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文献番号 2023WLJCC013
金沢大学 教授
大友 信秀
1.本件を紹介する理由
本件は、商標権者からの権利侵害に基づく請求に対して、権利濫用とした地裁判決を一部覆す判断をした高裁判決である。商標権の行使が権利濫用になる場合について、信用の蓄積への貢献の有無や権利行使をしなかった期間等、具体的判断を左右する事情について詳しく検討するものであり、実務の参考になるため紹介する※2。
2.本件に至る経緯
X(原告、控訴人)は、「守半」商標(以下、本件商標という。)※3の権利者である。本件商標は、「守半」の文字からなり、「干しのり」、「焼きのり」(ともに商品区分第29類)、「茶の葉」(商品区分第30類)等を指定商品としている。
Y(被告、被控訴人)は、第1審継続時に株式会社守半總本舗を名乗っていたが、焼きのり等に「守半總本舗」、「守半粋の極み」、「守半特選」等の標章を付して販売していた。
Yの上記各行為が本件商標を侵害するとして、Xが訴えを提起した。
第1審の東京地方裁判所は、Yの各行為が商標権侵害に該当することを認定した上で、Xによる請求は、権利の濫用に当たるとして、Xの請求を棄却した※4。
これに対してXが控訴したのが本件である。
本判決は、第1審で権利の濫用とされたXの請求に係るYの行為のうち、「守半總本舗」の使用に関しては、権利の濫用に当たらないとして、この範囲で第1審判決を覆し、Xの請求を認めた。
3.判旨
(1) 争点1(Yの行為が本件商標権を侵害するとみなされる行為に該当するか)について
第1審の事実認定の通り、これを肯定した。
(2) 争点2(Xの本件商標権に基づく本訴請求が権利濫用に該当するか)について
①「守半」の標章が一定の知名度と信用を獲得していることについて
1)守屋半助がのり問屋業を開業したこと、2)補助参加人の代表者の父が創業者の事業を承継し、「株式会社守半本店」として補助参加人の事業を行っていたが、現在事業を休止していること、3)守半本店において丁稚として働いていた者が昭和2年頃、蒲田地区において「守半」を含む屋号を使用し、守半本店と別にのりの加工・販売等の事業を開始し、その息子を代表取締役とするY(設立時の名称は、「株式会社守半蒲田店」)が昭和44年に設立され、平成17年にはX所在の大森地区に店舗を開業したこと、4)Yが、平成18年2月に「守半總本舗」からなる商標出願を行ったが同年10月に拒絶査定を受けたこと、5)Yが、平成18年5月に商号を「株式会社守半蒲田店」から「株式会社守半總本舗」に変更したこと、6)創業者である守屋半助の長女の長男を代表者として大森地区を本店所在地として昭和16年に設立され、この長男を代表者とするX(「株式会社守半海苔店」)及び補助参加人(「株式会社守半本店」)がともに昭和33年に、「合資会社守半海苔店」と同じ場所を本店所在地として設立されたが、両社に共通する役員はいなかったこと、7)Xと補助参加人、ならびにYと補助参加人には交流があったが、XとYには直接の取引関係や交流がなかったこと、8)昭和56年に、XがYに対して、「守半」の文字の付された包装紙等の使用を中止するように要求したが、Yは使用を中止しなかったこと、9)Yが「株式会社守半總本舗」に商号を変更した際、Xが異議を述べたが、Yは「守半總本舗」を含む標章の使用を継続したこと、10)平成29年に、Xが通知書により、Yに対して、「守半」を含む標章の使用中止を求めたが、Yが応じなかったことから、平成30年にXが本訴事件を提起したこと、を認めた上で、X、Y、補助参加人それぞれの営業活動により、「守半」の標章が、現在まで、少なくとも大森・蒲田地区を中心として、のりの製造販売において、一定の知名度と信用を獲得していると認定した。
②Yの行為のうち、「守半總本舗」を含む商品の販売については、第1審の判断を覆すことについて
1)X及び補助参加人、Yらは、それぞれの営業活動により「守半」標章の知名度と信用が獲得されたこと、2)X及び補助参加人、Yらの間で昭和56年まで「守半」標章をめぐる明示的な紛争はなく、昭和55年に本件商標が取得されて以降、40年近くにわたって、他者に対して権利行使されたことがなかったこと、3)X及びYらによる「守半」の商号や標章の使用について、守半本店の許諾があったものと推認できること、4)「守半粋の極み」、「守半特選」、「守半の海苔」等といった「「總本舗」のように「守半」に新たな意味合いを与えるようなもの」でない文字の利用は、「社会通念上、本件商標権の取得以前から・・・Yによって行われてきた「守半」標章の使用の延長線上にある行為と評価できる」こと、5)「・・・客観的状況があり、かつ・・・それを認識しながら、長年にわたり本件商標権を行使してこなかったXが、本件商標権の取得以前から正当に行われてきた「守半」標章の使用行為と同一又は社会通念上同一といえるYによるY標章・・・の使用行為に対し、本件商標権を行使することは、権利の濫用に該当するというべきである」こと、6)「「總本舗」とは、「ある特定の商品を製造・販売するおおもとの店」を意味する語であり・・・、そのような語を「守半」に結合させた「守半總本舗」は、従前、・・・Yがしていた「守半」の商号や標章の使用とはその意味合いを異にする」こと、「・・・Yが上記のような意味合いを持つ「總本舗」を「守半」に結合させた「守半總本舗」の商号や標章を用いた場合、取引者、需要者に対し、あたかもYが三者の中で新たに「本店」としての地位を獲得したかのような印象を与えることになり、平成18年以前に長年にわたって構築されていた三者の関係性を変質させるものといえる」こと、「そうすると、Yによって平成18年以降、開始された「守半總本舗」の商号・標章の使用は、本件商標権の取得以前から、長年にわたって・・・Yによって行われてきた「守半」標章の使用とは、社会通念上、同一に考えることはできない」こと、7)Yが補助参加人の当時の代表者から「守半總本舗」という商号や標章の使用について承諾を得たとのY代表者の供述が信用できないこと、8)「守半」標章の知名度や信用が補助参加人のみによるものでないことから、補助参加人の承諾があったとしても、「そのことから直ちに、Yによる「守半總本舗」の使用に対する本件商標権の行使が権利濫用になるということはできない」こと、9)「・・・Yが遅くとも平成18年11月頃までにはXが本件商標権を取得していることを認識していたこと、その頃、XがYに対し、「守半總本舗」の使用に関して異議を述べていたことからすると、Yが「守半總本舗」の使用について、本件請求における不法行為期間(対象期間)の始期である平成20年以降も継続するためには、補助参加人の承諾のみでは足りず、商標権者たるXの承諾も得るべきであったと解すべきである。しかし、・・・Yは、Xの承諾を得ることなく、「守半總本舗」の使用を継続したものであった」こと、10)「・・・本件商標がどのような経緯で登録されるに至ったのかを的確に認定できる証拠はなく、本件商標権が、Yを排除する目的で取得されたと認めることはできない」こと、から「Yが、本件商標の登録以前から使用していた「守半」標章とは社会通念上同一視することができない「守半總本舗」を、商標権者たるXの承諾なく使用するという、Y標章・・・の使用行為に対して、Xが本件商標権を行使することは、権利濫用に該当するものではないというべきである」とした。
また、Yの主張に応えて、権利濫用の判断方法につき以下のように論じている。
「・・・本件商標権の行使が権利濫用に当たるか否かは、権利侵害の内容や権利行使の態様等を踏まえて総合的に判断されるべきところ、侵害の内容が異なる場合に、侵害行為ごとに異なる判断となることは当然に想定されることである。本件では、Yが「守半」及びこれに「特選」「粋の極み」などの商品の品質等を表す語句と共に用いる場合と、Yが「守半總本舗」を使用する場合とでは、侵害の内容及び質が異なるから、権利行使に当たるか否かの判断が異なることになると判断するものであ(る)」
(3) 争点3(本件商標の商標登録が商標登録無効審判により無効にされるべきものか)について
①「・・・本件商標が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に該当し、商標登録無効審判によって無効とされるべきものであるとはいえない。」
②「・・・「守半」の標章が、本件出願当時及び登録査定当時、補助参加人又はYの商品若しくは役務を表示するものとして、商標法4条1項10号にいう周知性を獲得していたと認めることはできない。」、「前記・・・で検討したところからすると※5、Xに不正競争の目的があったと認めることもできない。」
(4) 争点4(Yが本件商標権について先使用権を有するか)について
「・・・本件出願がされた昭和51年当時のYの営業や広告宣伝の実態を的確に認定できる証拠がなく、「守半」がYの業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして周知になっていたと認めることはできない。また、・・・Xが本件出願時に使用していた「守半」を含む商号や標章と、平成18年から新たに使用が開始された「守半總本舗」は社会通念上、同一のものとはいえないのであり、先使用権はこの点からしても成立しない。」
4.本件の構造
本件商標「守半」に類似する標章を利用していた権利者及び被疑侵害者の関係を把握することで、本件商標「守半」の周知性や信用の帰属主体を明確にした。これにより、「守半」標章の使用についてXに一定の使用を認めた。
しかし、第1審とは異なり、Yによる本件商標の行使をすべて禁じるのではなく、「總本舗」を含む使用については、本件商標権の行使を認めた。この「總本舗」を含む使用については、「守半」に「新たな意味を与える」ことになるため、「粋の極み」等といった品質に関する表現を加えたものとは異なるとした。
このようなXによる本件商標権の行使を認めるために、本件商標権に無効理由がないことを確認している。
5.商標権の行使と権利の濫用についての考え方
商標権に限らず、権利行使が濫用とされる場合には、大きく分けて、権利自体に瑕疵がある場合と権利の行使態様に問題がある場合の二つがある。
このうち、前者については、本判決でも問題となった、「商標登録無効審判によって無効とされるべきもの」に該当すれば、権利行使が濫用と捉えられ、後者については、本判決が示したように「権利侵害の内容や権利行使の態様を踏まえて総合的に判断される」ことになる。
6.本判決の判断の特徴と権利の濫用の認定について
本判決の判断の特徴を明確にするためには、第1審と比較することが有効である。
第1審は、Yの各行為に対するXによる本件商標権の行使をすべて権利濫用とした。第1審は、「守半」標章の知名度及び信用獲得が、X、補助参加人、Yらそれぞれが寄与したものと認めたこと、Xが長期間権利行使をしてこなかったことの二つをXの権利行使を濫用とする理由としている。このことから言えることは、少なくとも権利の基礎となっている標章に対する信用がXのみに帰属しているわけではないという意味で権利の瑕疵ないし特殊性を認めていたということである。また、XがYに長期間権利行使していなかったことも、権利の濫用となる理由の一つであることを示している。
これに対して、本判決が第1審判決と大きく異なるのは、「總本舗」という名称が付加されることにより「守半」という名称の意味が大きく異なるため、Yのそのような標章使用に対して、Xは権利行使することが可能であるという点である。
商標権自体に瑕疵があれば、これを行使することはできず、「守半」を含む標章である「守半總本舗」への権利行使も、本件商標の禁止権の範囲に入るものであるため、濫用となるはずである。このことが意味するのは、本件商標権の行使が権利の濫用となるのは、少なくともYとの関係では、権利自体の瑕疵を理由とするのではなく、権利の行使態様を理由としたということである。
そして、この点で、本判決が重視しているのは、「守半粋の極み」のような「守半」自体の意味を変える表記ではないものと「守半總本舗」のように「守半」自体の意味を大きく変質させる表記の区別である※6。Yが使用を継続してきたものは、このうち前者であり、後者ではない。したがって、長期間XがYに対して権利行使してこなかったという事実から生じる効果は、そのまま後者に及ぶものではないとの論理を採用したのである。
7.本判決の射程
上述のようにとらえれば、確かに、Yの「守半總本舗」標章使用に対してXの権利行使を認めることができる。これにより、「守半」標章の周知性や信用獲得に貢献した者の中でYが本家であるかのように表示されることを防ぐことはできるようになる。しかしながら、そうすると、XのYへの権利行使は認められる余地があるのに対して、Xが「守半」の本家であるかのように表示した場合に、「守半」標章の周知性や信用獲得に同様に貢献してきたYがXの行為を排除することは難しくなるのではないかとも考えられる。
本判決は、Xの「守半」商標権の行使を認めた。したがって、「守半」を商標として使用できることに加え、商標権者でない他者から、「守半」商標に類似する範囲の使用を禁止されることもないのではないかと考えることも可能である。
しかしながら、本判決が、「總本舗」という文字を「守半」に加えて使用することが「侵害の内容及び質が異なる」としたように、Xが同様の意味を有する文字を「守半」とともに使用した場合には、Xのそのような行為により、XとYとの関係性が大きく変質すると評価されよう。その結果、その後、Yによる「守半總本舗」の使用がなされた場合に、Yに対して本件商標権の行使をすることは、XとYとの間で禁止されるべき行為をXが自らしたために、もはや他者に同様の行為を禁止することができなくなることを理由に、権利の濫用と評価されることも十分に考えられる。
このように考えれば、第1審が、商標法の役割は、Xの権利行使を認めないことにより、XとYの両者に本家を意味する標章の使用を自由に認めるという判断をしたのに対し、控訴審である本判決は、商標法の役割として、本件ではYの行為中、「總本舗」を含む表示について禁止し、Xの同種の行為についても、関係性が変わった後に、権利の濫用として禁止する可能性を含む判断をしたものと評価すべきであろう。
(掲載日 2023年6月12日)