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文献番号 2022WLJCC027
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
コロナ禍で様々な経済活動が大きな打撃を受けるなか、人々の密集を回避するといった理由で、飲食店などには営業時間の短縮などの協力要請がされるに至り、これにともなう協力金の支給も実施された。しかし、事業者のなかには、一連のコロナ対策への不信や協力金の額の低さなどを理由に、営業時間短縮の協力要請を受けないところも現れた。さらに、「協力要請」よりも強い「実施要請」に従わなかったことを理由に、法に基づく「実施命令」を受ける事業者も出てきた。
そうしたなかで登場したのが本件訴訟である。本件訴訟は、かような実施命令の発出を違法であるとして、国家賠償を請求するものであったが、その請求額が104円にすぎないことを考えれば、実際の損失を東京都に求めることよりも、都が出した施設使用制限命令(以下、本件命令という。)自体がはらむ問題を世に問うことを目的とした「公共訴訟」としての性質が高いものである(同訴訟への協力を広く人々に呼びかけるクラウド・ファンディングの手法も用いられた※2)。以上の経緯もあり訴訟提起の当初からマスコミ等での注目度も高かった。
令和4年5月16日、東京地裁は、本件命令を違法であるとしながらも、その発出にあたっての東京都知事の過失は認めず、職務上の注意義務違反もないとする判決を示した。その結論にも注目が集まった本判決を受けた原告は、これを不服として当日付で控訴したものの、高裁判決までの時間がかかることなどを踏まえて、同年8月16日に控訴を取り下げた。「本判決の中心的な意義は、この結論自体ではなく・・・本件命令の違法性判断にあるように思われる※3」との評価が示されるなかで、実質的な勝訴部分を重視したものだといえる。
Ⅰ 事実の概要
「東京都知事は、新型コロナウイルス感染症のまん延防止対策としての緊急事態宣言期間中であった令和3年3月18日、都内で経営する飲食店において、被告が行った営業時間短縮の要請に応じなかった原告に対し、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下『特措法』という。)45条3項に基づき、原告の施設(店舗)を午後8時から翌日午前5時までの間の営業のために使用することを停止する旨の命令を発出した※4」。
「本件は、原告が、上記要請に応じない正当な理由があったこと、上記命令の発出は特に必要があったと認められないことなどの理由で、同命令は違法であり、また、特措法及び同命令は営業の自由、表現の自由等の基本的人権を侵害するなどの理由で違憲であるところ、同命令に従い営業時間を短縮したために売上高が減少し、営業損害を被ったと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、被告に対し、上記損害の一部である104円の支払を求める事案である」。
Ⅱ 判決の要旨
【主文】
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
1.本件命令の違法性について
(1)本件命令発出日は新型インフルエンザ等緊急事態であったかどうか
本件命令発出日は「新型インフルエンザ等緊急事態であった」が、新規感染者数などが大幅に減少し、医療体制のひっ迫度も軽減されたことなどにより、本件命令発出日の前日(令和3年3月17日)に、政府が「ステージの数字が解除の方向に入っているなどと述べて、同月21日に本件緊急事態宣言を解除する旨の方針を示した」ような事情は、「同命令の発出は特に必要があったと認められるかどうかの判断において、考慮要素になり得る」。
(2)本件命令と違法な目的
「本件命令が、原告を狙い撃ちした、報復ないし見せしめであったとまでは認め難い。したがって、本件命令に違法な目的があったとは認められない」が、「2000余りの店舗が夜間の営業を継続する中で、45条3項命令の対象になった施設の大多数が原告の店舗であったことは・・・本件命令の発出は特に必要があったと認められるかどうかの判断において、考慮要素にするのが相当である」。
(3)本件要請に応じない正当な理由
「飲食店に対する営業時間短縮の協力要請は、少なくとも令和2年から翌3年にかけての頃には、クラスター発生の起点とみられた飲食を中心とした人の流れを抑制する対策として必要かつ有用なものであったと認められ」、「上記協力要請に応じなかった原告に対して引き続き行われた、本件対象施設での営業時間短縮の要請を内容とする本件要請も、新型コロナウイルス感染症に対する対策の強化を図り、また、国民の生命及び健康を保護するために必要かつ有用であった」。
「特措法が緊急事態措置の影響を受けた事業者を支援するために必要な財政上の措置等を効果的に講ずる義務(63条の2第1項)等を定め、これにより事業者に対する影響が緩和されると考えられること、措置が実施される期間は一時的であることなどを踏まえ、45条2項要請に応じない正当な理由は限定的に解釈されるべきであるし、経営状況等を理由に要請に応じないことなどは、正当な理由がある場合に該当しないという内閣官房の見解は・・・相当なものといえる」。
「本件要請は、営業時間短縮の要請であり、営業全部の停止(休業)を求めるものではないこと、原告は強い不服を表すものの、被告の事務取扱要綱に基づく営業時間短縮に係る感染拡大防止協力金の支給により、本件要請に応じた場合には、損失が一定程度てん補され得たことなどを考慮すれば、原告において同要請に応じない正当な理由があったとは認められない」。
(4)本件命令の発出と「特に必要があると認めるとき」
特措法「45条3項命令は、これに違反した場合、当該違反行為をした施設管理者は過料に処せられるのであり・・・制裁規定の前提になるものであるから、その運用は、慎重なものでなければならない」。「45条3項命令の発出によって得られる感染拡大防止への寄与度は、同発出が国民生活、国民経済に及ぼす影響を大きく上回ることを要するとした上で、『特に必要があると認めるとき』の要件の下、都知事が命令を行うに当たっては、当該施設管理者に対する必要最小限の措置であり、過料の制裁の前提になる不利益処分を課してもやむを得ないというに足りる高度の必要性がある」との原告の主張は、「飲食店に対する営業時間短縮の要請が新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として必要かつ有用なものといえることとの均衡を失し、そのまま採用し難いものの、施設管理者が45条2項要請に応じないことに加え、当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があることを要するという限度で、首肯し得る」。
「本件命令につき、原告が本件要請に応じないことに加え、本件対象施設につき、原告に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があったと認めることはできない。したがって、本件命令の発出は特に必要であったと認められず、違法というべきである」。「本件命令は、特措法45条3項の『特に必要があると認めるとき』の要件に該当せず違法である」。
(5)都知事の職務上の注意義務違反
「本件命令は、対策審議会における学識経験者からの意見聴取、行政手続法所定の弁明の機会の付与等を踏まえており、原告に対する手続保障が確保されていたところ、そのうち上記意見聴取の結果は、こぞって本件命令の発出の必要性を認めるものであった」。本件命令は、「45条3項命令の最初の発出事例であり、要件該当性判断の当否等の検討のために参照すべき先例がなかった当時において、都知事が上記意見聴取の結果よりも本件弁明書の考え方を優先し、本件命令の発出を差し控える旨判断することは、期待し得なかったというべきである」。
「行政処分の違法性が認められるとしても・・・都知事が本件命令を発出するに当たり過失があるとまではいえず、職務上の注意義務に違反したとは認められないというべきである」。
2 特措法及び本件命令の違憲性
(1)法令違憲(営業の自由)
「特措法45条2項及び3項所定の規制は、同法の目的に照らして不合理な手段であるとはいえないから、これら各条項が原告の営業の自由を侵害し、法令違憲であるとは認められない」。
(2)適用違憲、処分違憲
「原告の営業の自由が侵害されたというべき事情は認められない」。
「本件命令を行う理由のうち上記部分が、原告の表現の自由に対する過度な干渉として憲法21条1項に違反すると認めることはできない」。
「被告が夜間の営業を継続していた2000余りの店舗中、本件対象施設のほかには数店舗に対してしか、45条3項命令を発出しなかったことは、不利益処分の対象になった原告にとって不公平なものであった」が「この点は、争点1(本件命令の違法性)の判断において事情として考慮したとおりであり・・・更に平等原則違反の有無を判断する必要性を認めない」。
3 結論
「よって、そのほかの争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する」。
Ⅲ 検 討
1.本件命令の違法性について
(1)特措法45条の概要と本件命令
本件命令の違法性について確認するために、まずは、特措法45条の構造を簡単に確認したい。
同規定は、感染の拡大やまん延を防止するための協力要請等に関する規定として、まず1項では、「特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる。」と規定する(そして、飲食店などの事業者については、「都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。」とする、同24条9項に基づく、営業時間の短縮などに関する協力要請が行われた)。
次いで2項では「特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場・・・その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者・・・に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。」と規定する(2項要請)。
そして3項では「施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。」と規定する(3項命令)(以上、下線は新井が付与)。
本件命令は、特措法24条9項による協力要請の下、本件原告に対して2項要請がなされたものの、本件原告は、これに応じなかったことから、本件3項命令が発出されたものである。そこで本件で重要となるのが、特に特措法45条3項の理解である。ここでは、①本件命令が、「正当な理由」なく同2項による要請に応じないときに該当するのかどうか、②①に該当する場合、さらに本件命令が、「特に必要があると認めるとき」に該当するのかどうか、ということとなる。
(2)2項要請に「正当な理由」なく応じないときに本件が該当するのかどうか
この点について本判決は、まず、飲食店に対する営業時間短縮にかかる協力要請から2項要請に至る一連の対策については、ともに「必要かつ有用」であったとの認定をしている。この部分では、事実認定で示されている専門家による意見などを受け入れることで、具体的な科学的根拠といったことの確認を経ることなく認定を急いだと考えられる。以上を踏まえて、原告が本件事案で2項要請に応じなかったことも正当な理由はなかったとする。
この点に関連して本判決は、原告が「経営状況等の経済的事情が考慮されるべき」旨主張したが、2項要請に応じない「正当な理由」の理解としては、内閣官房が示した事務連絡の内容をそのまま受けて、経営状況等を理由とする要請拒否はそこに含まれないとしている。
内閣官房は、令和3年2月12日の事務連絡(「『新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律』及び『新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令』の公布について(新型インフルエンザ等対策特別措置法関係)」)において、ここにいう「正当な理由」については限定的な解釈をすべきとしている。そして、「正当な理由がある場合」につき、「具体的な状況における諸般の事情を考慮して客観的に判断される」としながら、その例示として、「地域の飲食店が休業等した場合、近隣に食料品店が立地していないなど他に代替手段もなく、地域の住民が生活を維持していくことが困難となる場合」、「新型インフルエンザ等対策に関する重要な研究会等を施設において実施する場合」、「病院などエッセンシャルワーカーの勤務する場において、周辺にコンビニ店や食料品店などの代替手段がなく、併設の飲食店が休業等した場合、業務の継続が困難となる場合」等を挙げている。そうなると相当程度の例外的場合でない限りは「正当な理由」に該当しないものとなり、広い範囲での規制になるであろう。
(3)本件命令が、「特に必要があると認めるとき」に該当するのかどうか
特措法45条の組み立てでは、1項の協力要請や2項の要請が、「必要があると認めるとき」とするのに対して、3項の命令の発出が、「特に必要があると認めるときに限り」と規定していることが重要である。この点、本判決も、特措法「45条3項命令は、これに違反した場合、当該違反行為をした施設管理者は過料に処せられるのであり・・・制裁規定の前提になるものであるから、その運用は、慎重なものでなければならない」としている(なお、本判決の前半部分では、原告が主張していたいくつかのポイントについて、その場面での判断では用いることができないとしていたものの、この「特に必要があると認める」ときの判断における考慮要素になるとしている)。
ただし、その判断枠組みをめぐっては、原告が「都知事が命令を行うに当たっては、当該施設管理者に対する必要最小限の措置であり、過料の制裁の前提になる不利益処分を課してもやむを得ないというに足りる高度の必要性がある」との(判決の表現によると)「非常に厳格」なものを主張していたのにそれを採用していない。代わって「施設管理者が45条2項要請に応じないことに加え、当該施設管理者に不利益処分を課してもやむを得ないといえる程度の個別の事情があること」としながら、45条3項の規定の意味を踏まえて都知事の裁量の幅を一定程度狭めつつ、本件において都が、そうした個別の事情を適切に確認しているがどうかが判断のポイントとなっている※5。
その具体的な検討では、①都が「原告が実施していた感染防止対策の実情や、クラスター発生の危険の程度等の個別の事情の有無を確認」していなかったことに加えて、②「本件命令は4日間しか効力を生じないことが確定していたにもかかわらず、被告が同命令をあえて発出したことの必要性について・・・内閣官房の見解等において求められる合理的な説明はされておらず、・・・同命令を行う判断の考え方や基準についても説明がない」こと、③「2000余りの店舗中、被告が本件対象施設のほかには、わずか6施設(6事業者)に対してしか、45条3項命令を発出しなかったことは・・・制裁規定の前提となる不利益処分を課された原告にとって不公平なものであり、内閣官房の指摘する公正性の観点からの説明は困難といわざるを得ない」こと、として本件命令を「違法」と評価するに至る。本件は、制度設計自体を問題にしない一方で、45条3項命令発出の「特に必要があると認められる場合に限り」に関する一定の解釈を打ち出しながら、本件事例の個別事情を拾い判断をしたものである。
(4)都知事による職務上の注意義務違反
この点について本判決は、当時の状況を踏まえながら、「45条3項命令の法定後、最初の発出事例であ」ることなどから「都知事が本件命令発出日の頃、同条項の要件該当性を適切に判断するのは容易でなかったということができる」などとし、本件命令に関する過失を認めず、職務上の注意義務に違反しないとして、最終的な国家賠償請求は否認した。この点をめぐっては、2項要請の「必要があると認めるとき」とは異なり、3項命令が「特に必要があると認めるときに限り」ということを明文化している以上、その解釈を踏まえた特段の事情が要求されるようにも感じる。他方で、本件判断においては、本件命令が法改正後の「最初の発出事例」であることを強調した以上、本判決のロジックに従うならば、今後の同様の事例では、同様の理由付けに基づいて職務上の注意義務違反を認定しないことは難しくなるはずである。
2.憲法上の主張について
憲法上の主張については、裁判所が原告の主張の前提を採用しない場合が多く、そのほとんどは十分な検証がなされないままとなった。ただ、平等に関する論点については、本件命令の違法性判断においてひとつの事情として考慮されている点は注目される。
(掲載日 2022年11月7日)