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文献番号 2023WLJCC019
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之
Ⅰ 序
本稿が扱うのは、ネットワークを介してサーバと端末を結び付けることによって構成される「システム」発明にかかる特許侵害事件であり、米国のサーバから送信し、日本の端末装置で受信する動画提供サービスについて、日本国内で特許システムが「生産」されていると評価して日本の特許権侵害を肯定した知財高大判令和5.5.26令和4(ネ)10046(WestlawJapan文献番号2023WLJPCA05269001)[コメント配信システム]※1である。インターネットを利用する被疑侵害行為に対して、特許権の属地主義がどこまで緩和しうるのかということを扱った大合議判決として、実務的に重要な意義を有する裁判例である。ただし、総合衡量と評しうる判断基準が示されたに止まり、事案としても属地主義を緩和するとすれば最も容易といえる事例を扱ったに止まるために、今後に残された課題も多い。
Ⅱ 事実
本件で原告(株式会社ドワンゴ)が有する特許権は、発明の名称を「コメント配信システム」とするものであり、そのうち請求項1にかかる特許発明1は、サーバと、これとネットワークを介して接続された端末装置から構成される動画・コメント配信システムであり、その技術的特徴は、サーバから配信される動画を視聴中のユーザから送信されたコメントを受信し、この動画とコメントを端末装置に送信し、端末装置において動画上にコメントが流れるように表示する際に、複数のコメントが連続しても、それらが重ならないように表示するところにある※2,※3。
※4
これに対して、被告(FC2,INC.)※5は、インターネット上のコメント付き動画配信サービスである「FC2動画」(=「被告サービス1」)等※6を運営している。被告サービス1にかかるファイルは、米国に存在する被告サーバから日本国内のユーザ端末へと送信されている。原告は、そのようにして被告ファイルを送信する行為が、特許権を侵害する被告システムの「生産」に該当する旨を主張し、被告ファイルの日本国内に存在するユーザ端末への配信の差止めや損害賠償等を求めて本訴に及んだ。
原審の東京地判令和4.3.24令和元(ワ)25152(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA03249005)[コメント配信システム]※7は、後述するBBS事件最判とカード式リーダ事件最判を引用し、「『生産』に当たるためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると解すべきである。」と判示し、被告各システムの構成要素である被告各サーバが米国内に存在し、日本国内に存在するユーザ端末のみでは本件特許発明の全ての構成要件を充足しないことを理由に被告各システムが日本国内で「生産」されたとはいえないと判断し、侵害を否定した。
原告が控訴。知財高裁は事件を大合議に回付した。
Ⅲ 判決
控訴を一部認容し、原判決を一部変更して差止めと損害賠償請求を一部認容。
1 生産該当性
特許法にいう「生産」を、「発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為」をいうと定義したうえで、「ネットワーク型システム」(=「インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム」)の発明においては、「単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為」がこれに該当する旨を説示。
具体的な当てはめとしては、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができるので、この時点で生産がなされていると帰結した。
「本件発明1は、サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置を備えるコメント配信システムの発明であり、発明の種類は、物の発明であるところ、その実施行為としての物の『生産』(特許法2条3項1号)とは、発明の技術的範囲に属する物を新たに作り出す行為をいうものと解される。
そして、本件発明1のように、インターネット等のネットワークを介して、サーバと端末が接続され、全体としてまとまった機能を発揮するシステム(以下『ネットワーク型システム』という。)の発明における『生産』とは、単独では当該発明の全ての構成要件を充足しない複数の要素が、ネットワークを介して接続することによって互いに有機的な関係を持ち、全体として当該発明の全ての構成要件を充足する機能を有するようになることによって、当該システムを新たに作り出す行為をいうものと解される。」
「被告サービス1のFLASH版においては、訂正して引用した原判決の第4の5(1)ウ(ア)のとおり、ユーザが、国内のユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定する(〔2〕)と、それに伴い、被控訴人FC2のウェブサーバが上記ウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルをユーザ端末に送信し(〔3〕)、ユーザ端末が受信した、これらのファイルはブラウザのキャッシュに保存され、ユーザ端末のFLASHが、ブラウザのキャッシュにあるSWFファイルを読み込み(〔4〕)、その後、ユーザが、ユーザ端末において、ブラウザ上に表示されたウェブページにおける当該動画の再生ボタンを押す(〔5〕)と、上記SWFファイルに格納された命令に従って、FLASHが、ブラウザに対し動画ファイル及びコメントファイルを取得するよう指示し、ブラウザが、その指示に従って、被控訴人FC2の動画配信用サーバに対し動画ファイルのリクエストを行うとともに、被控訴人FC2のコメント配信用サーバに対しコメントファイルのリクエストを行い(〔6〕)、上記リクエストに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し(〔7〕)、ユーザ端末が、上記動画ファイル及びコメントファイルを受信する(〔8〕)ことにより、ユーザ端末が、受信した上記動画ファイル及びコメントファイルに基づいて、ブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となる。このように、ユーザ端末が上記動画ファイル及びコメントファイルを受信した時点(〔8〕)において、被控訴人FC2の動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバとユーザ端末はインターネットを利用したネットワークを介して接続されており、ユーザ端末のブラウザにおいて動画上にコメントをオーバーレイ表示させることが可能となるから、ユーザ端末が上記各ファイルを受信した時点で、本件発明1の全ての構成要件を充足する機能を備えた被告システム1が新たに作り出されたものということができる(以下、被告システム1を新たに作り出す上記行為を『本件生産1の1』という。)。」
2 準拠法
準拠法について、差止め・除却請求にかかる準拠法につき、「本件特許権が登録された国である我が国の法律が準拠法となる。」、損害賠償請求については、原判決を一部に引用しつつ「原告の損害賠償請求は、被告らが、被告サービスにおいて日本国内の端末に向けてファイルを配信したこと等によって、我が国の特許権である本件特許権を侵害したことを理由とするものであり、その主張が認められる場合には、権利侵害という結果は我が国で発生したということができるから、上記損害賠償請求については、我が国の法律が準拠法となる。」(原判決の引用文を含む)と判示する。
3 属地主義と本件における生産の関係
そのうえで、「本件生産1の1が特許法2条3項1号の『生産』に該当するか否かについて」という標題の下、BBS事件最判とカード式リーダ事件最判を引用しつつ、属地主義の原則を厳格に解釈する場合には、ネットワーク型システムの発明についてサーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避しうることになり、特許権の十分な保護を図ることができず妥当ではない反面、システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に一律に日本の特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは特許権の過剰な保護となり、これも妥当ではない旨を説く。
「ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の『実施』に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。
他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の『実施』に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。」
そのうえで、以下のような一般論が導かれると判示した。
「ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の『生産』に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の『生産』に該当すると解するのが相当である。」
事件に対する具体的な当てはめとしては、送受信が一体として行われ、国内のユーザ端末がファイルを受信することによって被告システムが完成することからすれば、送受信は国内で行われたと観念できること、国内のユーザ端末は、本件発明の主要な機能を果たしていること、本件発明の効果は国内で発現しており、特許権者が本件発明にかかるシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響しうることを指摘して、被疑侵害行為は日本の領域内で行われたものと認められ、特許法2条3項1号の「生産」に該当する旨、判示した。
「これを本件生産1の1についてみると、本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。
次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。
さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。
以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の『生産』に該当するものと認められる。」
4 生産主体
被告システムを生産した主体について、被告FC2が管理するサーバがファイルを送信しており、また、ユーザ端末がこれを受信することは、ユーザの別途の操作を解することなく、被告FC2がサーバにアップロードしたプログラムに従って自動的になされ、それにより被告システムが新たに作り出されたことを理由に、生産主体はユーザではなく被告FC2である旨を判示した。
「被告システム1(被告サービス1のHTML5版に係るもの)を『生産』した主体について
被告システム1(被告サービス1のHTML5版に係るもの)は、前記(ア)のとおり、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及びJSファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、ユーザ端末のブラウザのキャッシュに保存された上記JSファイルによる命令に従ったブラウザからのリクエストに応じて、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって、新たに作り出されたものである。そして、被控訴人FC2が、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバを設置及び管理しており、これらのサーバが、HTMLファイル及びJSファイル、動画ファイル並びにコメントファイルをユーザ端末に送信し、ユーザ端末による各ファイルの受信は、ユーザによる別途の操作を介することなく、被控訴人FC2がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、被告システム1を『生産』した主体は、被控訴人FC2であるというべきである。
この点に関し、被告システム1が『生産』されるに当たっては、前記(ア)のとおり、ユーザが、ユーザ端末のブラウザにおいて、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページを指定すること(〔1〕)が必要とされるところ、上記のユーザの行為は、被控訴人FC2が設置及び管理するウェブサーバに格納されたHTMLファイルに基づいて表示されるウェブページにおいて、ユーザが当該ページを閲覧し、動画を視聴するに伴って行われる行為にとどまるものであり、上記のとおり、その後に行われる上記各ファイルの受信は、ユーザによる別途の操作を介することなく、被控訴人FC2がサーバにアップロードしたプログラムの記述に従い、自動的に行われるものであることからすれば、ユーザ自身が被告システム1を『生産』する行為を主体的に行っていると評価することはできない。」
Ⅳ 評釈
1 序
本件では、ネットワークを介して接続されるサーバと端末によって構成されるシステムからなる特許発明※8に関して、その構成要素の少なくとも一部が国外で遂行される場合に日本の特許権侵害に問うことができるのかということが争点とされており、とりわけいわゆる属地主義の原則との関係が取り沙汰されている※9。
2 カード式リーダ事件最判の法理の確認
特許権に関する属地主義について初めて言及した最上級審判決は、本判決も引用する最判平成9.7.1民集51巻6号2299頁(WestlawJapan文献番号1997WLJPCA07010003)[自動車の車輪](BBS事件)※10である。
そこでは、特許法における「属地主義の原則」について、「属地主義の原則とは、特許権についていえば、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである。」との定義が与えられた。もっとも、この事件の事案自体は、同一発明について日本とドイツで特許権を有する原告がドイツで製造販売した当該特許発明の実施品を被告が輸入し日本国内で販売する行為が、原告の日本の特許権を侵害するか否かということが争われた事件である。最高裁は、上記のように属地主義を定義したが、事件への当てはめについては、日本の特許法の下で特許権の行使の可否を判断する際に、国外譲渡という事情を考慮することは国内法の解釈の問題であって、属地主義によって妨げられるものではない旨を判示したに止まる。他方で、事案の解決に必要はなかったために、いかなる場合に属地主義に反するという帰結が導かれるのかということに関しては明らかにされていなかった。
この間隙を埋めたのが、最判平成14.9.26民集56巻7号1551頁(WestlawJapan文献番号2002WLJPCA09260001)[FM信号復調装置](カード式リーダ事件)※11である。
事案は、被告が日本国内において製造した製品をアメリカ合衆国の子会社を通じて同国に輸出する行為に対して、原告が、その有するアメリカ合衆国特許権の侵害を誘導する行為(アメリカ合衆国特許法271条(b))に該当するとして、差止めや廃棄、損害賠償が請求されたというものである。最高裁は、「属地主義の原則」の定義については、前掲最判[自動車の車輪]を踏襲している※12。ただ、この「属地主義の原則」と準拠法選択の関係は、前掲最判[自動車の車輪]では明らかにされていなかったところ、前掲最判[FM信号復調装置]の特徴は、「属地主義の原則」は、むしろ、準拠法選択の法理を限界付ける実質法として機能するとされている点に特徴がある。
その論理をより子細に観察すると、まず、アメリカ合衆国特許権に基づく差止めと廃棄請求に関しては、法律関係の性質を特許権の効力と決定したうえで、条理に基づき、当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国であるアメリカ合衆国の法律が準拠法となるとしつつ※13、同国の特許権に基づき日本における行為の差止め等を認めることは、アメリカ合衆国特許権の効力をその領域外である日本に及ぼすのと実質的に同一の結果を生じることになり、「属地主義」に反するものとして、法例33条にいう公の秩序に反するものと解される※14、と帰結した。また、損害賠償請求については、不法行為と性質決定して、その準拠法は法例11条1項によるとしつつ、本件では同項にいう原因事実発生地は直接侵害行為が行われ権利侵害という結果が生じたアメリカ合衆国であるが※15、「属地主義」の原則をとり、アメリカ合衆国特許法271条(b)のように特許権の効力を自国の領域外における積極的誘導行為に及ぼす規定を持たない日本法の下では、これを違法ということはできず、法例11条2項「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」に当たるから、アメリカ合衆国特許法の該当規定を適用することはできない※16、と帰結した。
このカード式リーダ事件最判により、以下の3点が最高裁のとる立場であることが明らかにされた。第一に、準拠法に関しては、属地主義とは別に論じる必要があると理解され、特許権に基づく差止めと廃棄請求に関しては条理により「登録国法」が、損害賠償請求に関しては当時の法例11条1項により結果発生地の法が準拠法となるとされた。第二に、属地主義はこうして選択される準拠法に対して、当時の法例33条の公序則や11条2項の国内不法行為法の累積適用条項を通じて、その限界を画する法理として機能しうる法理として位置付けられている。したがって、判決文は明言していないものの、属地主義は、準拠法ではなく、実質法の法理であるとの位置付けが与えられたと解するのが素直な理解といえよう※17。第三に、属地主義の結果、日本の特許権に基づいて、外国でなされていると評価される行為を差し止めたり、違法としたりすることはできない、ということである。
なお、法例は、本判決後、全面改正され、「法の適用に関する通則法」に改められたが、本判決が援用した法例33条、11条1項、11条3項は、それぞれ法の適用に関する通則法42条、17条、22条1項に引き継がれているから、上記最判の法理は現行法の下でも妥当するものと解される※18。
3 インターネットの特殊性
前掲最判[FM信号復調装置]では、国外において製品を製造し国内に輸入しようとする行為が問題となっており、あくまでも有体物に関するものであった。他方、本件では、インターネットを利用した送信行為が問題となっており、状況を異にする。
もちろん、被疑侵害行為がインターネットを利用するものであるとしても、物理的に日本の領域外で行われているのであれば、それに対して日本の特許権の効力を及ぼすことは、前掲最判[FM信号復調装置]の説く属地主義に反するという理解もありうるであろう。実際、本件の原判決である前掲東京地判[コメント配信システム]は、「生産」に関して、日本国内で全ての構成要件を満たす行為がなされることを要求していることは前述したとおりである。
しかし、インターネットにおいては、知的財産を構成する技術的思想が有体物に固定されているわけではなく、それを作り出す行為、たとえばサーバへのアップロードは、有体物である製品の製造に比して極めて容易であり、その作出にかかわる者がサーバ所在地にいる必要もないことが通例であるから、送信地がどこであるのかということにさしたる意義を認めることができない場合が多い。その反面、受信地では知的財産を享受する生身の人間が存在し、所在地におけるその行動に影響が生じるのであるから、受信地がどこであるかということの方が重要であることが大半であると思料される。それにもかかわらず、インターネットでの利用に必然的に随伴する送信行為が特許発明の構成要素に含まれているからといって、それを理由に送信地における特許法を適用し、送信地における特許権が存在しない限り、受信地に特許権が存在しても侵害を否定するという解釈に固執することは、多くの事例において、実態に適合しない処理を強いることになりかねない※19。
くわえて、インターネットにおいては分散処理が容易であるために、物理的に一つの場所で全ての処理を完結させる必要はなく、ゆえに一国内で処理を完結することなく、国境を跨いで遂行することも極めて容易であるから、送信地であれ受信地であれ、どこか一国の領域内で特許発明の構成要素の全てが行われなければならないという解釈※20を採用してしまうと、やはり多くの事例で、特許発明の技術的思想は利用されているにもかかわらず、侵害の責任が容易に迂回されてしまうことになりかねない※21。
他方、前掲最判[FM信号復調装置]を前提としたとしても、なにをもって外国における行為であって、属地主義の原則からして日本の特許法等を適用してはならないとするかということは規範的な判断のはずである※22。同最判が取り扱った事案において、換言すれば、有体物の製品の製造等の事案において国外で製造される行為について日本の特許法を適用することが属地主義に反するのだとしても、だからといって、インターネットにおける送信行為に関して、国外に所在するサーバから送信されているという一事をもって、それに日本の特許法等を適用することが属地主義に反すると解することが論理必然的な帰結であるということにはならないと解される。
4 従前の裁判例
実際、知財高裁は、本判決に先立って、知財高判令和4.7.20平成30(ネ)10077(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA07209006)[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]※23において、インターネットが絡む文脈で属地主義を柔軟に運用すべきというアプローチを採用した。
この事件の事案は、本件と同一の原告が有する別の特許権※24に基づいて、同一の被告に対して提起された侵害訴訟であり、所定の態様で動画とともにコメントを表示する表示装置にかかる発明(本件発明1-1、1-2、1-5、1-6)、または、所定の態様のコメント表示手段として機能させるプログラム(本件発明1-9、1-10)にかかる発明※25についての特許権侵害の成否が問題となったというものであった。
知財高裁は、被疑侵害装置と被疑侵害プログラムについて特許技術的範囲の充足性を肯定した※26うえで、米国内に存在するサーバから日本国内に所在するユーザに向けて被疑侵害プログラムを配信する行為に対して、日本の特許法の電気通信回線を通じた提供に該当するといえるのか、という論点に取り組んでいる。そのうえで、前掲最判[FM信号復調装置]を引用し、同判決の説く属地主義の原則に照らすと、通信の全てが日本国の領域内で完結していない面があることが問題となると切り出しつつ※27、問題となる提供行為が形式的にも全て日本国の領域内で完結することが必要であるとすると、サーバ等の一部の設備を国外に移転するなどすれば容易に侵害を潜脱しうることになってしまうことを理由に、「特許発明の実施行為につき、形式的にはその全ての要素が日本国の領域内で完結するものでないとしても、実質的かつ全体的にみて、それが日本国の領域内で行われたと評価し得るものであれば、これに日本国の特許権の効力を及ぼしても、前記の属地主義には反しないと解される。」と説いた※28。そして、このように属地主義に反しないとされるか否かの判断に際しては、「問題となる提供行為については、当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか、当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか、当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか、当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなどの諸事情を考慮し、当該提供が実質的かつ全体的にみて、日本国の領域内で行われたものと評価し得るときは、日本国特許法にいう『提供』に該当すると解するのが相当である。」との一般論を説いた。そのうえで、当該事件に対する具体的な当てはめとしては、本件配信につき日本国の領域外と領域内で行われる部分を区別することは困難であること、本件配信の制御は日本国の領域内に所在するユーザによって行われるものであること、本件配信は日本国の領域内に所在するユーザに向けられたものであること、本件発明の効果は日本国の領域内において発現していることを斟酌し、本件配信は、実質的かつ全体的には日本国の領域内で行われたものと判断し、日本特許法の「電気通信回線を通じた提供」に該当すると帰結している※29,※30。
5 本判決の意義その1:一般論
1) 序
本判決は大合議で下されているだけに、その一般論が、知財高裁を含む下級審の裁判例に今後、与える影響が強いと目される。そこで、まずは一般論について検討してみよう。
2) 「表示装置、コメント表示方法、及びプログラム」事件知財高裁判決との関係
本判決は、前掲知財高判[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]と同様に、前掲最判[FM信号復調装置]を前提としながらも、インターネットが絡む事案において属地主義を厳格に貫徹してしまい、サーバを国外に設置するだけで容易に侵害の責任を迂回することを許す運用をなすべきではないという価値判断を表明している。
そのうえで、一般論としても、両判決はともに諸事情の総合衡量を謳っているが、ただ、両判決の掲げる考慮要素には相違がある。
前掲知財高判[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]は、「電気通信回線を通じた提供」に関し、以下の4つの要素を掲げていた。
a 当該提供が日本国の領域外で行われる部分と領域内で行われる部分とに明確かつ容易に区別できるか
b 当該提供の制御が日本国の領域内で行われているか
c 当該提供が日本国の領域内に所在する顧客等に向けられたものか
d 当該提供によって得られる特許発明の効果が日本国の領域内において発現しているかなど
これに対して、前掲知財高大判[コメント配信システム]が「生産」に関して掲げた4つの要素は以下のとおりである。
① 当該行為の具体的態様
② 当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割
③ 当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所
④ その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等
前者のdは、後者の③と共通しているが、その他の要素は明示的には完全には一致していない。しかし、子細を見ていくと、二つの判決において異なる要素が掲げられているのは、かたや「電気通信回線を通じた提供」、かたや「生産」と、両者が規律する行為態様を異にしていることに起因しているというよりは、以下に分析するように、むしろ、大合議の方が相対的により洗練された法理を提示することに成功しているという側面が強いように思われる。
まず、前者のaは後者に見当たらないが、大合議判決の①の事案に対する具体的な当てはめを見てみると、「当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ」と説く件があるから(明確かつ容易に区分できるかということは顧慮していないが)、大合議としては、(aそのものであるかはともかく)その類の事情は①のなかに吸収し、①において日本法の適用を肯定する方向に働く一事情として斟酌するに止めることにしたのではないかと思われる。そしてそもそも、国内と国外の行為を明確に分割しうる場合であっても、なお、国外に所在する明確に分かたれる構成要素が些細なものでしかなく、当該発明の効果や経済的な効果などに鑑みて、国内の行為であると評価すべき場合があるように思われる※31。そう考えると、大合議が前者のaを明示的な考慮要素として掲げなかったことは穏当な取扱いと解される。
前者のb※32もまた後者には見られない。しかし、インターネットは至るところから制御可能であることに鑑みると、発明の効果が制御側にあるような場合(その場合には後者でも③によってその種の事情を斟酌しうる)を除けば、重視する必要はないのではあるまいか※33。
前者のcもやはり後者には見られない。「提供」という以上、語義的に、相手方として提供先が存在することを必要としているように感じられる反面、他方、後者で明示されていないのは、「生産」は、同じく語義的な感覚として、相手方がいなくとも成り立ちうるものであることに由来する相違であろう(ただ、後者でも④の経済的な利益のところで斟酌されることは否定されないだろう)。
逆に、前者で後者の④に直接対応するものがないのは、cで顧客の所在を斟酌しているところ、顧客がいるということは、そこで当該顧客の所在する場所において特許発明を実施したサービスや製品にかかる需要が満足されているということを意味しており、ゆえにそこで特許権者の経済的な利益に影響が出ていることと同義である、と分析することもできようか。
3) 4要素の意味
本判決が列挙した4要素は、その具体的な当てはめをも考慮する場合には、以下のように整理することができると思われる。
① 当該行為の具体的態様:具体的な態様に着目した当てはめを行うべきであるという、他の3要素を考慮する際に必要となる一般論的な心構えを述べるもの
事案に対する当てはめにおいては、第一段落において「具体的態様」という言葉が用いられており、①が少なくとも第一段落で考慮されていると理解できる。他方、第一段落の中身は、次に述べるように、②に対応している。そうすると、少なくとも①は②と組み合わさって適用されるものであることは明らかである。あえて独立した要素として①を掲げた以上、①は②に吸収されるものではなく、そして、具体的な態様を考慮すべきことは③、④においても妥当するものと思われることに鑑みると、①はその他の要素についても妥当する一般論ではないかと思料した次第である。
② 当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割:特許発明の構成要件がどの地で実現しているのかということに着目することを「生産」が問題となった当該事案に即して表現するもの
事案に対する当てはめにおいては、②中の「当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するもの」は、第一段落の「これを本件生産1の1についてみると、本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。」に対応するものと理解することができよう。第一段落は「具体的態様」で始まっているから①に対応することはもちろんであるが、第一段落の内容は、被疑侵害行為である「生産」を構成する装置や受信がどこに所在し、どこで遂行されているのかを吟味しており、そのなかで「受信」が国内で行われたことを指摘するものであり、②に対応するといえるからである。
他方、そうした国内で行われた「受信」が特許発明の構成要件のなかでどのような機能・役割を果たしているのかということ、つまり②の後段の「当該発明において果たす機能・役割」に関しては、第二段落の「次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。」で行われている、と理解できる。
③ 当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所:技術的思想としての特許発明の効果がどの地で実現しているのかということに着目するもの
事案に対する当てはめにおいては、③は、第二段落の上記分析に加えて、第三段落の「さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており」によって吟味されている、と理解できよう。
④ その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等:被疑侵害行為の特許権者に与える経済的な影響に着目するもの
事案に対する当てはめにおいては、④は、第三段落の「また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。」がこれに対応すると理解できる。
4) 評価
特許法が、特許発明の実施に対して禁止権を設け、特許発明に対する市場の需要を排他的に利用する機会を権利者に保障することで、発明とその公開に対して適度のインセンティヴを保障し、もって産業の発達を期することを目的としている。
このような特許法の制度のなかに位置付けられる内国実質法としての属地主義の原則を運用するに際しては、特許発明の効果がどこで発揮されるのかということ(上記③)が肝要となると思料され、その際に特許権者に与える経済的な影響(上記④)を斟酌することもありえると思われる。また、特許法が、予測可能性を確保するために、特許請求範囲によって特許権の技術的範囲を画する制度を採用している以上、クレイムを構成する各要素がどこで行われたのかということも重要となるという考え方(上記②)も成り立ちえないとまではいいがたい※34。
6 本判決の意義その2:射程
具体的な事案に鑑みる場合には、第一に、本件は「生産」が侵害行為と主張されたという事件で、その生産が日本国内に所在する端末装置において完成すると認定された事案であった。第二に、本件の特許発明の技術的特徴である効果は、端末装置の表示の見やすさが発揮されていた。第三に、本件行為により端末装置の表示に接するユーザが本件特許発明の効果を享受した結果、国内に所在するユーザ向けにインターネットを介した動画提供サービスを展開する特許権者の経済的利益に影響を与えている※35、という事案であった。したがって、特許発明の構成要件という観点(②)からも、特許発明の効果という観点(③)からも、特許権者の経済的影響の観点(④)からも、三拍子揃って、いずれの点においても内国牽連性を認めることができるという事案であった。
したがって、本件は、たしかに特許発明の構成要件の一部を構成するサーバが国外に位置しており、送信行為も国外から行われていたという意味で、属地主義との関係が取り沙汰され、まさにその点が仇となって原判決では侵害が否定されたわけであるが、ひとたび本判決のように、インターネットにおいては属地主義を過度に厳格に解する必要がないという立場に与した以上は、属地主義を緩和し日本法の適用を認めることができるイージー・ケースであったと評することができよう。そして、インターネットにかかわる事案で属地主義を緩和する先駆けとなった前掲知財高判[表示装置、コメント表示方法、及びプログラム]も、本判決と原被告を共通にしており、本件特許権といわばグループを同じくする特許であって技術的思想を共通にしていたから、3つの要素が揃い踏みする、その意味でイージー・ケースに分類しうる事案を扱うものであった。
したがって、本判決の射程は、あくまでもインターネットに関連する発明(本判決によれば「ネットワーク型システム」の発明)において、これら3要素が揃った事案に及ぶに止まるものと解される。
7 今後の課題
1) 序
今後は、3要素の1つ以上を欠いた場合に、属地主義はどこまで緩和されるのかということが争われていくものと思われる。以下では、本判決の判断を前提にしつつ、それと整合性を失わない範囲で、どのような運用が可能かということを論じておく。
2) 特許発明の構成要素
第一に、特許発明の構成要素(②)に関していえば、本件の特許は「システム」発明にかかるものであって、被疑侵害行為が「生産」の成否として争われているという特徴がある。そして、本判決は、被疑侵害行為において、どの時点で「生産」が完成するのかということをかなりの字数を割いて吟味しており、被告ファイルがユーザの端末装置に受信された時点でシステムの「生産」が完成すると認定している。また、3要素の具体的な当てはめにおいても、「生産」のなかで受信が国内で完成しており、その受信が特許発明の各構成要件のなかでどのような役割・機能を果たしているのかということに相応の字数を割いている。そのうえで、前掲最判[FM信号復調装置]が、外国でなされている(と評価される)行為を日本の特許権侵害に問うことは許されないと判示していたことに照らすと、本件と異なり、特許発明の構成要件の一部たりとも日本国内に所在していたり、遂行されていたりしない場合には、属地主義を緩和することはできない、というように本判決の趣旨を忖度する裁判例が現れても不思議ではない(というよりは、その方が素直な理解であるといえる)※36。
しかし、たとえば、システム発明ではあるもののユーザの端末装置が除かれるようにクレイムされていたり、方法のクレイムでユーザの受信行為が除かれるようにクレイムされていたりするからといって※37、特許発明にかかる技術的思想に変わりはなく、その技術的特徴を形成する効果を日本国内のユーザが享受していることに変わりがないとすれば※38、なにゆえクレイム・ドラフティングの仕方という一事をもって日本国の特許権侵害に問えなくなるのか、合理的な説明を与えることは困難であろう。クレイムからユーザの端末装置や受信が省かれるように書かれているとしても、インターネットを利用するものである以上、通例、ユーザがその効果を享受しうることは明らかであり、これらの要素がクレイムに含まれている場合に比して、予測可能性が有意に低下するとまではいいがたいように思われる。
他方、特許発明の構成要素の少なくとも一部が日本国内に所在することを要求していると読むのが本判決の素直な理解であるとしても、いずれにせよ何でもよいからその一部が日本国内にあればよいという立場ではないことに注意しなければならない。本判決は、当該一部が特許発明において果たす機能・役割を斟酌すると明言しているからである。したがって、サーバの内部の構造や送信の効率性を図るなど、国外の構成要件だけで特許を取得しうるなどのために国内の要素が新規性や進歩性の獲得に役立っていない場合などを想定することができる(ただし、こうした作業は、次述する特許発明の効果(③)を参酌する作業と、常に重複するわけではないが、重なることが多いと推察される)。そのような場合、クレイム・ドラフティングによって国内の端末装置などを付加したとしても、その一事をもって日本の特許法の適用が肯定されることにはならないと解される※39。
3) 特許発明の効果
第二に、むしろ肝要なのは、特許発明の効果(③)が発現している地がどこかということであろう。特許法が特許発明を市場において利用する機会を排他的に特許権者に決定させる仕組みを採用した究極の趣旨は、公共財である技術的思想の創作に対するフリー・ライドを過度に放任していた場合には創作に対する過少投資を招来しかねないというところにあるのだから、技術的思想がどこで享受されているのかということが、特許権者に排他権を保障すべき地を決定するに当たって致命的な事項となると解されるからである。そして、本件特許発明のように、表示の仕方など国内のユーザの端末装置が受信した時点で特許発明の技術的特徴を組成する効果が発現する場合には、端末装置や受信がクレイムの構成要素に含められていないとしても、特許発明にかかる技術的思想が国内で実現されている以上、日本の特許権侵害の責任を問うべきである、と考える。
こうした解釈が本判決の趣旨を十分に忖度した読み方といえるかどうかはともかく、第一の要素(②)が不可欠とまでは説かれていない本判決の判文をそのように運用することが不可能とまではいえないであろう。もちろん、前掲最判[FM信号復調装置]に反していないかということも問題となるが、同最判は物理的な製品に特許発明が具現化されている事案を扱ったものであって、インターネットに関連する事案にまでその射程が及ぶものではない。そして、特許発明の効果が日本国内において発現している場合には、外国で実施されているのではなく、日本国内で実施されると規範的に評価できるのだと理解すれば、前掲最判[FM信号復調装置]の説く抽象論にも反しないということが可能であろう※40。
他方で、特許発明の技術的特徴を組成する効果が国外で発揮されている場合には、原則として、日本国の特許権侵害に問うことは許されないと考えるべきであろう。たとえば、サーバの構造に関する発明であるとか、サーバ内部の処理の効率性を高める発明などが典型例となる。送受信の効率性を高める発明であるが、その処理がユーザの端末装置や端末装置における受信とは直接関係ないところで遂行される場合もありえるだろう。こうした発明を利用した送信が国外のサーバからなされ、これを受信するユーザの端末装置が日本国内に所在し、日本国内で受信されているのだとしても、特許発明の技術的思想の効果が日本国内で発現していない以上は、日本の特許権侵害を肯定してはならないと考える。この場合、クレイム・ドラフティングによってユーザの端末装置や受信行為までもがクレイムの構成要素に含められていたとしても、技術的思想に変わりはない以上、その理に変わるところはないと解される。そして、こうした処理は、特許発明の構成要素のどの部分が国内で実施されており、それがどのような役割・機能を果たすか(②)、または、特許発明の効果がどこで発現しているか(③)を斟酌する本判決に適合した運用であると評することができる。
4) 特許権者に与える経済的影響
第三に、特許権者に与える経済的影響(④)に関しては、本件では具体的に特許権者も侵害者と競合する動画提供サービスを展開していると目される事案ではあったが※41、本判決は、④の具体的な当てはめとして、特許権者が動画提供サービスを国内で展開していることに明示的に言及しているわけではない。そして、そこまでの影響がなかったとしても、特許発明の効果(③)が日本国内に及んでいる場合には、たとえば、ライセンス市場をも視野に入れ、概念的に全ての場合において特許権者に何らかの経済的影響はある、というべきであろう。なんとなれば、被疑侵害行為に特許権が及ぶのであれば、まさに被疑侵害者からライセンス料を収受しえるはずだといえるからである。もちろん、これはトートロジーではないかという批判はありえようが、そもそも特許発明の技術的効果が発現している以上、特許発明に対する需要を利用する機会を特許権者に与えるというのが特許法の仕組みなのであって※42、それを発明の効果が日本国内で発現しているにもかかわらず、いまだ特許権者が日本国内では競合するサービス等を提供していないという理由で日本の特許権の保護を否定してしまっては、特許発明にかかる技術的思想は利用されているにもかかわらず、どの国の特許権の保護をも受けることができないという事態を招来しかねない。それは特許法の趣旨に反する帰結であるといえよう※43。
他方、特許権者に与える経済影響(④)が日本国内で認められるとして、それだけで属地主義の緩和を求めることができるかということも問題となる。特許発明の構成要件(②)は一部たりとも国内では実施されておらず(もっとも、本稿はこの点は問題視すべきでないと考えていることは前述したとおりであるが)、特許発明の効果(③)も国内で発揮されていることはない事案で、たとえば、サーバ内部の処理効率を高める特許発明を利用して国外のサーバから被疑侵害行為である動画提供サービスが行われており、そのサービスは日本国内に所在する端末装置でも受信され、その結果、特許権者が日本国内のユーザ向けに展開している動画提供サービスと競合している場合などが考えられる。こうした場合、特許発明の効果が日本国内で発現しているわけではない以上、原則として日本の特許権侵害には問えないと解すべきである。ただ、例外的に、当該動画提供サービスが、たとえば日本語で提供されているなど、ほぼ日本向けに展開されている場合には、特許発明の効果というよりは、むしろ、国外で発現したものではあるが特許発明の技術的思想の効果を享受しつつ(たとえばサーバの処理効率を高め、低コスト、ひいては低価格で動画提供サービスを提供しつつ)、日本国内市場において具体的な経済的な影響を与えていることに着目して、日本法を適用することが許されよう※44。その場合には、上述したような被疑侵害者に対するライセンス市場まで視野に入れてしまうと、結局、特許発明の効果が発現していない国を含めて、特許権が存在する全ての国で侵害の責任を負担させることになり、保護が過剰となる。したがって、積極的に事業を展開しているなどの経済的な利害関係を生じさせる具体的な関与があること※45を要求すべきであろう。また、その判断に際しては、日本にほぼ特化しているわけではなく、多数の国で実質的に享受されるサービスを提供している場合に、それらの国全てにおいて特許権をクリアすることを求めることは、特許発明の効果が発現しているわけではないことを考えると、やはり保護が過大となるということを考慮すべきであろう。その種の事例においては、国際私法にいう最密接関係地の法(それが複数の場合はありうる)※46のみを適用すべきであろう。
5) 結論
以上のように、本稿は、本大合議判決の法理の下、特許発明の効果(③)が日本国内で発現している場合に日本の特許権侵害が肯定されるが(特許発明の構成要素(②)は、特許発明の効果(③)が日本国内で発現しているか否かを斟酌する考慮要素として位置付ける)、例外的に、特許発明の効果(③)が日本国内で発現しているわけではない場合にも、被疑侵害者が日本国内において特許発明を利用した事業の展開に積極的に関与している場合には日本の特許権侵害を肯定する(これを特許権者に与える経済的な影響(④)の考慮要素として位置付ける)、という運用をなすことが、インターネットの特徴に応じつつ(=送信地が意味を持たない場合が多いため特許発明の構成要素(②)は重視すべきではない)、特許発明にかかる技術的思想の保護を全うし(=特許発明の効果(③)が発現している地を重視すべきである)、さらに被疑侵害者の日本国内への積極的な関与がある場合に例外的に日本の特許権の侵害を認める構成(=そのために特許権者に与える経済的な影響(④)を考慮する)として優れているのではないかと思料する次第である。
なお、本判決が示した法理は、あくまでもネットワークに関連する発明を扱うに止まるから、ネットワークと関連しない有体物が提供される事案には影響しない。その場合には、むしろ(その当否はともかく)、前掲最判[FM信号復調装置]の射程が直接及んでくることになる※47,※48。
本稿を執筆するに際しては、ソフトウェア情報センター「ソフトウェア関連発明の特許保護に関する調査研究委員会」における、片山史英先生、飯田圭先生の御報告からご教示を得た。
(掲載日 2023年9月12日)