきたい。
(掲載日 2024年8月20日)