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文献番号 2024WLJCC017
青山学院大学 教授※2
弁護士法人 早稲田大学リーガル・クリニック 弁護士※3
浜辺 陽一郎
1 はじめに
今回取り上げる最高裁判例は、複雑な事例におけるテクニカルな問題であるため、司法試験の問題などにもなりそうな事案である。会社法の解釈・適用において、下級審がいずれも誤りを犯したため、最高裁がそれを正しく直したという事例である。
第一審と控訴審で敗訴すると、最高裁で逆転できる可能性はそれほど高くないので、諦めてしまう当事者も多い。その点で、今回の判決を勝ち取るに至るまでには、相当の苦闘があっただろうと推察される。
各下級審判決にも、一応の理屈はあるが、実質的な紛争の実態に照らして本当に妥当な結論だったのかという観点から、大いに疑問を抱かざるを得ない面があった。判決文を読む限り、法解釈の理論面と具体的妥当性の両面において、最高裁判決の結論を支持したい。
事案の内容としては、2つの株式の塊が問題とされていて、当事者が交代するなどして、事案や手続きの流れが少し複雑であるが、中心論点は、株式の譲渡についての成立要件である株券の交付がない場合の、株式売買契約の効力をどう考えるかという点である。
2 事案の概要
株式会社Y(以下「Y社」という。第一審被告、被上告人)は、平成16年1月、株式会社E(以下「E社」という。)の設立に当たり、その株式200株(以下「本件株式1」という。)を引き受け、本件株式1の株主となった。その後、平成24年4月、Y社は、A(第一審原告)に対し、本件株式1を譲渡し(以下「本件譲渡1」という。)、30万円を受領した。
Y1(第一審被告、被上告人。第一審ではY社の代表取締役の妻とされている。以下、Y社とY1を併せて「Yら」という。)は、平成18年5月、E社の募集株式310株を1株5万円で引き受け、当該株式の株主となった。その後、同年8月頃、Y1は、Bに対し、上記株式のうち240株(以下「本件株式2」という。)を1200万円で譲渡し(以下「本件譲渡2」という。)、さらに、Bは、平成25年7月、C(第一審原告)に対し、本件株式2を譲渡した※4。
E社の取締役会は、上記の各譲渡をいずれも承認した。E社は、公開会社でない株券発行会社であるが、設立以来、株券を発行したことはなかった。
Aは、平成29年10月、本件株式1につき、債権者代位権に基づき、Y社のE社に対する株券発行請求権を行使するとして、E社に対し、株券の交付を自己に対してすることを求め、E社から、その株券となる文書(以下「本件株券1」という。)の交付を受けた。同様の方法で、Cは、同月、本件株式2につき、債権者代位権に基づき、E社から、その株券となる文書(以下「本件株券2」という。)の交付を受けた。
令和元年に、A及びCが原告となって、Yらを相手取って株主権の各確認を求めて横浜地裁に提訴したが、Aは、令和2年3月、X(控訴審参加人、上告人)に対し、本件株式1を譲渡し、本件株券1を交付し、Cも同じく、同年7月、Xに対し、本件株式2を譲渡し、本件株券2を交付したので、今回の紛争対象となっている株式は全部Xに帰属することとなった。E社の取締役会は、その譲渡についていずれも承認した。
令和3年2月3日に、横浜地裁の第一審判決※5が下され、A及びCが敗訴したので控訴し、控訴審において、AとCは、Yらの承諾を得て訴訟から脱退し、Xが独立当事者参加の申出をして参加人となり、主位的にYらに対して株主権の各確認請求を、予備的に株主権に基づき、株券の各引渡請求をするとして、訴えの追加的変更をしたが、参加人Xの請求はいずれも棄却された※6。
また、この間に、別の20株の株主(Y社の代表取締役)及びYらとE社との間で、同20株の株主、Y社(本件株式1)及びY1(本件株式2)がそれぞれ各記載の同社株式を有することを確認する判決が確定したが、その訴えは本件とは当事者を異にするから、同判決の既判力は本件に及ばず、同判決があることによって本件訴えにおける確認の利益が直ちに否定されるものではないことが、控訴審判決では確認されている※7。
結果として、控訴審及び上告審では、Xが、Y社に対しては、Xが本件株式1を有する株主であること、また、Y1に対しては、Xが本件株式2を有する株主であることの確認等を、それぞれ求める事案となった。つまり、訴訟の当事者は、株券発行会社ではなく、あくまでも株式の取引をした当事者同士の争いである。
3 株券発行会社における株式譲渡の成立要件
上場会社の株式電子化に伴い、株券を発行できるのは非上場の株式会社だけである。会社法施行後に設立された多くの株式会社は、最初から株券を発行しない「株券不発行会社」となっている。ところが、今回の事件で登場するE社のように、会社法施行前に設立された株式会社は、すべて株券を発行する扱いになっていた。
会社法の下では、非上場会社の場合、株券不発行会社が原則となり、前から存在していた株式会社も株券不発行会社に移行する手続きが整備され、株券発行会社は、かなり少なくなっている。ただ、意識するか、しないかにかかわらず、深く考えずに放置していると、株券発行会社のままとなる。現実には、法務に疎い中小企業に限って、そういう会社が散見される。
さて、株券発行会社では、「株券を交付しなければ、譲渡の効力が生じない」と定められている(会社法128条1項※8)ので、株券交付が株式譲渡の成立要件であると説明される。しかし、かねてから、学説は、株式の譲渡人と譲受人との間では有効だと考えることはでき、あくまでも会社から見ると、効力が生じていないという意味にすぎないと説明されてきた。すなわち、「株券未発行の株式につき株主が締結した譲渡契約は、当事者間に債権的な効力は発生させるが、会社との関係では(当事者間でも)譲渡の効力を生じさせない」※9とされ、当事者間では、債権的な効力が発生し、株券が必要とされるのは会社との関係に過ぎないのである。
4 下級審の論理
第一審判決でも、会社法128条1項本文の解釈として、「契約当事者は株式譲渡を会社には対抗できないが、当事者間においての契約としては有効であることについては、AらとYらとの間において異論はない」と整理されていた。
しかし、第一審判決は、「当事者間においての契約としては有効」という点について、譲渡人が債権的に株券を引き渡す義務を負うから、株券の所有権の移転の効力も生じるとの主張に対して、「所有権の対象となる「物」とは有体物のことをいうから(民法85条)、本件各譲渡の時点で株券が未発行であり、有体物として存在していない以上、その時点において株券の所有権移転の効力が発生しているということはできない」として、A及びCの主張を退けた。
また、控訴審判決は、会社法128条2項が、株券発行会社において株券の発行前に行われた株式の譲渡は当該会社に対し「その効力を生じない」旨規定している点に着眼して、「文言上、会社に対する関係で譲渡の効力が生じないことは明らかであるが、当該会社に「対抗することができない」と規定し、会社の側から譲渡の効力を認めることを妨げないとしている場合(同法35条、50条2項、63条2項、208条4項等)と対比すると、株券発行前の株式譲渡については、会社の側からもその効力を認めることができないと解するのが相当である。これは、上記128条2項が、単に株券発行に係る事務の混乱を防止するなど会社の利益を考慮するにとどまらず、株式の帰属を画一的に確定することにより株主の地位に関する法律関係を明確にして、法的安定性を図ることをも目的としていることによるものと解される。
ただし、株券発行会社が株券の発行を不当に遅滞するなど、信義則に照らし株式譲渡の効力を否定することを相当としない場合には、意思表示のみによる株式譲渡も有効であり、会社は、株券発行前であることを理由としてその効力を否定することができないものと解すべきである(最高裁昭和39年(オ)第883号同47年11月8日大法廷判決・民集26巻9号1489頁参照)。」等と述べて、Xの請求を退けてしまった。
5 最高裁判決は「破棄差戻」
最高裁判決は、「株券の交付がないことをもって、株券発行会社に対する関係のみならず、譲渡当事者間でもその効力を生じないと解すると、同項(筆者注:会社法128条1項)とは別に株券発行会社に対する関係に限って同条2項の規定を設けた意味が失われる」点と、「株券の発行前にした譲渡につき、上記原則を修正して譲渡当事者間での効力まで否定すべき合理的必要性があるということもできない」という点を理由に、同条1項は、株券の発行後にした譲渡に適用される規定であるとの結論を導いた。
しかし、株券発行会社の株式の譲受人は、株券の発行前に株式を譲り受けたとしても、当該株式に係る株券の交付を受けない限り、株券発行会社に対して株主として権利を行使することができない(会社法128条2項)。
そこで、最高裁判決は次のように、債権者代位権を使って、株券が取得できるという。即ち、「当該株式を譲り受けた目的を実現するため、譲渡人に対して当該株式に係る株券の交付を請求することができると解される。そうすると、株券発行会社の株式の譲受人は、譲渡人に対する株券交付請求権を保全する必要があるときは、民法423条1項本文(平成29年法律第44号による改正前のもの)により、譲渡人の株券発行会社に対する株券発行請求権を代位行使することができると解するのが相当である。
そして、株券発行会社の株式の譲受人は、譲渡人の株券発行会社に対する株券発行請求権を代位行使する場合、株券発行会社に対し、株券の交付を直接自己に対してすることを求めることができるというべきであり(大審院昭和9年(オ)第2498号同10年3月12日判決・民集14巻482頁、最高裁昭和28年(オ)第812号同29年9月24日第二小法廷判決・民集8巻9号1658頁参照)、株券発行会社が、これに応じて会社法216条所定の形式を具備した文書を直接譲受人に対して交付したときは、譲渡人に対して株券交付義務を履行したことになる。したがって、上記文書につき、株券発行会社に対する関係で株主である者に交付されていないことを理由に、株券としての効力を有しないと解することはできない。」
以上のように指摘して、原判決は破棄を免れないとした。ただ、株式譲渡の成立要件として株券交付が不要であったとしても、さらに、いくつかの争点を検討する必要があることから、更に審理を尽くさせるため、本件は東京高等裁判所に差し戻された。
6 若干の検討
会社との関係では、株券の交付がなければ、取得者が株主になったという認定はできないが、当事者間では、その当事者間の契約にしたがって、契約当事者に対して契約を守るように求めること自体は、当然に認められるべきものである。最高裁でXが逆転勝訴判決を得てみれば、当然のような話に見えてくるが、実際には、こうした形で正しい結論を導くにも、相当の胆力が必要とされるし、相当のエネルギーを必要としただろう。
各下級審判決に関しては、法律論を前面に持ち出して事件を処理してYらを勝たせていたので、その背景となる事実関係に即した議論が乏しいような印象である。裁判官が正しく解釈したつもりでも、中途半端な理論では、妙な結論を導いてしまう。
まず、第一審判決では、物権の論理を持ち出して、債権的な義務を否定したが、債権が行使できない理由付けが不明である。また、控訴審判決は、上記の通り、会社法128条2項を「株券発行前の株式譲渡については、会社の側からもその効力を認めることができないと解するのが相当である」としたが、会社側から効力を認めることができないからといって、当然に当事者間の債権的効力を否定しなければならない理由にはなっておらず、そこには論理の飛躍がある。
控訴審判決は、株券発行会社が株券の発行を不当に遅滞するなど、信義則に照らし株式譲渡の効力を否定することを相当としない場合の例外にも言及しているが、これは判例がある場合について基本書が一例として解説しているものにすぎない。確かに、本件のような場合の解説はあまりされていなかったが、だからといって、債権的な請求ができる場合がそれに限られる等という理由もない。結局、どうして当事者間の債権的な効力が否定されるのか、各下級審判決は十分に説明できていない。
むしろ、契約で株式を譲渡して代金も受領した当事者が、株券を渡していないから、まだ株式は自分たちのものだとする主張そのものにも、筋として疑問がある。このため、下級審では、信義則に関しても争われた。
しかし、第一審判決は、「売買代金を受領しておきながら、それを返還することなく、消滅時効を援用して株券の引渡しを拒絶することは、信義則に反する」との主張に対して、それを認めると「双務契約の一方の債務が履行された後に他方の債務者が消滅時効を援用することは全て信義則に反することになるが、民法の規定がそのような解釈を前提としているとは考えられず、Aらの主張を採用することはできない」などと述べ、公平感に反する結論となっても、テクニカルな論理でYらを勝たせた。
また、控訴審判決は、「確かに、Y1は、本件譲渡2の代金1200万円を受領した上で、E社の取締役としても同譲渡を承認し、その後も、10年余にわたって自らが株主であることを主張せず、同譲渡を前提にE社の役員が構成されたことを受容してきたことが認められる(中略)。しかし、これらは通常生じ得る外形的な事情であり、このような事情があることから直ちに、本件譲渡2が会社法128条の趣旨を踏まえた上で、なお上記最高裁判決が説示する信義則に照らし株式譲渡の効力を否定することを相当としない場合に当たるとするのは困難であり、他にこれを認める足りる事情もないから、Xの上記主張は採用することができない」とした。
当初1株5万円で発行された株式は、平成18年にY1からBへ譲渡された頃も、発行時と同レベルの金額で取引されたが、平成24年から平成25年にかけて、A及びCが本件株式を取得した金額は、かなり安かったようである。その後、株式価値が上がったせいか、Yらが心変わりして株式を取り戻したいと考え、株券の不交付に目をつけて、「株式はまだ自分たちのものだ」と言い出すに至ったように見える。
もっとも、判決文から読み取れない特殊な事情があったのかもしれない。ただ、判決文からだけ垣間見える事実関係によれば、上記のような信義則上の論点が浮上しており、担当する裁判官によっては結論が異なることを予想しなければならない事案である。
各下級審判決の結論は、Xにとっては、相当にショックであったに違いないし、株券に関する理屈についても到底納得のいくものではなかっただろう。ただ、そういう状況であっても、第一審と控訴審で敗訴した場合、最高裁で逆転する可能性が一般的にはそれほど高くはなく、それなりの弁護士費用もかかることからすると、諦めてしまう当事者も少なくない。しかも、最高裁では、基本的に事実関係を見直すことはしないので、法律問題で勝負するしかない。
今回の事例では、A及びCの第一審の敗訴判決は令和3年2月3日であるが、Xが株式を取得したのは、その敗訴前の令和2年であり、勝てると信じて本件株式を取得したのだろうが、敗訴のリスクもあって、安く取得できたのかもしれない。X側は「勝てるはず」であるとの見通しが当たり、今回の最高裁判決を勝ち取ることができた(とはいえ、まだ差戻審があるので、不確定ではあるが)。利益相反取引や債権放棄などの話が紛れているようであり、その真相は差戻審において、さらに検討されよう。
(掲載日 2024年7月16日)