判例コラム

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第267号 在外邦人最高裁判所裁判官国民審査権行使制限違憲判決に関する一考察 

~最高裁大法廷令和4年5月25日判決※1

文献番号 2022WLJCC019
名古屋市立大学大学院 教授
小林 直三

1.はじめに
 本稿は、在外邦人の最高裁判所裁判官国民審査権の行使が認められていないことの適否等について争われた事案に関する2022年最高裁判決を検討するものである。
 本件事案は、在外邦人が国民審査権を行使できる地位にあることを確認する地位確認、予備的に国民審査権が行使できないことの違法確認、そして、国民審査権が行使できなかったことに係る国家賠償請求を求めたものである。本件最高裁判決は、在外邦人の国民審査権を認めない現行規定を法令違憲とし、また、地位確認および違法確認の訴えの利益を認め、違法確認について請求を認容するだけでなく、立法不作為の違法性を認定して国家賠償請求も認めている。

2.判例要旨
 まず、国民「審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当であ」り、「国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきであ」り、そして、「国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための所要の立法措置をとることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合に限り、当該立法措置をとらないことについて、上記やむを得ない事由があるというべきである」とした。しかしながら、「国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置をとることが、事実上不可能ないし著しく困難であるとは解されない」ため、「在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったとしても、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があるとは到底いうことができ」ず、「したがって、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するもの」として、法令違憲と判断した。
 次に、「本件地位確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴え」であり、「次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求めているものと解される」とし、「次回の国民審査に先立ち、審査権を行使することができる地位を有することを確認することは、その地位の存否に関する法律上の紛争を解決するために有効適切な手段である」として、地位確認の訴えの利益を認めたが、「国民審査法4条、8条により在外国民に審査権の行使が認められていると解することはできない」ため、「本件地位確認の訴えに係る請求は理由がなく、これを棄却すべきものであるが、不利益変更禁止の原則により、本件地位確認の訴えに係る附帯上告を棄却するにとどめるほかな」いとした。
 そして、「本件違法確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解される」とし、「国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことによって、在外国民につき、具体的な国民審査の機会に審査権を行使することができないという事態が生ずる場合には、そのことをもって、個々の在外国民が有する憲法上の権利に係る法的地位に現実の危険が生じているということができ」、国民「審査権は、選挙権と同様に、国民主権の原理に基づくものであり、具体的な国民審査の機会にこれを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず、侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものである」ことに「加えて・・・・・・その違法であることを確認する判決が確定したときには、国会において、裁判所がした上記の違憲である旨の判断が尊重されるものと解されること(憲法81条、99条参照)も踏まえると、当該確認判決を求める訴えは、上記の争いを解決するために有効適切な手段であると認められる」として、違法確認の訴えの利益を認め、かつ、「本件違法確認の訴えに係る請求は理由があり、これを認容すべきものである」とした。
 最後に、これまでの先例を踏まえて※2、国家賠償法1条1項の違法性の解釈について、「国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり、立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものであ」り、「仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではな」く、「法律の規定が・・・・・・憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、同項の適用上違法の評価を受けることがある」とし、「国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠るときは、上記の例外的な場合に当たる」とした。そして、在外邦人であった一審原告らの国民審査権「の権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要であった」が、「現在に至るまで、在外審査制度の創設に係る法律案が国会に提出されたことはないものの、国会においては、在外選挙制度を創設する平成10年公選法改正に係る法律案に関連して在外審査制度についての質疑がされて」おり、「平成17年大法廷判決により在外国民に対する選挙権の制約に係る憲法適合性について判断が示され、これを受けて、平成18年公選法改正により在外選挙制度の対象が広げられ、平成19年には、憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において審査権と同様の性質を有する国民投票の投票権について、在外国民にその行使を認める国民投票法も制定されるに至っている」ことからすれば、「国会において在外国民の審査権に関する憲法上の問題を検討する契機もあったといえるにもかかわらず、国会は、平成18年公選法改正や平成19年の国民投票法の制定から平成29年国民審査の施行まで約10年の長きにわたって、在外審査制度の創設について所要の立法措置を何らとらなかった」と評価することができ、したがって、「遅くとも平成29年国民審査の当時においては、在外審査制度を創設する立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったものといえる」ため、「本件立法不作為は、平成29年国民審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきである」として、国家賠償請求を認めた。
 なお、本件最高裁判決には、宇賀克也判事の補足意見が付されている。

3.検討
 本件最高裁判決は、日本では数少ない法令違憲の最高裁判決であるとともに、地位確認および違法確認の訴えの利益を認めたこと、そして、在外邦人選挙権訴訟最高裁判決に続いて、立法不作為の国家賠償請求を認めた点で、注目すべきものであると考えられる※3
 以下、本件最高裁判決の憲法判断、地位確認・違法確認の訴え、立法不作為の国家賠償請求について、順に若干の検討を加えていきたい。
 まず、憲法判断についてである。本件最高裁判決の多数意見では、どの違憲審査基準を用いるのかについて、必ずしも明示的ではないが、しかし、宇賀克也判事の補足意見では、「在外国民の審査権を制約することは原則として許されず、その制約が例外的に許されるか否かの合憲性の審査に当たっては、権利の重要性に鑑み、厳格な審査基準が適用され」るとして、厳格な審査基準が適用される旨を明確に述べている。したがって、国民審査権の制約に関しては、判例上、厳格な基準が用いられることになったと考えてよいものと思われる。
 また、宇賀判事の補足意見において、国民審査法16条1項が「点字による自書式投票を認めているように、記号式投票以外の投票方法も選択肢となり得ること」を前提に、「情報通信技術が急速に発展し、国際的な通信に要する時間が短縮されるとともに、通信し得る情報の質や量も飛躍的に向上していること等に照らすと、在外国民の審査権の行使を一律に否定することには、やむを得ない事由があるとはいえず、違憲であるといわざるを得ない」として、「情報通信技術が急速に発展し、国際的な通信に要する時間が短縮されるとともに、通信し得る情報の質や量も飛躍的に向上していること等」といった立法事実の変化に言及して違憲性を説明している点は、非常に説得力のあるものであり、まさに多数意見の内容を補足説明するものだと評価することができるだろう。
 次に、地位確認・違法確認の訴え、特に違法確認の訴えについてであるが、その意義に関しては、やはり、宇賀判事の補足意見において、「先般の司法制度改革では、行政訴訟を活性化させることが改革の大きな柱の一つとされ」、2004年の「行政事件訴訟法の改正においては、同法4条に確認の訴えを明示することにより、処分性のない事案における救済の受け皿として、実質的当事者訴訟としての確認の訴えの活用を促すこととされ」、「現在の権利義務関係を争うよりも、立法や行政活動の作為又は不作為の違法確認の訴えの方が現在の紛争の解決にとって有効適切である場合には、立法や行政活動の作為又は不作為の違法確認の訴えが排除されると考えるべきではなく、かかる訴訟を認めることは、実質的当事者訴訟としての確認の訴えを明記した上記改正の趣旨にも適合する」としている点に的確に要約されているものと思われる。
 そして、立法不作為の国家賠償請求についてであるが、本件最高裁判決は、従来のものを踏襲しており、その点では目新しいものはない。
 また、必ずしも賠償を得ることではなく、法令等の違法性を争うために国家賠償請求をしている事例では、本件最高裁判決を踏まえて、今後、公法上の当事者訴訟としての違法確認の訴えに係る訴えの利益が広く認められるようになるとすれば、その分だけ、違法確認の訴えとは別に国家賠償請求をする必要性は乏しくなるのかもしれない。
 しかし、裁判所が国家賠償請求を認めることは、国会に対する強い警鐘的な意味や効果が期待できるものと思われ、なお、特別な意味があるものであると考えられる。その点において、立法不作為の国家賠償請求を認めた本件最高裁判決は、やはり、重要な意味をもつものだといえるだろう※4

4.おわりに
 以上のように、本件最高裁判決の内容は、基本的に妥当なものであると評価することができるだろう。
 ただし、本件最高裁判決が、国民「審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有する」としている点は、やや慎重な検討が必要だと思われる。
 司法作用は日本にいる外国人にも及ぶものであり、また、違憲審査について、日本の場合、統治システムに深く関わるであろう憲法秩序そのものを保障することよりも、(外国人も含めた)私人の権利保障を主たる目的とする付随的違憲審査制を採用している。それらのことからすれば、その終審の裁判所である最高裁判所の裁判官の罷免に係る審査権の主体から外国人を排除することは、広い意味で適正手続の理念を考えた場合、必ずしも当然のことだとはいえない。そのように考えた場合、「国民主権の原理」を強調することは、本件事案のように日本国籍を有する者の訴えに関しては有用な根拠となるであろうが、しかし、外国人の権利保障を考える場合には、逆に作用する可能性があるように思われる。
 もっとも、たとえば、情報公開法※5のように、国民主権原理を強調しながらも、外国人にも開示請求権を認める法令があることからすれば、国民主権原理を強調することが、直ちに、外国人の権利保障に関して当然に排他的に機能するわけではない。したがって、「国民主権原理」を強調した場合に権利主体の範囲がどのように限定されるのか(あるいは、限定されないのか)、それが妥当なのかどうかについては、今後の検討課題になるように思われる。
 グローバル化が進む現代社会において、国際社会との関係で人権を捉えた上で、その司法的救済システムのあり方と正当性を理解するとすれば、外国人の国民審査権の保障の是非は、今後、1つの論点となり得るものであると考えている※6


(掲載日 2022年7月4日)

  • 詳細は、最大判令4年5月25日WestlawJapan文献番号2022WLJPCA05259001を参照。なお、一審判決の詳細は、東京地判令元年5月28日WestlawJapan文献番号2019WLJPCA05286002を参照。控訴審判決は、東京高判令2年6月25日WestlawJapan文献番号2020WLJPCA06256005を参照。なお、一審判決では、違憲判断をし、国家賠償請求も認めているが、地位確認および違法確認の訴えは却下としている。控訴審判決では、同じく違憲判断をし、地位確認の訴えは却下としているが、違法確認の訴えは認め、国家賠償請求は棄却している。
  • 最一判昭60年11月21日WestlawJapan文献番号1985WLJPCA11210001、最大判平17年9月14日WestlawJapan文献番号2005WLJPCA09140001、最大判平27年12月16日WestlawJapan文献番号2015WLJPCA12169002を参照。
  • 本件最高裁判決は、全員一致の判決である。すなわち、すべての最高裁判所裁判官が憲法違反と判断しており、しかも、すべての最高裁判所裁判官が、「法律の規定が・・・・・・憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合など」により、「国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反した」として、国家賠償法上の違法を認めているのである。この最高裁の判断そのものは評価できるが、しかし、そもそも、最高裁判所の裁判官が全員一致で、こうした判断を出さざるを得ない現状に、大きな問題があるといえるだろう。
  • 国家賠償請求の場合、しばしば、直接的な原告以外にも、被害者が多数になることが想定できる。また、確定判決で国家賠償請求が認められた場合、公正さの点からすれば、直接的な原告の請求にだけ応じるのではなく、それ以外の被害者からの請求にも応じる必要があるだろう。そのように考えれば、国家賠償請求の総額は、多額に上り、一定の財政的負担が生じる可能性がある。したがって、仮に違法確認の訴えが認められたとしても、問題となった法令等の是正が行われなかった場合、そうした理由から一定の財政的負担が迫られる国家賠償請求もあり得るとすることは、違法と認められた法令等の是正を担保するシステムとして重要な意味があるものと考えられる。その意味で、国家賠償請求は、違法確認の訴えよりも、強い警鐘的な意味や効果が期待できるものといえるだろう。
  • 情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)の1条では、「この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」として、国民主権原理を強調しながらも、3条で「何人も、この法律の定めるところにより、行政機関の長・・・・・・に対し、当該行政機関の保有する行政文書の開示を請求することができる」とし、外国人にも開示請求権を認めている。
  • そして、この論点を深めていくとすれば、場合によっては、国民主権原理そのものの再構築が求められることになると考えている。

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