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第325号 エルメスの「オレンジボックス」は「橙色の箱」か?  

―色彩商標の自他商品・役務識別力の証明方法―
~知財高裁令和6年3月11日判決※1

文献番号 2024WLJCC019
金沢大学 教授
大友 信秀

1.本件を紹介する理由
 本件は、著名なブランド「エルメス」を有する仏国法人エルメス・アンテルナショナルが色彩の組合せのみからなる商標を出願したのに対して、これが認められなかった事件である。
 これまでの色彩商標の出願では、色彩の組合せのみからなる商標であっても、複数の色彩の組合せによるものは登録を認められて きた。これに対して、単色や本件のような単色に近いものに対して登録が認められた例はない。
 本件は、原告、被告の主張・立証が詳細にわたり、判決もこれに丁寧に答えており、単色もしくは単色に近い色彩を商標として登録する際に必要な要素を示す好例であるため紹介する。

    2.本件事案
  1. (1)特許庁における手続きの経緯
  2.   原告の本願商標の出願※2は、「橙色と茶色の色彩の組合せのみからなる商標※3」であり、本願商標を付した原告の包装箱は、「オレンジボックス」と呼ばれている。これに対して特許庁が拒絶査定を下したため、原告は、拒絶査定不服審判を申し立てた※4
     審決は、本願商標が「その指定商品との関係において、商品の特徴(色彩)を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなるもの」であること(商標法3条1項3号)、また、「その指定役務との関係において、需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができない商標」であること(同項6号)を認めた。
     そして、「使用による自他商品役務識別力の獲得(商標法3条2項)」については、以下のように、これを認めず、拒絶査定が維持された。
     「ア 原告は、約60年の長きにわたり、我が国においてエルメスブランドの商品(本願の指定商品又は指定役務に係る商品を含む。)を継続的に販売等しており、それに使用されている「HERMES」の文字及び馬車と人を描いた図形は、原告の業務に係る商品を表示する商標として、我が国の需要者に相当程度広く認識されているといえる。また、それらの商品の販売に際して、本願商標を付した包装箱(本件包装箱)が用いられているほか、ブランド全体又は個別商品の広告宣伝において、本願商標又はこれを構成する色彩を用いた図柄や構造物(下記イにおいて「本件図柄等」という。)がしばしば使用されている事実が認められる。
     イ しかし、①本件包装箱が用いられた数量は不明であり、また、広告宣伝における本件図柄等の使用は、上記「HERMES」等の商標と同等に長期継続的に行われていたと認めることはできず、②本件図柄等について、ウェブサイト等における使用はアクセス数が不明であり、広告物における使用、イベントや店舗等での使用については使用地域が相当程度限定的であり、また、③原告による本願商標又はこれを構成する色彩の使用に際しては、多くの場合、需要者の注意を強く引くように「HERMES」の文字や馬車と人を描いた図形等が用いられており、これらの文字等から商品等の出所が認識・認識され得ることは否定できない。
     ウ 本願商標の指定商品及び指定役務は、その需要者に日本全国の一般消費者が含まれるものが少なくないところ、原告の提出した本件アンケート調査1では、その調査の対象者が、原告が直営店舗を有する都道府県のうちの9都道府県エリアの「30歳~59歳 男性・女性」かつ「世帯年収1000万円以上」の者に限られており、調査対象の範囲の設定に問題がある上、正答率は36.9%~43.1%にすぎず、その結果によって、本願商標が原告の業務に係る商品又は役務を表すものとして需要者の間で広く知られているものであると判断することは到底できない。
     エ したがって、本願商標が、その指定商品及び指定役務との関係において、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるに至っているとは認められない。」

  3. (2)本判決
  4.  請求棄却

  5.  ①原告の主張
  6.   原告は、以下の通り、商標法3条2項に関する主張を行った。

  7. 1)原告の「エルメス」ブランドの著名性
  8.   「原告のブランド「エルメス」は、・・・・・・日本国内はもとより世界中で著名な高級ブランドである」。

  9. 2)本願商標の色彩を付した包装箱(オレンジボックス)の使用状況
  10.   1960年代以降一貫して、一部の香水、馬具、大型商品を除き商品の包装箱として使用している。
  11.   平成24年(2012年)から令和4年(2022年)までのうち7年について、商品全体及び指定商品への使用数量を示した。
  12.   オレンジボックスの図柄や構造物の広告宣伝としての使用について、ウェブサイトアクセス数、SNSアクセス数、新聞広告、ウェブサイト広告、屋外掲示、原告公認書籍等、原告各店舗、各種イベント会場等の内外装や展示、その使用地域を示した。
  13.   上記2(1)中の審決理由(色彩に加えて企業等の名称や記号・文字等が付されている)については、「オレンジボックスの場合、「HERMES」等の文字・図形を明確に視認できるのは箱を上方向から近距離で視認した場合に限られるのに対し、本願商標の色彩は方向、距離を問わず需要者の目に付きやすく、他にない特徴的な配色で看者に強い印象を与えるから、オレンジボックスに「HERMES」等の文字・図形が付されていることをもって、自他識別力を否定すべきではない。」と主張した。

  14. 3)需要者の認識について
  15.   雑誌、ウェブサイト等におけるオレンジボックスの掲載例、一般消費者の認識、アンケート調査(①30歳~50歳代の高所得者層(世帯年収1000万円以上)の男女が対象:純粋早期36.9%、助成想起43.1%、合計45.1%、②30歳代~50歳代の男女で、バッグ、アクセサリー・時計、コスメ・香水のいずれかに興味があり、これらを半年以内に購入した者(世帯年収の条件なし):純粋想起39.2%、助成想起44.4%、合計46.2%)の結果を商標法3条2項に該当する事由として主張した。

  16. 4)取引の実情
  17.   「現時点で、本願の指定商品・役務を取り扱う業界で、本願商標と類似する色彩を使用した包装箱は見当たらない。」
  18.   「包装箱等の色彩に関する被告提示事例は、オレンジボックスの模倣品・・・・・・を除き、いずれも本願商標とは態様が異なり、本願商標と類似しない。」
  19.   「類似の範囲に「箱状の商品又は包装の大部分を橙色で彩色し、箱の縁等の一部に茶色その他の近似色が使用されたもの」が含まれるとする被告の主張は、広きに失する」。
  20.   原告は、模倣品に厳しい姿勢で臨み、使用を中止させている。
  21.   「模倣品は、本願商標が周知著名で高い識別性と顧客吸引力を有しているからこそ存在するといえ、需要者もそのような箱を模倣品として認識している」。

  22. 5)独占適応性について
  23.   「本願商標は、(包装)箱の全体においてRGBの組合せ(R221、G103、B44)により特定される橙色、上部周囲においてRGBの組合せ(R94、G55、B45)により特定される茶色の構成からなる商標であり、特定された色彩の組み合わせ及び色彩を付する位置により限定されているから、他の事業者の色彩選択の幅を過剰に狭めるものではない。」
  24.   「本願商標の色彩を付した箱についての取引の実情・・・・・・を考慮しても、本願商標の商標登録により他の事業者の色彩の自由な使用が殊更に制限されるものではなく、独占適応性は否定されない。」

  25. 6)他国との整合性について
  26.   「原告の本国であるフランス及び米国においては、原告の出願した橙色のみの色彩商標が商標登録されている・・・・・・。なお、両国を含む地域の売上額は、日本よりも低い。」

  27. ②被告の主張
  28. 1)原告「エルメス」ブランドの著名性等
  29.   「原告主張の「エルメス」ブランドの著名性及び本願商標の使用状況等については、本件審決の記載事項の限度で認め、その余は不知又は争う。」

  30. 2)本願商標の使用による自他商品役務識別力の獲得
  31.   「本願商標の使用態様、使用実績においては、多くの場合、「HERMES」の文字や馬車と人を描いた図形等が、需要者の注意を強く引くように包装箱中央や包装用リボンに用いられていることを考慮すべきである。」

  32. 3)需要者の認識について
  33.   「本願の指定商品は、一部に原告が提供するような高価な商品が含まれ、その需要者に高所得者層が含まれるとしても、日常的に消費される比較的安価な商品も多数あり、本願の指定役務は、いずれも指定商品に係る小売等役務である。それらの需要者は一般消費者であり、高所得者層、特定の年齢層、特定の地域在住者、ファッションに興味を持つ層に限定されない。」

  34. 4)アンケート調査の結果
  35.   「本件指定商品・役務の需要者は全国の一般消費者を含み、全体の12.6%にすぎない年収1000万円超の世帯・・・・・・に限られない。」
  36.   「本願の指定商品は上記のバッグ等以外の「紙製箱」、「文房具類」等も含む上、上記バッグ等も生活必需品であり、日常的に関心のない者も必要に応じて購入するものである。
  37.   そして、このように限定された対象者においてさえ、本願商標から「ルイ・ヴィトン」を想起した者が27.2%もいる。」

  38. 5)取引の実情
  39.   「本願商標は、色彩を付する位置が橙色については箱全体、茶色については箱の上部周囲と特定されているものの、この点についても、いずれも紙製箱等の商品又は商品の包装において通常色彩が施される箇所であって、上記事例のとおり広く使用されている。」
  40.   「登録商標の効力は、同一のみならず類似する商標や指定商品に類似する商品・役務にまで及ぶから(商標法37条)、商標の登録適格性の判断に当たっては、同一商標及び同一商品・役務に係る事情のみならず、本来自由に使用できる標章(色彩)の使用が事実上制限されたり、萎縮効果が生じるような類似の商標や類似の商品・役務を含め、ある程度幅を持たせた分野における取引の実情を考慮する必要がある。」
  41.   「箱の大部分に橙色、縁等にわずかに茶又は近似する色が使用されているものも、本願商標と見分けることは困難である。これは、本件アンケート調査2において、本願商標の色彩とは色相・明度・彩度が異なり、茶色は上部周囲に施されていない「ルイ・ヴィトン」の包装箱・・・・・・を想起した者が27.2%もいることからも裏付けられる。」

  42. 6)独占適応性について
  43.   「本願商標の登録を認めた場合、上記のとおり商取引全般において多数の事業者により広く使用されている色彩について、本願商標に類似すると判断され得る使用態様が事実上制限されることになり、ファッション分野を中心とする指定商品や包装箱、紙製箱等に係る分野において、現在及び将来の色彩使用の自由が著しく制限され、他の事業者に著しい萎縮効果を及ぼすことになる。」

  44. 7)他国との整合性について
  45.   「商標登録の適格性は、我が国における商標法の規定及び解釈と取引の実情を勘案して判断すべきものである。」

  46. ③裁判所の判断
  47. 1)色彩のみからなる商標と商標法3条2項等について
  48.   「(1)平成26年法律第36号による改正(以下「平成26年改正」という。)前の商標法2条1項は、「商標」の定義として、「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」と規定しており、文字、図形等と結合していない色彩のみの商標は商標法の保護の対象外であった。しかし、色彩のみや音といった「新しい商標」を保護対象とする諸外国の状況もあり、企業のブランド戦略の多様化が進む中で、我が国においてもこうした「新しい商標」の保護ニーズが高まることとなり、平成26年改正により、色彩のみからなる商標が商標法の保護対象として認められることとなった。
  49.   しかし、色彩は商品等に自ずと付随する特性という一面を不可避的に有するところ、通常はこうした商品特性にすぎない色彩が自他商品役務識別力を有するといえるためには、使用による識別力の獲得その他の特段の事情が必要になると解される。この点について平成26年改正は何ら触れておらず、商標法3条1項3号、6号、同条2項等の解釈・適用に(すなわち、色彩以外の商品特性と同じ土俵での議論に)ゆだねている。その意味で、平成26年改正は、色彩商標に係る識別力獲得について例外的な取扱いを定めたものではないが、同改正の背景に、企業の多様なブランド戦略を支援しようという観点があったことを踏まえ、そのような立法趣旨が損なわれないような解釈運用が求められていると解される。」
  50.   「(2)このような観点から、本願商標の特徴を具体的に検討するに、本願商標は、別紙商標目録記載のとおり、橙色(RGBの組合せ:R221、G103、B44)と茶色(RGBの組合せ:R94、G55、B45)の色彩の組合せからなり、箱全体において橙色、上部周囲に茶色とする構成からなるものである。
  51.   願書の商標の詳細な説明の記載に照らすと、本願商標は、全体が橙色の「箱」状の物品を想定して、その「上部周囲」(上面と側面が接合するラインを指すものと理解される。)に沿って、輪郭を縁取るように茶色が付されている構成からなるものと理解され、その意味で、立体的形状と色彩の結合商標類似の要素も含まれているといえる。もちろん、同説明中に「商標見本における破線は、箱の形状の一例を示したものであり、商標を構成する要素ではない」と明記されていることから、本来的な意味での立体的形状と色彩の結合商標ではなく、分類としては「色彩の組合せのみからなる商標」であることに変わりはないと解されるが、本願商標が「『立体的形状と色彩の結合商標』類似の要素も含まれている『色彩の組合せのみからなる』商標」という特徴を有することを正しく理解し、その特徴に即応した判断が求められるというべきである。」
  52.   「(3)被告は、本願商標の橙色と茶色の色彩、組合せ及び色彩の付される位置はいずれもありふれたものであり、これに近似する表示全般を本願商標と見分けることは困難である、本願商標に近似する色彩は、様々な商品の包装箱において多数の事業者によって使用されている実情がある(包装箱等の色彩に関する被告提示事例)、などと主張する。
  53.   確かに、橙色と茶色は同系色で、ファッションの分野でも橙色と相性がよく合わせやすい色とされている・・・・・・と認められるほか、色彩のわずかな違い程度であれば、近似色との識別が困難な場合があること等は、被告の主張するとおりといえる。
  54.   しかし、本願商標は、より商標登録のハードルが高いと考えられる単一色の色彩商標と異なることはもとより、単なる橙色と茶色の組合せをもって特定されるものでもなく、上記(2)で述べたとおり、箱全体の橙色とその上部輪郭を縁取るように付された茶色を組み合わせた特有の構成を有するものである。このような構成は、RGB比率の絶妙なバランスと相まって、明るい橙色と落ち着いた茶色のコントラストを通じて橙色の華やかさを強調し、茶色の縁取りが箱の輪郭のシャープさを印象付けるものであり、特に、茶色をあえて上部周囲だけに使用するにとどめたことで、シンプルな中に気品を感じさせる構成になっているといえる。これを単純な「ありふれた色彩の組合せ」というのは、適切な理解とはいえない。
  55.   また、被告は、本願商標が「ありふれた色彩の組合せ」にすぎないと評価する根拠の一つとして、包装箱等の色彩に関する被告提示事例を挙げているが、この点の被告の主張を採用できないことは、・・・・・・詳述するとおりである。」

  56. 2)自他商品・役務識別力の獲得について
  57.   「第1に、本件包装箱の使用及び宣伝広告を通じて、少なくとも、「エルメス」のような高級ファッションブランド商品の購入者やこれに関心を有する消費者の間では、本願商標を付した本件包装箱(オレンジボックス)は、原告の展開する「エルメス」に係るものであるとの認識が広く浸透しているものと認められるが、本願の指定商品及び指定役務に照らすと、本願商標の需要者としては一般消費者を想定すべきであり、そうした需要者を基準に考えた場合、本願商標それ自体から「エルメス」ブランドを認識できるに至っていると即断することはできない。本件各アンケート調査の結果も、この点の認定証拠として不適当である※5。第2に、本願の指定商品のうち第3類の香料及び第16類の紙製箱等並びにこれらの商品に係る第35類の小売等役務については、本願商標の使用の事実が認められず、これら指定商品・役務について、本願商標の使用による自他商品役務識別力の獲得を認めることはできない※6。」

  58. 3)独占適応性について
  59.  「侵害品が市場に存在するとの事実は、本願商標の色彩及びその配色の特徴がありふれたものであることを根拠づけるものではなく、むしろ、本件包装箱(本願商標)の色彩及びその配色の特徴が高い顧客吸引力を有することを示唆するものといえる。
  60.   ・・・・・・被告は、本願商標の登録を認めた場合、多数の事業者によって広く使用されている色彩について、本願商標に類似すると判断され得る使用態様が事実上制限されることになり、ファッション分野を中心に、色彩使用の自由が著しく制限され、他の事業者に著しい委縮効果を及ぼすことになる旨主張する。
  61.   しかし、まず、本願商標は、単なる橙色と茶色の組合せをもって特定されるものではなく、箱全体の橙色とその上部輪郭を縁取るように付された茶色を組み合わせた特有の構成を有するものであって、その商標登録を認めたからといって、単純に色彩の独占がもたらされるわけではないし、このような特有の構成を備えた色彩の組合せが多数の事業者によって広く使用されているという取引の実情が認められるわけでもない・・・・・・。また、仮に本願商標の登録が認められたとしても、これに類似すると判断される使用態様は、実際上、不正競争防止法2条1項1号の不正競争にも当たる場合が少なくないと解され・・・・・・、その委縮効果を過大に評価すべきでない。
  62.   ・・・・・・以上のとおり、当裁判所は、結論において原告の請求を棄却すべきものと判断するものではあるが、上記(1)、(2)に関する被告の議論※7に与するものでないことは付言しておく。」

    3.色彩商標の特徴※8
  1. (1)立法経緯
  2.   色彩のみからなる商標は、使用によってそれが出所識別標識として需要者に認識される場合に認められる商標であり、平成26年(2014年)商標法改正※9により認められた「新しい商標」の一つである※10。色彩のみからなる商標と認められるためには、商品や役務に慣用されている商標ではなく※11、商品が通常有する色彩であってもならない※12

  3. (2)具体的特徴
  4.   色彩のみからなる商標は、色彩のみを構成要件とする商標である。指定商品の形状に関係なく、したがって、輪郭も観念し得ない単なる色の商標であり、複数の色彩を組み合わせたものと単一の色彩によるものとがある※13

  5. (3)審査基準
  6.   色彩のみからなる商標に関する、自他商品・役務識別力の有無に関する立証の程度については、とりわけ、社名やロゴ等が付されている場合について、商標審査基準※14は必ずしも明確に示しているとはいえない。これに対して、需要者に対するアンケートに関する取扱いを具体的に示しているのが、商標審査便覧である。商標審査便覧54.06※15は、以下の通りである。
  7.   「※需要者に対するアンケートに関する取扱い
  8.   需要者に対するアンケートは、実際に使用されている態様が出願商標(色彩)のみではない場合に、出願商標の識別力の獲得を立証する際に有効な方法である。アンケートの結果、(特定の文字や図形等と結合しない)色彩のみから、特定の者の業務に係る商品又は役務であることを認識するという結論が得られている場合には、色彩が独立して自他商品・役務の識別標識として認識されるか否かの判断において、当該アンケート結果を特に考慮する。なお、アンケートの実施方法が適切か否かについては、主に以下の点について確認する。
  9.   (ア)対象者及び対象者数は適切か
  10.   (イ)質問が恣意的・誘導的ではないか
  11.   (ウ)アンケート結果について人為的操作が行われていないか」
  12.   さらに、自他商品識別力獲得の有無については、次のように示している。
  13.   「3.商標の構成態様や商取引の実情の考慮
  14.   使用により識別力を有するに至ったか否かについて判断する際は、以下の点についても考慮する。
  15.   (1)商標の構成態様
  16.   色彩のみからなる商標の構成(単一の色彩からなるものか複数の色彩の組合せからなるものか、また、複数の色彩の組合せである場合に色彩の組合せの方向指定がされているか否か、等)について考慮する。
  17.   (2)商取引の実情
  18.   指定商品又は指定役務を取り扱う業界の市場特性について出願人から主張があった場合には考慮する。例えば、参入企業数(寡占業界か否か)や当該業界における色彩の使用状況(多種多様な色彩が一般的に使用される商品・役務であるか否か、等)等の事実を考慮する。」

    4.原告による具体的立証と裁判所の評価
  1. (1)原告の論理構成
  2.   原告は、1)「エルメス」ブランド自体の著名性、2)「エルメス」製品の包装箱としての本願商標の使用状況、3)アンケートによる需要者の認識、4)取引の実情が示す本願商標の識別力、5)ありふれた色彩でないことから認められる独占適応性を主張・立証した。

  1. (2)裁判所の評価
  2.   裁判所は、上記原告の主張のうち、3)を除き肯定した。3)についても、アンケートの正当性を否定した被告の主張を退け、アンケートの結果が正当であることは認めた。ただし、本願商標の指定商品・役務が予定する需要者が原告が特定した対象に留まらないとしたため、原告によるアンケート結果では自他商品・役務識別力獲得の証明には至っていないとの結論を下した。

    5.本判決が示したこと
  1. (1)日立建機事件判決※16との決別
  2.  ①独占適応性と識別力獲得の区別
  3.   単一の色彩の商標が問題となった日立建機事件判決までは、識別力獲得の問題と独占適応性の問題が併せて認定されており、出願人が何をどのように主張・立証すれば良いのか不明確になっていた。
  4.   本判決では、裁判所は、原告の主張・立証も十分に考慮した上で、「付言」として、商標法3条2項該当性を否定する理由であり、日立建機事件判決では強調された、「色彩の自由な使用を不当に制限することを避けるべき公益的要請もあること」を過度に考慮してはならないとし、具体的な識別力の獲得の有無に関して、独占適応性の判断の影響を取り除いた。

  1. ②識別力獲得証明に必要なアンケートの評価
  2.   原告が提出したアンケート調査結果は、依頼数1万3296であり、有効回答数は2082であり、認知度等の結果は、有効回答数を基に示された。
  3.   日立建機事件判決は、アンケートの結果に対する評価を、アンケートの回答者数から示された認知率ではなく、全対象者数を母数とする認知率で認定した。
  4.   本件では、裁判所は、回答者数に基づく結果を正当としており、日立建機事件判決で疑問視された解釈※17に従わなかった。

  1. (2)需要者の特定
  2.   裁判所は、注5のように、本願商標の指定商品・役務から需要者を特定する必要性を示した。具体的には、本件では、需要者は、本願の指定商品、指定役務全般に当てはまる一般消費者であることを示した。
  3.   原告が提出したアンケート自体の正当性が否定されなかったことからも、原告が一般消費者を対象としたアンケート調査を行い、本件で提出したアンケート結果に近い結果を得ることが本願商標登録に必要であることが示された※18


(掲載日 2024年8月6日)

  • WestlawJapan文献番号2024WLJPCA03119003
  • 商願2018-133223号。
  • 不服2021-13743号。
  • 「(3)本件各アンケート調査の内容及び結果は上記・・・・・・のとおりであり、アンケート調査における認知度という意味では、本願商標の自他商品役務識別力の獲得を認め得る結果になっているといえる(被告は正答率が高いとはいえない旨主張するが、正当な評価とはいえない。)。
     しかし、アンケート対象者の設定についてみるに、対象者がいずれも30歳~59歳に限定されている上、本件アンケート調査1については「世帯年収1000万円以上」、本件アンケート調査2については「バッグ、アクセサリー・時計、コスメ・香水のいずれかに興味があり、これらを半年以内に購入した者」に限定されていることから、各対象者の中心は「エルメス」のような高級ファッションブランド商品の購入者やこれに関心を有すると考えられる者であって、広く一般消費者を対象としたものとはいえない。
     原告は、収入や年齢等からみて本願の指定商品を購入できない学生世代や定年退職後の高齢者世代を含む層を除くことには合理性がある、本願の指定商品は奢侈品が多く含まれるからその需要者層は高所得者層が中心と考えられると主張するが、これらは「エルメス」ブランドの商品の特性としてはともかく、本願の指定商品、指定役務全般に当てはまるものではないから、原告の主張には理由がない。
     さらに、上記各アンケートの質問は、・・・・・・厳密には「純粋想起」とはいえない。」
  • 「なお、本件の審判手続においては、本願の指定商品との関係では商標法3条2項該当性が、本願の指定役務との関係では同条1項6号該当性が争われ、審理判断されていると認められるから・・・・・・、上記の点が本件訴訟の審理範囲内にあることは明らかであるし、被告の主張が時機に後れたもので訴訟の完結を遅延させるものと認めることはできないから、時機に後れた攻撃防御方法(行政事件訴訟法7条、民事訴訟法157条)に当たるものでもない。」
  • 独占適応性に関する議論。
  • 色彩商標の問題については、本件の先例となる日立建機等の外装色彩についての評釈である大友信秀「自分色って何色?-色彩商標と独占可能性-~知財高裁令和2年6月23日判決~」WLJ判例コラム第217号(文献番号2020WLJCC029)参照。
  • 特許法等の一部を改正する法律(平成26年5月14日法律第36号)」により、平成27年4月1日から施行された。
  • 同上。なお、願書記載方法については、改正商標法施行規則4条の4参照。
  • 商標法3条1項2号
  • 商標法3条1項3号。ただし、使用により自他商品識別力を獲得した場合には、同3条2項により登録が認められる。
  • 産業構造審議会知的財産政策部会商標制度小委員会第22回(平成22年7月2日)配布資料2-4「新しいタイプの商標の類似について」5頁参照(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/shohyo_shoi/document/seisakubukai-22-shiryou/shiryou2-4.pdf)。
  • 「商標審査基準第1第3条第1項(商標登録の要件)四第3条第1項第2号(慣用商標)」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/document/index/06_3-1-2.pdf)。
  • 「商標審査便覧54.06色彩のみからなる商標における使用による識別力の獲得の証明に関する取扱い」2頁(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/binran/document/index/54_06.pdf)。
  • 知財高判令和2年6月23日WestlawJapan文献番号2020WLJPCA06239001
  • 前掲注8・PDF14頁参照。
  • 結果として、原告のアンケート結果による識別力獲得を否定したものの、認知度40%程度が証明に必要との見解を示した。


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