判例コラム

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第279号 特許法102条2項の推定の一部覆滅後に同条3項の賠償が認められる条件について 

~椅子式マッサージ機事件知財高裁大合議判決(知財高裁令和4年10月20日判決)~

文献番号 2023WLJCC001
東京大学大学院法学政治学研究科 教授
田村 善之

Ⅰ はじめに

 本稿が検討対象とするのは、知財高大判令和4.10.20令和2(ネ)10024(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA10209001)[椅子式マッサージ機]である。この判決は、特許法102条に関する4つめの大合議判決であって、特に同条2項の侵害者利益額の推定が(一部)覆滅した場合に、その部分について同条3項の相当実施料賠償が認められるのはいかなる場合であるのか、という論点について判示した点に重要な意義が認められる。加えて、その理由付けの際に、同条1項の逸失利益額推定の覆滅事由にも言及しており、その影響は同項の推定が一部覆滅した場合の同条1項2号による相当実施料賠償の復活の可否についても影響を与えることが予想される※1

Ⅱ 事実

 本件は、被告(被控訴人)が製造し輸出するマッサージ機「被告製品1」と、同じく製造し国内販売するマッサージ機「被告製品2」が、発明の名称を「椅子式マッサージ機」とする特許発明(判文中では「特許発明C」)について本件の原告(控訴人)が有する特許権を侵害しているとして、原告が被告に対しその差止めや損害賠償等を請求して提起した特許権侵害訴訟である※2
 原判決(大阪地判令和2.2.20平成30(ワ)3226(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA02209008)[椅子式マッサージ機])は、被告製品1、被告製品2についてともに原告の特許発明の技術的範囲に属しないとして原告の請求を棄却した。
 原告が控訴。控訴審は、一転して技術的範囲の充足性を肯定するととともに、特許発明Cについて被告から主張された無効の抗弁を退けたため、原判決で取り上げられなかった損害賠償額の算定の判断に入った。

Ⅲ 判旨

 本判決は、特許法102条2項による賠償額について、原告が販売する控訴人製品1と控訴人製品2が特許発明Cと同等の効果を奏するものではないから、特許法102条2項の推定は認められないのではないかという論点について、推定を認める支障にはならないと判示した。
 その上で、被告製品1※3に関して特許法102条1項の推定を認めつつ、推定の覆滅の過程で、特許発明Cが被告製品の一部※4に実施されているに止まることと、被告製品の輸出先の仕向国中、控訴人製品が輸出されていない国があることを斟酌して、限界利益額の1割の限度で推定を維持した(つまり90%の覆滅を認めた)。
 そして、このようにして、特許法102条2項の推定が一部覆滅した部分について同条3項の賠償を認めることができるか、という論点に関し、以下のように論じて、一部実施に係る部分についてはこれを認めず、輸出されていないことを理由とする部分(7%相当)についてはこれを認める旨、判示した。
 「(ア)特許法102条3項は、特許権者は、故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると規定し、同条5項本文(令和元年改正特許法による改正前の同条4項本文)は、同条3項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げないと規定している。そして、特許権は、特許権者の実施許諾を得ずに、第三者が業として特許発明を実施することを禁止し、その実施を排除し得る効力を有すること(特許法68条参照)に鑑みると、特許法102条3項は、特許権者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度としてその賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。
 一方で、特許法102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額(限界利益額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものと解される。
 特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
 そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
 そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
 (イ)これを本件についてみるに、前記ウ認定の本件推定の覆滅事由は、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること及び市場の非同一性であり、いずれも特許権者の実施の能力を超えることを理由とするものではない。
 しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり(前記ウ(ア)c)、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。
 一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。
 そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。」
 「同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について、同条1項2号と同様の法改正がされなかったからといって直ちに同条2項による推定の推定覆滅部分について同条3項の適用を否定すべき理由にはならないというべきである。」
 結論として、本判決は、輸出に係る被告製品1については、特許法102条2項に基づく推定を限界利益額の90%の限度で覆滅しつつ、控訴人製品1との輸出先違いを理由とする覆滅部分である限界利益額の7%に相当する売上高については、1%の実施料率での同条3項の賠償を肯定する。その上でこうして計算された同条2項と同条3項の合計額が、全売上高について1%の実施料率を乗じることによって算定される3項単独の金額よりも高いことを理由に、前者の金額での賠償を肯定した。
 他方、国内販売に係る被告製品2については、特許法102条3項の賠償として、全売上高に実施料率1%を乗じた金額の賠償を肯定している。

Ⅳ 評釈

1 問題の所在
 特許法102条1項の逸失利益の推定や同条2項の侵害者利益の推定がなにがしかの理由で一部覆滅した場合に、その部分について同条3項の相当実施料賠償が認められるかという論点に関しては、いわゆる敗者復活の可否の問題として裁判例や学説が対立していた※5。そのような状況下で2019年改正特許法は、特に逸失利益の推定に関して102条1項を改正し、新たに同項2号を設け、特許権者の「実施の能力に応じた数量」(=「実施相応数量」)を超える数量について同項1号の推定が認められなかったり、特許権者が「販売することができないとする事情」があったりするために、「当該事情に相当する数量」(=「特定数量」)について同項1号の推定が覆滅した場合、これらの数量に応じて、「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」の賠償を受けることができることを明定するに至った。
 しかし、改正によっても決着を見なかった論点が二つ残っている。
 第一に、2019年改正は、特許法102条1項については上記のように敗者復活を明示的に認めつつ、同条2項の侵害者利益の推定に関しては全く手を着けなかったので、その反対解釈で2019年改正後は同条2項の侵害者利益の推定が一部覆滅した場合には、その部分について同条3項の賠償による敗者復活が認められないことになるのかということが問題となる。
 第二に、そもそも2019年改正特許法102条1項2号自体に関しても、その括弧書きに「特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合」には敗者復活を認めないとする文言が挿入されているので、その意味が問題となる。これら2点の論点に関してはすでに裁判例や学説が対立を見せ始めているところ、本件は大合議判決として、いずれの論点にも関連する判断を示しており、その実務的な影響は大きい。
 具体的には、本判決は、第一の論点につき、2019年改正特許法102条1項2号を反対解釈することなく、同条2項に関しても推定の一部覆滅後に、その一部覆滅に係る部分について同条3項の賠償が認められるべきであることを明らかにするとともに、第二の論点につき、その復活の仕方の問題として「特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである」との一般論を展開した上で、侵害製品において特許が実施されているところが部分に止まるという事情を理由とする推定の一部覆滅に関しては3項の復活を否定しつつ、侵害製品が輸出されている仕向国に対して特許権者の製品が輸出されていなかったことを理由とする推定の一部覆滅部分については同項の復活を肯定した。
 このうち第二の論点に関しては、本件の事案は特許法102条2項に関するものであり、それがゆえに本判決は2019年改正特許法102条1項2号括弧書きに言及するものではないが、本判決が唱えた前記一般論は、実施許諾をすることができたか否かを問題とする点で、括弧書きと体裁を同じくする。そのため、今後の裁判実務においては、本判決の説示が同号括弧書きに関する判断を実質的に含んでいるものと忖度される可能性が高い。そこで、本稿では、同条2項ばかりでなく、同条1項2号を含めて、推定の一部覆滅後に実施料賠償額※6の復活が認められるか否か、認められるとしてその要件はいかなるものであるのかということについて検討していくことにする。

2 起草者の説明
 特許法102条1項2号括弧書きがいかなる場合に適用されるのかということについて、起草者は、特許発明が侵害製品や特許権者の製品の一部に関わるに止まるために推定が覆滅した部分について敗者復活を認めない趣旨である、と説明する※7。しかし、文言上、どうしてそのように読めるのかは定かではない。「権利者が自己の権利についての通常使用(ママ)権の許諾等をし得たと認められない」からであるとする説明もなされているが※8、後述するように、実際にはライセンスは可能であるから、これもまたよくわからないところがある。
 さらに、侵害製品に対して特許権者の製品以外にも市場において競合品が存在するために推定が覆滅した部分についての処理についても起草者の見解には揺れが見られる。当初は、そのような部分については特許法102条1項2号の賠償が認められるとしていたのだが※9、後にトーン・ダウンし、事案次第であるとしかいわなくなった※10

3 裁判例
1) 序
 ここで、2019年特許法改正施行後の裁判例の状況を俯瞰しておこう。
 叙述の便宜上、特許法102条1項1号の推定の覆滅部分についての同条1項2号の賠償の可否に関する裁判例を取り扱い、次いで、本判決が扱った論点、すなわち同条2項の推定覆滅部分についての同条3項の賠償の可否という論点に関する裁判例を検討する。結論からいえば、裁判例における取扱いには対立が認められる。

2) 特許法102条1項1号の推定の覆滅部分についての同項2号の賠償の可否に関する裁判例
 特許法102条1項1号の逸失利益による推定の覆滅部分に関して同条1項2号の賠償が認められるかという論点に関しては、裁判例の数は少ないものの、かなり抑制的な態度を看取することができる。
 たとえば、この論点について判示した判決として、知財高判令和4.3.14平成30(ネ)10034(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA03149001)[ソレノイド]がある。同判決は、特許法102条1項1号の「販売することができない事情」については、被告製品の購入者が原告製品から侵害者の製品に切り換える際の購入動機が価格面で有利であったということ、侵害者の製品の販売個数が順調に維持することができた背景にサポート体制があるなどの被告に対する信頼関係が影響していること、被告製品には特有の改良が施されており、原告製品と被告製品との間には性能面における差異があること等を理由に、侵害者の製品の譲渡数量の2割の限度で推定の覆滅を認めた。その上で、同項2号括弧書きの解釈として、性能面の差異に起因する推定の覆滅部分については「控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められない」ことを理由に同号の賠償による復活を否定し、「営業努力等」(文脈上、「侵害品である被告製品と原告製品2の価格差、被控訴人によるサポート面や協力態勢の面で●●●社との間との一定の信頼関係の構築」のことを指しているものと思われる)に起因する推定の覆滅分(推定覆滅割合である2割中、半分の1割とされた)については、「本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえる」ことを理由に同条1項2号による賠償の復活を認めている。
 要するに、前掲知財高判[ソレノイド]においては、原被告製品の性能面の差異に起因する推定の覆滅部分については特許法102条1項2号による賠償の復活が認められず、他方、被告がサポート体制や協力体制を敷いており需要者と信頼関係を構築しているといった営業努力等に起因する推定の覆滅部分については同項2号による賠償が認められていることになる。
 続いて、特許法102条1項2号について判示した判決としては、知財高判令和4.8.8平成31(ネ)10007(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA08089003)[プログラマブル・コントローラ]がある。同判決は、被告製品の生産、譲渡等について特許権の間接侵害の成立を認めつつ、その損害額の算定の場面において、同項1号を適用して推定した損害額について、特許発明の特徴的技術部分が被告製品の販売量に貢献していないと認められる数量、原告製品の機能上の制約や原告製品の市場におけるシェアに鑑みて侵害がなかったとしてもユーザーの需要が原告ではなく他社に向かうと想定される数量、直接実施に結びつかず特許発明の技術的範囲に属しない表示器に用いられる数量があることを理由に、「販売することができないとする事情」があると認めて推定を覆滅した部分について、「一審原告が一審被告に本件発明1をライセンスし得るとは認められない」ことを理由に、同項2号の損害賠償を認めなかった。
 このうち、第一に、この判決が、特許発明の特徴的技術部分が被告製品の販売量に貢献しているとは認められないことを理由とする推定覆滅部分について特許法102条1項2号による敗者復活を認めなかった点は、前掲知財高判[ソレノイド]が被告製品に改良が施されていることを理由とする推定の覆滅部分につき敗者復活を認めなかったことに対応するといえる。被告製品に改良が施されており、それが被告製品の売上に貢献しているということは、その分、被告製品の売上に対する特許発明の貢献の度合いを減じる事情であるといえるからである。第二に、この判決が、市場における競合品の存在を理由とする推定の覆滅分についても復活が認められないという態度を示したことは、前掲知財高判[ソレノイド]では判示されていなかった点※11について新たな見解を示したということができる。

3) 2019年改正前特許法102条1項について特許発明の特徴が製品の一部に及ぶに止まるという事情を権利者の「単位数量当たりの利益の額」の減額事由と捉える裁判例
 ところで、2019年改正法施行前の裁判例であるが、大合議判決である知財高大判令和2.2.28平成31(ネ)10003(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA02289002)[美容器]は、特許発明の特徴が特許権者の製品の一部に及ぶに止まるという事情を、特許法102条1項の権利者の製品の「単位数量当たりの利益の額」の減額事由と捉えた上で、その場合、特許発明の特徴が(特許権者の製品だけではなく)侵害者の製品についてもその一部に及ぶに止まっているという事情を、同様の事情の二重評価になるということを理由に、推定の覆滅の問題としなかった※12。2019年改正特許法102条1項1号は、その文言上、改正前の同条1項の体裁を形式的に変更しているに止まるから、前掲知財高大判[美容器]の見解は改正法の下でも妥当し得る。
 特許発明の特徴が製品の一部に及ぶに止まるという事情が「販売することができないとする事情」ではなく「単位数量当たりの利益の額」の問題として取り扱われる場合には、それにより推定額が減じられたところで、特許法102条1項2号が適用されることはない。前述したように、裁判例の趨勢は、特許発明の特徴が製品の一部に止まることを理由として推定が覆滅されなかった場合には、同号の賠償を認めないので、結論として齟齬は無いと理解することも可能である※13。しかし、他方で、そのような処理をしたところで、同条3項の賠償は可能であると論理構成することも不可能ではない。
 ちなみに、前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ]は、特許発明の技術的特徴部分が侵害製品の販売に貢献していないという事情を、特許法102条1項1号の「単位数量当たりの利益の額」のところではなく、同号括弧書きの「販売することができないとする事情」の問題として扱っており、その意味で前掲知財高大判の枠組みに従っていない。もっとも、限界利益額について当事者間に争いがなかったという事案であり、そこで斟酌するわけにもいかなかったので推定の(一部)覆滅として処理することにしたのかもしれない。
 いずれにせよ、知財高大判[美容器]の存在は、特許発明の特徴が製品の一部に及ぶに止まる事例における適用法条を不安定なものとしているといえよう※14

4) 特許法102条2項の推定の覆滅部分についての特許法102条3項の賠償の可否に関する裁判例
 次に、特許法102条2項の侵害者利益の推定の覆滅部分に関して、同法102条3項の相当実施料額賠償が認められるかという論点について判示した裁判例を俯瞰する。結論からいうと、裁判例は分かれている。
 第一に、先に紹介した特許法102条1項2号に関する裁判例と軌を一にし(時期的にはこちらのほうが先行しているが)、かなり抑制的な態度をとる裁判例がある。
 たとえば顧客吸引力に寄与していないことを理由とする特許法102条2項の推定覆滅部分について同条3項の復活賠償を否定した裁判例として、東京地判令和3.1.29平成30(ワ)1233(WestlawJapan文献番号2021WLJPCA01299004)[コンクリート造基礎の支持構造]がある。同判決は、特許発明の実施に係る場所打ちコンクリート杭について、本件発明の作用効果が顧客吸引力に与えた影響がある程度限定的であることを理由に、3割の限度で同条2項の推定の覆滅を認めつつ、当該覆滅部分について「寄与の程度による覆滅という覆滅事由の性質に照らして、上記覆滅部分について、原告がライセンス機会を喪失したとは認められず、当該部分に同条3項による損害を認めるのは相当でない」と論じて、同条3項の賠償を否定した※15
 同様に、特許法102条1項2号に関する裁判例と整合的な判断を示した判決として(これもまた時期的にはこちらのほうが先行しているが)、競合品の存在を理由として5%の限度で同条2項の推定の覆滅を認めつつ、その部分について同条3項の損害賠償をも否定した大阪地判令和3.9.16令元(ワ)9113(WestlawJapan文献番号2021WLJPCA09169004)[情報通信ユニット]がある。その控訴審である知財高判令和4.6.20令和3(ネ)10088(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA06209003)[同]も、推定の割合こそ違えたが、同様に、競合製品が存在することを理由に15%の推定の覆滅を認めつつ、その部分について同条3項の賠償を否定している。その理由は、控訴審判決によると、「競合品が販売された蓋然性があることにより推定が覆滅される部分については、そもそも特許権者である被控訴人が控訴人に対して許諾をするという関係に立たず、同条3項に基づく実施料相当額を受ける余地はないから」であるというのである※16。この他、東京地判令和4.5.13令和2(ワ)4331(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA05139003)[加熱式エアロゾル発生装置]においても、原告と被告の間の別件訴訟において被告製品が原告の別件特許権をも侵害していたことを理由とする損害賠償請求が認容されていた※17ところ、裁判所は、この別件発明の実施品でもあるという事情を斟酌して同条2項の推定を5割覆滅しつつ、当該覆滅部分について「実施の許諾をし得たとは認められない」ことを理由に同条3項の賠償を否定した。
 いずれの判決も特許法102条2項の解釈として、同条1項2号の括弧書きの文言に沿った説示を開陳した後、同条3項の賠償の可否を判断しているところに特徴がある。裁判例のなかには、前述した前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ]のように、その旨をはっきりと明言するものもある。同判決は、前述したように、特許発明の特徴部分の侵害製品の売上への貢献が限定されていること、市場における競合品の存在を理由に同条1項1号の推定を(一部)覆滅した部分について同条1項2号の賠償を否定しつつ、「仮に、特許法の解釈上、特許法102条2項と3項の重畳適用が排除されていないとしても、その適用は同条1項2号の趣旨にかなったものとなるのが相当と思料されるべきところ、本件においては、同条2項の覆滅事由は前記ウ及びのとおり、そもそも同条1項2号の適用のない場合であるから、同条3項を重畳適用できる事案ではない」と宣言している。
 第二に、他方、これら主流派の裁判例の趨勢とは異なる取扱いを示し、特に抑制することなく、実施料賠償による復活を認める大阪地裁を中心とする一連の裁判例がある。
 嚆矢となったのは、特許法102条と内容を同じくする意匠法39条に関するが、大阪地判令和2.5.28平成30(ワ)6029(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA05289002)[データ記憶機]である。同判決は、第一に、被告製品の需要者はデザインではなく製品の機能を第一次的な購入動機としていると考えられること、第二に、機能面で原被告製品と競合する他社の製品が市場に存在するために被告製品が販売されなかったとしてもその需要の全てが原告製品に向かうものではないこと等を斟酌して、7割の限度で同条2項の推定の覆滅を認めた。その上で、同条3項に関しては、「推定覆滅に係る部分については、同条2項に基づく推定が覆滅されるとはいえ無許諾で実施されたことに違いはない以上、同条3項が適用されると解するのが相当である」と論じて、同条2項の推定の覆滅部分の全範囲について同法39条3項の賠償を認容した。その控訴審判決である大阪高判令和3.2.18令和2(ネ)1492(WestlawJapan文献番号2021WLJPCA02189002)[データ記憶機]も原判決のこの判断を是認している。
 前掲大阪地判[データ記憶機]、前掲大阪高判[同]における推定の覆滅の理由のうち第一のもの、すなわち、意匠権がカバーするデザインではなく推定製品の機能が需要者の購買動機を形成していることに着目するものは、特許になぞらえれば特許の対象である技術的特徴が貢献していないことを理由とする推定の覆滅に相当する。また、第二のものは、市場における競合品の存在を理由とする推定の覆滅である。これらの推定の覆滅理由のいずれについても相当実施料額の賠償を認めたところに、前掲大阪地判[データ記憶機]、前掲大阪高判[同]の特徴がある。その際、謙抑的な姿勢を示す前述した第一の類型の裁判例と異なり、意匠法39条1項2号括弧書きに類する文言を用いていないことも目を惹くところである。
 この類型に属する裁判例として、意匠法39条に関して同様の取扱いを示した判決として、大阪地判令和4.2.10令和元(ワ)10829(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA02109006)[頭部マッサージ具]がある。具体的には、二つの意匠権の侵害が問題となった事例で同条2項について、市場において競合品があることと、意匠権者の製品と侵害製品の機能に差異があること、登録意匠が部分意匠であることを理由に各意匠権について4割又は6割の限度で覆滅を認めつつ、当該部分について全面的に同条3項の賠償を認めた判決である。同様に、大阪地判令和4.9.15平成29(ワ)7384(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA09159001)[マッサージ機]※18も、特許法102条1項につき、特許発明の効果がマッサージ機を選択する需要者の動機の一つとなるに止まること、市場において競合品が存在することなどの事情を考慮して同条2項の推定を98%覆滅しつつ、その部分について全面的に同条3項の賠償を認めている。その他、大阪地判令和4.6.9令和元(ワ)9842(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA06099002)[自立式手動昇降スクリーン]も、同条2項について、市場における競合品の存在を理由に2割の推定の覆滅を認めつつ、当該部分について全面的に同条3項の賠償を認めている※19
 なお、いずれにも分類しがたい裁判例として、東京地判令和2.1.30平成29(ワ)29228(WestlawJapan文献番号2020WLJPCA01309006)[流体供給装置]も、侵害者が侵害プログラムを含むガソリンスタンドの設定器の納入先であるガソリンスタンドが系列化しており、侵害者と特許権者とは系列を異にしているという事情などを斟酌して40%の割合で特許法102条2項の覆滅を認めつつ、当該部分について同条3項の賠償を認めている。この種の事情に関しては、抑制的な態度を示す主流派の裁判例でも復活を認めることがあるので(前掲知財高判[ソレノイド])、いずれの傾向に与しているのかということを決めることは困難である。

5) 小活
 以上、紹介した裁判例の傾向をまとめると以下のようになる。
 特許法102条1項1号の推定に関しては、その(一部)覆滅の理由が、特許発明の特徴が侵害製品の販売に貢献していないこと(前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ])や、侵害製品に改良が施されている場合である(前掲知財高判[ソレノイド])とか、市場における競合品が存在すること(前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ])を理由とする覆滅部分については同項2号の実施料賠償による復活を否定するが、特許権者製品と侵害製品の価格差(前掲知財高判[ソレノイド])、侵害者のサポート体制の構築などによる顧客獲得の努力(前掲知財高判[ソレノイド])に起因する覆滅部分については復活を許容するのが、現在の裁判例の傾向である※20
 特許法102条2項の推定に関しては、裁判例は二つの類型に分かれている。
 第一に、推定の(一部)覆滅部分について特許法102条3項の復活賠償に謙抑的な立場を示す一群の裁判例がある。この類型に属する裁判例の下では、具体的には、特許発明の特徴の侵害製品の売上への貢献が限定的であるという事情(前掲東京地判[コンクリート造基礎の支持構造]、前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ])、侵害製品が別の特許発明を実施しているという事情(前掲東京地判[加熱式エアロゾル発生装置])、市場において競合品が存在するという事情(前掲大阪地判[情報通信ユニット]、前掲知財高判[同]、前掲知財高判[プログラマブル・コントローラ])があることを理由に同条2項の推定が一部覆滅されたという事案で、当該覆滅部分について同条3項の賠償が否定されている。これらの裁判例の大半で、同条1項2号括弧書きと同様の文言が用いられていることも一つの特徴である※21
 第二に、他方で、大阪地裁を中心に※22復活賠償により積極的な裁判例もある。そこでは、侵害に係る特徴の侵害製品の売上への貢献に限りがあるという事情(前掲大阪地判[データ記憶機](意匠)、前掲大阪高判[同]、前掲大阪地判[頭部マッサージ具](意匠)、前掲大阪地判[マッサージ機])、市場において競合品が存在するという事情(前掲大阪地判[データ記憶機]、前掲大阪高判[同]、前掲大阪地判[マッサージ機]、前掲大阪地判[自立式手動昇降スクリーン])があることを理由に特許法102条2項や意匠法39条2項の推定が一部覆滅したという事案で、当該覆滅部分について特許法102条3項や意匠法39条3項の復活賠償を認めている。これらの裁判例では、同種の事情があるときに復活を認めなかった第一類型の裁判例とは正反対の立場が取られている。その際、特許法102条1項2号括弧書きに類する文言が用いられていないことも一つの特徴といえる。
 このように、裁判例は、現在までのところ、特許法102条1項2号に関しては実施料賠償の復活に謙抑的な裁判例のみが存在する一方で、同条2項に関しては謙抑的な裁判例、積極的な裁判例が分かれているという状況にある。しかし、同条1項2号に関する判断を示した裁判例は極めて少なく、管見の限り、同条2項に関して積極的な態度を示した裁判体と同一の構成の裁判体が同条1項2号に関する判断を示した例はなく、こうした裁判例の傾向の相違が同号の文言に起因するのか、それとも単に同号に関する裁判例が少ないということに止まるのかということは定かではない※23
 なお、侵害者が侵害プログラムを含むガソリンスタンドの設定器の納入先であるガソリンスタンドが系列化しており、侵害者と特許権者とは系列を異にしているという事情を理由として特許法102条2項の推定が一部覆滅したという事案で、当該部分について同条3項の賠償の復活を認める裁判例がある(前掲東京地判[流体供給装置])。この種の広い意味では侵害者の営業努力と一括し得る事情については同条1項2号について謙抑的な立場を示す裁判例でも肯定されているから(サポート体制の構築につき、前掲知財高判[ソレノイド])、数は少ないながらも、いずれの類型においても復活が認められる事情であると整理することができるかもしれない。

4 本判決の意義
 このような裁判例の現況において下された本判決の意義を考察しておこう。
 第一に、本判決は特許法102条2項の推定が覆滅した場合、覆滅部分について同条3項の賠償が認められるのかということは「当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるとき」という文言の下で判断されるとした。同条1項2号の同様の文言で臨むタイプの裁判例の見解に与したのである。
 第二に、そうなると、いかなる場合に「特許権者が実施許諾をすることができたと認められるとき」に該当しないとして同条3項の賠償が認められなくなるのかということが問題となる。その点に関し、本判決は、傍論ながら、特許法102条1項1号の「実施応数量」を超える部分に相当する部分、つまり、侵害品の販売数量が特許権者の販売等の実施の能力を超えるために推定が認められない部分については、特段の事情がない限り、同条3項の賠償が認められるとした。他方、同条1項1号の「特定数量」に該当する部分、すなわち、特許権者が販売等することができないとする事情があるために推定が認められない部分に関しては、被告製品の輸出先の仕向国に特許権者の製品が輸出されていないという事情に係る部分は、「市場の非同一性を理由とする覆滅事由」に係る覆滅部分であって、同条3項の賠償を推定残存額に合算することができるが、本件特許発明が被告製品1の部分のみに実施されているという事情があるに推定が認められない部分については、「本件各発明Cが寄与していない部分」であることを理由に、同条3項の賠償を合算することを否定した。
 このような本判決の判断は、概ね従来の裁判例において謙抑的な態度を示す裁判例の方向に与したといえる。とりわけ、特許発明の特徴が侵害製品の一部に及ぶに止まるために推定が覆滅された部分について特許法102条3項の復活賠償が認められるか否かということに関しては、従来、否定例と肯定例の対立が鮮明であったが、大合議としては否定説に与することが明らかにされている。
 他方、同じく裁判例が分かれていた、市場に競合製品が存在する場合の処理に関しては、本判決は態度を明らかにしていない。また、特許法102条1項2号に関し復活肯定例があった、侵害者の営業努力に基づくことを理由とする推定覆滅部分についても、同様に本判決の立場は不明である。今後の裁判例の展開が待たれるところである。
 なお、本判決が「市場の非同一性」を理由とする推定覆滅部分について肯定を認めたことは、系列違いを理由とする推定覆滅の場合に特許法102条3項の賠償を認める前掲東京地判[流体供給装置]の結論を支持し得ることになろうか。
 第三に、本判決は、このようにして特許法102条2項の推定の一部覆滅後の残存額と同条3項の復活分を加えた合算額が、同条2項の推定に全く頼ることなく同条3項単独で算定された賠償額を比較し、前者の合算額が後者の単独算定額よりも高いことを理由に、前者の額での賠償を認めている。この説示は、後者の単独算定額が高かったのであれば後者の額の算定を容認していたであろうことを示唆するものである。したがって、本判決は、同条2項の推定覆滅部分に対応する侵害製品の売上について同条3項単独で算定される賠償を否定するものではない。同項の賠償が単独で算定される場合には、当該部分を含めて侵害製品の全売上について同条3項の実施料率を乗じた額の賠償を許容していると理解できるからである。要するに、本判決が否定したのは、同条2項の推定の一部覆滅後の残存額に、覆滅部分に対応した同条3項の賠償額を合算することに止まる。

5 検討
1) 序
 本判決が直接扱ったのは特許法102条2項の推定の一部覆滅後に、覆滅部分について同条3項の復活賠償が認められるかということであったが、本判決の判旨は、同条1項2号の推定の覆滅事由の分類を援用した上で、それらの同号括弧書きの文言と同様の文言により同条3項の復活賠償の可否を判断している。厳密には傍論ではあるが、本判決の意図としては、同条1項2号についても同様の処理をすべきことが強く示唆されていると理解されることを狙っているといえよう。今後の下級審の裁判例は同号に関しても、本判決を無視することが困難となったということができる。
 そこで、以下では、本判決の論理が、特許法102条2項と同条3項との関係ばかりでなく、同条1項2号についても及ぶことを前提に、その是非を検討することにしたい。

2) 謙抑的な見解の問題点
 本判決が与した謙抑的な見解には、以下のような問題点があることを指摘することができる。
 第一に、前述したように、特許発明の特徴が問題の製品の一部に止まっているなど限定的な場合に特許法102条1項2号括弧書きの適用があるとするのが、謙抑的な裁判例の理解であり、それはそもそも2019年改正の起草担当者の見解でもある※24。謙抑的な裁判例によって支持されている。本判決もその流れに与し、同条2項の推定の覆滅を舞台にしつつ、このような場合には「実施許諾をすることができたものと認められない」と論じて、同条3項の復活賠償を否定している。
 しかし、前述したように、特許法102条1項2号の文言上、どうしてそのように読めるのかということは明らかではない。この点に関し、起草者は、この場合、「権利者が自己の権利についての通常使用(ママ)権の許諾等をし得たと認められない」からであると説明している※25。そもそも、特許発明の特徴が製品全体に及んではいるものの売上への貢献は限定的であるという場合にはこの理は通用しないように思われるが、そのことを脇に置き、かりに議論を特許発明の実施部分が侵害製品の一部に止まっている場合に議論を限定とするとしても、この理は誤っているといわざるを得ない。なぜならば、通常実施権は、なにか積極的に特許発明を実施できるというような権利ではなく、あくまでも特許権者から特許発明を実施することに対して差止請求権を行使されることは無いという債権に止まる※26。そして、特許発明の特徴部分が侵害者の製品の一部に止まっていたとしても、そこが不可分である限り、特許権者は、製品全体の製造、販売に対する差止請求を認容してもらうことができるとされている(東京地判昭和63.12.9判時1295号121頁(WestlawJapan文献番号1988WLJPCA12090001)[文字枠固定装置]、神戸地判平成9.1.22平成5(ワ)312(WestlawJapan文献番号1997WLJPCA01226008)[替え刃式鋸における背金の構造])※27。そうだとすると、特許権者としては、特許発明の特徴が侵害者の製品の一部に及ぶに止まる場合であっても、当該部分と不可分な製品全体に対して差止請求権を行使しないということを相手方に約束すること、つまり通常実施権の許諾もできると解される。その際、特許発明の特徴が一部に及ぶに止まるという事情は、ライセンス料率に反映されるに止まる。だとすれば、同号の解釈においても、同様に括弧書きには該当せず、ゆえに同号の賠償を認めた上で、その賠償額の算定の際に、特許発明の特徴が一部に及ぶに止まるという事情を斟酌して相当な料率を定めれば足りると解すべきである。
 第二に、本判決そのものというわけではないが、特許発明の特徴が侵害者の製品の一部に及ぶという事情による推定の覆滅の場合に特許法102条1項2号の賠償を否定する見解のなかには、他方で、市場において競合品が存在することを理由とする推定の覆滅や、侵害者が営業努力をなしたことを理由とする推定の覆滅に関しては、逆に、同号括弧書きの適用を否定し、ゆえに同号の賠償を認めるものがある※28。裁判例は、前述したように、謙抑的な態度を示す裁判例であっても、侵害者の営業努力に係る部分については推定の復活を認める傾向にある※29
 しかし、これらの3つの推定覆滅事由について取扱いを正反対にするほどの質的な相違を認めることは困難である。物の経済的な価値というものは、市場における代替品との関係を抜きにして客観的に定まるものでなく、あくまでも代替品との関係で相対的に決定される。特許発明の特徴が製品の一部に及ぶに止まるという事情であろうが、市場における競合品の存在という事情であろうが、侵害者の営業努力により侵害者の製品の顧客吸引力が増しているという事情であろうが、それらの事情はいずれもそれによって侵害製品の需要者が侵害がなかりせばどの程度、特許権者の製品や市場で競合する第三者の製品に向かうのかといった観点から推定の覆滅が認められるという点では変わるところはなく、そのなかで、かたや復活賠償が認められず、かたや復活賠償が認められるというようにドラスティックに取扱いを違えることを正当化することは困難である※30
 第三に、これも本判決が判示したわけではないが、他方で、市場における競合品の存在を理由とする推定の覆滅に関しては、起草者の見解が揺れていたところ※31、学説では復活賠償否定説をとるものがあり※32、前述したように、裁判例にもこれに呼応するものがある。否定説の理由は、市場における競合品は特許発明の実施品でないということを前提とした上で、そのような競合品に対して特許権者は特許権を行使し得るものでないから、ゆえに実施許諾もなし得ないはずであるというところに求められているようである※33
 しかし、ここで問題とすべきは、市場における競合品を販売している第三者に対する実施許諾ではなく、侵害者自身に対する実施許諾である※34。なぜならば、侵害なかりせばという仮定の状態には、侵害者が侵害製品を全く実施しないという選択肢ばかりでなく、侵害者が特許権者から実施許諾を受けるという選択肢も含まれ、ゆえに、後者の状態を想起する場合には、特許権者が侵害者から収受し得たはずの実施料が逸失利益としてその賠償を求め得るはずだからである。こうした考え方に対しては、あるいは、侵害者は、もし侵害をしてはいけないのであれば、実施料を支払ってまで実施行為をすることはなかったであろうとか、特許権者が侵害者に許諾をすることはあり得なかったであろう、ゆえに、かかる逸失利益としての実施料額は侵害行為との間で因果関係を欠くという反論がなされるかもしれない。しかし、侵害者は実施行為に及ぶことで、本来であれば実施料を支払われなければならない状態を作出するとともに、それを特許権者に無断で行うことで、特許権者から許諾するか否かを選択する機会を奪ってしまっているのである。それにも関わらず、侵害なかりせばという仮想状態においては、自ら実施許諾を求めにいくことはなかったであろうとか、特許権者は許諾をしてくれることはなく、ゆえに自身は実施をすることはなかったであろうと主張することは、実際には実施行為に及んでいるという自己の先行行為に矛盾するものであり、禁反言に該当し、信義則上許されないと解すべきである※35。反対説であっても、おそらく特許法102条1項1号や同条2項の請求を一切なしていない場合には、市場における競合品が存在したとしても、侵害者に対する実施料賠償を否定する意図はないのではないか(少なくとも、管見の限り、そのような主張を目にしたことはない)※36。だとすれば、なにゆえ、同条1項1号や同条2項の推定が認められたとたんに、侵害者に対する実施料賠償というアプローチを捨て去るのか、合理的な理由を見出すことは困難であろう※37
 結論として、以上の問題点に鑑みれば、本判決が与した謙抑的な立場を支持することできず、特許発明の特徴が侵害製品の一部に及ぶに止まるという事情や、市場において他に競合品が存在するという事情があることを理由に特許法102条1項1号の推定が覆滅した場合であっても、その推定覆滅部分について同項2号の復活賠償を認める立場をもって是とすべきである。
 そして、ここに示した特許法102条1項2号括弧書きに対する批判は、それと文言上、同様の説示を用いて、同条2項の推定の覆滅後の同条3項の復活賠償に抑制的な取扱いを示す本判決やその他の裁判例の見解にもそのまま妥当する。同条2項と同条3項に関しても謙抑的な立場を支持することはできないというべきである。

3) 特許法102条1項2号括弧書きの意義
 このように特許発明の特徴が製品の一部に及んでいるに止まることを理由とする推定の覆滅や、市場における競合品の存在を理由とする推定の覆滅の場合に、当該覆滅部分について実施料賠償の復活を認める本稿のような立場に与する場合、それでは、2019年改正特許法102条1項2号括弧書きの意味はなにかということが問題となるが、害のない規定とするために、括弧書きは特許権者と専用実施権者が併存する場合、特許権者は相当実施料額の賠償を請求し得ることができず、専用実施権者のみが請求できること※38を明文化しただけの趣旨と理解すれば足りよう※39
 学説では、本稿と同様の結論を得るために、特許法102条1項2号括弧書きは、商標法38条の相当使用料賠償について、最判平成9.3.11民集51巻3号1055頁(WestlawJapan文献番号1997WLJPCA03110001)[小僧寿し]※40が説いた、いわゆる損害不発生の抗弁を規定したものとするものもある※41。本稿と同様、括弧書きの空文化を目指すものであり、あえて異を唱える必要はない※42

4) 特許法102条1項2号・102条3項が前提としている損害論
 特許法102条1項2号括弧書きの解釈として、条文の文言上そのように読めないにも関わらず、侵害がなかったとしても特許権者がライセンスすることができなかった場合には損害賠償を認めない趣旨であると解する起草者やその他の裁判例の見解の背後には、同号や同法102条3項の損害賠償は逸失利益を前提とする実施料(=逸失実施料)※43であるとする発想を前提としていると考えられる。本稿は、そのような前提を叩かずとも、すでに指摘した問題点に鑑みる場合には、本判決のような謙抑的な立場を支持することができないことは明らかであると考えるが、そもそも逸失利益を前提とした説明自体が論理的に破綻していると思案しているので、最後にその点を付言したい。
 まず、特許法102条3項、同条1項2号の賠償を、侵害がなかりせば特許権者が実施権者から収受し得たはずの逸失利益としての実施料(=逸失実施料)として基礎付けようとすると、特許権者が実施権を設定していなかった場合に賠償を請求し得ないことになり、侵害があれば原則として常に請求し得ると解されている同条3項の賠償を説明することはできない。
 したがって、逸失利益として説明しようとするのであれば、侵害がなかりせば特許権者が侵害者から収受し得たはずの実施料の賠償を認めるものであると考えることになるのであるが、この説明の下では、損害額は、事件当事者である侵害者が侵害時点において特許権者と実施許諾契約を締結した場合に支払うことになるであろう実施料額となるはずである。ところが、1998年特許法改正は102条3項について、さらに2019年特許法改正はそれに加えて同条1項2号について、筆者が提唱した事後的に見て相当な実施料額賠償※44の導入を試みており、裁判実務もこの概念の論理的帰結である侵害プレミアムを認めている。そして、知財高大判令和元.6.7判時2430号34頁(WestlawJapan文献番号2019WLJPCA06079001)[二酸化炭素含有粘性組成物]※45もその理を確認した。
 かりに特許法102条3項や同条1項2号の損害賠償が逸失利益としての逸失実施料の賠償を規定しているのだとすると、その賠償額は侵害時点において特許権者と侵害者の間で締結されたであろう実施料額となるはずであり、それは技術的範囲に属さないリスクや無効となるリスク、さらには特許権者と侵害者に固有の事情などを盛り込んだ、その意味でいわば事前的に見て相当な、そして主観的な実施料額となるのであって、侵害プレミアムを盛り込んだ事後的に見て相当な実施料額にはなりようがない。したがって、逸失利益という損害概念で同条3項や同条1項2号の損害賠償を説明することはできない。
 特許法は、特許発明の実施に対する市場の需要をどのように利用するかを決定する機会(=市場機会)を特許権者に排他的に与えている。こうした法の趣旨に鑑みる場合には、特許権侵害者が特許権者からかかる市場機会を剥奪していること自体(=市場機会の喪失)を損害と観念して、その賠償を実現するべきである。特許法102条3項、同条1項2号は、まさにこのために設けられていると解することができる※46。こうした市場機会の喪失という(法の趣旨を体現するためという意味で)規範的な損害概念は、逸失利益という損害概念から解放された分、事後的にみて相当な実施料額というアプローチを採用することも可能となる※47
 この市場機会の喪失という規範的な損害概念の下では、特許法102条1項2号の賠償を認めるに当たって、侵害がなかったとした場合に特許権者がライセンスし得たかという逸失利益特有の問題設定を行う必要はなくなり、本稿が提唱するような解釈、すなわち、推定の覆滅の理由を詮索することなく、同条3項と同様に、侵害があれば原則として損害賠償を認めるという運用を正当化することができる。

[付記]
 本稿を執筆するに当たっては、2022年11月20日の同志社大学知的財産法研究会における金子敏哉教授(明治大学法学部)の「2項における推定覆滅の事由とプロセス、そして3項の併用-椅子式施療装置大合議判決を契機として-」と題する報告とその際の配布資料を大いに参考にさせていただいた。
 また、本研究はJSPS科研費JP18H05216の助成を受けたものである。


(掲載日 2023年1月13日)

  • 本判決は特許法102条まわりの様々な論点について判断を下しているが、本稿では、そのなかでも最も重要と目される論点、すなわち、特許法102条2項の推定が覆滅した部分について同条3項の賠償が認められるかという論点のみを取り扱う。他の論点も含めた検討は、田村善之『知的財産権と損害賠償〔第3版〕』(近刊)に本判決の判例評釈のロング・ヴァージョンを掲載する予定であるのでそちらを参照されたい。
  • 以上、事案を簡略化して紹介した。本稿は、本件控訴審判決の判断のなかでもとりわけ実務的な影響が大きいと目される損害賠償の論点を評釈の対象とするため、控訴審で侵害が肯定されたもの以外の特許発明に関する判断は取り上げないこととする。
  • 国内販売に係る被告製品2については、売上高を控除すべき経費が上回っており、ゆえに限界利益額は0円と算定されており、特許法102条2項の推定が完全に否定されており、その結果、もっぱら同条3項に基づく損害賠償が認容されているため、被告製品1と異なり、特許法102条2項の推定を一部維持しつつ、覆滅部分について同条3項の賠償を認めるべきかという論点に関しての判断は示されていない。
  • 控訴審判決の説示に基づきつつ、本稿の目的に従い、さらに簡略化して本件特許発明の技術的意義を紹介すると、本件特許発明は、腕部をマッサージする従来の椅子式マッサージ機において、肘掛部に設けられた内側立上り壁によって、腕の内側の肘関節付近を圧迫したり不快感を与えたり、腕の載脱行為を妨げるなどの欠点があり、また、手掛け部を掴んで立ち上がろうとする際、内側立上り壁によって肘関節付近が圧迫され不快感を与えるという問題点があったところ、本件各発明Cは、前記肘掛部に内側後方から前腕部を挿入するための開口部と、そこから延設して肘掛部の内部に手部を含む前腕部を挿入保持するための空洞部を設けるなどの構造を採用することにより、上記問題点を解決し、スムーズな前腕部の載脱が可能となり、施療者が起立や着座を快適に行うことができるという効果を奏することにある。そのため、本件控訴審判決によれば、本件特許発明は、「肘掛部の前腕部施療機構」に関する発明であり、被告製品においては、「腕ユニット」(肘掛部)とアームレスト(手掛け部)に係る部分のみに実施されている、と評価されている。
  • 田村善之「逸失利益の推定覆滅後の相当実施料額賠償の可否」知的財産法政策学研究31号1~11頁(2010年)。
  • 厳密には、2019年改正法の下では、特許法102条1項1号の推定が覆滅した後に復活する損害賠償額は同条3項ではなく、同条1項2号に基づくものとなるわけであるが、具体的な額に関しては3項と全く同じ「実施に対し受けるべき金銭の額」という文言が用いられているとともに、両者は同じ算定をなすべきことがやはり2019年改正で新設された同条4項に明言されている。
  • 川上敏寛「令和元年特許法等改正法の概要(上)」NBL1154号37頁(2019年)。
  • 特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正 産業財産権法の解説』(2020年・発明推進協会)18頁。
  • 特許庁『令和元年度特許法等改正説明会テキスト 令和元年特許法等の一部を改正する法律』(2019年)10頁。
    https://www.jpo.go.jp/news/shinchaku/event/seminer/text/2019_houkaisei.html
  • 特許庁編・前掲注8・20頁(「当該事案の事実関係に照らし、侵害者に対してライセンスをし得たと認められるかにより、判断されることになると考えられる」と記載されている)。
  • 前掲知財高判[ソレノイド]では、一般的な建築工事のシェア割合に基づく覆滅が主張されたが、特許発明との競合品の存在を主張していることにならないとして、そもそも推定の覆滅が否定されていた。
  • その問題点とともに、詳細は、田村善之[判批]知的財産法政策学研究59号110~131頁(2021年)[田村・前掲注1所収予定]、同「特許法102条各項の役割分担論と損害論定立の試み-続・知的財産権と損害賠償-」知的財産法政策学研究60号21~25頁(2021年)[田村・前掲注1所収予定]を参照。
  • 参照、[判解]Law & Technology88号67頁(2020年)、古河謙一「令和元年改正特許法102条をめぐる諸問題」知的財産紛争の最前線(Law & Technology別冊)6号76~77頁(2020年)、佐野信「製品の一部のみに特許発明が実施されている場合の特許法102条1項、2項による損害額算定における諸問題」知的財産紛争の最前線(Law & Technology別冊)6号90頁(2020年)。
  • 理屈の上では、「単位数量当たりの利益額」ではなく「販売することができないとする事情」に入れるべきであることについて、田村/前掲注12・59号122~126頁を参照。
  • なお、同判決は、このように特許法102条2項の推定を一部維持しつつ、その覆滅部分について同条3項による損害賠償を認めることを否定しつつ、他方で、原告特許権者が同条2項の損害賠償と同条3項の損害賠償を選択的に主張することは認めており、その結果、被告構造物毎に同条2項と同条3項のどちらか高い金額のほうの損害額の賠償を認めている。
  • ただし、一審判決は、この種の特許法102条1項2号括弧書きを彷彿させる論法は用いることなく、以下のように論じることで、同条3項の復活賠償を否定している。
    「特許法102条2項及び3項の重畳適用については、前記(2)ウのとおり、本件において同条2項に基づく損害額の推定を覆滅すべき事情として考慮すべきものは競合製品の存在のみであるところ、被告による各被告製品の販売実績等と直接の関わりを有しないこのような事情に基づく覆滅部分に関しては、同条3項適用の基礎を欠く。したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。」
  • 東京地判令和4.1.27令和元(ワ)20074(WestlawJapan文献番号2022WLJPCA01279008)[エアロゾル発生システムのための加熱アセンブリ]。
  • 本件の原告と被告が攻守を入れ換えて争った別件訴訟における判決である。
  • 覆滅部分について特許法102条3項の賠償を認めることは被告も争っていないと付言している。
  • なお、2019年改正前特許法102条1項について、特許発明の特徴が侵害製品の一部に止まっているという事情を権利者の単位当たりの利益額を減じる方向に斟酌する前掲知財高大判[美容器]の法理が、2019年改正後に適用されると、その種の事情はそもそも推定の(一部)覆滅事由と扱われることなく特許法102条1項1号の推定額を減じることになり、もって同項2号の適用が回避されることになる。
  • 前掲大阪地判[情報通信ユニット]を除く。
  • ただし、前掲大阪地判[情報通信ユニット]は、競合品が存在しているという事案で敗者復活を認めているので、大阪地裁が一枚岩であるというわけではない(他方、積極的な判断を示す裁判体が一つに限られているというわけでもない)。
  • あるいは、特許法102条2項において積極的な傾向を示す一連の裁判例が、謙抑的な裁判例と異なり、同条1項2号括弧書きに類する文言を使用していないことをもって、これらの積極的な裁判例といえども、舞台が同条1項2号に移行した場合には、同号括弧書きに縛られて謙抑的な立場をとることになるのではと推測する向きもあるだろう。しかし、これらの裁判例が同号括弧書きに言及しなかったのは、あくまでも同条2項と同条3項が問題となっている以上、あえて同条1項2号括弧書きに関連付けることで不必要に問題を拡散することを回避しただけであるという説明も可能である。結局、この括弧書きと同様の文言を用いていないことは、裁判所の態度を推測する決め手にはならないといえよう。
  • 川上/前掲注7・37頁、特許庁編・前掲注8・18頁。
  • 特許庁編・前掲注8・18頁。
  • その理由付けとともに、田村善之『知的財産法〔第5版〕』(2010年・有斐閣)339頁を参照。
  • この取扱いが正当と解される理由については、田村善之「特許権侵害に対する差止請求」同『特許法の理論』(2009年・有斐閣)344~345頁を参照。
  • 前者につき、特許庁編・前掲注8・19頁。後者につき、川上/前掲注7・37頁。佐野/前掲注13・90頁も、特許発明の特徴が問題の製品の一部に及ぶに止まるという事情を「単位数量当たりの利益の額」の減額の問題として処理し、減額部分について特許法102条3項による復活賠償を否定する反面、市場における競合品の存在という事情を「販売することができないとする事情」による推定の覆滅の問題として処理しつつ、その覆滅部分については特許法102条1項2号括弧書きによる復活賠償を許容する。
  • 他方、市場における競合品が存在することについては、むしろ復活を否定するのが、いままでのところ謙抑的な裁判例の傾向といえる。もっとも、侵害者の営業努力を含めて、いずれについても数は少なく、今後の裁判例の展開次第というところがある。
  • 金子敏哉[判批]小泉直樹=田村善之編『特許判例百選〔第5版〕』(2019年・有斐閣)87頁も同様の評価を示す。他方、設樂隆一「特許法改正と2つの知的財産高等裁判所大合議判決-今後の損害賠償額の算定を巡る特許法解釈」年報知的財産法2020-2021・16~17頁は、これらの推定の覆滅理由間で取扱いを違えることを疑問視しつつも、ゆえに逆に、侵害者の営業努力を理由とする場合を含めてなべて特許法102条1項2号の賠償を否定すべきとする。
  • 前述したように、特許法102条1項2号の賠償の復活を認める見解(川上/前掲注7・37頁)から、事案次第という見解(特許庁編・前掲注8・20頁)に変化した。
  • 古河/前掲注13・77~78頁。
  • 参照、古河/前掲注13・78頁、設樂/前掲注30・16頁。
  • 飯田圭「美容器事件及び二酸化炭素含有粘性組成物事件に係る各知財高裁大合議判決と令和元年改正特許法の下での損害論についての考察」知的財産法政策学研究62号128頁(2022年)。
  • 田村善之『知的財産権と損害賠償〔新版〕』(2004年・弘文堂)248~251頁。
  • 佐野/前掲注13・90頁は、このことを理由に、競合品の存在を理由とする推定覆滅の場合に特許法102条1項2号の賠償を肯定する。
  • 以上、3つの問題点に加えて、もう一つ、運用の仕方次第では問題点になりかねないために留意すべき点について付言しておく。それは、謙抑的な立場をとる見解が、特許権者が実施品や競合品も含めて不実施であって、およそ製品の売上減少による逸失利益の賠償が認められることがないために特許法102条1項1号や同条2項の請求をなさない場合であっても、同条3項の賠償は認められるとする通説、従前の裁判例の理解に反対していないということに関わる。本判決自身、限界利益額がゼロであることを理由に同条3項の推定が否定された被告製品2に関しては、特に制約を付することなく、同条3項の賠償を認めている。
     しかし、このように特許法102条3項に関する通説的な理解を前提とした上で、推定が一部認められない場合にだけ、その部分について同条1項2号や同条3項の賠償が認められないと考えるのだとすると、きわめて不均衡な事態を生じかねない。たとえば、特許権者が不実施であれば、売上高に対する3%の実施料賠償が認容されたはずであるところ、実施をしているので売上高の20%の金額でもって同条1項や同条2項の請求をしたとする。この場合、90%推定が覆滅した場合、覆滅部分について3%の実施料を請求できないとすると、結局、賠償額は売上高の10%に20%の利益率を乗じた金額、つまり売上高の2%を得るに止まり、同条3項単独の賠償をなしていた場合に得られたはずの3%を下回ることになってしまう。特許権者の救済のために設けられたはずの推定規定が、かえって特許権者が受けることができる賠償額を減じる帰結は到底容認することはできない。
     もっとも、本判決が被告製品1に関してなしたように、特許法102条1項や同条2項の推定の適用を主張しつつ、選択的に同条3項による賠償も主張することが可能であり、特許権者は両者のうちで高いほうで算定される金額の賠償を受けることができると解する場合には、この種の大きな不均衡は生じない。謙抑的な立場をとる場合には、今後はこちらの取扱いを推奨していくべきであろう。しかし、そうはいっても、本判決の帰結は、いずれにせよ、特許権者が特許発明(かその競合品)を実施しているという事情があるにも関わらず、そしてそうした事情に着目して賠償額を高めようとする特則として特許法102条が存在するにも関わらず、その種の事情が賠償額に全く影響を与えない領域があることを認めることになる。それはそれで法の趣旨に反する不均衡があることは否めないように思われる。
  • 特許権者は民法709条に基づく逸失利益としての逸失実施料を請求し得ることとともに、田村善之/増井和夫=田村善之『特許判例ガイド〔第4版〕』(2012年・有斐閣) 403~405頁を参照。
  • 田村善之=時井真=酒迎明洋『プラクティス知的財産法Ⅰ特許法』(2020年・信山社)173~174頁、田村/前掲注12・60号21~25頁。賛意を表するものに、鈴木將文「特許権侵害に基づく損害賠償に関する一考察-特許法102条1項を中心として-」Law & Technology90号24頁(2021年)。
     このような読み方をする場合には、他の共有者の同意を得なければ通常実施権を許諾できないと規定されている共有特許権者(特許法73条3項)も、特許法102条1項2号の損害賠償をなし得ないのかということが問題となるが、そのように解する場合、共有特許権の場合には特許権者か専用実施権者のどちらに請求させるのかということが問題となるわけではないから、同号の賠償を請求し得る者がいなくなってしまう。「共有」特許権と規定しているわけではない以上、同号括弧書きは共有の場合を念頭に置いていないと考えるべきだろう。
  • 田村善之[判批] 法学協会雑誌116巻2号322~340頁(1999年)。
  • 金子敏哉「令和元年改正後の特許法102条1項2号の意義と解釈」同志社大学知的財産法研究会編『知的財産法の挑戦Ⅱ』(2020年・弘文堂)115~120頁、飯田/前掲注34・126~127頁。
  • 参照、鈴木/前掲注39・24頁。
  • この逸失利益としての実施料を「逸失実施料」と名付け、特許法102条が認める相当実施料額賠償とは別物と理解し、その要件や金額が異なることを提唱したのは、田村善之「特許権侵害に対する損害賠償(4)」法学協会雑誌108巻10号1556~1560・1571~1575頁(1991年)[田村・前掲注1所収予定]である。
  • 田村/前掲注43・1578~1584頁において示した見解であり、その理を俯瞰すれば以下のようになる。
     侵害訴訟における特許法102条3項の実施に対し受けるべき金銭の額は、事後的に見て相当な実施料額といってよい。そこでは、過去にすでに行われている実施行為(=侵害行為)に対して遡及的にその対価を算定する作業が行われる。通例のライセンス契約の場面と異なり、侵害であること、無効の抗弁が提出されなかったか、あるいは成り立たないことが確定した実施行為に対してその対価が算定されることになる。この場合、たとえばその種のリスクを勘案した割引きの影響を受けているライセンス契約における実施料の業界相場をそのまま用いてしまうと、必要がないリスクの分が参入されてしまい、その分、対価額が過少となってしまう。したがって、同項の金額を算定する場面で業界の相場に依拠する場合には、こうしたリスクで割り引かれている分を逆に割増し(=侵害プレミアム)を与える必要がある。
     また、ライセンス契約の場面では、将来、実施行為からどのような利益が得られるか不確定で予測が困難であることに加えて、営業秘密であることも少なくない利益率を相手方に開示したくないという意識が働いて、売上に対して一定の料率をかける算定方式が採択されることが多い。そして、大量にライセンス契約をなしている企業にとっては、業界の相場に依拠しておけば、個別的に損得はあっても、これまた大数の法則で、大過ないライセンス料を収受することもできる。
     他方で、侵害訴訟の場面ではすでに実施行為(=侵害行為)は終了しており、そこから得られた利益の額も判明していることが少なくない。加えて、侵害者の営業秘密に配慮する必要性は薄く、また、侵害訴訟に至る事件は、一般のルーティン・ワーク的に処理し得る事例とは区別された特異性を有していることが少なくないから(だからこそ訴訟に至るのである)、業界の相場による平準化に馴染まないところがある。そうだとすると、侵害訴訟において、事後的に見て相当な実施料額を算定する際には、侵害者の利益額など、当該事件に特有の事情にむしろ目を向けるべきである。
  • 参照、田村善之[判批]知的財産法政策学研究58号35~65頁(2021年)[田村・前掲注1所収予定]。
  • 田村/前掲注43・1563~1565頁。
  • 何故、事後的に見て相当な実施料額という算定手法をとるのかということに関しては、前掲注44を参照。


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