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文献番号 2023WLJCC023
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
本稿は、性別の取扱いの変更の審判を受けるにあたっての生殖腺除去手術の実質的強制に関する2023年10月25日の最高裁大法廷決定に関して紹介、検討するものである。
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項は、性同一性障害(同法2条では、「この法律において『性同一性障害者』とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう」と定めている)であることを前提に、その各号で、同法で定める性別の取扱いの変更の審判を受ける要件を定めている。すなわち、「十八歳以上であること」(1号)、「現に婚姻をしていないこと」(2号)、「現に未成年の子がいないこと」(3号)、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること」(4号、以下、本件規定)「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」(5号)である。
本件事案は、本件抗告人が同法3号1項に基づいて性別の取扱いの変更の審判を申し立てたものであるが、原審は、本件抗告人が同法3条1項1号、2号、3号には該当するけれども、本件規定に該当せず、かつ、本件規定は違憲のものではないとして、本件抗告人の申立てを却下とした。なお、原審は、5号規定該当性および5号規定の違憲性に関する本件抗告人の主張に関して判断しなかった。
さて、本件規定は、前述のように同法で定める性別の取扱いの変更の審判を受ける要件の1つとして、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること」を定めおり、そのため、当該審判を受けるには、一般的には生殖腺の除去手術を受けなければならない。つまり、同法は、性別の取扱いの変更の審判を受けるにあたって、生殖腺除去手術を実質的強制しているのである。
性別の取扱いの変更の審判を受けるにあたって生殖腺除去手術を実質的強制していることに関しては、2019年1月23日に最高裁第二小法廷決定※2(以下、平成31年決定)が出されている。同決定は、「本件規定は、現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」とし、また、同決定の鬼丸かおる裁判官と三浦守裁判官の補足意見は、「本件規定は、現時点では、憲法13条に違反するとまではいえないものの、その疑いが生じていることは否定できない」とし、社会の状況の変化次第で将来的に違憲となる可能性を示唆していた(傍点筆者)。実際、2019年と比べて、現在のジェンターアイデンティティ等に関する社会の理解は、大きく変化したものと考えられる。そして、2023年10月11日の静岡家裁浜松支部では、本件規定を違憲とする判断が出されている。
こうした中で、最高裁大法廷がどのような憲法判断を示すのかが注目されたのである。
2.判例要旨
① 多数意見
多数意見は次の通りである。
まず、憲法13条に関して、「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によって保障されている」とした上で、「生殖腺除去手術は・・・・・・生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果をもたらす身体への強度な侵襲であるから、このような生殖腺除去手術を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たる」が、「本件規定は、性同一性障害の治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対しても、性別変更審判を受けるためには、原則として同手術を受けることを要求するもの」であり、「他方で、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは・・・・・・個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益というべきであ」り、「そうすると、本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は・・・・・・身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されない」とした。「そして、本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断される」とした。
その上で、「本件規定の目的についてみると、本件規定は、性別変更審判を受けた者について変更前の性別の生殖機能により子が生まれることがあれば、親子関係等に関わる問題が生じ、社会に混乱を生じさせかねないこと、長きにわたって生物学的な性別に基づき男女の区別がされてきた中で急激な形での変化を避ける必要があること等の配慮に基づくものと解される」が、「特例法の制定当時に考慮されていた本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減しているというべきであ」り、また、「特例法の制定趣旨は、性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにあると解されるところ、その制定当時、生殖腺除去手術を含む性別適合手術は段階的治療における最終段階の治療として位置付けられていたことからすれば、性別変更審判を求める者について生殖腺除去手術を受けたことを前提とする要件を課すことは、性同一性障害についての必要な治療を受けた者を対象とする点で医学的にも合理的関連性を有するものであった」けれども、「特例法の制定後、性同一性障害に対する医学的知見が進展し、性同一性障害を有する者の示す症状及びこれに対する治療の在り方の多様性に関する認識が一般化して段階的治療という考え方が採られなくなり、性同一性障害に対する治療として、どのような身体的治療を必要とするかは患者によって異なるものとされたことにより、必要な治療を受けたか否かは性別適合手術を受けたか否かによって決まるものではなくなり、上記要件を課すことは、医学的にみて合理的関連性を欠くに至っている」とした。
そして、「本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は、上記のような医学的知見の進展に伴い、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対し、身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものにな」り、「また、前記の本件規定の目的を達成するために、このような医学的にみて合理的関連性を欠く制約を課すことは、生殖能力の喪失を法令上の性別の取扱いを変更するための要件としない国が増加していることをも考慮すると、制約として過剰になっている」とし、「そうすると、本件規定は、上記のような二者択一を迫るという態様により過剰な制約を課すものであるから、本件規定による制約の程度は重大なものというべきである」とした。
以上のことから、「本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはでき」ず、「本件規定は憲法13条に違反するものというべきである」とした。
したがって、「本件規定は憲法13条に違反し無効であるところ、これと異なる見解の下に本件申立てを却下した原審の判断は、同条の解釈を誤ったものであ」り、「その余の抗告理由について判断するまでもなく、原決定は破棄を免れない」としたが、「原審の判断していない5号規定に関する抗告人の主張について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする」とした。
なお、本最高裁決定には、岡正晶裁判官の補足意見、三浦守裁判官の反対意見、草野耕一裁判官の反対意見、宇賀克也裁判官の反対意見が付されている。
② 岡正晶裁判官の補足意見
岡正晶裁判官の補足意見は次の通りである。
まず、「本件規定による制約が、現時点においては過剰なものとなっており、本件規定は憲法13条に違反し無効であるとの多数意見に賛同する」とした上で、「本決定により本件規定が違憲無効となることを受け、立法府において本件規定を削除することになるものと思料されるが、その上で、本件規定の目的を達成するためにより制限的でない新たな要件を設けることや、本件規定が削除されることにより生じ得る影響を勘案し、性別の取扱いの変更を求める性同一性障害者に対する社会一般の受止め方との調整を図りつつ、特例法のその他の要件も含めた法改正を行うことは、その内容が憲法に適合するものである限り、当然に可能であ」り、「法改正に当たって、本件規定の削除にとどめるか、上記のように本件規定に代わる要件を設けるなどすることは、立法府に与えられた立法政策上の裁量権に全面的に委ねられているところ、立法府においてはかかる裁量権を合理的に行使することが期待される」とした。
③ 三浦守裁判官の反対意見
三浦守裁判官の反対意見は次の通りである。
すなわち、「本件規定が現時点において憲法13条に違反して無効であることについて、多数意見に賛同するが、さらに、」その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていることを性別変更審判の要件とする同法3条1項「5号規定も、同条に違反して無効であるから、原決定を破棄し、原々審判を取り消して、抗告人の性別の取扱いを男から女に変更する旨の決定をすべきものと考える」とした。
そして、5号規定に「該当するためには、原則として、外性器の除去術及び形成術又は上記外観を備えるに至るホルモン療法(以下、これらの治療を「外性器除去術等」という。)を受ける必要がある」が、「外性器の除去術及び形成術は、生物学的な男性の場合は陰茎切除術及び外陰部形成術、生物学的な女性の場合は尿道延長術及び陰茎形成術であるが、これらの外科的治療は、生命又は身体に対する危険を伴い不可逆的な結果等をもたらす身体への強度の侵襲であ」り、「ホルモン療法は・・・・・・上記外科的治療より強度は低いものの、身体への侵襲であ」り、「そして、ホルモン療法は、生涯又は長期にわたって継続するものであり、精巣の萎縮や造精機能の喪失など不可逆的な変化があり得るだけでなく、血栓症等の致死的な副作用のほか、狭心症、肝機能障害、胆石、肝腫瘍、下垂体腫瘍等の副作用を伴う可能性が指摘され、さらに、原則として、糖尿病、高血圧、血液凝固異常、内分泌疾患、悪性腫瘍など、副作用のリスクを増大させる疾患等を伴わない場合に行うべきものとされること等からすると、生命又は身体に対する相当な危険又は負担を伴う身体への侵襲」であることから、「このような外性器除去術等を受けることが強制される場合には、身体への侵襲を受けない自由に対する重大な制約に当たる」とした。
その上で、「5号規定は、治療としては外性器除去術等を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、外性器除去術等を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は・・・・・・身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許され」ず、「5号規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、5号規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断される」とした。
そして、「5号規定の目的についてみると、5号規定は、他の性別に係る外性器に近似するものがあるなどの外観がなければ、例えば公衆浴場で問題を生ずるなど、社会生活上混乱を生ずる可能性があることなどが考慮されたものと解される」が、「外性器に係る部分の外観は、通常、他人がこれを認識する機会が少なく、公衆浴場等の限られた場面の問題であ」り、その「実際の利用においては、通常、各利用者について証明文書等により法的性別が確認されることはなく、利用者が互いに他の利用者の外性器に係る部分を含む身体的な外観を認識できることを前提にして、性別に係る身体的な外観の特徴に基づいて男女の区分がされている」。そして、「性同一性障害を有する者は社会全体からみれば少数である上、性別変更審判を求める者の中には、自己の生物学的な性別による身体的な特徴に対する不快感等を解消するために治療として外性器除去術等を受け、他の性別に係る外性器に係る部分に近似する外観を備えている者も相当数存在」し、「また、上記のような身体的な外観に基づく規範の性質等に照らし、5号規定がなかったとしても、この規範が当然に変更されるものではなく、これに代わる規範が直ちに形成されるとも考え難」く、「さらに、性同一性障害者は、治療を踏まえた医師の具体的な診断に基づき、身体的及び社会的に他の性別に適合しようとする意思を有すると認められる者であり(特例法2条)、そのような者が、他の性別の人間として受け入れられたいと望みながら、あえて他の利用者を困惑させ混乱を生じさせると想定すること自体、現実的ではない」。したがって、「これらのことからすると、5号規定がなかったとしても、性同一性障害者の公衆浴場等の利用に関して社会生活上の混乱が生ずることは、極めてまれなことである」とした。
もちろん、「5号規定がない場合には、性別変更審判により、身体的な外観に基づく規範と法的性別との間にずれが生じ得ることについて、利用者が不安を感じる可能性があることは否定できない」が、「しかし・・・・・・上記規範の性質等に照らし、性別変更審判を受けた者を含め、上記規範が社会的になお維持されると考えられることからすると、これを前提とする事業者の措置がより明確になるよう、必要に応じ、例えば、浴室の区分や利用に関し、厚生労働大臣の技術的な助言を踏まえた条例の基準や事業者の措置を適切に定めるなど、相当な方策を採ることができ」、また、「公衆浴場等の利用という限られた場面の問題として、法律に別段の定めを設けることも考えられ」、「上記混乱の可能性が極めて低いことを考え併せれば、現在と同様に利用者が安心して利用できる状況を維持することは十分に可能と考えられる」とし、現在の社会状況を踏まえた上で、「5号規定による制約の必要性は、現時点において、相当に低いものとなっている」とした。
こうしたこと等から、「5号規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が相当に低いものとなり、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない」として、「5号規定は憲法13条に違反するものというべきである」とした。
また、「特例法の制定趣旨は、性同一性障害に対する必要な治療を受けていたとしてもなお法的性別が生物学的な性別のままであることにより社会生活上の問題を抱えている者について、性別変更審判をすることにより治療の効果を高め、社会的な不利益を解消することにあ」り、「そして、特例法3条1項は、性別変更審判を請求できる者の要件として、性同一性障害者であって同項各号のいずれにも該当するものと定めているが、このうち、2条に規定する性同一性障害者の定義に係る要件が全体の基本となる要件であるのに対し、3条1項各号に係る要件は、形式的にも内容的にも、それぞれ独立した個別的な要件である」こと等から、「本件規定及び5号規定に係る要件は、特例法の趣旨及び基本的内容と不可分の関係にあるということはできず、両規定に係る身体的な状態にない者であっても、治療を踏まえた医師の具体的な診断により、特例法2条に係る心理的及び意思的な状態が認められる場合に、これを上記特例の対象とすることが特例法の趣旨に合致することは明らかであ」り、「性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることが、個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益であることからすると、むしろ、両規定の違憲を理由として特例法全体を無効にすることは、立法の目的に反するというほかない」ため、「本件規定及び5号規定が違憲と判断される場合、両規定だけが無効となり、残余の規定に基づいて審判を行うべき」であり、「それは、特例法の趣旨及び基本的内容を何ら変更するものではなく、立法権の侵害というべきものでない」とした。
そして、以上のことから、「本件規定及び5号規定は違憲無効であり、5号規定の要件該当性について判断するまでもなく、特例法の残余の要件に照らし、抗告人の申立てには理由があるから、原決定を破棄し、原々審判を取り消して、抗告人の性別の取扱いを男から女に変更する旨の決定をすべきである」とした。
なお、三浦裁判官は、さらに次の付言を加えている。
すなわち、「特例法の一部を改正する平成20年法律第70号は、附則3項において、性同一性障害者の性別変更審判の制度については、この法律による改正後の特例法の施行の状況を踏まえ、性同一性障害者及びその関係者の状況その他の事情を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとする旨を定めていた。そして、世界保健機関等による共同声明をはじめ、本件規定等の問題に関わる国の内外の見解や、諸外国の裁判例及び立法例が見られる中で、平成31年決定は、本件規定の憲法適合性については不断の検討を要する旨を指摘した。しかし、その後を含め、上記改正以来15年以上にわたり、本件規定等に関し必要な検討が行われた上でこれらが改められることはなかった」ことを指摘し、2023年5月20日のG7広島サミットの首脳コミュニケや2022年6月28日のG7エルマウサミットの首脳コミュニケ等を参照としてあげ、「指定された性と性自認が一致しない者の苦痛や不利益は、その尊厳と生存に関わる広範な問題を含んでいる。民主主義的なプロセスにおいて、このような少数者の権利利益が軽んじられてはならない」とした。
④ 草野耕一裁判官の反対意見
草野耕一裁判官の反対意見は次の通りである。
まず、「本件規定を違憲無効であるとすることについては異存ないものの、本件事案に鑑みれば、5号規定についても違憲無効であるとした上で、抗告人に対して性別の取扱いの変更を認める旨の決定をすることが相当であると考える」とし、特に5号規定の要件に関して検討している。すなわち、5号規定について、「『意思に反して異性の性器を見せられない利益』は尊重に値する利益であり、これを保護せんとする5号規定の制約目的には正当性が認められる」とした上で、その目的達成のための手段に関して検討している。
そして、「5号規定が合憲とされる社会は、『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が5号要件非該当者によって損なわれることがおよそ起こり得ないという点において、たしかに静謐な社会であるといえるが、その静謐さは5号要件非該当者の自由ないし利益の恒常的な抑圧によって
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われたものにほかならない」とした。次に「5号規定が違憲とされる社会について考える」とし、「我が国の全人口に占める性同一性障害者の割合は非常に低く、その中でも・・・・・・5号要件非該当者に当たる者はさらに少ない上に、『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が尊重されてきた我が国社会の伝統的秩序を知りながらあえて許容区域に入場し、そこで自らの性器を他の利用者に見えるように行動しようとする者はもっと少なく、存在するとしても、ごく少数にすぎないであろう」ことから、「5号要件非該当者によって」性器を露出したままで行動することが許容されている区域(許容区域)「利用者の『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が損なわれる事態が発生する可能性はそもそも極めて低い」ことを指摘する。さらに、「全ての許容区域は、これを公衆の用に供することを業として行う者の管理下にあ」り、「あらゆる許容区域の管理者は、5号要件非該当者の利用に関する当該許容区域の利用規則を定めるに当たっては、利用者が有している『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が損なわれることのないよう細心の注意を払うとともに、定められた利用規則の内容を当該許容区域の利用者に周知徹底させるよう努めることが期待でき」、「この結果、許容区域の利用者の『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が損なわれる可能性はさらに低くなるであろう」ことを指摘する。そのため、「5号規定が違憲とされる社会であっても、『意思に反して異性の性器を見せられない利益』が損なわれる可能性は極めて低く、一方、この社会においては5号要件非該当者に性別適合手術を受けることなく性別の取扱いの変更を受ける利益が与えられるのであるから、同人らの自由ないし利益に対する抑圧は・・・・・・大幅に減少する」ことになり、「5号規定が違憲とされる社会は、憲法が体現している諸理念に照らして、5号規定が合憲とされる社会に比べてより善い社会であるといえる」とした。
したがって、「5号規定の制約手段は5号規定の制約目的に照らして相当なものであるとはいえず、5号規定は本件規定と同様に違憲であると解するのが相当である」とし、「抗告人が本件規定と5号規定を除く特例法上の要件を充たしていることは一件記録上明らかであるから、原決定を破棄した上で本件申立てを認める旨の決定を下すことが相当である」とした。
⑤宇賀克也裁判官の反対意見
宇賀克也裁判官の反対意見は次の通りである。
すなわち、「本件規定は、生殖に関する自己決定権であるリプロダクティブ・ライツの侵害という面においても重大な問題を抱える」ことを指摘し、「リプロダクティブ・ライツも、憲法13条により保障される基本的人権と解してよいと思われるところ、自認する性別と法的性別を一致させるために、自己の生殖能力を喪失させる生殖腺除去手術を不本意ながら甘受しなければならないことは、過酷な二者択一を迫るものであり、リプロダクティブ・ライツに対する過剰な制約である」とした。
さらに、「身体への侵襲を受けない自由のみならず、本件のように、性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることは、幸福追求にとって不可欠であり、憲法13条で保障される基本的人権といえると思われる。身体への侵襲を受けない自由との関連で問題になるのは本件規定及び5号規定に限られるが、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利が憲法13条により保障された基本的人権であるとすれば、特例法3条1項の他の規定に関しても、基本的人権への制約が許されるかが問われることになる」とした上で、「性自認は多様であるので、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益といっても、その外延が明確性を欠くという議論はあり得るが、特例法2条が定義する性同一性障害者がその性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける利益に限れば、その外延は必ずしも不明確とはいえない」とした。
そして、本件規定や5号規定に関して、「抗がん剤の投与等によって生殖腺の機能が永続的に失われているような特別の事情がある場合には生殖腺除去手術なしに生殖能力が失われることによって本件規定の要件を充足する場合があり得る。5号規定についてもホルモン療法等によって手術をすることなくその要件を満たすことはあり得る」が、「男性から女性への性別変更審判を求める者の場合には通常は手術が必要になるところ、その手術も、身体への侵襲の程度が大きく、生命・身体への危険を伴い得るものである。また、5号規定の要件を充足するための手術は不要な場合であっても、当該要件を満たすために行われるホルモン療法も、重篤な副作用が発生する危険を伴うものである。したがって、5号規定も、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける権利と身体への侵襲を受けない自由との過酷な二者択一を迫るものであることは、本件規定の場合と異ならない」とした。そして、「5号規定を廃止した場合に社会に生じ得る問題は、もとより慎重に考慮すべきであるが、三浦裁判官、草野裁判官の各反対意見に示されているとおり、上記のような過酷な選択を正当化するほどのものとまではいえないように思われる」として、「5号規定も、本件規定と同様に違憲であるとする点で、三浦裁判官、草野裁判官の各反対意見に同調する」とし、「抗告人が本件規定及び5号規定以外の特例法の要件を充たしていることは明らかであるから、原決定を破棄し、本件申立てを認める旨の自判をすべきものと考える」とした。
3.検討
多数意見は、憲法13条が身体への侵襲を受けない自由を保障しているとした上で、本件規定制定当時は、本件規定の必要性や合理性が認められたが、社会の変化や医学的知見の進展により、現時点では、本件規定は、その必要性および合理性を欠く制約になったため、13条に違反するとして、原決定を破棄した。ただし、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項5号の規定(その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること)について審理が尽くされていないとして、本件事案を原審に差し戻している。さらに、岡裁判官の補足意見では、「法改正に当たって、本件規定の削除にとどめるか、上記のように本件規定に代わる要件を設けるなどすることは、立法府に与えられた立法政策上の裁量権に全面的に委ねられている」としている。
それらに対して、三浦裁判官、草野裁判官、宇賀裁判官の反対意見では、5号規定の要件も現時点では憲法13条に違反するとし、破棄自判(性別の取扱いの変更を認める)としている。
なお、三浦裁判官は、社会の変化について、パートナーシップ制度やファミリーシップ制度にも言及しており、草野裁判官は、いわゆる目的手段審査を明確に用いることで論理を明確化しており、宇賀裁判官は、身体への侵襲を受けない自由だけでなく、リプロダクツ・ライツや性自認の権利に言及し、それらも憲法13条で保障されるとしている点が特徴といえる。さらに、三浦裁判官は、同法附則で必要に応じて検討が加えられる旨が定められており、また、平成31年決定で本件規定の憲法適合性について不断の検討が求められていたにもかかわらず、必要な検討が行われてこなかった点を指摘し、民主的プロセスで少数者の権利利益が軽んじられてはならないことを付言している。
さて、本件規定が憲法13条違反であることに関しては、15人すべての裁判官が一致している。
しかしながら、わざわざ補足意見で「本件規定の目的を達成するためにより制限的でない新たな要件を設けることや、本件規定が削除されることにより生じ得る影響を勘案し、性別の取扱いの変更を求める性同一性障害者に対する社会一般の受止め方との調整を図りつつ、特例法のその他の要件も含めた法改正を行うことは、その内容が憲法に適合するものである限り、当然に可能であ」り、「法改正に当たって、本件規定の削除にとどめるか、上記のように本件規定に代わる要件を設けるなどすることは、立法府に与えられた立法政策上の裁量権に全面的に委ねられている」旨を言及する岡裁判官に対して、反対意見で、あえて付言をして、「特例法の一部を改正する平成20年法律第70号は、附則3項において、性同一性障害者の性別変更審判の制度については、この法律による改正後の特例法の施行の状況を踏まえ、性同一性障害者及びその関係者の状況その他の事情を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとする旨を定めて」おり、「世界保健機関等による共同声明をはじめ、本件規定等の問題に関わる国の内外の見解や、諸外国の裁判例及び立法例が見られる中で、平成31年決定は、本件規定の憲法適合性については不断の検討を要する旨を指摘した」にもかかわらず、「その後を含め、上記改正以来15年以上にわたり、本件規定等に関し必要な検討が行われた上でこれらが改められることはなかった」と苦言を呈し、「指定された性と性自認が一致しない者の苦痛や不利益は、その尊厳と生存に関わる広範な問題を含んでいる」として、「民主主義的なプロセスにおいて、このような少数者の権利利益が軽んじられてはならない」とする三浦裁判官との間では、立法府への配慮の点で、かなりの温度差が感じられる。
また、もちろん、本件抗告人の5号該当性が認められるかもしれないため、差戻審で5号規定の憲法判断をするまでもなく、本件事案の結論を導き出す余地もあるのかもしれないが、しかし、権利救済の点からいえば、破棄差戻になるとさらに訴訟に時間等を費やすことになるため、反対意見のように自判すべきであったと思われる。そして、本件規定の違憲性を身体への侵襲性の問題として構成するのであれば、同様に身体への侵襲性が問題となる5号規定に言及しないことは、法的整合性の点からも不自然であるように思われる。
このように考えた場合、多数意見は、司法としての必要最小限の責任は果たしたものの、まさに最小限の責任しか果たしておらず、その役割を十分に果たしたといえるのか、甚だ疑問である。
ただし、たとえ十分ではなかったにしても、少なくとも本件規定を違憲としたことそのものは評価すべきことであり、本最高裁決定は、同法の要件を見直す(遅すぎる)始まりであると考えられる。
筆者は、三浦裁判官、草野裁判官、宇賀裁判官の反対意見のように、本件規定だけでなく5号規定も憲法13条違反とした上で、最高裁で破棄自判すべきであったと考えている。さらに、(今回の裁判では争われていないが)その他の要件についても、検討し直すべき時期に来ているものと考えている。「3.検討」の最後に、同法3条1項各号で定められている要件に関する筆者の考えの要点を述べておきたい。
まず、1号規定では「十八歳以上であること」を定めているが、性自認が問題となる年齢はもっと早い年齢であると考えられるし、未成年には判断能力がないといえないかもしれない。そうであるとすれば、18歳以上という制限は合理性に欠けるものといえるだろう。したがって、1号を直ちに憲法違反であるとまでは考えないにしても、検討し直す理由は十分にあるものと思われる。
次に、3号規定では「現に未成年の子がいないこと」を定めているが、性的指向やジェンダーアイデンティティ、そして、性別の変更への理解が社会で深まれば、自らの親が性別を変更したとしても、未成年者にとって大きな問題ではなくなるかもしれない(少なくとも、親の離婚や再婚と同じ程度の問題になるかもしれない)。そうであるとすれば、未成年者がいるからといって性別の取扱いの変更を認めないとする3号規定の要件は、性自認に関する権利を必要以上に制限するものとして、憲法違反の疑いを生じ得るものと思われる。
そして、2号規定では「現に婚姻をしていないこと」を定めているが、三浦裁判官が指摘するように、地方公共団体では、パートナーシップ制やファミリーシップ制の導入が進められており、司法においても、民法等で同性婚を認める規定を設けていない現状の改革を促す判決が出されている※3ことを踏まえれば、(現に婚姻をしている場合に性別の取扱いの変更を認めることで、同性婚を認めることにするのか、婚姻を解消した上でパートナーシップ制やファミリーシップ制による家族形成を認めるのか、あるいは、それ以外の方法によるのかに関しては検討すべきところかもしれないが)2号規定に関しても、性自認に関する権利を必要以上に制限するものとして、憲法違反の疑いを生じ得るものと思われる。
また、そもそも、本件規定が憲法違反であるとされた以上、たとえ僅かな可能性であったとしても、戸籍上の性別では同性の間で子どもが生まれ得ることからすれば、同性婚か、少なくともパートナーシップ制やファミリーシップ制の導入による家族形成を認めなければならないはずである。そのことも踏まえれば、2号規定も、すでに必要性や合理性を失っているものといえるのではないだろうか。
その意味では、本最高裁決定は、同法3条1項の各号で定める要件の見直しだけでなく、同性婚(少なくとも、それに代替し得る家族制度)に関する法整備を先導するものと評価できるだろう※4。
4.おわりに
現代社会では家族のあり方の多様化が進んでおり、今後のグローバル化のさらなる進展によって、こうした傾向は、さらに加速するものと思われる。
また、国の施策としても、多数意見が言及するように、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律が制定されており、同法は、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性を受け入れる精神を
涵
養し、もって性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的」(同法1条)としている。また、三浦裁判官が指摘するように、地方公共団体では、パートナーシップ制やファミリーシップ制の導入が進められている。
こうした社会状況を踏まえるなら、本件規定だけでなく、それ以外の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項各号の規定も憲法違反の疑いを生じていると考えられるだろうし、国・地方公共団体の施策や本最高裁決定をはじめとする近時の司法判断との整合性からすれば、少なくとも、これらの規定は、その妥当性を失っているといえるのではないだろうか。
したがって、同法3条1項4号規定だけでなく、他の各号の規定の要件も見直すべき時期に来ているものと思われる。
三浦裁判官が指摘するように、「指定された性と性自認が一致しない者の苦痛や不利益は、その尊厳と生存に関わる広範な問題を含んで」おり、「民主主義的なプロセスにおいて、このような少数者の権利利益が軽んじられてはならない」のであり、そのことを十分に踏まえた法改正を期待したい。
(掲載日 2023年10月31日)