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文献番号 2022WLJCC021
広島大学法科大学院 教授
新井 誠
Ⅰ 事実の概要
建設中のマンションの建設に反対する者(原告)が、建設会社従業員に暴行を加えたとして逮捕、勾留、起訴等されたが、無罪判決を受けた(確定)。これに関連して、原告が、国や県に対して精神的苦痛を理由とする国家賠償等を求めるとともに、当該暴行事件の捜査において取得された原告の(a)指紋、(b)DNA型、(c)顔写真及び(d)原告所有の携帯電話の各データを、国(警察庁)が無罪判決確定後も保有し続けることは、原告のプライヴァシー権を不当に侵害するとして、人格権に基づき(a)から(d)の各データの抹消を求めた※2。
Ⅱ 判決の要旨
請求一部認容:被告国は、原告の(a)指紋、(b)DNA型及び(c)顔写真の各データ(以下、本件3データ)を抹消せよ(その余の請求は棄却)。
1.本件3データの要保護性
(1)憲法13条と私生活上の自由-みだりに容貌・姿態の撮影・指紋押捺の強制・DNA型の採取をされない自由
「憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由及びみだりに指紋の押捺を強制されない自由を有すると解される」。
「DNA型・・・についても、基本的には識別性、検索性を有するものとして、少なくとも指紋と同程度には保護されるべき情報であるため、何人もみだりにDNA型を採取されない自由を有すると解される」。
(2)(a)指紋、(b)DNA型の情報について
①みだりに取得・利用されない自由
「指紋を取得するための指紋の押捺やDNA型を取得するための口腔内細胞の採取は、通常、人の身体に対する侵襲の程度は高くないものであるし、指紋及びDNA型はその情報単独で用をなすものではなく、過去に取得していた指紋及びDNA型との同一性を確認したり、遺留された指紋及びDNA型などと対照したり、データベース化して検索に用いたりすることで意義を発揮するものであることからすれば、みだりに指紋の押捺を強制されない自由やみだりにDNA型の採取を強制されない自由は、身体的な侵襲を受けない自由があるというのみならず、取得された後に利用されない自由をも含意していると解するのが相当である」。
「指紋及びDNA型は、個人の私生活の核心領域に属する情報、思想信条等の内心の深い部分に関わる情報、病歴や犯罪歴等に関する情報といった秘匿性の高い情報とはいい難く、これと同程度に慎重に扱わねばならない情報とまではいえないが、氏名、生年月日、性別及び住所などの情報のように、一律に登録、管理され、社会生活を営む上で一定の範囲の他者に当然に開示することが予定されている情報とは異なり、万人不同性、終生不変性ないしこれらに近い性質を有するもので、識別性、検索性を備えており、特定のもののみ登録、管理され、他者に対する開示が予定されていない情報という性格を有しており、氏名等に比べれば、より高い秘匿性が認められるべきものであり、それゆえ、公権力からみだりに取得されない自由が保障され、みだりに利用されない自由が保障されるものと解される」。
②情報の「取得」と「使用」の可能性
「これらの自由も公共の福祉のために必要があるときには、相当な制限を受けることはありうるものであり、例えば、刑事訴訟法218条3項に基づき、身体の拘束を受けている被疑者の指紋の採取や写真撮影を行い、これらを犯罪捜査のために使用することは許されており、また、被疑者等の承諾を得た場合にも同様に許されるというべきである。通常は、指紋及びDNA型の取得は、後に使用することを企図して行われるのであるから、取得が許される場合には同時に使用も許されるものと解される」。
③情報の「保存」の可能性
「一旦適法に取得した指紋及びDNA型を、データベース化することで半永久的に保管し、使用することが直ちに許されるかは別途考慮する必要があるというべきである」。
「確かに、指紋及びDNA型がデータベース化されることにより科学的な捜査が可能となり、犯罪捜査の効率性、実効性が高まり、社会安全政策の観点から国民が負担する安全確保のコストが下がり、使用法によっては冤罪防止にも役立つなど、積極的意義が存することは論を俟たないものであり、その機能をより高く発揮させるという観点からは、極力多数のデータを収集し、蓄積することが望ましいといえる」。「指紋及びDNA型がデータベース化され、犯罪捜査に資することを目的として使用される場合、適正に管理・使用される限り、国民が、罪を犯すことなく、私生活を送る上では、格別の不利益があるともいい難いようにも思われる」。
しかし、「情報の漏出や、情報が誤って用いられるおそれがないとは断言できないものであり、また、継続的に保有されるとした場合に将来どのように使われるか分からないことによる一般的な不安の存在や被侵害意識が惹起され、結果として、国民の行動を萎縮させる効果がないともいえないことなどからすれば、何の不利益もないとはいい難いのであって、みだりに使用されない自由に対する侵害があるといわざるを得ない」。
④外国法の援用
「主として自由主義を基本的な価値として標榜する諸外国において、データベースを整備するに際し、DNA型の採取、管理等に関する立法措置を講じ、対象犯罪、保存期間、無罪判決確定時等の削除などの規制を設けているのは、国民の私生活における自由への侵害になりうるとの理解が背景にあるものと解されるのであり、自由権が普遍的価値を有するものであることに鑑みれば、各国における歴史的背景、文化、社会情勢等の相違を十分に考慮する必要があるとしても、諸外国における立法例及びその背景に存する価値判断を参酌することはありうるというべきであり、半永久的に保管しデータベース化することが国民の私生活上の利益に対する制約になりうることは否定できないという、上記の判断を裏付けるものとして援用できるというべきである」。
(3)(c)顔写真の情報について
「容貌・姿態に係る被疑者写真については、もともと容貌・姿態は外部に晒されているものであり、加齢等によっても変容するものであるから、指紋及びDNA型と些か性質が異なるが、みだりに撮影されない自由が認められることは既に説示したとおりであり、データベース化して使用する問題は共通するものであるから、基本的に指紋及びDNA型の場合と同様に論じることが可能であるというべきである」。
2.本件3データ抹消の可否に関する具体的検討
「指紋、DNA型及び被疑者写真をデータベース化することで半永久的に保管し、使用することが・・・国民の権利に対する侵害であると捉えられることからすれば、その制約がいかなる法的根拠に基づくものかを考慮する必要があるから、関係法令の定めを踏まえながら、原告の指紋、DNA型及び被疑者写真である本件3データの削除の可否について・・・検討する」。
(1)関係法令等
①法律の留保・法律の委任
「関係法令に該当しうるものとしては、指掌紋規則等が存する」。
「指掌紋規則等については、いずれも犯罪鑑識に関する事務の実施のために必要な事項として警察法81条及び同法施行令13条1項に基づき制定されたものである。そして、指掌紋記録等がいずれも個人の識別に必要な情報にとどまり、個人の私生活の核心領域に属する情報等の高度の秘匿性が認められるべき情報とは異なること、犯罪捜査のためにこれらの情報を警察が組織として保有する必要があることは否定し難く、データベース化に何ら法令上の根拠が存しないと解するのは現実的ではないことなどからすれば、指掌紋規則等が上記各法令に基づいて制定されていることについて、適法な法律の委任によらないものとまで認めることはできない」。
②指掌紋規則等の規律の脆弱性
「指掌紋規則等を見ると、主として警察当局における指掌紋記録等の取扱いについての規程となっており、データベースの運用に関する要件、対象犯罪、保存期間、抹消請求権について規定がな」いなど、「指紋、DNA型及び被疑者写真がみだりに使用されてはならないという保護法益を有することからすれば、その保護の観点からは脆弱な規定に留まっているといわざるを得ず、諸外国の立法例も参照すれば尚更顕著である」。
③指掌紋規則等の解釈
「指紋、DNA型及び被疑者写真にはみだりに使用されない一定の保護法益が認められるべきであるから、無制限にこれらの保護法益を侵害しうるような解釈をとることは相当ではなく、これらの保護法益を制約することが、犯罪捜査のための必要性があるといった公共の福祉の観点から容認できるかとの観点から比較衡量して検討する必要があり、その趣旨に沿って指掌紋規則等も解釈されるべきである」。
「刑事訴訟法218条3項や被疑者等の承諾により指紋及びDNA型を採取し、被疑者写真を撮影する場合、第一義的には、当該被疑事実の捜査に使用するために行われるものであると考えられるが、データベース化を前提とした捜査の有用性や、適正な管理下における国民の不利益の程度が著しいとまではいえないことに鑑みると、当該被疑事実の捜査に限定してのみ使用が許されると解するのは、データベース化自体を容認できないとの帰結になりかねず、狭きに失するものであり、当該被疑事実以外の余罪の捜査や(少なくとも一定の範囲内の)有罪判決が確定した場合に再犯の捜査に使用するために保管することは許容できると解される」。
しかし、「当該被疑事実について公訴提起がなされ、刑事裁判において犯罪の証明がなかったことが確定した場合にまで、なお制約を許容できるかは慎重に検討すべきである。指紋、DNA型及び被疑者写真を取得する前提となった被疑事実について、公判による審理を経て、犯罪の証明がないと確定した場合については、継続的保管を認めるに際して、データベース化の拡充の有用性という抽象的な理由をもって、犯罪捜査に資するとするには不十分であり、余罪の存在や再犯のおそれ等があるなど、少なくとも、当該被疑者との関係でより具体的な必要性が示されることを要するというべきであって、これが示されなければ、『保管する必要がなくなった』と解すべきである」。
「指掌紋規則等がいう『保管する必要がなくなった』の要件に該当する場合には、指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益を制約する正当性が失われること、指掌紋規則等には抹消請求権やその手続は設けられていないものの、指掌紋規則等自体も必要がなくなったときは抹消しなければならないと命じていること、さらに、保管権限者自らが要件該当性を判断するのでは恣意的な解釈、運用がなされるおそれを否定できないことなどを勘案すれば、指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益を、より射程の広いプライバシー権や情報コントロール権等の一部として位置づける理解をするかはともかく、当該利益自体が人格権を基礎に置いているものと解することは可能であるから、指紋、DNA型及び被疑者写真を取得された被疑者であった者は、訴訟において、人格権に基づく妨害排除請求として抹消を請求できるものと解するのが相当である」。
(2)本件3データの抹消の可否
「原告が、身柄を拘束される根拠となった本件暴行事件における暴行の事実については、犯罪の証明がないとの本件無罪判決・・・が確定しているところ、原告は、本件現行犯人逮捕当時60歳で・・・前科・前歴がないこと・・・、本件暴行事件は、本件マンションの建設工事をめぐる原告ら近隣住民と被告会社側の紛争を背景とするものであるが、本件暴行事件それ自体は、被告・・・が原告の動きを制止しようとした際に突発的に生じたものであること、本件マンションの建設工事が終了し、既に本件マンションの建設工事をめぐる原告と被告会社間の紛争が終結していること・・・、本件暴行事件における検察官の求刑は罰金15万円であること・・・、本件現行犯人逮捕から本件口頭弁論終結時まで約5年が経過していることなどからすれば、原告の余罪や再犯の可能性を認めるのは困難であり、その他、原告との関係で本件3データを保管すべき具体的な必要性は示されていないから、本件3データについて、『保管する必要がなくなった』というべきであ」り、「原告は、被告国に対し、本件3データの抹消を請求することができる」。
3.抹消対象とならないもの-(d)携帯電話の情報について
「携帯電話のデータについても、その中には個人の私生活上の営みに関する情報が多数含まれていると考えられることに照らし、何人もみだりに携帯電話のデータを取得されない自由を有すると解するのが相当である」。
しかし、「名古屋地方検察庁が本件無罪判決確定後も本件携帯電話のデータを保管し続けていることは、専ら刑事確定訴訟記録法及び記録事務規定の定めるところによるものである。そして、刑事確定記録法及び記録事務規定による記録の保管は、指掌紋記録等による指掌紋等の継続的な保管の場合と異なり、新たな犯罪の捜査のために積極的にこれらの記録を用いることを予定しているものではなく、過去に行われた刑事裁判や捜査の記録を一定期間保管しておくことを目的とするものであると解されるところ、本件暴行事件の捜査のために本件携帯電話のデータを提供したことについての原告の承諾の範囲を超えて、これらのデータの保管がなされているとはいい難い。そうであるとすれば、名古屋地方検察庁において本件無罪判決確定後も本件携帯電話のデータを保管し続けることにより、原告のみだりに携帯電話機のデータを取得されない自由が違法に侵害されているものと言えない」。
Ⅲ 検 討
1.「私生活の自由」の制約としての公権力による情報の「保存」
憲法学的視点から見た場合に、本判決に関して特に注目できる点は、本件3データをみだりに取得してはならないとするにとどまらず、その保存に関する部分についても憲法上の自由を制約する可能性があることを示したことであろう(ただし、本判決は、「指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益を、より射程の広いプライバシー権や情報コントロール権等の一部として位置づける理解をするかはともかく、当該利益自体が人格権を基礎に置いているものと解することは可能である」とも述べている点は注意したい)。
たとえば警察等による、正当な理由のない個人の容貌などの撮影をめぐっては、これを「私生活上の自由」に対する制約になることを示した判例※3がある。もっとも、こうした判例では、「撮影」(取得)時が主題とされてきていた。しかしながら、近年、こうした取得時の正当化のみに着目するのではなく、その後の保存と利用に係る部分についての正当化が可能かどうかという点を適切に検討すべきだとする「取得時中心主義」からの脱却を図る議論※4が注目されており、憲法学の世界で一定の支持を得ている。とりわけ、本件でも議論の対象となる警察によるDNAデータベースをめぐっては、そうした問題が顕著に表れるものとして検証が進められてきたといってよく、憲法上の権利にかかる議論として、「『取得』と『取得後』との間には、情報利用の目的においても、権利制約の性質においても、大きな隔たりがある。つまり、これらの各段階で行われる個人関連情報に対する処理は、一つのまとまった権利制約ではなく、むしろそれぞれが別の権利制約となっていると見るべきものである」との指摘がなされる※5。こうした学界の潮流のなかで本判決もまた、情報の「取得」のみならず、「保存」について憲法上の自由の制約が生じることの可能性を示し、これらを区別してそれぞれの要保護性を論じている点が注目される。
なお、本判決は、「指紋、DNA型及び被疑者写真にはみだりに使用されない」ことについて、「これらの保護法益を制約することが、犯罪捜査のための必要性があるといった公共の福祉の観点から容認できるかとの観点から比較衡量して検討する必要があ」るとするように、端的な比較衡量論に依っていることに対する批判も考えられる。ただし、この点をめぐっては、「当事者の権利を勘案すれば結論が明らかであったからだと理解すべき※6」とする評価が見られる。また、その理由としては、(諸外国の制度をいろいろ見ても)「本件のように無罪が確定した場合が抹消事由に該当する点は概ね共通していることから、被侵害利益の重大性を大きく見積もらなくとも、抹消請求を認めることが可能な事案であったとみることもできる※7」といった見解があることを併せて示しておきたい。
このように、重要な権利・自由制限に係る司法審査において一定の厳格性を帯びた判断枠組みが採られないことも、裁判実務から考えた場合には十分ありうることだと考えられる。もっとも、本判決は、その枠組みのもとで本件3データの削除命令をしているのであるから、逆にいうならば、本件で問題となった情報の「保存」自体を正当化する理由や利益が十分に確認されないほどの実務運用が行われてきたことを改めて鮮明にする効果を持たせるものともなっている。
2.法律の留保(等)について
(1)法律の留保と作用法・組織法の区分
論者によれば、「憲法上の権利に対する制限は、国民代表である国会の定めた法律に根拠がなければならない。法律に基づかない基本権制限は、実質的要件を考慮するまでもなく、それだけでただちに違憲である」とされ、あわせてそうした「法律上の根拠については、組織法と作用法の区別が重要である※8」とされる。
この点に関して、本判決によれば、原告は、①「指掌紋規則等は、いずれも法律でもなければ、法律に直接の根拠を置くものでもなく、警察法施行令13条1項の規定に基づいて制定されるにとどま」ること、そして②「警察法施行令自体、その基礎になっているのは、警察法という組織法であり、国民の権利・自由への侵害を授権し得る作用法を基礎とするものではない」といった主張をしていた。しかし、本判決は、②については、組織法上の権限があることをもって、権利・自由制限を正当化する直接の法的根拠となり得ないとする原告のような問題には応答せず、あわせて、①については、指掌紋規則等は、「適法な法律の委任によらないものとまで認めることはできない」として、自由制限のための法的形式性は一応整っていることを示している。
裁判実務は、以上のように作用法上の根拠を必ずしも求めないことがある。こうした姿勢に対して、たとえば、自動車一斉検問事件最高裁決定※9のような「当該官庁に組織法上の権限があることをもって、基本権制限の閾値・・・に達しない限度での非強制的な干渉は許されるとした※10」場合であっても批判されるところである。しかし、それであればまだしも、本件のように自由制限が観念しうる事例であるということになれば、根拠となる作用法の不在は、さらに深刻な課題が生じることになるのかもしれない※11。
(2)規定の脆弱さと憲法適合的な解釈
他方で、本判決では、指掌紋規則等につき、憲法上の人格権から導くことのできる法益の保護を実効的に行うための詳細な規定が必要でありながらも、その規律密度があまりに低いことを批判する。この点については、そもそも法律の留保の視点からの問題が生じる可能性もあり、詳細な指掌紋規則等に改定すれば、ことが済むわけではない側面もあろう。しかし、それでも憲法上の人格権から導くことのできる利益を制限するにあたって用いられる規則であるだけに、裁判所の立場からしても、詳細な規定を用意しておくことを求めること自体に違和感はない。
また、本件では、適法的に制定されたとされる指掌紋規則等の諸規定に則って、本件データの保存の正当性につき審査をするのだが、その際、「指紋、DNA型及び被疑者写真にはみだりに使用されない一定の保護法益が認められるべきである」ということを大前提に、「無制限にこれらの保護法益を侵害しうるような解釈をとることは相当ではなく」、「犯罪捜査のための必要性」の観点から比較衡量して検討する必要性があるとし、「その趣旨に沿って指掌紋規則等も解釈されるべきである」としている。そして、同規則における「保管する必要がなくなった」場合の理解については、有罪・無罪が確定した場合に区分し、とりわけ「刑事裁判において犯罪の証明がなかったことが確定した場合」には、「継続的保管を認めるに際して、データベース化の拡充の有用性という抽象的な理由をもって、犯罪捜査に資するとするには不十分であり、余罪の存在や再犯のおそれ等があるなど、少なくとも、当該被疑者との関係でより具体的な必要性が示されることを要するというべき」とする解釈を採る。このように抽象的レベルではない「具体的な必要性」を迫っている点が重要である。すなわち一定の憲法上の自由から導くことのできる利益を確認しながら、規則の解釈を憲法適合的に行おうとする姿勢が垣間見られるのである。
この点、現状存在する諸規則の解釈を一定レベルで厳密に行うことは、肯定的に評価されるところでもある。他方で、裁判所も認めるように、十分な作用法の根拠がないままに定められた諸規則内にさらに十分な規定が揃っていないなかで、規定の「保管する必要がなくなった」場合の解釈運用を厳格にすることのみでその適法性を確保するのでよいかどうかは、別途考える必要があることはいうまでもない。この点、「(嫌疑不十分や起訴猶予などの)不起訴処分が下された場合の利益衡量の判断は、より複雑になることが予想される。データの収集時期や対象犯罪等に詳細について、立法による制度形成が行われることが望ましい※12」とする評価があるように、裁判所の解釈運用に依存するのみではなく、その前の段階で、事案の状況ごとに覊束的に処理が可能となるような、憲法適合的な作用法を基盤とする制度設計が試みられるべきではないか。
3.外国法の援用
本判決における「争点4(原告の被告国に対する本件各データの抹消請求の可否)について」では、いくつかの法学研究者の意見書に加えて、研究論文その他の内容が参照されており、それらが判決の論理を支える有力な論拠となっている。そのなかで、特に、ドイツを中心に、韓国、台湾、イギリスその他の国々における、被疑者が無罪になった場合など、DNA等の関連データのデータベースからの抹消をめぐる立法例が紹介されており、これらを受けて裁判所としても、「自由権が普遍的価値を有するものであることに鑑みれば、各国における歴史的背景、文化、社会情勢等の相違を十分に考慮する必要があるとしても、諸外国における立法例及びその背景に存する価値判断を参酌することはありうる」とし、「半永久的に保管しデータベース化することが国民の私生活上の利益に対する制約になりうることは否定できないという・・・判断を裏付けるものとして援用できる」と示しているように、判断における考慮要素として比較法的見地が受容されている点が注目される。
日本の国内裁判では、権利・自由の制約が不当であることを主張する当事者から、外国における法制度などが援用されることに対して、特に裁判所がその主張を消極的に解するにあたり、外国法の参照自体を否定しないまでも、「諸条件を無視して、それをそのままわが国にあてはめることは、決して正しい憲法判断の態度ということはできない※13」といった突き放した態度が示されたこともあった。もっとも近年では、外国法への言及が、より肯定的になされる場合もある。2013年の婚外子の相続分差別を違憲とした最高裁決定※14では、国際条約や自由権規約委員会の勧告・児童の権利委員会の見解、ドイツ法・フランス法への言及が見られ、それらが総合的な考察の要素とされている。そうしたなかで特に本判決は、「主として自由主義を基本的な価値として標榜する諸外国において」といった表現や、「自由権が普遍的価値を有するものであることに鑑みれば」といった表現が示されていることから、本件に関するデータをめぐる問題が、国を超えた普遍的価値を有することをあえて示しながら、世界のなかでの日本の立ち位置を確認できるものとして一定の評価を受けるであろう※15。
裁判における外国法の援用をめぐっては、その参照が、権利主張を裏付ける場合の、どの程度の直接的な法的根拠となりうるのかといった問題が残るものの、世界的動向のなかで日本がどのような位置づけにあるのかを確認しながら日本における諸制度の妥当性を考える場合に、益々重要になってきているといえる。
(掲載日 2022年7月25日)