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判例コラム

 

第324号 不正に入手した秘密鍵を用いて暗号資産を移転させた行為と刑法246条の2  

~最高裁第三小法廷令和6年7月16日判決※1

文献番号 2024WLJCC018
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ 本判例のポイント
 暗号資産の一つである『NEM』の取引においては、トランザクション情報(取引日時、取引数量、送受信アドレス等の取引に必要な情報)を、送信元のNEMアドレスに紐づけられている秘密鍵で署名した上で、NEMのネットワークに送信すると、NEMのネットワークを構成するいずれか一つのNISノード(サーバ)が、送信元のNEMアドレスに紐づけられている公開鍵で、署名が秘密鍵によってなされたものであるかを検証し、トランザクション情報の整合性を機械的に確認して、トランザクションを承認し、こうして承認されたトランザクションが、他の承認されたトランザクションとともにまとめて一つのブロックとして生成され、これが順次積み重なりブロックチェーンに組み込まれ、最初のブロックから最新のブロックまで一連のブロックチェーンの情報をNEMのネットワーク全体が共有することで、書換えが事実上困難になり、取引が確定する。
 本件は、氏名不詳者が、A株式会社(以下「A社」という。)の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに送信する旨の虚偽の情報を与えて不法の利益を得るという電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)※2に該当する行為によって得られた犯罪収益の一部である暗号資産NEMを、Xが、その情を知りながら、氏名不詳者が開設したウェブサイトに各受信用NEMアドレスを入力するなどして、氏名不詳者から前記各アドレスに送信させ、もって犯罪収益等を収受したとされた事案である。
 争点は、氏名不詳者の「他人が管理するNEMアドレスから、氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに送信する旨の虚偽の情報を与える行為」が電子計算機使用詐欺罪に該当し、その結果送信されたNEMが犯罪収益といえるかである。

Ⅱ 事実の概要と原審の判断
1.本件の罪となるべき事実

 被告人Xは、法定の除外事由がないのに、平成30年2月21日午後11時頃から同年3月22日午前3時頃までの間、106回にわたり、I県K市内の当時のX方において、氏名不詳者がA社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに送信する旨の虚偽の情報を与えて不法の利益を得た犯罪収益の一部である暗号資産NEM合計約2362万6094XEMを、その情を知りながら、パーソナルコンピュータを使用し、電気通信回線を介して、氏名不詳者が開設したウェブサイトに各受信用NEMアドレスを入力するなどして氏名不詳者から前記各アドレスに送信させ、もって犯罪収益等を収受した※3
 検察官は、氏名不詳者がA社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスにNEMを送信、移転させた行為(以下「本件移転行為」という。)が電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)に該当し、氏名不詳者が本件移転行為によって得た流出NEMは犯罪収益(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律2条2項1号イ)※4であり、流出NEMの一部を受信するなどしたXの上記行為は、情を知って、犯罪収益等を収受するものである(同法11条)※5として、Xを起訴した。
 これに対し、弁護人は、主として以下の三点を挙げて、Xの無罪を主張した。

  1.   ①氏名不詳者がA社のNEMの秘密鍵を不正に入手した行為は不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の罪、又は不正指令電磁的記録供用罪(刑法168条の2第2項)※6に該当するので、氏名不詳者による本件移転行為は、氏名不詳者による秘密鍵の不正入手行為の不可罰的事後行為である。
  2.   ②NEMにおいて不実の電磁的記録の作出を行うのは、個々のNISノードではなく、全てのNISノードの集合体であり、これは「電子情報処理組織」であって、「電子計算機」に該当しない。
  3.   ③NEMブロックチェーンは、公開鍵と秘密鍵の一致のみをもってトランザクションの正当性を承認・共有するものであり、送信者の権限や属性は事務処理システムの目的の範囲内ではないから、氏名不詳者による本件移転行為は、ブロックチェーンに「虚偽の情報」を与えたことにはならない。

2.第1審※7の判断
 これに対し、第1審は、①不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の罪、不正指令電磁的記録に関する罪は、いずれも、その罪質は財産犯とは異なる上、その法定刑をみても、先行する秘密鍵の不正入手行為の違法評価によって後行する本件移転行為の違法評価を賄うことはできず、不可罰的事後行為とはいえないし、②NEMのネットワークを構成する全NISノードを「電子計算機」とみるのが相当であるとした上で、③Xの送信させた暗号資産は、電子計算機使用詐欺罪によって得られたものとした。
 NEMは財産的価値であり、秘密鍵を他人に知られれば、その他人が秘密鍵を悪用して自らが保有するNEMを移転させることが可能になるのであるから、秘密鍵を知っているのは、本来的には、NEMの保有者と委託等に基づいてその者から適法に知らされた者に限られ、NEMの保有者らは、秘密鍵を厳重に管理する。
 確かに、NEMの取引過程中の、NISノードにおけるトランザクションの承認においては、NEMの送信者が真の権限保有者か否かの確認はできない仕様となっているが、秘密鍵による暗号化のプロセスを設けていることに鑑みれば、「秘密鍵を持つ者が真の権限保有者であること」の確認を、NEMの保有者の側に委ねているだけで、これを放棄しているわけではない。本件で、氏名不詳者は、不正に入手したA社のNEMの秘密鍵を用いることで、NEMのネットワークに対し、本件移転行為に係るトランザクションを送信しているのが真の権限保有者のA社であるとの「虚偽の情報」を与えたといえる。したがって、氏名不詳者が本件移転行為によって得た流出NEMは犯罪収益に該当し、流出NEMの一部を取得したXは、情を知って、犯罪収益等を収受したといえるとした。

3.原審※8の判断
 Xの控訴に対し、原審は、①不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反の罪等が本質的に財産犯でないことやこれらの罪と電子計算機使用詐欺罪との法定刑の違いも踏まえて、氏名不詳者による本件移転行為が電子計算機使用詐欺罪に該当するとした点に誤りはないし、②第1審判決が、電子計算機使用詐欺罪における「電子計算機」の判示は、やや不適切ではあるが、個々のNISノードが、それぞれがサーバとして稼働するコンピュータであり、自律的にトランザクションの生成を行い、NEMのブロックチェーンを管理するなどしているのであるから、「電子計算機」に該当するといえるとした上で、③最大の争点である、電子計算機使用詐欺罪にいう「虚偽の情報」に該当するか否かに関して、以下のように判示した。
 Xは、暗号資産のシステムにおいては、秘密鍵所有者が正規の権限保有者であるか否かという人的な要素はシステムにとって重要ではなく、本件移転行為は、虚偽の情報を与えることには該当しないと主張したが、「虚偽の情報」要件は、本件電子計算機の事務処理システムの目的に照らして判断されるべきところ、NEMの取引が金融取引である以上、正規の秘密鍵保有者による取引であることが当然の前提とされており、NEMのネットワークにおいては秘密鍵がNEMの保有者らにより厳重に管理されていることを前提として、情報の整合性を機械的に確認するにとどめているのであって、正規の秘密鍵保有者でない者による取引は本来的に想定されていないとした。
 そして、電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」とは、入金等の入力処理の原因となる経済的・資金的実体を伴わないか、あるいはそれに符合しないような情報をいうと解されるとし※9、A社が管理するNEMアドレスから氏名不詳者らが管理するNEMアドレスにNEMを移転するという取引は何ら行われていないにもかかわらず、それがあったとする情報を送信したのであるから、電子計算機に与えた情報には経済的・資金的実体が欠けており、「虚偽の情報」に当たることは明らかであるとした。

4.上告理由
 Xは、氏名不詳者が不正に入手した秘密鍵を用いて本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、刑法246条の2にいう「虚偽の情報」を与えたことにならず、本件移転行為は電子計算機使用詐欺罪に該当しないので、A社の管理するNEMアドレスから氏名不詳者らの管理するNEMアドレスに移転させた本件NEMは、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律2条2項1号にいう「犯罪行為により得た財産」に当たらず、「犯罪収益等収受罪」は成立しないなどとして上告した。

Ⅲ 判旨
 最高裁は、以下のように判示して上告を棄却した。
 「NEMのネットワークに参加している者は、自らの管理するNEMアドレスに紐づけられている秘密鍵で署名しなければ、トランザクションがNISノードに承認されることも、ブロックチェーンに組み込まれることもなく、NEMの取引を行うことができないのであるから、秘密鍵で署名した上でトランザクション情報をNEMのネットワークに送信することは、正規に秘密鍵を保有する者によるNEMの取引であることの確認のために求められるものといえる。このような事情の下では、氏名不詳者が、不正に入手したA社のNEMの秘密鍵で署名した上で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信した行為は、正規に秘密鍵を保有するA社がNEMの取引をするものであるとの「虚偽の情報」をNEMのネットワークを構成するNISノードに与えたものというべきである。したがって、本件移転行為が電子計算機使用詐欺罪に該当し、本件NEMが組織的犯罪処罰法2条2項1号にいう「犯罪行為により得た財産」に当たるとして、その一部を収受したXについて、犯罪収益等収受罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判断は正当である。」

Ⅳ コメント
1.電子計算機使用詐欺罪

 本件の争点は、Ⅰでも述べたように、起訴されたXの犯罪収益罪の成否ではなく、その前提となる刑法246条の2の電子計算機使用詐欺罪の実質的解釈である。

  1.   刑法246条の2(電子計算機使用詐欺):前条(筆者注:246条)に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、10年以下の懲役に処する※10

 今から30年以上前に、社会における電子計算機とその利用状況の飛躍的発展の中で、刑法典に電磁的記録物に関する規定の新設がなされた(昭和62年6月改正)。刑法246条の2(電子計算機使用詐欺)もその内の一つで、コンピュータに虚偽の情報を入力するなどの電磁的記録情報の改変によって財産上の利益を得る罪と位置づけられた。利益詐欺の特別類型といえようが、従来は自然人のような錯誤・処分の考えられない機械等に対する詐欺罪の成立を否定してきたので、厳密には詐欺罪に準ずる財産利益罪を新設したといってよい。
 本罪の、第一の行為態様は、電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作ることであり、虚偽の情報とは、情報それ自体が虚偽でなければならないわけではなく、本件原審も援用するに、電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反する情報をいうという理解が定着してきていた※11

2.虚偽性
 本件では、主として、NEMを移転させる作業に適合した、「その意味で客観的には正しい秘密鍵」を、正規の権限保有者でない者が用いたことが、暗号資産システムに「虚偽の情報」を与えたことになるのかが争われた(弁護人によるその余の主張①②については、Ⅱ参照)。
 刑法典に限っても、様々な構成要件において、「虚偽性」が問題とされてきた。たとえば、名誉毀損罪※12においては、死者の名誉を毀損する場合は、虚偽の事実の摘示、すなわち事実を虚構するか、事実が虚偽であることを知りながら摘示しなければならない。この場合に虚偽性は、故意の認定も含めれば、微妙な場合も想定し得ないことはないが、証拠により「虚偽である」と判断することは比較的容易である。偽計業務妨害罪※13においても、虚偽の風説が構成要件要素となっている。ただ、「事実と異なった噂」との解釈が定着しており、その認定も、比較的に容易である。
 偽証罪※14の実行行為は、虚偽の陳述であるが、虚偽とは、証人の記憶に反することであるとの主観説が有力である。偽証罪の「証人の経験内容の正確な再現が刑事司法にとって重要である」という制度目的(罪質理解)が重視されているからである。他方、虚偽告訴罪※15における申告事実の虚偽は、行為時を基準に客観的に判断すると解されている。ここでも、制度目的(保護法益)が考慮されている。主観的に虚偽だと思って申告したが、告訴の内容が客観的真実に合致していた場合、個人・国家両法益の観点から見て処罰に値しないのである※16。本件において、「虚偽の情報」の解釈において、補足意見を含めた本件判示が、制度目的を強く意識したのは、判例上自然な流れであった。
 一方、本問の虚偽性判断に関連して、論点を整理する重要な視座を与えてくれるのが、文書偽造罪※17の保護法益論における「真実性」の議論である。文書偽造罪においては、文書の形式的真実、すなわち文書作成名義の真正性を保護すべきと考える形式主義と、文書の内容の真実性を問題にする実質主義の対立が存在していた※18。名義を冒用するのが偽造なのか、虚偽の文書を作成するのが偽造なのかの対立ともいえる。ただ、文書偽造罪は、名義人の個人的な利益を保護するというより、文書制度全体に対する国民の信頼を守る制度として立法されたものとの解釈が主流となった。その意味で、形式主義を基本とするとされているのである。ただ、文書偽造罪の解釈論において、内容の虚偽性も当然、重要な役割を果たす※19。それ以上に、形式的に見える名義(作成者)判断も、文書の種類・内容によって、変化する面があることに注意を要する※20

3.刑法246条の2の「虚偽の情報」該当性
 本件では、Xが「暗号資産のシステムにおいては、秘密鍵所有者が正規の権限保有者であるか否かという人的な要素はシステムにとって重要ではなく、本件移転行為は、虚偽の情報には該当しない」と主張した。たしかに、本件暗号資産のシステムにおいては、秘密鍵所有者が正規の権限保有者であるか否かは、計算機のシステム上は考慮されてはいない。
 しかし、刑法246条の2における「虚偽の情報」該当性は、NEMの利用実態、ひいてはNEM等の暗号資産が社会経済において果たしている役割や重要性等の観点からの考察抜きに判断することはできないのであって、システム単体としての仕組みや働き等からロジカルに演繹されるものではない(今崎補足意見)。
 秘密鍵で署名した上でトランザクション情報がNEMのネットワークに送信されれば、正規に秘密鍵保有権限を有する者の取引であると、事実上扱われるのであって、氏名不詳者が、不正に入手した秘密鍵で本件移転行為に係るトランザクション情報をNEMのネットワークに送信する行為は、正規に秘密鍵を保有する者が暗号資産取引をするものであるとの「虚偽の情報」をネットワークを構成するNISノードに与えたものとした本件判示は妥当である。
 そして、このような結論の前提には、暗号資産の世界では、事実上、秘密鍵の厳しい管理が行われており、その結果として、社会的に暗号資産の経済取引等における機能を有することになったという状況が存在する。そこで、不正な送信による取引の安全性の毀損を、刑法を用いても保障する価値があるという評価が定着してきたと考えられる。
 ここで、「秘密鍵の無権限使用は、財産犯としての電子計算機使用詐欺罪の法益侵害とは無関係である」という説明は、形式論理としては成り立ち得ても、説得性のない解釈論である。詐欺罪は、純粋に人を騙すだけでは成立し得ないが、可罰的な欺罔行為の成否の判断において、判例は「本当のことを知ったら交付しないような場合は欺罔行為と認める」のである。
 まして、暗号資産取引においては、正規に秘密鍵を保有する権限は、取引システム上最も重要な要素であり、それによって始めて、取引の公平性・信頼性が形成されるとすらいえる。さらにそもそも、電子計算機の登場により、従来の詐欺罪の、いわば「枠外」に設定された刑法246条の2は、旧来の「欺罔行為による錯誤により処分し、財物が移転する」という、詐欺概念を超えた機能を予定されているとすらいえるのである。
 今崎補足意見は、「正規の秘密鍵保有者が暗号資産を移転させた者に対し、少なくとも不当利得や不法行為等を理由とした民事上の請求を行うことができることについても大方の異論のないところであろう。刑事の分野においても、正規の秘密鍵保有者のNEMに対する権利を害する行為は、構成要件に該当する限り処罰の対象となり得る。」とする。
 これに対しX側は、民事で保護されるものの侵害がすべて刑事犯罪を構成するわけではないと主張するかもしれないが、第1審、原審、及び上告審がそろって、「このような事情の下では、電子計算機使用詐欺罪の構成要件に該当する」と明示したのである。すなわち、本件の暗号資産(制度)は、社会的に、本件のような侵害からは、刑罰をもって保護すべき存在であるという評価を勝ち得ているということなのである。


(掲載日 2024年7月30日)



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