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文献番号 2024WLJCC010
明治大学 教授
清水 宏
近時、著名人が、SNS上の詐欺的な広告に、その名前や画像を無断で利用され、当該広告を誤信した者が詐欺の被害に遭うという問題について、当該著名人たちが声を上げている。このことは、実効的な法規制が必要とされる一つの問題であるといえるが、当該広告による欺罔の結果、錯誤に陥り、被害を受けた者の救済も、それに劣らず重要な問題である。
こうした消費者の被る損害、わけても集団的な被害の救済のための手続としては、消費者被害をもたらしている行為の差止めを求める消費者契約法に基づく消費者団体訴訟に加えて、2016年から消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(以下、「特例法」とする。)に基づく消費者被害回復訴訟が整備されている。このうち後者の裁判手続は、アメリカ合衆国におけるクラス・アクションのように、被害者である消費者自身が、訴訟の提起に加わってくれる同様の被害者を募り、クラスと呼ばれる集団を形成するのではなく、消費者の権利および利益の保護を目的とし、法務大臣の認証を受けた特定適格消費者団体と呼ばれる団体が、個々の消費者の代わりに訴訟を追行するという仕組みになっている。これは、事業者と比べて情報の質および量、そして交渉力に格差のある消費者の訴訟追行に係る負担を極力減らし、救済を実行有らしめることを一つの目的としている(特例法1条参照)。また、その手続は、二段階の構成となっており、第一段階である共通義務確認訴訟においては、「消費者に共通する事実上及び法律上の原因に基づき・・・・・・金銭を支払うべき義務を負うこと」(特例法2条4号)、すなわち、損害を被った消費者の被告に対する請求が共通ないし同質のものであること、被告の側からみれば、被告が、集団を構成する個々の消費者に共通する損害に対して金銭賠償義務を負うことを確認する。そして、第二段階の簡易確定訴訟においては、共通義務確認訴訟において観念的に確定された被告の金銭賠償義務の存在を前提として、個々の消費者に対する具体的な賠償金額を査定することになる。このようにして、以前は費用対効果や情報不足等の問題から、訴訟提起を躊躇せざるを得ないとされることのあった大量かつ少額の消費者被害について、迅速な救済を実現することを可能にしている。
ところで、第一段階の共通義務確認請求訴訟に関しては、訴権の濫用のおそれが危惧されている。もちろん、制度としては、内閣総理大臣の認定を受けた特定適格消費者団体のみに原告適格を認め、消費者による補助参加も禁止されている(特例法8条)ことを鑑みれば、極めてまれなケースであると思われるが、絶対にないとまではいえない。また、簡易確定手続においては、事業者の認否および争いある届け出債権について当事者の審尋と書証に限った手続で決定により判断するものとされ(特例法47条2項、48条1項)、ここでも被告の当事者権の制限の下に簡易迅速な手続の実現が図られている。
こうしたことを鑑み、手続の衡平を図るため、特例法3条4項においては、いわゆる「支配性の要件」と呼ばれる消極的な要件が定められている。すなわち、「裁判所は、共通義務確認の訴えに係る請求を認容する判決をしたとしても、事案の性質、当該判決を前提とする簡易確定手続において予想される主張及び立証の内容その他の事情を考慮して、当該簡易確定手続において対象債権の存否及び内容を適切かつ迅速に判断することが困難であると認めるとき」、共通義務確認訴訟の全部または一部を不適法却下できるとするものである。また、特例法の立法担当者による解説※2によれば、この要件を満たす具体的なケースとして、いくつかのものが挙げられているが、その中に、「勧誘方法が詐欺的なものであり、事業者が不法行為に基づく損害賠償義務を負うことを確認したとしても、その違法性の程度がそれほど重大なものでないため、過失相殺が問題になる場合であって、個々の消費者ごとの過失相殺についての認定判断が困難な場合」が挙げられている。なお、これには、「契約締結に至る経緯や被害者の属性などの個別事情により判断が左右されることがあり得ます」との注釈がつけられており、過失相殺が問題となれば必ず支配性の要件を欠くことになるわけではないことも明示されている。
こうした支配性の要件に関する特例法3条4項の解釈適用について学説では、「支配性の要件欠缺を理由として訴えの全部または一部を却下するのは、あくまでも例外的な場合にとどまる」※3、あるいは、「支配性を厳しく要求すれば、本制度の意義を失わせることにもなりかねない」※4として、過度に厳格なものとならないよう抑制的な運用が求められてきた。その根底には、支配性の要件は共通義務確認訴訟よりも簡易確定手続の審理状況を想定したものであるという理解があるとされる。すなわち、簡易確定手続において、対象債権の存否および内容を適切かつ迅速に判断することが不可能または極めて困難である場合に、初めてこの制度の対象としないことが正当化できるわけである。
こうしたことを前提に、より具体的な考察のポイントを挙げてみよう※5。まずは、この要件が簡易確定手続を念頭においたものであることからは、当事者権を制約される被告の法的地位とのバランスを考慮して、被告が共通義務確認訴訟の段階で、係争金額の概算を適切に把握できるものであることが求められる。これができないようであれば、簡易確定手続において想定外に時間とコストがかかり、制度目的が達成できないおそれがあるからである。もっとも、だからといって、簡易確定手続での個別審理の発生を一切認めないとするものでもない。すなわち、ここでの迅速性はあくまでも対象消費者が各自個別に訴訟を提起した場合との比較におけるものであり、個別訴訟に比して消費者側の負担が小さくなるのであれば、認めることは制度目的に照らして問題ではないであろう。さらに、簡易確定手続は、第一段階である共通義務確認訴訟を踏まえて行われるものであり、当然のことながら、そこでの判決に基づいて簡易迅速に個々の消費者の債権額を確定できるよう、様々な審理上の工夫が尽くされることが当然に想定されている。したがって、そうした工夫を尽くしてもなお、適切に判断することが極めて困難または不可能ということが、共通義務確認訴訟の段階において断定できて初めて、この要件を欠くものと評価することが許されるのである。
そして、わけても過失相殺については、過失割合等が個々の対象消費者ごとに異なってくること自体は否定できないものの、注意義務違反の内容、程度およびその違反の態様等の類型化はなお可能である、いや、するべきであるとされる※6。そうした審理上の工夫により、簡易確定手続における審理・判断が円滑に行われることになろう。
さて、この支配性の要件をめぐって争われたのが、今回対象とするいわゆるONE MESSAGE事件である。この事件は、事業者らが虚偽または実際とは著しくかけ離れた誇大な効果を強調した暗号資産の投資方法等を紹介する旨のDVDやプログラムの購入を勧誘する文言や動画をウェブサイトに公開し、それを誤信して購入した延べ6700人の消費者に被害を与えたことが不法行為に該当するとして、特定適格消費者団体が、事業者らが対象消費者に対して商品の売買代金相当額等の損害賠償義務を負うべきことの確認を求めた共通義務確認請求事件である。
第1審※7は、本件勧誘行為が消費者契約法4条1項1号等に違反する故意の不法行為に該当するなどとしながらも、結論としては、支配性の要件を欠くものとして訴えを却下した。また、原審※8も、対象消費者は同一内容の勧誘を受けて商品を購入しているものの、商品の購入に至る経緯、暗号資産への投資を含む投資の知識、経験の有無および程度、職務経歴等が個々の対象消費者ごとに異なるため、過失の有無およびその割合も異なり、本件訴訟および簡易確定手続において一定の割合の過失を一律に判断することはできないとして、消費者側の控訴を棄却した。
いうまでもないことであるが、この第一審および原審の判断は、立法担当者の解説を機械的に用いて直ちに支配性の要件を否定したわけではない。問題となった商品の内容を詳細に吟味し、その内容や対象者に違いがあることや、投資経歴等に基づき、そもそも消費者が広告を誤信したか否かの違いがあること等を分析し、陳述書等を用いて類型化することができるかという審理上の工夫も探求した上で、簡易迅速な債権の確定が困難であると判断することもやむなしとの結論に至っている。特に原審の判決理由の表現からは、第1審判決の内容を詳細に検討していることがうかがわれ、決して消費者保護に後ろ向きな態度のものなどではない。
ところが、これに対して最高裁判決では、以下のように判示して、原判決を破棄し、第1審に差し戻す判決をした。すなわち、「本件各商品は、投資対象である仮想通貨の内容等を解説し、又は取引のためのシステム等を提供するものにすぎず、仮想通貨への投資そのものではないことからすれば、過失相殺の審理において、本件対象消費者ごとに仮想通貨への投資を含む投資の知識や経験の有無及び程度を考慮する必要性が高いとはいえない。また、本件対象消費者につき、過失相殺をするかどうか及び仮に過失相殺をするとした場合のその過失の割合が争われたときには、簡易確定手続を行うこととなる裁判所において、適切な審理運営上の工夫を講ずることも考えられる。これらの事情に照らせば、過失相殺に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。さらに、上記のとおり、本件対象消費者が上記説明を受けて本件各商品を購入したという主要な経緯は共通しているところ、上記説明から生じた誤信に基づき本件対象消費者が本件各商品を購入したと考えることには合理性があることに鑑みれば、本件対象消費者ごとに因果関係の存否に関する事情が様々であるとはいえないから、因果関係に関して本件対象消費者ごとに相当程度の審理を要するとはいえない。」として、支配性の要件を肯定した。また、この判決には複数の裁判官の補足意見が付されており、たとえば、林道晴裁判官は、「当事者(被害者)ごとに存する事情を分析、整理し、一定の範囲で類型化した上で、これに応じて過失の割合を定めるなどの工夫」は「陳述書等の記載内容を工夫することなどにより」、「簡易確定手続においてもなし得る」ものである旨を述べている。
このように、あえて絞れば、審理上の工夫によって簡易迅速な債権の確定が可能か否かという点で、下級審と最高裁との判断が異なっているものと思われるが、この点についてどう評価すべきであろうか。考えられることとしては、消費者保護の理念の貫徹に対してどれほど強い必要性を感じていたかという点で異なっていたのではないかということが挙げられる。すなわち、下級審の判断は、不法行為事件一般、あるいは、投資詐欺事件一般ということではなく、個別事件の内容を詳細に分析しており、その文脈ではオーソドックスな判断であるといえよう。もっとも、クラス・アクションが高度に発展したアメリカのみならず、EUも消費者被害に対する損害賠償の方法での集団的救済に関する指令※9を発し、現在加盟各国が消費者団体による代表訴訟制度の導入の努力を図っているという、消費者保護のさらなる強化を図るという世界的な潮流に照らせば、支配性の要件を欠くと判断できるハードルは上がっており、さらに審理の工夫を尽くすべきことが求められているという考慮が働いているのではないだろうか。また、詐欺的広告を行った加害者である被告が、あつかましくも簡易確定手続において過失相殺を主張・立証して争い、簡易確定が極めて困難ないし不可能となる可能性がどれだけあるだろうかという推測も影響しているものと思われる※10。
こうしたことから、今後は、審理上の工夫の具体的な内容を明らかにしていくことが、理論と実務の喫緊の課題となるであろう。たとえば、類型化をした上で、弁論の制限ないしは分離をすることも考えられてよいのではないかと思われる。そして、審理上の工夫が、交通事故における過失割合に関するものくらいに一般化していくことを期待したいものである。
(掲載日 2024年4月30日)