判例コラム

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第268号 通所介護事業のフランチャイズ契約において、加盟者(=被告)の代表者が全株式を有する別会社がフランチャイズ契約終了後に介護事業を営んだことから、契約終了後の競業避止義務違反が問題となった例  

~東京地裁令和3年12月21日判決平30(ワ)37574号事業差止等請求事件※1

文献番号 2022WLJCC020
弁護士法人心斎橋パートナーズ 弁護士
神田 孝

    1.事案の概要と争点
  1. (1) 原告は通所介護事業を運営するフランチャイズ本部であり、原告フランチャイズでは、本格的なトレーニングマシンを利用したリハビリ的要素を取り入れたサービスを提供することを特徴としていた。被告は原告フランチャイズの元加盟者であり、被告代表者Bは原告フランチャイズに加盟前から別会社(株式会社Z)にて介護事業を営んでいたが、被告が原告とのフランチャイズ契約を解消した後に、当該別会社が被告が閉鎖した施設を引き継いで新たに介護事業を開始した。そこでは被告が本部から購入したトレーニングマシンも使用されていた。
     本件FC契約では「加盟者は、本件契約期間中及び同契約終了後3年間、本件契約に基づき加盟者が営業する事業所と同種又は類似の事業を自ら行い、又は第三者にさせてはならず、これに違反した場合、本部に対し、入会金相当額の5倍の金額を本部の損害として賠償しなければならない」「契約終了後、加盟者が本件フランチャイズの入会事業所を装い業務を行った場合には、元加盟者は、本部に対し、当該事業による売上金全額を違約金として支払うこととする。」と定められていたため、被告(又は別会社)が始めた介護事業が当該競業避止義務に反するかが争点となった。
  2. (2) なお、本件では、①原告から被告に対する未払会費の請求、②競業避止義務違反等を理由とする違約金の請求も争点となったが、本稿では主たる争点である競業避止義務違反の成否に限定して論じることとする。

    2.競業避止義務の対象たる「同種又は類似の事業」の意味
  1. (1) 本件FC契約は、「加盟者は、本件契約期間中及び同契約終了後3年間、本件契約に基づき加盟者が営業する事業所と同種又は類似の事業を自ら行い、又は第三者にさせてはならず」と定めるが、「加盟者が営業する事業所と同種又は類似の事業」の具体的内容については、特に定めがない。そのため、契約終了後に元加盟者が開始した事業がフランチャイズ事業と同種又は類似の事業といえるかが問題となった。
  2. (2) この点、競業行為に当たるか否かは「その事業の類似性の程度により、社会通念によって個別具体的に判断」される(東京地判平11.9.30 判時1724-65・WestlawJapan文献番号1999WLJPCA09300019:スパークルウォッシュ事件)。具体例としては、通常の居酒屋チェーンに加盟していた元フランチャイジーが他の海鮮居酒屋のチェーンに加盟した事案で競業避止義務違反が認められたものや(東京地判平16.4.28 WestlawJapan文献番号2004WLJPCA04280003)、串焼きフランチャイズ・チェーンの元従業員が居酒屋を営んだ事案において、業態の類似性、主要商品の共通性、従業員の引継ぎなどを理由に競業避止義務違反が認められたものがある(東京地判平20.9.25 WestlawJapan文献番号2008WLJPCA09258015)。
  3. (3) 他方で、加盟者が元々同種事業を営んでいた事案では、裁判所は「同種又は類似の事業」の範囲を限定的に解する傾向にある。
     過去の裁判例では、子供用ロボット教室を営んでいた者が、他のロボット教室のフランチャイズに加盟した後に、新たに子供用ロボット教室を始めた事案で、従来営んでいた子供用ロボット教室を開校することは競業避止義務違反にならないとされ、フランチャイザーが開発した特徴的な指導方法を現に利用する等の事情がない限り、フランチャイザーのノウハウを利用して競業行為をしているとは認められないと判断されている(東京地判平25.5.17 判時2209-112・WestlawJapan文献番号2013WLJPCA05178003)。また、歯のホワイトニングやアロママッサージ等のデンタルエステサービス(「ホワイトエッセンス」事業)を提供するフランチャイズ・チェーンに加盟していた歯科医師が契約終了後に審美歯科としてのホワイトニング事業を行った事案では、裁判所は「ホワイトエッセンス」事業の意味を限定的に解し、元加盟店が営む一般的なホワイトニング事業では競業避止義務違反に当たらないと判断した(東京地判令2.2.27 WestlawJapan文献番号2020WLJPCA02278003※2)。
     これらの裁判例では、同種事業を営んでいる者がフランチャイズに加盟する場合、加盟者は、当該事業について基礎的なノウハウを有しているから、契約終了後に同種事業を営んだとしても、本部が提供した特別なノウハウを使用しない限り競業避止義務違反にはならないという視点がうかがわれる。
  4. (4) 本件被告代表者Bが全株式を有する別会社(株式会社Z)は、被告がフランチャイズ加盟する約7年前から通所介護事業を営んでいた。そして、Bは、原告の加盟説明会に参加した際、原告代表者との間で株式会社Zの営業上の課題について協議していたことから、原告としても被告の関連会社が同種事業を営んでいることを理解した上で被告のフランチャイズ加盟に応じた。その意味で、先に挙げた裁判例と同じく加盟者が加盟前から同種事業を営んでいたのと同様の状況にあった※3
     そのため、裁判所は「株式会社Zは、本件契約の終了後、被告から情報提供を受けることなく、独自に本件マシンを利用したリハビリテーションのメニューを策定した」「本件事業と株式会社Zによる事業は、本件マシンを用いた通所型デイサービスという点では共通するものの、株式会社Zは、従前から同一敷地の別区画において通所型デイサービス事業を営んでおり、同事業は、サービスの提供時間がいわゆる1日型である点、パワーリハビリを含む様々な機能訓練、食事処や温泉施設の利用等の幅広いサービスを提供し、幅広い要介護度の利用者を対象としていた点・・・において本件事業と異なっていたというべきであるから、両者の事業の類似性の程度が高かったということはできない。」として、被告の競業避止義務違反を否定した。
  5. (5) このように本件判決は同種事業を営んでいた者が加盟した場合の裁判例の傾向に沿ったものである。
     しかし、一般に、元加盟店による競業避止義務違反を認定する上で、裁判所は本部が提供したノウハウが実際に使用されたことまでは必要とはしていない。
     元加盟者が、本部から与えられたメニュー等を使用していないから営業秘密の侵害はないと主張した事案で、裁判所は「競業避止義務を定めた条項を設けたとしても、営業上の秘密やノウハウが活用されていることが確認されなければ競業避止義務違反には当たらないというのであれば、条項を設けた意味は大幅に減じてしまうことになるのであるから、競業避止義務条項を実効的なものとするため、フランチャイズに加盟していた者に対し、営業上の秘密やノウハウが利用される抽象的なおそれがあることを理由に、2年間という期間に限って、同種又は類似の営業を行うことを一般的に禁止することにも十分に合理的な理由があるものというべきである。」と述べている(東京地判平20.9.25 WestlawJapan文献番号2008WLJPCA09258015)。また、「被告(=元加盟者-筆者注)は、現在の営業において原告(=本部-筆者注)の経営ノウハウを必要とはしていないから、被告の営業を禁止することに合理性がない旨主張するが、本件競業禁止条項は、経営ノウハウの秘密保持のみを目的としているものではないし、保護の対象となる経営ノウハウとは必ずしも特別なものであることを要せず、原告から被告へ特定の経営ノウハウを提供した、あるいは、被告においてそれらを利用しているという具体的な事実がなければ、制限を正当化できないほど、本件競業禁止条項は強度の制限であるとは認められない。」とする裁判例もある(東京地判平16.4.28 WestlawJapan文献番号2004WLJPCA04280003)。
  6. (6) だとすれば、本件においても、被告ないし株式会社Zが、原告の開発したノウハウ(トレーニングマシンを使用するリハビリ的手法)を実際に使用していなくても、それを用いる可能性があれば競業避止義務違反になる余地もあった。特に、株式会社Zは被告が購入したトレーニングマシンを用いて介護事業を営んでいたし、原告が被告に提供したマニュアルには、マシンの使用方法、人員の配置方法、タイムスケジュール及びチェーン店の特徴をケアマネージャー等に効果的に営業するための営業方法等が記載されていたのであるから、被告ないし株式会社Zが原告のノウハウを使用する危険があった。特に被告従業員が株式会社Zに引き継がれていたならば、株式会社Zにおいて原告のノウハウが使用される可能性は極めて高かったといえる。本件裁判所は、被告がフランチャイズ契約解約後に従業員を解雇したことを認定したにとどまり、被告従業員が株式会社Zに再雇用されたか否かについては検討されていないが、この点が審理されていれば逆の結論に至る可能性もあったと思われる。

    3.本件判決のその他の問題点
  1. (1) また、本件判決では、被告ないし株式会社Zによる原告の顧客・商圏の侵害については検討されていない。
     競業避止義務の趣旨としては、①フランチャイズ本部の営業秘密の保護だけでなく、②顧客・商圏の確保も挙げられており(東京地判平16.4.28 WestlawJapan文献番号2004WLJPCA04280003、大阪地判平22.1.25 判タ1320-136・WestlawJapan文献番号2010WLJPCA01258003、東京地判平22.2.25 WestlawJapan文献番号2010WLJPCA02258008など)、特に、東京地判平16.4.28は、競業避止義務の目的が「特定の地域において加盟店を継続的に維持することによる商権の確保」であると述べている。すなわち、元加盟店が、フランチャイズ本部のノウハウとブランドによって開拓された顧客を引き継いで営業を継続したならば、競業避止義務が保護する法益を侵害することになるのである。
  2. (2) この点、本件ではフランチャイズ契約終了後も5か月にわたり原告フランチャイズの看板を掲げていた。しかも、株式会社Zは被告介護施設閉鎖から2か月後に同じ場所で介護事業を開始しているので、被告介護施設の利用者がそのまま株式会社Zの介護施設を利用したならば、少なくとも原告のノウハウとブランドによって開拓された顧客を株式会社Zは引き継いだことになる。そうなると、株式会社Zによる介護事業の開始が競業避止義務違反になる可能性もでてくる。
  3. (3) このように、株式会社Zが被告介護施設の利用者を引き継いだか否かについても検討が必要であったといえる。

    4.今後の課題
  1. (1) 近年、フランチャイズ本部が加盟者に提供するノウハウの内容を厳格に捉え競業避止義務違反の成立を制限する裁判例がみられる(東京地判平21.3.9 判時2037-35・WestlawJapan文献番号2009WLJPCA03098001、東京地判令3.1.25 WestlawJapan文献番号2021WLJPCA01258002)。また、本裁判例を含め、同種事業を営む者を加盟させた場合に競業避止義務違反の成立を否定する裁判例が相次いでいる。
     このように、加盟者が加盟前から同種事業を営んでいた場合は、本部のノウハウ保護よりも加盟者の営業の自由を尊重するのが最近の判例の傾向といえる。
  2. (2) しかし、自己の事業の収益性が良ければ、あえてフランチャイズに加盟する必要などない。同種事業を営んでいる事業者が他社のフランチャイズに加盟するのは、従来営んでいた自己の事業の収益性が悪いからであり、成功しているチェーンのノウハウが欲しいからである(本件でも被告代表者Bは株式会社Zの営業上の課題を原告に相談している)。特に同種事業を営んでいた加盟者が、本部から新たに得たノウハウを従来から営む事業の中に組み込むことは容易であるから、元加盟者による競業行為が行われた時に、本部が自己の独自ノウハウの流用を正確に立証することは極めて困難である。
     そうした実態に照らせば、元加盟者が、フランチャイズ契約を早期に解約し、加盟後に新たに開店した店舗を引き続き営業したり、新たに出店するような場合は元加盟者が本部の独自ノウハウを流用している可能性が高いというべきであろう。その意味で、フランチャイズ本部が同種事業を営む者とフランチャイズ契約を締結する際には、本部としては、当該加盟希望者の真意を十分確認するとともに、競業避止義務の範囲や本部として提供するノウハウの内容を再確認する必要がある。


(掲載日 2022年7月15日)

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