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文献番号 2023WLJCC011
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三
1.はじめに
本稿は、2021年(令和3年)10月31日の衆議院選挙の衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りに関する公職選挙法の規定が憲法違反であるとして、選挙無効を争った訴訟に関する最高裁大法廷判決を紹介し検討するものである。本件事案は、2018年(平成29年)最高裁判決で扱われた選挙区割りと同じ選挙区割りで実施されたものである。2018年(平成29年)最高裁判決は、諸々の問題を認識しつつも漸進的な是正を評価することで合憲判決を下しているが、本件事案では、2018年(平成29年)最高裁判決の事案よりも選挙人数の較差が拡大したものとなっている。
そのため、今後の定数不均衡訴訟などに関する最高裁の姿勢を検討するにあたって、本件事案に関する最高裁判決の判断は重要な意味をもつものであり、そうした本判決を紹介し検討することには、少なからず意義のあるものと考えられる。
2.判例要旨
① 多数意見
多数意見は、先例※2を踏まえて、「憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば投票価値の平等を要求している」が、「投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく・・・・・・選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている」とし、「衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には・・・・・・憲法上、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められている」が、「それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されて」おり、「具体的な選挙区を定めるに当たっては、都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として、地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況などの諸要素を考慮しつつ、国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに、投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められて」おり、「このような選挙制度の合憲性は、これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお、国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されることにな」るとした。
また、平成29年衆議院総選挙の小選挙区選出議員の選挙区割りの合憲性が争われた平成30年最高裁大法廷判決※3について、「平成29年選挙当時の本件選挙区割りについて・・・・・・選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させその状態が安定的に持続するよう新区割制度が設けられた上、平成28年改正法の附則の規定により、0増6減の措置を前提に次回の大規模国勢調査が行われる平成32年(令和2年)までの5年間を通じて選挙区間の人口の較差が2倍未満となるよう本件選挙区割りが定められ、これにより同選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差が縮小したことをもって、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価し、このように、新区割制度及び本件選挙区割りから成る合理的な選挙制度の整備が既に実現されていたことから、いまだアダムズ方式による各都道府県への定数配分が行われておらず、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数に変更がなくこれとアダムズ方式により各都道府県の定数配分をした場合に配分されることとなる定数を異にする都道府県が存在しているとしても、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消されたものと評価することができると判示した」としたうえで、「本件選挙は、平成29年選挙と同じく本件選挙区割りの下で行われたものであるところ、その後、更なる較差是正の措置は講じられず、本件選挙当時には・・・・・・選挙区間の較差は平成29年選挙当時よりも拡大し、選挙人数の最大較差が1対2.079になるなどしていた」が、「しかしながら、新区割制度は、選挙区の改定をしてもその後の人口異動により選挙区間の投票価値の較差が拡大し得ることを当然の前提としつつ、選挙制度の安定性も考慮して、10年ごとに各都道府県への定数配分をアダムズ方式により行うこと等によってこれを是正することとしているのであり、新区割制度と一体的な関係にある本件選挙区割りの下で拡大した較差も、新区割制度の枠組みの中で是正されることが予定されているということができ」、「このような制度に合理性が認められることは平成30年大法廷判決が判示するとおりであり、上記のような本件選挙区割りの下で較差が拡大したとしても、当該較差が憲法の投票価値の平等の要求と相いれない新たな要因によるものというべき事情や、較差の拡大の程度が当該制度の合理性を失わせるほど著しいものであるといった事情がない限り、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至ったものということはできない」とした。
そして、「本件選挙当時における選挙区間の投票価値の較差は、自然的な人口異動以外の要因によって拡大したものというべき事情はうかがわれないし、その程度も著しいものとはいえないから、上記の較差の拡大をもって、本件選挙区割りが本件選挙当時において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものということはできない」とした。「したがって、本件選挙当時において、本件区割規定の定める本件選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、本件区割規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない」として、上告を棄却した。
② 宇賀克也裁判官の反対意見
なお、本判決には、宇賀克也裁判官の反対意見が付されている。
すなわち、「現行憲法上、衆議院議員の選挙において、有権者には・・・・・・等価値の投票権が付与されている」ため、「立法者は、1票の価値の較差がない状態をデフォルトとして制度設計しなければならない」としたうえで、「私見においても、投票権といえども公共の福祉による制約に服するので、完全に1対1の状態が実現できるわけではない」が、「立法者は、1票の価値の不平等が、公共の福祉による制約としてやむを得ないことについて説明責任を負う」とし、「投票価値の不均衡が、合理性を欠く制約によりもたらされていれば、違憲といわざるを得ない」とした。そして、「私見によっても、選挙区を設けること自体は、それが合理的な理由に基づくものである限り、それによって1票の価値が完全に等しくならなくても、公共の福祉による制約として許容される」とし、その理由は、「選挙区選挙は、全国区選挙と比較して、有権者が立候補者をよりよく知る機会を与えるものであり、また、当該選挙区に固有の問題が選挙の争点になり、それが有権者の投票に影響を与えることには合理性が認められるからであ」り、「そして、選挙区制度を採用する場合には、選挙区の範囲を設定するに当たり、地方公共団体の区画を考慮することも、それによって許容できないような投票価値の不均衡をもたらさない範囲では可能と考えられ」、「選挙区を設ける場合、必然的に選挙区間における人口の移動が生じ、区割規定の改正には、一定の時間を要するし、また、選挙制度の安定の要請から、区割規定の見直しを合理的な期間ごとに行う制度とすることも許容される」とした。
しかし、「平成23年大法廷判決は、1人別枠方式とこれによる選挙区割りを違憲状態としているところ、本件選挙区割りでは、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数が変更されていない都道府県が相当数あり、その中には、平成27年国勢調査の結果によりアダムズ方式による定数配分が行われた場合に異なる定数が配分されることとなるものも含まれていたのであ」り、「私の立場からすれば、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数が変更されていない都道府県が相当数ある本件選挙区割りについては、1票の価値に不均衡が生ずるやむを得ない事情があるとはいえず、したがって、平成30年大法廷判決の多数意見と異なり、平成29年選挙時の本件選挙区割りは違憲状態を解消するものとはいえなかったと考える。そして、平成29年の公職選挙法改正後、国会において更なる較差是正措置が講じられないまま行われた本件選挙時の本件選挙区割りも、違憲状態を脱したとはいえないことになる」とした。
また、「当審が合理的期間論において考慮している事項は、国家賠償請求事件であれば、過失の有無の判断に際して検討が必要になるが、選挙無効請求事件であれば、選挙時点で定数配分又は選挙区割りが客観的に違憲状態にあった以上、それはすなわち公職選挙法の区割規定が違憲であるといってよい」として、「私の考えによれば、本件区割規定が違憲である以上、憲法98条1項により本件選挙を無効とするのが原則ということになる」とした。
ただし、「私は、公職選挙法204条の規定に基づく1票の価値の不均衡を争う訴訟は、本来、同条が予定していた訴訟でないにもかかわらず、投票権という国民主権の基本を成す権利について司法救済の道がないことは不合理であるから、同条の規定を形式的に利用して、実質的に、判例法としての基本権訴訟を創出したものと考えている。したがって、判決の在り方についても、一般の場合と異なり、司法府と立法府との役割分担を踏まえて、柔軟に判断することが例外的に許容されると考える」とし、「平成23年大法廷判決後、平成24年改正法により、1人別枠方式を定める旧区画審設置法3条2項の規定を削除し、平成25年改正法で、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるよう選挙区割りを改め、平成28年1月に『衆議院選挙制度に関する調査会』答申を受けて、平成28年改正法において、アダムズ方式による各都道府県の選挙区数の変更に伴う改定案の勧告を平成32(令和2)年以降10年ごとに実施される大規模国勢調査の結果に基づいて行い、大規模国勢調査が行われた年から5年目に当たる年に行われる簡易国勢調査の結果、人口の最大較差が2倍以上の選挙区が生じたときも較差が2倍未満となるよう選挙区割りの改定を行うこととされた。このように、次回の衆議院議員総選挙は、1人別枠方式の影響を排除した選挙区割りの下で行われることが見込まれる。さらに、平成28年改正法附則5条において、全国民を代表する国会議員を選出するための望ましい選挙の在り方については、公正かつ効果的な代表という目的が実現されるよう、不断の見直しが行われる必要があることを国会が宣明している。このように、国会が、漸進的ではあれ、投票価値の不均衡を縮小するための努力を重ねてきたこと、今後も不断の見直しを行うことを宣明していることは評価されるべきであり、このことに照らし、本件選挙については、無効とすることはせず、違法であることを宣言するにとどめるのが適当である」とした。
3.検討
前述のように、本件事案は、2018年(平成29年)最高裁判決で扱われた選挙区割りと同じ選挙区割りで実施されたものである。そして、2018年(平成29年)最高裁判決も、投票価値の平等という点では、必ずしも満足しているものではなく、あくまで漸進的な是正を評価することで合憲判断を下したのである。それにもかかわらず、2018年(平成29年)最高裁判決の事案よりも選挙人数の較差が拡大した本件事案において、最高裁は合憲判断を下している。
しかも、2018年(平成29年)最高裁判決では、違憲状態とする2つの意見と違憲とする反対意見と違憲無効とする反対意見が付されていたが、本判決では、宇賀克也裁判官による違憲とする反対意見が付されたのに留まっている。
以上のことからすれば、本判決は、投票価値の平等の憲法上の要請に関して、従来よりも消極的な姿勢を示したものと評価することができるだろうし、それが今後の最高裁の方向性の1つの大きな流れといえるものと思われる。
もともと、私は、「現実の様々な社会問題を踏まえれば、人口少数県と人口の多い都市部との間には憲法学的にも無視できない違いがあるものと考えて」おり、「投票価値の平等を『唯一かつ絶対的な基準』、あるいは『優先的に尊重されなければならない』ものだとは考えて」おらず、基本的には2018年(平成29年)最高裁判決の「多数意見の判断枠組みに与するものである」※4。
ただし、そのことは、投票価値の平等の要請を軽視するものではなく、また、投票価値の平等の要請を人権論として構成すべきではないと考えているものでもない。投票価値をめぐる訴訟における最高裁の考え方は、選挙区割りをはじめとする選挙制度に関する国会などのプロセスや方向性を重視するものである。しかし、「プロセスや方向性を重視することは、その限りにおいて、人権論ではなく制度論となっているものと考えられ、また、そもそも、裁判所が立法府のプロセスや方向性を評価することにも限界がある。そうであるならば、こうした判断枠組みを前提とする限り、裁判所が投票価値の平等を求めることには、大きな内在的な制約が生じざるを得ない」※5ものと思われる。
したがって、多数意見の判断枠組みを踏まえながらも、投票価値の平等を人権論として構成するとすれば、本判決の反対意見で宇賀裁判官のいうように、「投票権といえども公共の福祉による制約に服するので、完全に1対1の状態が実現できるわけではない」が、「立法者は、1票の価値の不平等が、公共の福祉による制約としてやむを得ないことについて説明責任を負う」とし、「投票価値の不均衡が、合理性を欠く制約によりもたらされていれば、違憲」と考えることになるものと思われる※6。その意味で、今後は、多数意見においても、投票価値の平等を真に人権論として展開する(させる)ことが、大きな課題となるものと思われる。
また、本判決での宇賀裁判官の反対意見では、「当審は、(ⅰ)定数配分又は選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か、(ⅱ)上記の状態に至っている場合に、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か、(ⅲ)当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に、選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かという判断枠組みに従って審査を行ってきた」のであり、「こうした段階を経て判断を行う手法が採られてきたのは、憲法の予定している司法権と立法権の関係に由来するものと考えられると説明してきた」としている。つまり、「裁判所が選挙制度の憲法適合性についての上記の判断枠組みの各段階において一定の判断を示すことにより、国会がこれを踏まえて所要の適切な是正の措置を講ずることが、憲法の趣旨に沿うというのである」わけである。しかし、宇賀裁判官は、そうした判断枠組みについて、「確かに、裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても、自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく、その是正は国会の立法によって行われることになるのはそのとおりである」としつつも、「違憲状態にあれば違憲であると判示したとしても、裁判所が具体的な制度を定めることになるわけではなく、その是正方法については、国会の立法に委ねられることに何ら変わりはないから、そのことが憲法の予定する司法権の限界を超えるとか、立法権の侵害になるということにはならない」とし、「合理的期間が経過していないのに違憲であれば無効としてよいかという問題はあるが、それは上記(ⅲ)の違憲判決の効力の問題として検討すればよいのであり、上記(ⅱ)の段階が必要な理由にはならない」としている。したがって、宇賀裁判官は、「当審が合理的期間論において考慮している事項は、国家賠償請求事件であれば、過失の有無の判断に際して検討が必要になるが、選挙無効請求事件であれば、選挙時点で定数配分又は選挙区割りが客観的に違憲状態にあった以上、それはすなわち公職選挙法の区割規定が違憲であるといってよい」としている。論理的には、宇賀裁判官の指摘は適切なものと考えられ、したがって、投票価値をめぐる判断枠組みに関しても、さらに検討し修正していく必要があるものと思われる※7。
4.おわりに
私の立場は、本判決も含めた最高裁の考え方を尊重しつつも、投票価値の平等/不平等に関して人権論として構成し、立証責任の問題と捉え直すものである※8。そして、人権論として構成する以上、投票価値の不平等を肯定する立証責任は、立法者に高く設定され重く課されることになる。そうであるとすれば、本判決の宇賀裁判官の反対意見と同様に、本件事案を合憲とすることはできないものと考えている。
前述のように、「そもそも、裁判所が立法府のプロセスや方向性を評価することにも限界があ」り、「そうであるならば、こうした判断枠組みを前提とする限り、裁判所が投票価値の平等を求めることには、大きな内在的な制約が生じざるを得ない」※9。それにもかかわらず、最高裁が選挙制度改正のプロセスや方向性を重視した判断をすることは、裁判所、特に最高裁判所の役割として適切なものではなく、結果として、その責任を放棄していることになるだろう。
基本的には、これが今後の最高裁の方向性の1つの大きな流れであるものと考えられるが、そのことは、憲法学的に大いに問題であると思われる。
(掲載日 2023年5月22日)