判例コラム

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第309号 争議行為と強要(未遂)罪  

~最高裁第一小法廷令和5年9月11日判決※1

文献番号 2024WLJCC003
東京都立大学 名誉教授
前田 雅英

Ⅰ 判例のポイント
 昭和期の戦後刑法解釈の中で最も激しく争われたのが、争議に関連する抗議行為が構成要件に該当する場合の違法性であった。そして、1960年から80年にかけて、公務員の争議権の評価も含め、政治的・イデオロギー的対立も帯びていた。さらに当時は、争議(関連)行為の可罰性を、構成要件該当性判断で行うのか、違法性阻却事由の問題とするのかも、議論された※2。しかし1990年代以降、公務員の争議行為を違法視すべきでないという議論は下火になり、一方で、「形式的犯罪体系上、構成要件要素と整理するか、正当化事由として扱うか」よりも、「具体的結論を導く『規範』をどう設定するか」が重要であることの認識が広がったと思われる。
 ただ、本件のような事案の可罰性判断の困難性に、変化は全く生じていないといってよい。本件でも、第1審※3と原審※4は、結論が大きく乖離している。そもそも、犯罪論体系で解決し得る問題は、ほとんど無い。強要罪の実行行為としての脅迫は、それによって履行を求めた義務の内容によって可罰範囲は変動する。構成要件解釈に、実質的価値衡量は不可分なのである。そして、最も困難な作業が、実質的価値衡量なのである。
 価値判断の振れ幅を限定して、「妥当な結論を導く『規範』を具体的に導く」という視点からは、本判決は、重要な判示を行っているのである。

    Ⅱ 事実の概要と原審の判断
  1. 1.最高裁は、第1審判決を基に犯罪事実の要旨を次のようにまとめている。
     C労働組合D支部執行委員である被告人X及び同組合員である被告人Yは、株式会社A社取締役のB(当時58歳)を脅迫して、同社が日雇運転手である同支部組合員のZを雇用している旨の就労証明書を同社に作成・交付させようなどと考え、共謀の上、平成29年11月27日午後、K市の同社の事務所において、Bが高血圧緊急症によって体調不良を呈した後もなお、そのような状態のBに対し、Zの就労証明書を作成等することを執ように求め、さらに、同支部執行委員Hと共謀の上、同月29日から同年12月1日にかけて合計4回にわたって事務所に押し掛け、Bに対し、Zの就労証明書を作成等することを執ように求めた上、同月2日以降、事務所周辺に同支部組合員をたむろさせて同社従業員らの動静を監視させ、同月4日午後、X及びHが事務所に押し掛け、Bに対し、Xが「何が弁護士や、関係あらへんがな、書いてもらわなあかん。」「お前も何や、何ケチつけとんねん、うちの行動に。こらあ。おいっ。」「ほな解決せんかい。」などと怒号しながら、Bに示していた就労証明書の用紙を机にたたき付け、Hが「何をぬかしとんねん、われえ、おい、こらあ、ほんま。労働者の雇用責任もまともにやらんとやな。団体交渉も持たんと、法律違反ばっかりやりやがって。こら。こんなもんで何ぬかしとんねん、こら、われ、ほんま。」などと怒号して、Zの就労証明書の作成等を要求し、要求に応じなければ、B及びその親族の身体、自由、財産等に危害を加えかねない旨の気勢を示して怖がらせ、もってBをして義務のないことを行わせようとしたが、Bがその要求に応じなかったため、その目的を遂げなかった。

  2. 2.第1審判決は、A社には、Zを雇用している旨の就労証明書を作成等すべき法令上又は信義則上の義務はなく、Bが体調不良を呈して以降、とりわけ救急活動が開始されてからは、XYが、Bの体調不良を認識していたはずで、Bに就労証明書の作成等を要求し、要求に対して満足のいく回答がなければ、Bの身体、自由等に害悪が及ぶような状況においてもなお要求を継続する旨告知したものといえ、脅迫に該当するとし、その後、事務所を訪問し、就労証明書の作成等を要求した行為も、Bが就労証明書を作成等するつもりがないことを示しているにもかかわらず、ほぼ連日事務所を訪問し、Z作成の申立書が保育の必要性を証する書類として受け付けられたことを秘して、就労証明書の作成等についてD支部側が満足する回答をしない限り、同様の訪問及び要求行為が続くことを発言や態度で示したものといえるとした。そして、集団での監視行為の目的は、監視行為が開始されたのが、Bが就労証明書の作成等について何らかの答えを出すとした平成29年12月4日の2日前であったこと、監視行為に当たった同支部組合員の人数が同社の廃業の監視のためにしては人数が多すぎること等に照らし、同社の廃業を監視することよりも、就労証明書の作成等についての要求を通すため、Bらに圧力をかけることにあったと認められるとし、XYらが、Bに対し、継続的な訪問及び要求行為並びに監視行為をやめてほしければ、就労証明書を作成等するよう黙示的に害悪を告知したものといえ、脅迫に該当するとした。
     そして、XYらが就労証明書の作成等を要求した行為等は、正当行為として違法性が阻却される余地はないとして、XYについて強要未遂罪の共同正犯を認定し、Xを懲役1年、3年間執行猶予に、Yを懲役8月、3年間執行猶予にそれぞれ処した。
     これに対し、XYが控訴し、事実誤認、法令適用の誤りを主張した。

  3. 3.原審は、A社には、平成29年11月28日より後の期間を含め、Zの就労証明書を作成等すべき少なくとも社会生活上の義務があるとした上で、義務のあることの実行を求める場合でも、その手段として脅迫を用い、その態様等が社会的に相当な範囲を超えていれば、脅迫罪、強要罪の成立を認めるべき場合があるとする。
     本件では、XYらは、Bの体調不良の点に関し、仮病を疑ったことには無理からぬ面があり、Bが体調不良を呈して以降も、就労証明書の作成等を要求し続けたことは、強く非難できないとし、救急搬送の妨害や暴言にも及んでいないから、脅迫には該当しないとした。その後のXYの事務所訪問は、A社が就労証明書を作成等するかしないかの回答を求めたもので、Bが明確な回答をしなかったことが一因となって訪問の頻度や滞在時間が増えたものであり、その態様も、ひどい暴言等はないから、脅迫に該当しないとした。さらに、それ以降の監視行為も、同社の廃業を監視するためのものであったということができ、就労証明書の作成等に向けた脅迫行為の一環とみることはできないとした。また、同年12月4日のX及びHの各発言のうち、Xが、多少感情的になって、Bに対し、引き続き就労証明書の作成等を要求したことは、同日までに就労証明書の作成等に応じるかの回答をする旨Bが述べていた経緯に照らし、やむを得ず、その態様も、声を荒げておらず、社会的に不相当なものであったとはいえないとした。
     ただ、同日のX及びHの各発言は、就労証明書の作成等を強制する行為とは認められないものの、その態様等に照らし、脅迫罪の成立を認める余地があり、特にHの発言は、Bに対し、Bやその親族の身体、自由、財産等に対し危害を加えかねない気勢を示したものと認められ、脅迫罪が成立するとした。Xは、Hの害悪告知について暗に意思を通じていたものと認められ、脅迫罪の共同正犯の責任を免れないとした。他方、Yに共謀を認めることはできないとして、XY両名について第1審判決を破棄し、同日にHがBに対して怒号したことに関し、Xについて脅迫罪の共同正犯を認定し、Xを罰金30万円に処し、Yに対して無罪を言い渡した。

Ⅲ 判旨
 検察官と弁護人双方からの上告に対し、最高裁は、「A社は、日雇運転手として雇用していたZに対し、労働契約に付随する義務として、その子の保育所の継続利用のため、・・・・・・K市に提出する就労証明書を作成等すべき信義則上の義務を負っていたと認められる」として、原判決は第1審判決の事実認定の不合理性を指摘したものとして、その限度では是認することができるとした上で、以下のように判示した。
 「しかしながら、人に義務の履行を求める場合であっても、その手段として脅迫が用いられ、その脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える場合には、強要罪が成立し得るというべきであるから、原判決が、Zを雇用している旨の就労証明書を作成等すべきA社の義務の有無について、第1審判決が事実を誤認したことを指摘しただけで、・・・・・・第1審判決が前提とするその余の事実関係について、第1審判決の認定が不合理であるかどうかを検討しないまま、強要未遂罪の成立を認めた第1審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとしたことは、是認することができない。」
 そして、「XY両名がBの仮病を疑ったことには無理からぬ面があるなどというが、仮病を疑ったとしても、体調不良の認識が直ちに排斥されるわけではないから、仮病を疑ったことを指摘することによって、XY両名がBの体調不良を認識していたはずであるとした第1審判決の認定が不合理であることを十分に示しているとはいえない」とし、また、Bに対して要求したのは、「就労証明書を作成等するかしないかの回答」であったという原判決判示は、「XY両名らは就労証明書の作成等を要求し、Bは作成等するつもりがないことを示していたとした第1審判決とは別の見方もあり得ることを指摘しているにすぎず、第1審判決の認定が不合理であることを示したものとはいえない」とした。さらに、「原判決は、同月2日以降の監視行為の目的を、同社の廃業を監視することにあったとするだけで、就労証明書の作成等に向けた圧力という併存し得る目的を認定した第1審判決を不合理であるとするだけの根拠を示しているとはいえない」とした。加えて、就労証明書の作成等を強制する行為とは認められず、Bに対する害悪の告知にも当たらないなどという原判決判示は、一貫してBに対して就労証明書の作成等を要求していたという経緯や各発言の内容、各発言の際のXとBの位置関係等に照らし、同月4日のX及びHの各発言を、一連のものとして、唯一就労証明書を作成等することができたB に対する就労証明書の作成等を要求するものであると判断したと解される第1審判決の不合理性を指摘できているとはいえないとしたのである。
 結論として、原判決は、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものと評価することはできないとして※5、破棄し、原審の大阪高等裁判所に差し戻した。

    Ⅳ コメント
  1. 1.強要罪は、脅迫又は暴行によって「人に義務のないことを行わせ、権利の行使を妨害する罪」である。脅迫罪とは異なり、未遂も処罰する。暴行・脅迫は加えられたが、相手に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害するには至らなかった場合である。
     強要罪の手段の暴行は人に対するものであれば足り、人の身体に加えられなくてもよい。そして、強盗や不同意性交等罪の場合とは異なり、その程度は、被害者の反抗を抑圧する程の強度は要しない。
     ただ、本件で問題となるのは、主として、脅迫行為である。就労証明書の用紙を机にたたき付けた行為も、証明書作成を要求して被害者に怒号する行為の態様の一部と解することもできる(もちろん、両者の複合したものとして解することも可能である)。

  2. 2.強要罪の脅迫とは、生命・身体・自由・名誉又は財産に対する加害(害悪)の告知であり、脅迫罪、恐喝罪の「脅迫」と同一の内容と解されている※6。脅迫に関し、「意思決定の自由」に対する危険犯とされることが多かった※7が、意思決定の自由の侵害の内実を探求するのではなく、「生命身体などの重要な法益」が侵害されるのではないかという恐怖感を生ぜしめることが、脅迫の実体であるといってよい。そして、現に被害者に恐怖心が生じたか否かではなく、そのような害悪の告知があれば、一般人であれば恐怖心が生じると解されるかが重要である。そして、生じる恐怖心が、処罰に値する程度のものと評価されなければならない。
     ただ、その程度は、告知された状況等を勘案して、実質的に判断される。判例は、「出火御見舞申上げます、火の元に御用心」という葉書を出す行為につき「人を畏怖させるに足る性質のものである」※8と判示しているが、町村合併に関し熾烈に対立する二つの派の抗争の最中に、一方の派の中心人物宅に送りつけた葉書であることが重要で、「火をつけられるのではないかと畏怖するのが通常である」と解されたのである。

  3. 3.害悪は、被害者本人(刑法222条1項)か親族(同条2項)の法益に関するものに限る。これ以外の者への加害の告知は脅迫罪を構成しない。害悪が加えられる法益は、主要な個人法益、すなわち生命、身体、自由、名誉、財産で、これらは制限列挙とされることが多いが、貞操・信用は含むと解されている。
     告知する内容としての「害」は、それ自体が、犯罪を構成するようなものであることを要しない。相手の不正行為に関し「市役所に通報する」とか「告訴するぞ」とする告知も、専ら相手を畏怖させるためなら脅迫罪となる。犯罪とならない程度の害悪であっても、個人の内心を著しく乱すことは十分考え得る。

  4. 4.ただ、処罰に値する脅迫に該当するか否かの判断は、人に義務のないことを行わせ、権利の行使を妨害するという目的・態様と相関するものである。
     原審が「義務のあることの実行を求める場合でも、その手段として脅迫を用い、その態様等が社会的に相当な範囲を超えていれば、脅迫罪、更には、強要罪の成立を認めるべき場合がある」とし、最高裁が「人に義務の履行を求める場合であっても、その手段として脅迫が用いられ、その脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える場合には、強要罪が成立し得る」とする。結論は、逆となったが、判断構造は同一である。それは、強要罪の実質的構成要件解釈であるが、同時に実質的違法性判断(正当化事由判断)である。
     問題は、各要素の具体的重み付け、それらの「総合的衡量」という価値判断である。

  5. 5.現在の実質的な違法性阻却(正当化)の判断枠組みは、第二次大戦後の初期に、判例により形成され※9、発展・展開されてきたものである。それは、最大判昭和48年4月25日※10の「当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない」という規範に結実する※11
     より具体的には、(1)目的の正当性、(2)手段の相当性、(3)法益の衡量、(4)必要性・緊急性の総合的衡量である。正当化される範囲は、法益の重大性によって変動する。この正当化の判断構造は、法定の正当化事由である正当行為(刑法35条)、正当防衛(刑法36条)、緊急避難(刑法37条)とも基本的には共通する。そして、刑法のみならず、刑事訴訟法の違法性判断、公法、民事法においても、基本的に妥当するといってよい。一般に比例原則と呼ばれるものに相応するといってよい。

  6. 6.強要罪に関する判例は、①13歳の少女を叱る手段として、水の入ったバケツを持たせて数時間立たせる行為※12、②名誉毀損罪や侮辱罪に該当しないのに、謝罪文を書かせる行為※13、③労働組合の役員らが、組合員を繰り返し脅迫して同労組からの脱退と会社からの退職を迫る行為※14、④告訴を思いとどまらせる行為※15等についても、強要罪の成立を認めてきた。
     強要罪の要件を構成する「義務」は法的なものに限らない※16。例えば、「法律上の謝罪義務はないが謝るのが相当な場合」に謝らせた行為を、「法的義務がない行為をさせた」として、すべて強要罪に当たるとするのは妥当ではないが、「社会生活上相当でないこと」を強制する場合は処罰すべきである※17。また、逆に法的義務があっても脅迫を手段として強制すれば強要となり得る。強要罪の構成要件該当性は、具体的事情を考慮して実質的に判断されねばならない。それ故、強要罪は、開かれた構成要件の典型例であるとされるのである。

  7. 7.最高裁は、第1審判決・原判決の認定並びに記録を踏まえ、以下の事実を認定している。
     Zは、遅くとも平成24年1月頃から、A社の日雇運転手として業務に従事し、同社も、平成25年以降平成28年まで、毎年、保育所の継続利用等のため保育の必要性を証する書類として、同社が作成等した就労証明書をK市に提出していた。
     ZがD支部に加入した数か月後の平成29年10月16日、XYを含む同支部組合員は、事務所を訪問し、Zの処遇等について団体交渉の開催を申し入れるなどしたが、同年11月14日、Bは、Xに対し、A社が近く自主廃業する予定である旨伝えた。
     Zは、11月初め、翌年度の保育所の継続利用のため、Bの長男で同社の取締役であるIに対し、「就労証明書」用紙を交付して、同月29日が提出期限とされる就労証明書の作成等を求めたが、同月21日頃、Bは、平成29年一杯で廃業するから就労証明書は出せないとして、本件用紙をZに返還した。
     同月22日、Zから就労証明書の件について相談を受けていたYは、K市役所を訪れ、同市健康福祉部担当課職員から、現状において就労しているのであれば就労証明書が必要である旨説明を受け、同日午後、Hと共に事務所を訪れ、Iらに対し、就労証明書の作成等を求めた。
     同日夕方、Bは、同課に電話をかけ、就労証明書につき、雇用関係はない、廃業予定であるなどと相談したが、同課職員から、廃業予定であっても現在就労しているのであれば就労を証明してほしい、なお、雇用関係がなくても、月64時間以上就労している場合は他の書類を提出してもらえれば、保育所の継続利用は可能である旨の回答を得ている。
     同月27日、XYはD支部組合員等とともに事務所を訪れ、Bに対し、就労証明書の作成等を求めたが、Bは、就労証明書がなくてもZの子が保育所の利用を継続することは可能である旨K市役所の職員が述べていたなどと応じた。そこで、Yは、その場で担当課に電話をかけ、同課職員が、年内で廃業する可能性のある会社であっても、現状においてその会社で働いている場合は、就労証明書が必要である旨言っていると述べ、Bにも確認するよう求め、Bも、同課に電話をかけ、同課職員から、廃業するとしても、現在就労しているのであれば就労を証明するよう言われた。その電話の最中である同日午後3時30分頃、Bは、高血圧緊急症を発症して体調不良となり、救急車を呼ぶように依頼した上で電話を切り、ぐったりとして、ほとんど声を発さなくなった。しかし、XYは、救急車が到着した後も含め、約10分間にわたり、Bらに対し、「今までしゃべっとったやろ、もう。あかん、あかん、書いてや。奥さんほんまに。」「急にそんなん、なるわけない。」などと言い、Iが事務所の外に出るよう求めても退出しなかったという事実が認められる。
     これらを踏まえれば、最高裁の「A社は、日雇運転手として雇用していたZに対し、労働契約に付随する義務として、その子の保育所の継続利用のため、・・・・・・K市に提出する就労証明書を作成等すべき信義則上の義務を負っていたと認められる」としたのは、説得性が高い。

  8. 8.しかし、就労証明書を作成等すべき信義則上の義務が認定されても、それだけで、強要罪が否定されるわけではない。義務の履行を求めるために、相当な行為でなければならず、証明書作成要求の具体的態様、多数の勢力を示す場合もあった多数回の来訪・押しかけ行為、多数人による監視する行為が、それぞれの段階において、必要性、緊急性をも勘案して、「脅迫が社会通念上受忍すべき限度を超える」か否かが総合して判断されなければならない。
     原審は、義務の存在を重視しすぎ、「正当な目的であれば、被害者が若干恐怖心を生じても、許される」という判断に傾きすぎているように思われる。やはり、「このような義務履行の要求には、何処までの行為が許されるか」の視点からの検討が弱かったように思われる。「就労証明書を作成等すべき義務の有無について事実の誤認を指摘しただけで、強要罪の成立を基礎付けるその余の事実関係について、その認定の不合理性を検討しな」かった点が、最高裁が、原判決を不合理なものとした実質的理由である。

  9. 9.そもそも、権利行使に関する判例の考え方からすると、「作成義務が認められる以上、履行させる手段としての行為は、原則として受忍すべき限度内となる」とする原審の判断は、妥当ではない。それは、目的の正当性の因子に重きを置きすぎるからで、判例の主流は、行為の悪辣性も重視する。構成要件該当性・違法性判断の究極は、国民の納得する「総合的衡量」結果を示すことであり、原判決の判示は、それに十分答えていないのである。
     別の言い方をすれば、権利の有無と行為態様の評価は切り離せないという点を軽視している。債権残額の倍の金額を脅迫手段を用いて交付させた事案につき、判例は、全額について恐喝罪の成立を認める 。権利行使行為が正当化されるか否かの判断は、結果のみならず行為そのものも正当化されるか否かを、総合して検討する。手段を切り離して、脅迫罪の成立を認めるべきではない。
     本件原判決は、平成29年12月4日のX及びHの各発言は、就労証明書の作成等を強制する行為とは認められないものの、その態様等に照らし、脅迫罪の成立を認める余地があり、特にHの発言は、Bに対し、Bやその親族の身体、自由、財産等に対し危害を加えかねない気勢を示したものと認められ、脅迫罪が成立するとしているが、一連の行為の中での具体的行為の強要未遂性を検討すべきであり、たとえ、手段の一部を取り出すにせよ、明確に強要の故意ではなく脅迫の故意を認定すべき場合以外、強要未遂罪に問擬すべきであろう。

(掲載日 2024年2月9日)



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