第314号 化粧品の定期購入契約に係るウェブサイト上の表示に対する
適格消費者団体による差止めが認められなかった事例
~京都地裁令和5年8月30日判決※1~
文献番号 2024WLJCC008
東洋大学 教授
丸山 愛博
1.はじめに
詐欺的な定期購入商法による消費者被害に歯止めがかからない。消費者からの相談件数は2023年も過去最高を更新する勢いである※2。特定商取引に関する法律(以下、「特商法」という。)の2021年改正により規制が強化されたにもかかわらずである※3。このような状況下にあることから、特商法の適用は争われていないものの、本判決がこれまでとは異なる判断をするのではないかと期待をしていた。しかし、残念なことに、本判決は、本件と同種事案に関する名古屋高判令和3年9月29日※4(以下、「先例」という。)の判断枠組みをほぼそのまま踏襲して、適格消費者団体である原告による差止請求を棄却した。
被告は、本件提訴後、口頭弁論終結前に表示の一部を変更しているところ、本判決は、変更前の表示(以下、「変更前表示」という。)については、全国消費生活情報ネットワークシステムに登録された相談情報から「本件商品の初回1か月分だけを1980円で購入可能であると誤認して、本件商品の定期購入を申し込んだ旨の相談が相当数あったことがうかがえる」としつつも、変更後の表示(以下、「変更後表示」という。)を以て有利誤認表示には該当しないと判断した。被告と同様に、差止請求を受けた事業者は、敗訴というダメージを避けるために、問題とされ訴訟の対象とされた行為をやめることが多い※5。本判決のように「行うおそれ」(不当景品類及び不当表示防止法(以下、「景表法」という。)30条1項柱書)がないとして適格消費者団体が敗訴することが増すと、事業者の違法行為に対抗するための活動を適格消費者団体に付託した意味が失われかねない※6。
以下では、先例と比較しつつ、本判決について批判的に検討を行う。
2.事案の概要
通信販売業等を営む株式会社である被告は、化粧品(以下、「本件商品」という。)を初回限定で定価より低額で購入できるとする表示を、被告のウェブサイトのランディングページ(以下、「LP」という。)上及び被告のウェブサイトのチャットボットにて行っていた(以下、LP上及びチャットボット上の表示を総称して「本件表示」という)。本件表示が、初回分1個の購入後は、2回目分を購入しなければ、初回分につき通常価格との差額を支払う必要があるにもかかわらず、初回分1個だけを初回特別価格で購入可能であると誤認させるものであり、景表法30条1項2号所定の有利誤認表示に当たるとして、適格消費者団体である原告が、被告に対し、本件表示を含め、被告のウェブサイトにおいて本件商品1か月分だけを定価より低額で購入可能であるかのように示す表示をしてはならないことを求めた事案である。
なお、被告は、本件提訴後、口頭弁論終結時までに、そのウェブサイトにおける表示の一部を変更した。原告はこの変更によっても有利誤認表示であることに変わりはないと主張している。
3.判旨
請求棄却。
- (1)有利誤認表示該当性の判断基準
「景表法の表示規制が、商品等の取引に関連する不当な表示による顧客の誘因を防止するため、一般消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護するためのものであること(1条参照)に鑑みれば、商品の価格その他の取引条件について、実際のものよりも「取引の相手方に著しく有利であると誤認される表示」(30条1項2号)とは、健全な常識を備えた消費者であるところの一般消費者の認識を基準として、社会一般に許容される誇張の程度を超えて商品等の有利性があると誤って認識される表示をいうと解するのが相当である」とし、「当該表示から一般消費者に認識される意味内容を検討するに当たっては、当該表示がインターネット上に存在し、スマートフォンやパソコン等の画面において表示されることから、文言や文字等の体裁のみならず、画面の遷移等も含め、当該表示を総合的に考慮して判断すべきである」とした。
- (2)有利誤認表示該当性
「(1)の判断基準を基に、変更後表示における本件表示について、有利誤認表示該当性を検討する」と、「本件表示は、いずれも初回の購入について割引価格で提供することを繰り返し、一部は強調するものであるが、そのほとんどに、「定期」という文言を含むもので、定期購入契約であることをうかがわせる記載となっている。そうすると、・・・・・・一般消費者をして、定期購入が必要であると容易に認識させるものであるといえる」から、「本件表示が、原告の主張する本件商品の初回1か月分だけを割引価格で購入可能であると誤認させるものとは直ちには認められない」とした。
また、「仮に、本件表示について、原告の主張する誤認を生じさせる可能性があるとしても、・・・・・・LP上から本件商品を購入する場合については、申込みをするまでに、「定期通販」、「定期コース」、「ご解約の連絡をいただくまで継続する期限の定めのない契約」といった定期購入契約であることを直接示唆する表示に、複数回接するのであり・・・・・・、これらをすべて見落として、定期購入契約でないと認識する可能性は低いといえる。そして、初回1か月分のみを利用し、2回目以降の分を解約する場合の条件についても、いずれも色文字によって強調された表示に4回接するのであり・・・・・・、上記条件について、容易に認識できるといえる」とした上で、「チャットボット内においても、「注文内容の最終確認」欄において、「定期コース」と定期購入契約であることを直接示唆する見出しや、初回、2回、3回目以降の料金及び発送時期など定期購入契約であることを直接示唆する記載があり、この欄の直下にも、「定期コース」と赤色文字の記載があり・・・・・・、これらをすべて見落として、定期購入契約でないと認識する可能性は低い。そして、初回1か月分のみを利用し、2回目以降の分を解約する場合の条件についても、色文字によって強調された記載があり・・・・・・、その直下で、解約条件・手続についての確認を促している・・・・・・のであって、上記条件について、一般消費者をして、容易に認識できるといえる」から、誤認を生じさせる可能性が高いものとは認められないとした。
- (3)差止めの必要性
差止めの必要性については、「被告が口頭弁論終結時点で行っている変更後表示は有利誤認表示に該当せず、また、本件記録上明らかなとおり、被告は、本件訴訟係属中に変更前表示の修正案を提案し、自主的に変更後表示に変更したことから、今後有利誤認表示を行うおそれがあるとは直ちには認めがた」いため、「本件請求に係る差止めの必要性は認められない」とした。
4.若干の検討
- (1)有利誤認表示該当性の判断基準
先例が「一般消費者」を健全な常識を備えた一般消費者に限定する一方で、本判決は、健全な常識を備えた消費者がすなわち「一般消費者」であるとしていることから、表現に細かな違いがある。もっとも、本判決も、次のように述べて先例と同様に景表法1条の趣旨を根拠として挙げているから、その内容は同じとみてよいであろう。すなわち、「景表法1条の文言に照らせば、同法は、一般消費者が取引について「自主的かつ合理的な選択」をし得ることを前提に、これを阻害するおそれがある「著しく有利であると誤認される表示」を規制するものであることが明らかであるから、健全な常識を備えた消費者であるところの一般消費者の認識を基準とすることが、同条の趣旨に合致する」というものである。
東京高判平成16年10月19日※7で初めて示された上記解釈は、仮に一部の消費者の間で誤認が生じ得る場合であっても、当該一部の消費者が「健全な常識を備え」ているとは評価されないときには、表示が不適切であるとはされないとの考え方を示すものである※8。学説においては、独占禁止法の基礎となっているこの理論が独占禁止法の特別法であった景表法を舞台に示されたと評価されている※9。そして、この考え方が、先例においても取り入れられ、本判決にも受け継がれている。
確かに、消費者庁が景表法を所掌することとなり、景表法の目的規定は変更されたものの、その実体規制に実質上変更はないとされていることから※10、かかる解釈は妥当であるかもしれない。しかし、「健全」か否かは最終的には裁判官が評価することになるから、この基準によって直ちに結論が導かれるわけではない。
さらに、近時は、消費者像の転換の必要性が指摘されている。すなわち、情報を得る機会さえ与えられれば、常に情報を適切に収集、分析し、合理的な判断ができるとする「平均的な消費者像」から、あらゆる消費者が様々な要因から、合理的な判断が困難で被害に遭いやすい状況に置かれること(ぜい弱性)があるとの「ぜい弱な消費者像」への転換である※11。このような消費者像の転換を考慮すれば、今後は、被告の変更後表示であっても、「健全な常識を備え」ている一般消費者に誤認をもたらす表示と評価される可能性はあろう。
- (2)有利誤認表示該当性
本判決は、先例と同様に、消費者にとって重要な事項が目立つ文字で複数回示されているか否かを誤認の有無を判断する基準として採用する。
本判決と先例とはいずれも定期購入契約に関するものであるが、解約条件に関して違いがある。すなわち、本判決の事案は、初回購入後2回目受取前の解約も可能であるが、この場合には初回分が通常価格に戻り、初回割引価格との差額を請求される、いわゆる「違約金型」である。他方、先例の事案は、中途解約ができない、いわゆる「回数縛り型」である※12。したがって、消費者にとっては、「違約金型」では通常価格と初回割引価格との差額が請求されることが、「回数縛り型」では中途解約ができないことが、それぞれ重要である。
この点につき、先例では、中途解約ができないことが背景とは区別された色で4箇所表示されることが認定されている。他方、本判決でも、LP上から商品を購入する場合には、差額が請求されることが色文字で強調されて4回表示されることが認定されている。前述の「平均的な消費者像」を前提とすれば、目立つ文字で4回表示されることから、いずれも有利誤認表示に該当しないとされるのもやむを得ないであろか。
しかし、本判決の事案においてチャットボット内から商品を購入する場合には、差額が請求されることは色文字で1回しか表示されず、解約条件・手続についての確認を促す表示を含めたとしても2回しか表示されない。本判決は、「チャットボットを起動する前にLP上で定期購入契約であることを示す表示に触れる可能性がある」ことをも理由として挙げるが、既に述べたように「違約金型」では定期購入契約であることが重要なのではなく、通常価格との差額が請求されることが消費者にとって重要なのである。加えて、チャットボットを起動するためのポップアップがLPを覆ってしまいLP上の表示が見えなくなることがあることにも照らせば、前述の「平均的な消費者像」を前提としても、有利誤認表示には当たらないといえるかは疑問である。
そもそも、消費者による誤認を防ぐには、消費者に不利な条件を先に示すことが有効であり、かつ、前述の「ぜい弱な消費者像」を前提とするならば、その方が望ましいであろう。消費者像の転換の必要性を考慮すれば、消費者にとって有利な条件を先に示すか不利な条件を先に示すか、すなわち表示の順番も、今後は、有利誤認表示の判断要素とすることが必要になろう。
- (3)差止めの必要性
差止請求においては、事業者が不特定かつ多数の一般消費者に対して景表法30条1項各号掲げる行為を「現に行い」又は「行うおそれ」があることが要件になっている。1で述べたように、差止請求を受けた事業者は問題とされた行為をやめることが多いため、ここでは専ら「行うおそれ」の要件充足が争われることになる。
「行うおそれ」とは、不当な行為がされる蓋然性が客観的に存在している場合をいうとされる※13。問題は、いかなる場合にその蓋然性が認められるかである。クロレラチラシ配布差止請求事件判決※14を契機に議論が始まったばかりであり、学説において、景表法に関する十分な解釈論的な説明や蓄積があるわけではないものの、次のような指摘がなされている。
まず、事業者が差止対象行為の適法性を訴訟で争っていることは、考慮要素の1つに過ぎず、これだけでは蓋然性は肯定されないとされている※15。また、景表法違反行為が存在する又は存在した場合には、競争行動の性質から、原則として蓋然性を推定すべきとの主張がある※16。一方で、差止対象行為を被告がやめてしまい、自主的に再発防止策を講ずるなどしているときは、裁判所が蓋然性を肯定することは難しいとの指摘もある。ただし、同時に、この論者は、景表法の法目的の実現を規制当局だけでなく適格消費者団体にも担わせるという差止請求権の趣旨を損なわないために、裁判所は、判決の結論とは別に、問題行為が法律に照らして適切なものであったか否かに関する判断を敢えて示すことによって解釈論や適用論をリードすべきともいう※17。
差止めの必要性について、本判決は、先例も指摘していた差止めの対象となった表示が有利誤認表示に該当しないという理由だけでなく、被告が自主的に表示を変更したことも挙げて必要性を否定した。先例と比べて丁寧な説示をした理由は、事業者の変更前の表示への評価が異なるためであろう。
先例の事業者及び被告の変更前の表示については、国民生活センターによれば、いずれも2,500件を超える相談が寄せられていた※18。この点につき、先例は、不満を抱いたすべての消費者が消費者センターに相談をするわけではないにもかかわらず、商品の出荷数と比べれば相談件数はわずかであるとの強引な論理に基づき、事業者の変更前の表示を誤認する可能性は低いとしていた。他方、本判決は、相談件数を真摯に受け止め、「変更前表示は、変更後表示と比較して、定期購入契約であること及び解約条件を認識することが格段に難しい表示であったもの」としている。このことから、本判決は、先例よりも、詐欺的な定期購入商法による消費者被害の実情を適切に踏まえているといえよう。
もっとも、差止めの必要性を否定するとの結論は維持するにせよ、景表法が適格消費者団体に差止請求権を与えた趣旨に照らして、もう一歩踏み込んで、本判決は、変更前表示は有利誤認表示に該当すると判断すべきであり、それは現に可能であったように思われる。
というのは、本判決は、変更前表示が「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」(以下、「ガイドライン」という。)に違反することを実質的には認めているからである。すなわち、本判決は、変更前表示に係る初回分購入のみの場合の解約条件について、LPにおいては「1度しかなく、それも茶色背景に小さなサイズの白色文字で記載されたものであ」り、チャットボット内についても「「利用規約について」という記載の下のボックス内をスクロールすることで表示される小さな文字サイズの利用規約内にあるのみ」であると認定している。これらの表示は、まさにガイドラインにいう「最初に引き渡す商品等の分量やその販売価格を強調して表示し、その他の定期購入契約に関する条件を、それに比べて小さな文字で表示することや離れた位置に表示していることなどによって、引渡時期や分量等の表示が定期購入契約ではないと誤認させるような場合」※19に該当するからである※20。
5.おわりに
本判決は、先例の判断枠組みを受け継いではいるものの、子細にみれば、詐欺的な定期購入商法による消費者被害の実態を先例よりは適切に踏まえているといえる。しかし、差止めの必要性を否定するにせよ、景表法が適格消費者団体に差止請求権を与えた趣旨を損なわないために、本判決は、被告の変更前表示が有利誤認表示に該当すると判断すべきであり、現にそれは可能であったといえよう。
(掲載日 2024年3月29日)